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第九十九話『寮姉妹』

 エレインとの確執を解消する事が出来ないままオリエンテーションの時間が来てしまった。

 もやもやするけれど意識を切り替えなければいけない。常に気を張るばかりではいけないと気付いたけれど、それはメリハリが大切だという意味だ。

 今は気を張るべき時だ。公爵令嬢として、次期王妃として、アルの婚約者として、恥ずかしくない姿を見せなければいけない。

 大広間の中央に向かって足を運ぶ。そこには既にアルやバレットの姿があった。異国からの留学生であるシャシャやキャロラインの姿もある。

 大勢の新入生達の中でも特異な立場にある者達だ。少しするとエルフランも姿を現し、オレを見つけるとホッとしたような表情を浮かべながら近付いて来た。


「フリッカ! やっと会えた!」

「夜会の日以来ですね、エル」


 エルフランの立場はこの面々の中でも一際特殊だ。

 人の口に戸は立てられず、彼女がマグノリア共和国を救った事件の事は広く知られている。

 英雄級の力を持ち、王国の皇太子の窮地を救った事も。

 夜会の時はそれほどでも無かったけれど、今は彼女を注視する視線が多く見受けられる。


「貴女と会える日を待ち侘びていました」


 だから、オレは彼女を強く抱き締めた。


「フ、フリッカ!?」


 彼女とオレの関係をハッキリさせておく。

 アルの恩人という立場にある彼女は今後アルと接する機会もあるだろう。その光景を見た者が妙な勘ぐりをしないように牽制しておく必要がある。

 ゲームではフレデリカを想う令嬢達がエルフランに詰め寄ったり、意地悪をするような展開があった。

 

「元気そうで何よりです」

「フリッカこそ、元気そうで安心したよ!」


 天真爛漫な笑顔が眩しい。女になった今でも魅力的だと感じる。彼女を好きにならない者などいない。それは彼女が凪咲だった頃から変わらぬ事実だ。

 彼女の周りにはいつも人の笑顔が絶えない。優しくて、明るくて、可愛くて、ゲームのようにアルを取られてしまうのではないかと不安になるくらい……。


「さあ、そろそろオリエンテーションが始まりますわ。どのような方がわたくし達のお姉さまになるのか楽しみですね」


 溜息が出そうになるのを必死に堪える。

 大切な幼馴染に対して、オレは何を考えているんだろう。折角奇跡のような再会を果たしたのに、打算的な事ばかり。


「……フリッカ、大丈夫?」


 心配そうに見つめてくる彼女の瞳からつい逃げ出しそうになる。


「ええ、もちろんです。体調管理は万全ですよ」


 丁度、学園長であるエラルド・ライゼルシュタインが姿を現した。

 大丈夫だからと彼女に前を向かせる。

 エラルドは相変わらず矍鑠としている。彼は長い顎髭を撫でながら生徒達に穏やかな眼差しを向けている。


「さて、良く眠れたかね?」


 幾人かの生徒がまばらに返事をすると彼は嬉しそうに微笑んだ。


「結構! 直ぐにとはいかぬまでも、皆にはこの学園を自らの家だと思い過ごしてもらいたいと思っておる」


 そう言うと、彼は右手を高く掲げた。そこに透き通るような青い羽を持つ美しい鳥が降りてきた。

 魔獣ではなく、恐らくはボンズと同じ妖精だろう。魔獣を見たのはエリンでの一度切りだけど、それでも根本からして違う種族である事が分かる。


「さて、これから諸君ら新入生には上級生とペアを組んでもらう。それぞれが寮弟、あるいは寮妹となり、それぞれが寮兄、あるいは寮姉となる」


 エラルドの言葉に対して、生徒達の反応は三者三様だった。このオリエンテーションの内容を知っていた生徒達の中でも反応が割れている。

 待ってましたと喜んでいる生徒もいれば、不安そうな表情を浮かべている生徒や困惑している生徒もいる。

 彼らの反応を見て、エラルドは深く頷いた。


「諸君らは疑問に思っている事だろう。何故、このような奇妙な制度があるのかと」

 

 その言葉に幾人かの生徒が恐る恐る頷いた。エラルドはそんな彼らを見て、「素晴らしい!」と笑顔を浮かべた。


「疑問を抱く事はとても大切な事じゃ。しかし、一定の物事に対しては疑問を抱く事を悪しき行いだと考える者がおる」

「学園長先生! それは間違っているのですか? あらゆる物事に対して疑ってかかる事が正しい事だとは思えません!」


 実に言い難い事をハキハキとした口調で言い放ったのは背筋をピンと伸ばした短髪の少年だった。

 見るからに真面目そうだ。


「無論、疑心暗鬼になれとは言わぬ。しかし、今まさに君が示してくれた通り、己の中に生まれた違和感を無視する事は誤りであると断言しておこう」

「学園長先生! よく分かりません!」


 素直な子だ。エラルドもそう思ったのだろう。朗らかに微笑んだ。


「そう難しい事ではないよ、アーロン」


 アーロンは名前を呼ばれた事に動揺している様子だ。自分の名前を覚えられているとはつゆ程も考えていなかった様子だ。

 そんな彼を尻目にエラルドは話を進めた。


「己の中に違和感を抱かぬのであれば、それはありのままに受け入れても構わぬ。重要なのは違和感を覚えた事に対して、解消する努力を怠るべきではないという事じゃよ。それが王の決定であろうとも」

「学園長先生! 陛下の決定に対して疑問を抱く事は不敬であると考えます!」


 アーロンは素晴らしい生徒だ。エラルドが言いたい事を見事に体現してくれている。


「そう思う者は君だけでは無かろう。生徒諸君のみならず、多くの国民が陛下に対する敬意が故に眼を曇らせてしまいがちじゃ」

「では、学園長先生は陛下をお疑いになると申されるのですか!?」


 愕然とした表情を浮かべる彼にエラルドは深く頷いた。


「疑うとも。じゃが、それは不忠が故ではなく、忠義を貫く為である事を先に述べさせてもらおう」

「疑う事が忠義とは思えません!」


 アーロンの瞳には怒りの炎がメラメラと燃えている。


「無論、主を信じ抜く忠義もあるじゃろう。その点を否定するつもりはない。じゃが、それは主の実像を識ることで初めて真価を発揮するものじゃ。実像を識らず、虚像を盲信する事を忠義とは呼ばぬ。陛下は偉大なる王であると共に一人の人間である事を忘れてはならぬ」


 エラルドはアーロンの怒りの眼差しを真っ直ぐに受け止めながら言った。


「陛下はその双肩にて王国のすべてを背負われている尊き御方じゃ。だからと言って、その肩に思慮なく無遠慮に皆がのしかかればどうなると思う? それでも陛下は王としての威光を注いで下さるかもしれぬ。しかし、一欠片の負担も感じぬと思うかね? それはあまりにも無責任というものじゃよ」


 アーロンは口をパクパクと動かしている。だけど、言葉が出てこない様子だ。

 

「偉大なる王に導かれる事は幸福な事じゃろう。それだけに甘んじるならば民として生きれば良い。じゃが、王の敵を切り裂く剣となりたくば、王を守る盾となりたくば、王を支える杖となりたくば、思考を止めてはならぬ。陛下を孤独にしてはならぬ」


 その言葉は決してアーロンにだけ向けられたものではなかった。

 王の傍に居る者は王を助けられる者でなければならない。王に助けられるばかりで、王を奪われる事を恐れるばかりの愚物に伴侶となる資格などない。

 例え、いつか彼の隣に立つ資格を奪われたとしても彼の助けとなれる人間にならなければいけない。

 当たり前の事だ。分かっていた筈だ。それなのに、いつの間にか忘れていた。

 

「……さて、話が少し逸れてしまった。寮兄弟、寮姉妹の制度についての説明を始めよう」


 エラルドは咳払いと共に話を戻した。


「この制度の主な目的は二つある。一つは君達にこの学園で過ごす上で知っておくべき事を各々の兄姉(けいし)に教授してもらう為じゃ。なにしろ、この学園はとても広い。すべての廊下を在学中に踏破出来る者は全体でもそう多くない程でのう。加えて、この学園独自の文化や規律は書物を読むだけで理解出来るものではない。実際に見て、聞いて、体感する事が重要なのじゃよ。そして、目的の二つ目は他者への献身を学んでもらう為じゃ。君達の多くは献身を受ける側として生きて来たと思う。違うと主張するならば思い返してみるが良い。君達が食べる物、着る物は君達自身が用意したものかね? この学園に通うための準備をすべて自分だけで済ませる事が出来たのかね? よもや、家族や使用人からの献身は献身などではないとでも? そう考えておるならば尚の事、このオリエンテーションは重要じゃよ。何故ならば、君達は尽くされる側ではなく、これからは尽くす側に立つのだから。王国の未来の為に生きるとはそういう事じゃよ。顔も知らぬ誰かの為に懸命にならなければならぬ」


 その言葉は決して冗句の類ではない。王国の為に命を懸けて戦う王国騎士団などは特に分かりやすい例だろう。

 顔も知らぬ誰かを守る為に命を落とす事もあり得ない事ではない。その為に必要なものは覚悟と献身の心だ。


「それでは対面の時間に移ろう」


 その言葉と共にエラルドに抱かれていた鳥の姿の妖精が羽ばたいた。すると青白い光が大広間全体に広がっていき、気がつくと知らない場所にいた。


「……え?」


 そこは小さな部屋だった。予想外の出来事に目を丸くしていると、部屋の中にもう一人いる事に気がついた。


「大丈夫だよ、フリッカちゃん。今のはデイジーの魔法だから」

「あ、貴女は……」


 そこに居たのは予想外の人物だった。


「エシャロット様!?」


 ヴィヴィアンの専属使用人であるエシャロット・ゾアはニッコリと微笑んだ。


「あはは、ビックリしたよね。ヴィヴィちゃんが寮姉になると思ってたでしょ?」

「は、はい……」


 寮姉は文字通り寮の姉だ。だから、寮が決まるまでは誰が寮姉になるか分からなかった。だけど、ヴィヴィアンが同寮である以上、オレの寮姉は彼女になると思い込んでいた。


「ヴィヴィちゃんもその気満々だったんだけどねー」

「何かあったのですか?」


 エシャロットは肩を竦めた。


「今年は留学生が多いでしょ? しかも、女の子ばっかり」

「……あっ!」


 言われてみると今年はオレ以外にも扱いに慎重さが求められる子がかなり多い。


「寮姉になれる人が足りなかったのですね……」

「そういう事。留学生の子達は教国の巫女だったり、剣聖の弟子だったり迂闊に扱えなくてね。中でも特に問題なのが一人いてさ」

「問題というと?」

「……うーん。まあ、フリッカちゃんとも仲良しみたいだから言うけど、エルフラン・ウィオルネだよ」

「ああ、なるほど……」


 エルフランは王国皇太子の命を救った恩人という立場にある。

 彼女を軽々に扱えば、それは王国皇太子の命を貶める事になる。

 

「……ヴィヴィアンはエルの寮姉になったのですね」


 もしかするとゲームでもそうだったのかもしれない。

 このオリエンテーションはゲームでも序盤のイベントとして存在していた。ただ、プレイ中はガン無視していても幕間の中でやるべき事はやっていた感じに進行し、特に問題なく次のイベントへ移ってしまったものだから殆ど記憶に残っていないのだ。

 おそらく、そこで意識的に寮姉と関わっていけば親密になるなどのイベントがあったのかもしれない。


「ヴィヴィちゃんも本当はフリッカちゃんと寮姉妹になるの楽しみにしてたんだよ! 本当だよ!」


 エシャロットがあまりにも必死に主張するものだから吹き出しそうになった。

 エルフランにヴィヴィアンを取られた事にオレが不満を抱いていると思ったようだ。


「ありがとうございます。エルはいい子ですから、ヴィヴィアンともきっと上手くやっていけると思います。それよりも、これからよろしくお願い致します。エシャロットお姉さま」

「はぅ! フリッカちゃん、可愛い! 此方こそよろしくね! わたしの可愛い寮妹さん!」

「はい!」

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