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勇者さまの「プールポワン」、承ります!  作者: 秋月 忍
イシュタルト・リゼンベルグ編
41/45

夜会 1

いつもありがとうございます。

  アリサは、真紅のチューブトップドレスに白いボレロを羽織っている。

  結い上げられた金の髪。あらわになった白い美しい首のラインが、息をのむほどに色っぽい。

  やりすぎだ。

  俺は、思う。

  いくらなんでも、目のやり場に困る。大胆なカットの胸元は深い谷間をのぞかせているし、くびれた腰から尻への曲線は、ぞくりとするほど魅惑的だ。

  青い大きな瞳。そして柔らかな唇にほんのりと引かれた紅が、艶やかに男を誘う。ほんの少しでも、手を離したら、瞬く間に男に取り囲まれるに違いない。

  俺たちは馬車をおり、緋色のじゅうたんの上を歩いた。

「行くぞ」

  アリサの顔が緊張で固まっている。

「会場に入ったら、まず、皇族に挨拶をして回る。そのあと、『散歩』と称して、庭園を一周する予定だ」

  俺の言葉に、「はい」とアリサは小さく頷く。

「アリサ、腕をとれ」

「は、はい」

  俺に促され、アリサが遠慮がちに俺の腕をとった。アリサは無意識だろうが、俺の腕に、柔らかな彼女の胸が触れて思わずドキリとした。

  俺たちは大広間へと入っていく。

 今日は、皇室主催ということもあり、かなりの人数、しかもかなり広い分野から招待客が来ている。

 パッと見た目で怪しい人間などいないが、いつ何が起こっても不思議はない。

 俺とアリサが部屋に入ったことで、ざわりと場の空気が動いた。

 男たちの視線が、一斉にアリサに向く。想定済みとはいえ、アリサにこんな恰好をさせたエレーナに軽く殺意を抱いた。

 俺は周囲を視線で牽制しながら、奴らに見せつけるように、広間をアリサと歩いた。

「陛下。本日はお招きいただきありがとうございます」

 一段高く作られた玉座にアリサを伴い、俺は皇帝に頭を下げる。アリサがカチコチになりながら、頭を下げた。

 さすがのアリサも、皇帝相手では平常心とはいかないらしい。

「女連れとは珍しいな、イシュタルト」

 面白そうに、皇帝がニヤリと笑う。

「ラムシードの双子の片割れです。この度、彼女も魔導士になったので、ぜひ陛下にお目に掛けたいと思いまして」

「アリサ・ラムシードと申します」

 アリサの声が震えている。無理もない。

 皇帝には、無言の威圧感がある。

「なるほど。テオドーラに似ているな」

「……母を、ご存じなので?」

 皇帝の目に、好奇のいろが浮かんでいる。

「知らぬ方がおかしい。ワシだって、剣を持って戦った時期があったのだから」

「失礼いたしました。母が、まさか陛下と面識があるなどと思ってもおりませんでしたので」

 アリサの母、テオドーラは、騎士や魔導士の羨望の的であったらしい。

 かなり身分の高い人間からのアプローチも数多く受けていたと聞く。アリサを見れば、その話が嘘ではないということが、容易に想像できた。

「こんなお美しい方とお知り合いでは、他の女性に目が向かなくても無理はありませんね」

 皇帝陛下の隣に座っていた皇妃アマンザが、くすりと笑った。

「まったくだ。しかし、これで、イシュタルトが頑なであった謎が解けた」

 面白そうに皇帝が笑う。

 完全にその通りなので俺は何も言えない。ただ、アリサがどう思うかと思うと、気が気ではなかった。

「これでやっとリゼンベルグ家も安泰ね。お式はいつなの?」

 にこやかに皇后がそう言った。皇妃アマンザは悪い人ではないが、考えが一足飛びのひとだ。

「い、いえ。残念ながら、まだ、そのようなことは」

 俺は慌てて否定する。そもそもアリサは俺のことを何とも思っていないのだ。

 皇帝は俺とアリサを見比べて、面白そうに笑った。

「のんきにしておると、横からかっさらわれるぞ。特に、わしの息子は、美女が大好物だ」

 それは知っている、とは、さすがの俺も口には出せない。

 そもそも、今日、アリサがここに来る羽目になったのは、たぶんアステリオンの陰謀だ。

「陛下、そんな風に苛めたらイシュタルトが気の毒ですわ」

 皇妃は眉を寄せてそう言った。

「父上、勝手に私の悪い噂をばら撒かないでください」

 アステリオンの声がした。

 振り返ると、ニヤっと俺にだけわかるように、口角を上げる。

 俺は、反射でくるりと、アステリオンの周囲を見回した。半ば職業病である。

 アステリオンの周囲には、さまざまな視線が常に入り乱れている。殺意のある視線は感じられなかった。

 しかし、皇太子にではなく、俺に向けて憎しみを込めたジュドー・アゼルと視線がぶつかった。

 無理もない、とは思う。

 侯爵である俺が、アリサをエスコートして出てきて、皇帝に紹介したのだ。これで余程のことがない限り、男爵であるジュドーがアリサに手を出すことは難しいだろう。

「やあ。イシュタルト。顔が真っ赤だな」

「アステリオン殿下」

 俺は、皇太子に一礼しながら、さりげなくアリサの腰を引き寄せた。もちろん、ジュドー・アゼルに見せつけるためと、アステリオンへの牽制である。

「アリサ、こちらは、アステリオン皇太子殿下だ。殿下、彼女はロバートの姉の」

「アリサ・ラムシードです。弟がお世話になっております」

 アリサが、ぎこちない笑みを浮かべた。さすがに緊張しているようだ。

「エレーナから、イシュタルトが絶世の美女を連れてくると聞いていたが、ロバートの姉とはな」

 にやり、とアステリオンは笑った。最初から知っていたくせに、狸である。

「ご期待に添えず、申し訳ありません」

 アリサは、頭を下げた。

「何故、君が謝るの?」

「え? だって、誇大広告で、がっかりなさったのではありませんか?」

 アリサの反応はいつもどおりなのだが、美辞麗句を供給過剰な貴族社会で、こんな反応をする令嬢はいない。アステリオンは、本気で興味をもったらしく、ニヤリとわらった。

「面白いな。この子。ちょっと貸せ」

 俺は、周囲をちらりと見回す。夜会は始まったばかりだ。まだ、早い。餌を投げるなら、もう少し後だ。

 作戦に関係なくアステリオンに彼女を預けるのは嫌だった。

「貸しません」

 俺はそう言って、彼女の腰を抱いたまま、その場を離れた。

 去り際に、アステリオンがニヤリと笑ったのがみえた。



 アリサの腰を引き寄せ、彼女の体温を感じながら、周囲に目を配る。

 男女問わぬ好奇の視線。着飾った人々のなかを、俺は彼女を見せつけるように歩く。

『類まれなる美女を、皇太子に差し出す、侯爵』というのが、エレーナのシナリオにおける俺の役割だ。そして、『美女に骨抜きにされている皇太子』ということで、思いっきり隙を演出し、襲撃を誘う、という魂胆なのだが、正直、そんなにうまくいくのだろうかと、疑問に思う。

 そもそも、俺は皇太子にアリサを差し出したくなどない。

 演技でも、嫌だと思う。心が狭いと言われるかもしれないが、俺はまだアリサの心を捕まえたわけではないのだ。競争相手を増やしたくないと思うのは、人情であろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、厄介な女が近づいてきた。立場的に無下にできないのが問題だ。

「こんにちは。イシュタルト」

「ご機嫌麗しくて何よりです、カーラ様」

 俺は、不機嫌になりそうな自分を抑えながら、そう言った。彼女にみせつけるように、アリサを抱き寄せる。

「アリサ、こちらは、カーラ公女。アステリオン殿下の従妹でいらっしゃる」

「アリサ・ラムシードです。お初にお目にかかります」

 アリサが丁寧に頭を下げた。カーラは、嫉妬の色すら浮かべない。

 そして、俺の隣に誰もいないかのように艶然と微笑む。

「ねえ、イシュタルト。今日こそは、私と踊って下さるわよね」

 カーラは自信たっぷりである。彼女のあまりの超然とした態度に、アリサが俺から離れようとした。

 冗談じゃないと思う。今、俺が手を離したら、アリサは狼の群れに放り出されるも同然だ。社交慣れしていないアリサに男を軽くかわせというのも無理な話だ。しかも、カーラの手を取る予定など最初からない。

 俺はグッとアリサを引き寄せた。

「申し訳ありませんが、今日は誰とも踊る予定はありませんので」

 俺は丁寧に頭を下げ、アリサを引き寄せたまま、彼女から離れる。

「あの、大丈夫なのですか?」

 心配げに、アリサが俺を見上げた。

「何のことだ?」

「えっと。踊らなくてよかったのですか?」

 アリサは、俺の社交場の立場を気にしているのだろう。

「アリサがいなくても、もともと俺は誰とも踊らない」

 事実、アリサと出会ってから、俺は他の女性と踊る気になれないのだ。

「アリサと躍るなら話は別だ」

 俺はグッと彼女を引き寄せながらそう囁く。

「わ、私は踊れません」

「それならば、気にするな」

 アリサの拒絶は、俺への拒絶ではない。たぶん、彼女は誰とも踊らない。それならば、全然構わない。

 宴もたけなわとなり、人々がダンスに興じ始めた。

 アリサを俺が独占していては、彼女が来た意味がない。俺は諦めて、打ち合わせどおりに行動することにした。

「イシュタルト、アリサ」

 黒いドレスをまとったエレーナがニコリと笑いかける。

「遅くなりました」

 俺は丁寧に頭を下げた。そして、エレーナの隣にいるルクスフィートを紹介する。

「アリサ、エレーナの弟君のルクスフィート公爵だ。ルクスフィート様、こちらロバートの姉の」

「アリサ・ラムシードです。」

 ルクスフィートはニコリと笑った。

「噂は姉から聞いているよ。噂通り、とても美しい人だね」

「ありがとうございます」

 ルクスフィートは相変わらず柔和で、穏やかである。姉と違って俺の顔を見て面白げに笑ったりはしない。

「どう? 何か感じる?」

「魔力は感じませんが、嫉妬に満ちたお嬢様方の殺気を全身に感じます」

 エレーナの問いに、アリサは首をすくめてそう答えた。

「イシュタルトがそれだけベッタリだものね」

「でも、イシュタルトもずいぶん男から睨まれているから仕方ないよ」

 さすがに、ルクスフィートは男である。アリサへの視線をしっかりと感じ取っているらしい。

「俺から離れたら、たぶん、アリサは囲まれる」

 俺は思わずそう呟くと、「囲みたいから、離れろよ」と後ろから、声がした。

「美女を一人占めはいかん」

 アステリオンだった。にこやかに笑いながらアリサの手を取る。その瞳が好奇のいろに染まっていた。

「そういうことを言うから、殿下は女癖が悪いと言われるのですよ」

 ルクスフィートがたしなめるようにそう言った。

「俺と踊ろう、アリサ」

「申し訳ありません……私、ダンスなんて踊ったことがありませんから」

 アリサの拒絶に、ニヤっとアステリオンは笑った。

「じゃあ、ふたりで庭園を散歩しよう」

「え?」

 まさか、そう言われるとは思っていなかったのであろう。アリサが助けを求めるように、俺を見る。しかし、これは打ち合わせの行動であり、俺は止められない。

「虎穴に要らずんば虎児を得ず、だろ?」

 アステリオンの言葉に、アリサは得心したように頷いた。

「殿下、散歩だけですよ?」

 つい、そう釘をさす。我ながら、余裕が全くないとは思う。そもそも、アリサは俺のものでもなんでもない。

 俺が、アステリオンに意見する権利は全くないのだ。

「アリサ、くれぐれも気をつけろ」

 俺は不安げなアリサの身体を引き寄せた。

「外にはロバートがいる。心配するな」と囁くと、コクリとアリサが頷く。

 囁きついでに、アリサの耳にキスを落とした。アリサの顔が朱に染まった。

「イシュタルト……お前はもっと、女にクールな男だと思っていたが、間違いだったようだ」

 アステリオンの声が呆れている。

「一人に限定しているだけ、殿下よりマトモじゃない?」

 エレーナがそう言って、くすりと笑う。

「それくらい所有権を主張しておけば、マジメに仕事するわよね、副隊長さん」

 俺は、何も聞こえないかのように、そっと首をすくめた。


今回はほぼ、アリサ編とかぶっていて、申し訳ありません。

次は、かなりアリサ編と違う場面がでてくるはずです……

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