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17.人と魔族と


 「パンと言えば、メイシオでござろう」


 聞き慣れない声にギョッとしながら、恐る恐る声がした方へ視線を向ける。

 膝の上のマオちゃんを庇うように抱きしめながら見た先には、体中に包帯を巻いた小犬の姿。


「ワンちゃん?!」


 いつの間にか、寝ていた小犬が上半身を起こしていた。見た目は小さな犬なのだが、尻を床に付くような格好で座っている。骨格的に難しいような気がするんだけど、あれ、どうやって座ってるんだろう。

 ――というか。君も喋れるんだね! もう吃驚だよ。吃驚が渋滞してるよ。


 マオちゃんと言い、ワンちゃんと言い、今日は予想外の相手が喋り始める日である。今度はカブでも喋り始めるかな?


「吃驚しましたよー。急に大きな声出さないで下さいっ。火を使ってる人を驚かすのはマナー違反ですよー!」


 リーゼが小犬に突っ込んでいるけれど、突っ込みどころはそこじゃない気がするのは気のせいか。

 ただ、そう言われた小犬は、「むむむ」と眉間に皺を寄せた。――器用なワンちゃんだな。


「それは失礼した。拙者、メイシオなるパンが大好物故、熱いパトスが迸ってしまった」


 見た目は滅茶苦茶可愛らしい小犬なのに、話し方が古風だ。渋い。


「え、えと、君は……」


 僕がそう話しかけると、小犬はがばっと立ち上がり、僕の前に跪いた。

 その様子に、腕の中のマオちゃんが体をビクッと振るわせて警戒する。実は僕もちょっと吃驚して、マオちゃんを抱きしめる力が強くなってしまった。ごめんね、マオちゃん。


「挨拶が遅れました。拙者、ウルガーと申します。朧気な記憶ではありますが、懸命に手当て頂いたことを覚えておりまする。貴殿は、拙者の命の恩人だ」


 そう言って頭を垂れる小犬――こと、ウルガーさん。

 見た目はどう見ても白い毛並みが可愛らしい小型犬だ。というか、ブラウンの瞳がとっても愛らしいポメラ二アンみたいな犬にしか見えない。

 だから、言動とのギャップが凄い。


 ――ていうか、まだ病み上がりなのに急に動くから、包帯から血が滲み始めている。



「わ、分かったから、一旦落ち着こう。ほら、傷が開いちゃうから、ウルガーさん?は一旦横になろう」

「否、恩人の前でそのような無礼を働く訳には……」

「なら、言葉は少し悪いけど、命令だと思って横になって下さいー。本当に、まだ重体なんですよー?」


 リーゼの突っ込みに唸るウルガー。

 逡巡したようだけど、ゆっくりと横になってくれた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ふさふさ、モフモフー」


 ウルガーさんの真っ白の毛並みをモフりまくるマオちゃん。

 怪我に配慮して、首元と頭だけにしているようではあるけれど、本当に大丈夫だろうか。


 『命の恩人たるノア殿のお子様であれば、拙者にとっては主君も同義。さぁさぁ、心ゆくまでモフり下され! さぁさぁさぁ!!』なんて言われたけど、本当に大丈夫だろうか。心配だから同じ事を二回言っちゃったよ。


 ただ、小犬サイズのウルガーさんとマオちゃんだと、絵的には凄く和む。

 可愛いに可愛いが掛け合わされると、凄く可愛いんだ。ん?語彙が死んでるって? 尊さの前に、そんなものは意味を成さないんだよ。


 因みに、ウルガーさんは犬人族(コボルト)らしい。正確には雪犬人族(シュネーコボルト)という、寒い地方に住む犬人族(コボルト)がルーツなんだとか。

 雪に溶け込むような、白い毛並みの仲間が多いそうだ。

 そして、僕やリーゼより年上らしい。吃驚だ。あんなに見た目が可愛らしい二○歳がいるんだね。ある意味で僕よりも童顔だよ。


「マオちゃん、ウルガーさんはお怪我してるから、それくらいにしましょうね。また今度遊んでもらいましょう」

「うー」


 リーゼの制止に、嫌々ながらも従うマオちゃん。名残惜しそうに、ウルガーさんの頭を一度撫でてから、リーゼの腕の中に収まった。



 僕達は今、地下空間のガゼボの中にいる。

 毛布で作った寝床に座っているウルガーさんと、床に腰を下ろした僕達。マオちゃんはリーゼの膝の上だ。


「ウルガーさんを気遣ってくれてありがとう、マオちゃん。偉いぞ」

「ふふーん」


 褒めたら、マオちゃんが嬉しそうに笑う。

 そんな様子を見て、ウルガーさんも笑っていた。



 ついさっきみんなで食事にしたんだけど、そこではお互いの自己紹介くらいしかしなかったんだ。

 だから、食事も終わって、一息ついた今からがお話の時間になる。


 因みに、食事は猪肉とカブのソテーだった。いや、あのカブのポテンシャルもそうだけど、リーゼの調理が合わさると本当に絶品だよね。

 ただ、ウルガーさんに同じものを食べてもらうのは、彼の怪我の具合から厳しそうだったので、肉とカブを細かく砕いて具にしたスープを食べてもらった。治癒魔術である程度塞がったとは言え、重体だから、消化で体力使うのは良く無いと判断したからだ。

 こういう料理も、ささっと仕上げてくれるリーゼには、本当に感謝しかない。



「ということで、ウルガーさん、話にくいことはあるかも知れないけど、どうして倒れていたのか教えてくれませんか?」


 事情を根掘り葉掘り聞きたいわけでは無いのだけれど、何らかの危険が迫っているなら対処したい。

 回避出来る危険ならそうしたいし、難しい危険なら対策が必要だ。


 あと、この湖のダンジョンで生活を始めて十日以上が経っている。

 その間に、何度も湖周辺の森で狩りをしているが、ウルガーさんのような犬人族(コボルト)を見かけたことは無い。近くに彼らのコミュニティがあって、それが僕達に良く無い影響を与えるものなら、対策しないわけにはいかないのだ。

 リーゼも、マオちゃんも、僕が守るのだから。


 自然と手に力が籠る。

 ウルガーさんにとっては、きっと話しづらいことだろうし、話を聞く理由も何となく伝わっている筈。決して、親切心だけで聞いているわけではないと分かっているだろう。しかも、正直に全てを話してくれるかどうかも分からないから、仮に話してくれても全てを鵜呑みにするわけにもいかない。

 そんな状況だからこそ、僕は少しだけ緊張していた。


 ただ、ウルガーさんは、特に気負う様子も無く話してくれた。

 少なくとも、僕にはそう見えた。



「そうでござるな。どこから話せば良いものか……。

 拙者……いや、拙者達は、少し前までテールス王国の東部に住んでいたでござる。今はこんな格好でござるが、普段は人化の術が使える故、人族のコミュニティに混ざって生活しておりました」

「そうなんですね。まさか魔族がテールス国内に居て、生活していたなんて……」


 リーゼが目を丸くして驚いている。

 僕も、同じだ。ただ、なるべく表情には出ないように頑張ったけれど。


 そんな僕達の様子を見て、ウルガーさんは首肯した。


「拙者達犬人族(コボルト)は、残念ながら魔族の中では戦闘が苦手な種族になりまする。力強き者が弱き者を従える、蹂躙する世界は、拙者達には少々過酷な世界なのです。それ故、人族の世界に紛れ込む能力を持つ非力な魔族の中には、拙者達のように紛れて生活している者がいるのですよ」


 なる程、確かにその方が安全な面もあるね。

 ただ、人族に知られたら大変な事になるだろうなぁ。あんまり考えたくは無いけど、支配階級にこんな話が伝わったらやりたい放題になっちゃうよ。意に沿わない住民を殺して、『あいつは魔物が化けていたから成敗したんだ』なんて言い出す人が出てきそう。自分が人族であることの証明なんて、簡単にはできないからね。


 おっと、そんなことを想像している場合じゃ無い。ウルガーさんの話に集中しないと。



「ですが、五日程前に、拙者達が住んでいたピルツ村を含め、テールス王国東部が強力な魔族に攻められまして……」



 ――ウルガーさんの話は、きっと何処にでもある話で。そして、酷い話だった。


 最近、テールス王国東部――つまり、魔王国と接している地域に多くの冒険者が招集されたり、騎士が派遣されたりと、戦闘の兆しがあったようだ。

 神託の御子改め、勇者がお披露目されたばかりだから、勇者の初陣なんじゃないかとかなりの盛り上がりをみせていたようだ。

 ウルガーさんは行商で生計を立てているそうで、これを機にと、村で採れた薬草や保存食を持って、騎士達が集まっている中心地――キースリング辺境伯領で対魔王国戦闘の最前線になる、城塞都市フレイスバウムに行商へ行ったそうだ。


 ウルガーさんの読みは当たったようで、フレイスバウムに着いたのとほぼ同時に、勇者が騎士団を率いてやってきたそうだ。

 そして、勇者が先陣を切る形で、蜥蜴族(リザードマン)が実効支配しているフレイスヒューゲル丘陵への侵攻作戦が始まった。

 初めは勇者の活躍もあって、あっという間に蜥蜴族(リザードマン)達を蹴散らし、フレイスヒューゲル丘陵奪還は確実だと思われたらしい。



 だが、そこで彼らは悪夢と出会った。



 空に、悪夢が浮かんでいた。

 二メルトを優に越える巨体。遠目にも筋骨隆々だと分かる、暴力を体現したかのような体躯。側頭部の黒く大きな捻れ角と、太く立派な尻尾は、彼が魔族――その中でも特に戦闘力に秀でた、“龍族”であることを示していた。



 そこからは、あっという間だったそうだ。

 一睨みで生きとし生けるものが竦み上がり、一息で見渡す限りの大地が焼け、尾の一振りで彼方まで大地が割れ、多くの命が散った。

 それは戦闘ではなく、人が蟻を潰すような鏖殺だったそうだ。


 勇者は『聖炎』スキルで対抗したが、勇者も騎士達も、その圧倒的な暴力の前には為す術無く敗れ、フレイスヒューゲル丘陵はものの数分で火山爆発にでも巻き込まれたかのような様相となった。


 これを好機とみた、生き残りの蜥蜴族(リザードマン)達がキースリング辺境伯領に雪崩れ込み、虐殺が始まったそうだ。

 多くの命が殺され、食われ、攫われ――

 城塞都市として、テールス王国の守りの要となっていたフレイスバウムは、あっけなく陥落した。



 だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。


 あっという間にフレイスヒューゲル丘陵周辺地域を地獄に変えた龍族は、国境沿いに北上を始めた。

 その途中に旅途中の集団を見つければ叩き潰し、集落があれば、炎のブレスで焼き払いながら。



「拙者達の住むピルツ村は、フレイスバウムの北にありましてな……」



 絞り出すような、ウルガーさんの声が、今も脳内に残っている。

 恐怖に震える両脚を叩き、絶望から目を背け、ウルガーさんはひたすら走って村を目指したそうだ。

 相手は空を飛ぶ龍族だ。どんなにウルガーさんが急いだところで追いつける道理は無かったけれど、それでもウルガーさんは走ったそうだ。



「幸い、村は半壊程度で済んでいて、拙者達が住んでいる一角は、村から少し離れた場所にあったこともあり、事なきを得ていたのですが……」



 ――バレてしまったそうだ。

 自分達が、犬人族である(人では無い)ことが。



 村を焼かれて半狂乱になった村人達。

 ある者はブレスで一瞬で消え去り、ある者は火に焼かれて死に……。

 そんな村人達を助けるべく、ウルガーさんの仲間達は生き残った村人を必死に手当てして回ったり、食糧を分けたりしたそうだ。

 ウルガーさんも、何とかそのタイミングで村に辿り着き、救助を手助けして回ったそうだ。


 そんな中で、犬人族(コボルト)の一人が怪我をしてしまった。

 親を殺され、泣き叫んで暴れていた子供が石を投げてしまい、それが運悪く犬人族(コボルト)に当たってしまった結果、人化の術が解けてしまったそうだ。



 その瞬間、村人達が犬人族(コボルト)を見る目が豹変したそうだ。

 魔族や魔物に仲間を殺されながら、常にその脅威に怯えながら生きている者達が、いきなり魔族に村を焼かれ、親しい者を何人も殺された。

 そして、また目の前に犬人族(コボルト)という“魔族”が現われたのだ。

 犬人族(コボルト)が、今回の元凶で無いことは分かっていても、皆が皆理性的に行動できるとは限らない。ましてや、村全体が恐慌状態に陥っているのだから尚更だ。



「……もうピルツには帰れないでござろうな」



 そう、呟く様に告げるウルガーさんの姿は、酷く小さく見えた。


「拙者達に対して敵意を隠そうとしない村人達と一緒にいるのは、もう不可能だと思いましてな。魔王国の方へ逃げたでござる。

 まずは安全を確保して、その後に新天地を探そうとしていたのですが……、いやはや、どうやら魔族というのは本当に嫌われるようで、村人達は拙者達を探して追いかけてきたのでござるよ。

 拙者達も逃げたのですが、人族の仲間が殺されたからでしょうな、血走った目で追いかけてくる村人から逃げ切るのは難しく……。武術に多少は心得のある拙者が殿を務め、皆を逃がしたでござるよ」


 戦地へ行商に向かうような行商人であるウルガーさんは、戦いのいろはを知っているそうで、犬人族(コボルト)の中では腕の立つみたいだった。

 だから、騎士や冒険者でもない人達に襲われたからといって、一方的にやられるようなことはない。だけど、相手はさっきまで一緒に暮らしていた村の仲間達。流石に、傷つけるのは躊躇われたため、追い込まれていったそうだ。


 村人達は魔王国の森まで追いかけてきて、ウルガーさん達を殺そうとしたらしい。

 そこで仕方なく、自分が殿となって村人達を引き付け、その隙に犬人族(コボルト)達を逃がしたそうだ。


 村人達を引き付けることには成功したけど、それで全てが上手く行くわけではない。

 多勢に無勢。しかも、傷つけるのを躊躇う相手だ。ウルガーさんは深手を負ってしまった。

 何とか逃げのび、その途中で僕達が拠点にしている湖の畔に辿り着いたそうだ。

 そして、中央の島に人の気配を感じたため、決死の覚悟で湖を泳いで渡ったが、そこで力尽きてしまったということだ。




 話を聞いていたマオちゃんは、途中から泣き出してしまい、今はリーゼの膝で寝息を立てている。

 リーゼが、ぽん、ぽん、とマオちゃんの背中をさするようにしながら、未だ悲しそうな顔をしているマオちゃんを気遣っていた。



 うん。

 作り話……なんかじゃ無いんだろうな。

 根拠は無いんだけど、ウルガーさんの目を見ていたら、全部本当の話なんだろうなって思った。

 彼のブラウンの瞳が、見ていられないくらい揺れてるんだ。何かを必死に堪えているように見えた。力が入ったままで僅かに震え続けている彼のうでも、深く刻まれた眉間の皺も、嘘だと思えなかった。



「大変、でしたね……」

「いえ、人の営みに紛れて暮らす犬人族(我々)が、常に背負っている問題故……。いつか、こんな日がくるのだろうと、覚悟はしておりました。それが、偶々今回だったと言うだけ、で、ござる」



 知らず知らずのうちに、僕の手にも力が入っていたようだ。

 いつの間にか、掌に爪が食い込むほど握られている拳に視線をおとし、小さく息を吐く。



 僕は、ウルガーさんに何も言葉を返すことができなかった。























 ――でも、それだけじゃない。


 (何やってるんだよ、クラウス(あの野郎)ッ)


 僕の中に、激情が宿っていた。


■Tips■

メイシオ[略称・商品名]

Q:え、このTipsまだ続くの?

A:はい、続きます。


メテ・フイ○オが正式名称ではあるが、テールス王国(の東部)ではメイシオの略称の方が良く知られている。

外見がアレなパンではあるが、味は絶品かつ、食べやすい形状(意味深)で、コアなファンが多いとか。

ウルガーさんが行商で必ず扱うパンであり、城塞都市フレイスバウムでも沢山売れた。売れてしまった。


表面はサクッとしていて少々固めながらも、生地がしっかりと詰まった中身はしっとりしている。

また、中には蜜のようなクリーム(勿論白色)が入っている。

因みに、パンの中にクリームに限らず、何かを入れるという発想は、テールス王国においてはメイシオが初。しかも、それがしっかりとパンに馴染むように研究し尽くされたうえで商品化されている。

味のもさることながら、この斬新な発想で今までに無い食感を誇るメイシオは、流行に敏感な客層に売れに売れた。


このクリームの所為で、決して安価ではない(クリーム自体もそこそこ高価だし、パンの中にクリームを入れるという調理方法によるコストもかかる)パンなのだが、リピーターが凄く多い。特に女性客。


このクリーム、根元の丸みを帯びた部分だけで無く、先端の方までしっかり沢山入っているため、棒状になっている部分をぎゅっと、しごくように、それでいて大胆に、テクニカルな力加減で握ると、先端部から白いクリームが溢(自主規制)

まさに、大人のパンである(白目)


メテ・フイシ○の半身たる、サポ・デ・チョー○なるパンも、ウルガーさんが行商で扱う人気商品の一つ。こちらはコアな男性客が(ry

サポ・○・チョーラについても説明が必要だと思うが、もう既にここまでで(Tipsだけで)七○○字を越えている異常事態のため、説明はまたの機会になるのであーる(あるのかな、そんな機会)


Tipsが面白かった(きっと酷かったの間違い)って言う理由で、評価を入れて下さっても良いんですよ?(ぼそっ

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