大マゼラン雲 風雲記 その1
大マゼラン雲での、悪しき宗教活動撲滅運動、開始です。
手始めは、対抗する宗教勢力を起こすことから。
大マゼラン雲内の、とある寂れた一地方星系の、さらに片田舎……
ここにも、悪しき宗教の弊害が広まっていた。
ここは、寂れていはいるが、立派な町の広場。
その中の一団高くなっている場所に、首に縄を掛けられた女性と、やたら派手な衣装を着た男性がいる。
「ここに立つ女は、罪あるものである!こともあろうに、教会への寄進を断りおった!そればかりか、娘を教会へ行儀見習いとして送り出すこともせずに、家の中に隠しておった!この女、罪深きものにして、教会に反逆の意思ありと見た。よって、たった今から市民の身分を剥奪し、奴隷となることを、我、教会の神父として命令するものなり!」
とんでもない事を言い出すバカは、どんな奴だろうと顔を見ると。
おや?
隣の小マゼラン雲の支配的生命体「水素呼吸生命体」ではなく、あきらかに酸素呼吸生命体、それどころか、銀河系の過半数を占める、タンパク質生命体そのものではないか。
どうやら、大マゼラン雲の中で水素呼吸生命体と酸素呼吸生命体との支配権争いがあり、勝った種族が酸素呼吸生命体だったようだ。
負けて追われた水素呼吸生命体は、仕方なしに隣の小マゼラン雲へ種族ごと移り住んだと。
マゼラン雲の戦いの歴史が見えたところで、俺達は、目の前の不条理に介入する。
〈その女の処罰、我は認めぬ!〉
強大なテレパシーを、広範囲に放つ。
俺が発信元だとバレないように、だ。
理不尽極まりない刑罰を無実の者に負わせようとした自称神父は、突然に頭の中に響いたテレパシーに驚愕する。
とりあえず、事前調査では、この大マゼラン雲の生命体にも大したエスパーはいないことが判明している。
せいぜいが、極度に集中して、ようやく相手の表層意識を読める者、紙コップ程度の物を数センチ移動させることが可能な者……
それくらいが関の山。
さーて、この強大なテレパシーに、どう反応するのやら……
「な、何?何だ、この頭の中に響く声は?!お前たちの中に悪ふざけしている者がいるのか?!」
おーおー、エセ神父が逆上してやがる。
ま、無理もないがね。悪しき宗教の巣窟「教会」という、宗派も無けりゃ、祀る神や仏すら無い邪教の集団が、星系の支配権を一手に握って好き勝手やってるんだから。
それに異を唱える奴なんか、いると思えないんだろうね。
でもね……
ここに、いるんだよ。
さて、もう一つ、ぶちかますか。
〈我は真実の神なり。邪教の信者よ、神の罰、汝が受けよ!〉
と、テレパシーで宣言すると、俺はサイコキネシスを発動する。
現在、俺のサイコキネシスも発達してきて、数tくらいの重量ならば軽く空中に飛ばせるのだ。
という事で、そこいらへんの岩を、不安がって、それでも民衆の前でいきがってる自称神父の目の前に落としてやる。
誤差は数mm、うん、俺の超能力も、ずいぶんとレベルが上がったな。
目の前に重量300kgはありそうな岩が空中から落ちてきた。
あと数10cmずれていれば確実に死んでいたという事を自分で納得して自称神父は気絶する。
それを確認し、俺は群衆の前に出て行く。
罰を受けていた女性を助け起こし、縄に触れながらサイコキネシスで縄をバラバラにする。
ちなみに、俺はフード付きのマントを被っている。
少しは顔が見えるが、大っぴらに公開したくないのだ。
群衆が息を呑む。
さっきの自称神父に下った神罰と、俺の使った力とが、ほぼ同じだと認識したのだ。
俺は、女性に語りかける(ここで翻訳機は使わない。ここの主要言語は、ほぼ一種類だったので睡眠教育機器で短時間詰め込みやって言語を覚えたのだ)
「貴女は、もう自由です。何処へ行くも、何をしようと自由です。宗教、神は、貴女を縛るものではありません。この男は、悪の宗教に陥った者。そんな宗教は、神が許しませんから」
女性は何が起こったのか、まだ理解に苦しんでいるらしい。
「あの〜、あなたさまは、どういう御方でしょうか?」
いい質問だね。
せっかくだから、答えてあげよう。
「神の声を伝えるもの、です。私自身は、貴女と同じく、生きているものですが、私は神の声を聞くことが出来ます。神は、貴女を助けよ、と私に告げられたので、私は、ここに来たのです。間に合ってよかったですね」
ようやく、自分が助かったのだと理解すると、女性は泣きだした。
無理もない、教会の権力に逆らえなかったんだよな。
ここで、俺が待ち望んでた奴らが、おっとり刀でやって来る。
自称神父の同類、教会の下部組織の面々だ(つまりは、暴力で支配するほうね)集団(20名位はいるな)で、俺達を取り囲み(高い位置にいる俺達が逃げないように、四方を囲んでる状態)誰何してくる。
「おめえさん、何者だい?神父様を脅かすのはいいが、俺達は騙されねぇぞ。何かトリックでも使ったんだろうが?!しかし、この人数じゃ、そんなものは通用しねぇぞ!」
あー、ワンパターンだなー、こういう奴らって。
とは言っても、殺すほどのことじゃないし。
じゃあ、完全ステルス状態で待機してる搭載艇群に頼むかな。では、その前に……
〈神の使徒に手を触れるな!汝ら罪深きものに、天罰が下るであろう〉
テレパシーで事前通告だ。
「だ、誰だ?!頭の中に響いてきやがる。おめーがやってるのか?いますぐ、こんな意味の無いことはやめろ!」
凄む暴力要員達。
でもね、俺がやってるけれど、喋ってないんだよ。
テレパシーは直接、思考を頭に叩きこむんだ。
俺は最終通告を述べる。
「あなた達は、自分が何をしているのか本当に理解していますか?罪なき人を罪に陥れ、更に教会の名の下に暴力をふるい、わがまま、欲しいままに振る舞う。そんなことをして神の目から逃れられるとでも?いや、今から、あなた達は報いを得るのです」
強めに設定変更しておいたパラライザーが、ステルス状態で見えぬ搭載艇群から無数に発射される。
弱めに設定しておけば、当たった瞬間に崩れ落ちるだけだが、強めに設定しておくと、当たった瞬間、猛烈な痛みが襲う。
ギャーっ!
という、ユニゾンにも似た悲鳴の合唱を聞きながら、俺は最初の計画が成功しているとフロンティアから報告を受ける。
寂れた街にある「教会」の末端構成員(信者は除く)に至るまで、全てパラライザーで無力化したとのこと。
教会の地下には、あくどい事業や布教で溜め込んだ活動資金や上納金が、たっぷりと貯めこまれていたこと。
これら全てを、教会とは無関係とフロンティアが調査・判断した町長や警察機構(警察官の中にも教会とズブズブの仲になっていた奴もいたようで、そういう奴はパラライザーで無力化が完了している)へ知らせる。
もちろん、俺達が手を出したのは、か弱き女性が無実でありながら奴隷に落とされるという事件から救ったことだけ。
後のこと?
関係ありません、だいたい、私の身体は1つです!
と、ほぼ同時に起こった教会への反逆と強襲事件は、俺達とは無関係とされた。
証拠なんか、あるわけないしね。
さて、これを発端として、俺達は、悪の宗教組織「教会」の抹殺・壊滅へと乗り出したのであった。
ps、
救いだした女性?
あのあと、どうなったかって?
普通の市民で宗教になんか興味なかった女性だったんだが、この事件で神への愛に目覚めたらしい。
街にある接収された教会の建物を借り受けると「真実の神への愛を実践する」という宗教を立ち上げてしまった。
旧来の「教会」とは違い、神への愛を実践するのが目標のため、強制的な寄進も無し、寄付の強要も無し、やることは「他人が嫌がる公共トイレの清掃、下水のドブさらい、草むしり、道路の掃除、看板や目印の修復作業」などを主にしていた。
だんだんと、前の「教会」とは全く違う宗教だと市民が認識を変えて、これが他の地方へと広がっていく事になろうとは、俺も予想していなかった。
数10年後には、この女性、名を変えた「神への愛、実践教団」の総理事長となり、子供や老人、または貧しい人々への無償奉仕を星域を越えて実践する巨大組織となったそうな……




