球状生命体の栄養補給システム改良案。 こいつで何とか出来ませんか?
吸血という習慣を、イメージから変える手ですね、これ。
書いてて、トマトジュースを呑む風景が見えました。
遠く銀河の反対側から彼はやって来た。
彼は自分のことを「地球人」と名乗る。
我々には聞いたこともない銀河系の辺境にある星、主星を「太陽」と呼び、その恒星系に一大文明を築いているらしい。
ただし、その文明程度は、まだまだ低く、その文明の構成員で恒星系を出て銀河を旅しているのは彼だけなのだそうだ。
彼は強い!
テレパシーは我々が到達できるとも思えぬ力強さであり、その宇宙船は……
宇宙船というより巨大なる小惑星の塊が宇宙空間にいるようなものであり、とても我らが対抗でき得る戦力とは思えない強力なものである。
しかし、彼は優しい。
我らの吸血行為を是正しようと討議と交渉をするためにやってきたと語った彼。
よくよく聞けば不定形生命体との交易も何もない文明だというではないか。
ただ、その優しさと溢るる探究心から通りすがりの(長期間、探していたようだが)不定形生命体の星を助けたのだという。
それも見返りを期待すること無く(その種族と文明の歴史を探しまわるのが彼の使命らしいが……本当に、そんな事だけで、あえて危険を犯して恒星に打ち込まれた制御装置などを回収するだろうか?我々の常識とは、全く違った思想を持っているとしか思えない)
この星へ来たのも懲罰のためではなく、ただ、抗議と、このような他種族を攻めるような事を止めろと言いに来ただけだという。
それに付随することとして我ら球状生命体の汚点、吸血行為も改善することが可能だと言い放った時には我らに動揺が走った!
吸血行為など汚点以外の何物でもないことは我らが一番良く知っている。
しかし我らの周辺の星域を調査してみても我らの舌と栄養補給を満足するタンパク質生命体は無かった。
だから、悪だと知っていながらも民衆の声には逆らえずに、より我々に近い遺伝子と血を持つタンパク質生命体を探し続けるしか道がなかった。
それが……
彼が、地球人がテストとしてサンプルで彼の血液を我らに提供してくれた時、もう、様々な検査などしなくとも私には本能で分かった。
彼の血液こそ我ら球状生命体が悪の帝国に堕してまで求めた物だということが!
後で分かったことだが彼の遺伝子は我らの元の遺伝子……
我らが彼と同じような肉体構成をしていた時の遺伝子……
に酷似していると報告された。
その理由も彼は告げる。
彼と我ら球状生命体は同じ種族から派生したのだと。
衝撃の事実であった。
我らが遠い過去に銀河中央に建設された時空転送機にて、この星に送り出された時、本来なら時間定数により、未来あるいは現在のいずれかの時代にしか送り出されることはなかったはずなのだが、ここに1つのエラーが発生したらしい。
これは仮説だが、と彼が前置きして展開した説明は我らも納得するしか無いものだった。
証拠は彼と我らの遺伝子のそっくりさ。
逆に我らのほうが先祖の遺伝子からの変質度合いが多く、それを元に戻すと仮定すると彼との遺伝子の差は、ほとんど無くなるとの研究者の計算結果だ。
それは途方もないもの……
時間定数が銀河系の超巨大ブラックホールのためにねじ曲げられてしまい、我らは未来の現惑星ではなく過去の現惑星に放り込まれてしまったのだそうだ。
先祖の時間流から遠く離れてしまった太古に転送された我らであるが逆に、それが都合が良かった、と彼は語る。
転送された先祖たちは、おそらくは技術者や科学者のグループであり、ある程度の技術データを持って、この星にやって来たのだろう。
その時には、まだまだ肉食獣や危険な生物は少なく、外から来た彼らには暮らしやすかっただろう。
つまりは、それほど科学や技術の低下が無いうちに先祖は宇宙へ文明を発展させる事に成功したと思われる。
ただし、ここから先祖の不幸が始まっただろう、と彼は告げる。
転送機にこだわった先祖の先祖と違い宇宙空間にでた先祖たちに遺伝子の進化、変化が起こり始める。
初めはゆっくりと、次第に宇宙に適した肉体に進化・変化していった我らは進化・変化の途中で固形物の摂取が困難となる遺伝子となったか、あるいは自分たちで固形物の摂取とは縁を切る遺伝子操作をしたか、どちらかは今となっては分からないが、その時から我らは最初はチューブ状の栄養補給で、次第に肉体からの直接の体液補充、つまりは吸血の習慣に変化したらしい。
それを元に戻すということは、さすがに彼にも無理である(遺伝子操作するにしても我らの肉体は、もう固形物の摂取には向いていないのだから)が吸血という習慣を無くすることは可能だと言ってきた。
それは……
我々も古代から受け継いでいる細胞クローンの技術で簡単に実現可能だ、とのこと。
言われて初めて我らも納得した。
その方法とは……
彼の言葉を借りよう。
〈簡単ですよ。まず、私の血液をクローンで増やし、大量の血液細胞とします。そうしたら、それを流動食パックのような入れ物に入れて、それを吸収するように習慣づければ……ほら、吸血じゃなくなるでしょ?これで、少なくとも、肉体から直接吸血するよりも衛生的だし、見た目もグロテスクじゃ無くなりますよね〉
テレパシーではあったが、この時の映像は我が種族の悪癖から開放された記念のものであるということで資料として永久に残されることに、全評議員の承諾で決定されたことは言うまでもない。
それから、この流動食パックは様々な改良を経て、現在では持ち運びに便利なボトルタイプとダイエット用の少食パックになっている。
彼には、いくら感謝しても感謝しきれない。
我ら球状生命体は、もう吸血という汚点を公にすること無く、彼への感謝を込めながら、彼の元の血液サンプルを増殖したものを公衆の面前で晒すこと無く吸収できる環境になった。
これを、もっと改良していけば、そのうち我らは粉末血漿だけでも生きていけるようになるだろう。
彼は我らの歴史や星間連合の様々な生命体の歴史を聞いて回ると必要な物資だけを積み込んで、また銀河を巡る旅に出ていくとの事で旅立っていった。
今、彼は何処にいるのだろうか?
そして、どのような生命体を助け、歴史を聞いて回っているのだろうか?
彼は銀河を巡る善意の放浪者だ。
我々は彼の事を種族の命が続く限り子孫に伝えよう。
彼こそ、この銀河系一のトラブルバスターだ。




