329話
こちらを"禍つ黒鉄"と認識した上で、彼女はこの程度の戦力で挑んできたのだ。
無論、指揮官としても一人の戦力としても優れた人材ではあるが、それを考慮してもなお準備不足にも程がある。
途中でクロガネも理解した。
彼女は軍務局の人間としてではなく、個人として用があるのだと。
だから、接触の邪魔になる隊員たちを容赦なく捨て駒にした。
そのやり方は好ましくない。
だが、話を聞いてもいいと思えるくらいには興味を引かれる人間だ。
「全て見透かされていましたか」
指揮官の女性が、防護ヘルメットを外して髪を揺らす。
怜悧な瞳が印象的だった。
「カラギから血の気の多い方だと聞いていましたが……どうやら情報が誤っていたようですね」
窮屈そうな様子で装甲を外し、武装を全て解除する。
肌に密着するバトルスーツまでは脱げないが、それ以外は一通り地面に放り捨てた。
「軍務局、局長補佐を務めるロンニコ・カールマンと申します。此度は貴女に助力を願うため接触させていただきました」
「それにしては随分と乱暴じゃない?」
「力量を測る必要がありましたので」
裏社会において名の知れた殺し屋であり、今はディープタウンに名を連ねる大悪党。
魔法省や軍務局との交戦記録も残っているはずだ。
それほどの情報があっても、実際にその目で確かめたかったらしい。
「隊員たちを無駄死にさせてまで?」
「目的のためなら手段は選びませんので」
その言葉に微かな憂いは感じられる。
だが迷いや後悔の念はない。
必要であれば非道な手段を選ぶ覚悟を決めているが、その上で犠牲を蔑ろにせず心中で弔っているらしい。
「その前に、信用をいただけるのであれば一つだけ」
ロンニコが手を翳す。
どうやら軍務局のシステムに何かを要請したらしい。
クロガネはそれを静観する。
ここで裏切るような真似はしないと感じていた。
その十秒ほど後、他部隊と交戦していたジェンナーロから通信が入る。
『禍つ黒鉄、聞こえるか』
「なに?」
『敵が急に自爆した。さすがに無事ではない』
使い捨てるにしても、あまりにも惨い最期だ。
クロガネは嘆息する。
「他に脅威は見当たらない?」
『恐らく。警戒を怠るつもりはないが、一先ず片付いたと考えていいだろう』
救援に感謝する、とジェンナーロが告げる。
どうやら目立った被害も出さずに終えられたようだ。
『報酬については、また後日に話そう』
「それで構わない」
通信を切り、端末をしまう。
直前に彼は"本命はカラミティかもしれない"と予想していた。
ラトデアへの襲撃は陽動で、クロガネの留守中にゾーリア商業区を制圧される危険があると。
「トリリアム教会は軍務局と繋がってる?」
いずれにしても、背後にいる組織について確証が欲しい。
彼女が本当に友好的な人間であれば答えてくれるだろう。
「軍務局上層部に、同じく軍務局長補佐のディーナという者がいます。彼女が個人的に仕事を与えているようです」
光剣を生み出す悪魔堕ち。
以前、クロガネも一度だけ遭遇したことがあった。
「目的は?」
「承認を得ずに動かせる戦力が欲しかったのでしょう。軍務局はあくまで統一政府の下部組織ですので」
政府の承認――最終的な決定権はラプラスシステムにある。
ディーナが何かを企んだとして、私的に軍務局の部隊を動かせるわけではない。
当然、彼女自身の行動も規律に縛られる。
犯罪組織なら汚れ仕事を任せるには丁度良い。
正当な報酬さえ提示すれば、欲に眩んだ悪党たちは容易く媚び諂う。
「なら、この襲撃はゾーリア商業区を狙うための陽動ではない?」
「……表向きは"魔法省の手に負えないシンジケートの偵察"とされています」
ラトデアは儲けが出るなら稼業の種類を問わない。
近隣で人間が失踪するようなことも多々ある。
承認されるための建前としては十分だ。
「何かを任せるための見返りとして、この小隊が派遣された可能性が高いと睨んでいます」
そして、とロンニコは続ける。
「彼女が直近でアクセスしたデータベースの情報がこちらです」
ホログラムスクリーンを展開させる。
そこにはラプラスシステムによる一望監視性完全管理社会に関する記録が表示されていた。
アグニのIDでは閲覧できなかった内容だ。
部外者に開示していい情報ではない。
傀儡にされている彼女と軍務局長補佐のロンニコとでは権限レベルが違うようだ。
「……チェリモッドがラプラスシステム本体に接触している?」
「その通りです」
魔法工学の権威チェリモッド・ゲヘナ。
フォンド博士や故アモジ・ベクレルと並べてこの時代を代表する科学者として知られている。
その彼が、ラプラスシステム本体に接触する機会があったのだと。
文書には"中枢領域に招かれた"という記述があった。
「新制度の施行にあたってシステムの機能拡張に携わったのがチェリモッド氏です。ラプラスシステムは必要性があると判断して彼を招きました」
「中枢領域っていうのは?」
「遺物を中心に構築された巨大なサーバールームと考えていただければ」
誰も場所を知らないはずの中枢領域。
本来であれば誰も立ち入ることの出来ない空間に彼は足を踏み入れた。
「……ラプラスシステムはどこにある?」
「不明です。中枢領域に入るには転送収容を承認されなければなりませんので」
この世界の何処かにある、という保証さえ得られない。
クロガネ自身が別世界の存在を知っている。
もしかすれば、常識的な手段では辿り着くことは困難な場所にあるかもしれない。




