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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
7章

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324/332

324話

「ッ、はぁ――」


 クロガネは荒く息を吐き出す。

 魔力を使い過ぎて欠乏状態を引き起こし、酷い頭痛に襲われている。


 だが、自分は生きている。


「殺した……」


 胸に突き立てたナイフ――握る手は硬直して、微かに震えている。

 血を流しすぎたのか、思考も明瞭ではない。

 そんな状態で、動かなくなった悪魔堕ちの体に覆い被さるような体勢で、辛勝を噛み締めている。


 成し遂げてしまった。


「……はぁっ、はぁ」


 殺した相手は悪魔堕ちではない。

 自分と同じように異世界に召喚され、改造手術を受けただけの被害者だ。

 この世界の人間を手に掛けることとはわけが違う。


 凄惨な機動試験の末に、こんな地下深くに監禁され。

 自らを発生源とした魔物に牙を剥かれ続け。

 それでも少女が希望を失わなかった理由こそ、


『――勝てば元の世界に帰れるんだからッ!』


 真実か疑わしい悪魔の囁きだった。

 この場所を訪れた魔女を殺せ――その対価として元の世界への送還を約束されていたらしい。


 多くの魔物を狩り続け、荒れ狂う莫大なエーテルの支配に成功した。

 彼女の努力は間違いなく本物だった。


 だが、クロガネは命を奪うことを選択した。


「……どうした、様子が変だ」


 ユーガスマが歩み寄る。

 彼の背後には戦闘データを記録しようとしていたドローン等の残骸が散らばっている。

 幾つか戦闘用のものもあるらしい。


 頼んでいた通り、横槍は彼が全て防いでくれたようだ。


「……っ」


 放っておいて、と突き放す余裕もない。

 酷い吐き気に襲われて、言葉を発することもできない。


 最悪な気分だ。

 初めて"人殺し"をした自覚をしてしまう。

 魔力を吸収する不快感が、余計にストレスを増大させている。


 吐き気を誤魔化すように深呼吸をして、


「……煙草持ってる?」


 クロガネはふらつきながら立ち上がる。

 負傷の程度は思ったほどではない。

 精神的な負担が積み重なっているだけのようだ。


「生憎だが、私は喫煙者ではない」

「そう」


 そんな気はしていた、とクロガネは嘆息する。

 手持ちの煙草も切らしてしまっている。


 機動試験の直後のような後味の悪さを感じていた。

 苛立ちを吐き出せる相手もいない。

 そんな苦痛を嘲笑うように、


『――ふむ、中々見応えのある戦闘だった』


 あの男の声が聞こえてきた。

 一体どこから観測しているのか分からない。

 少なくとも、クロガネの『探知』にはそれらしい反応は無い。


『初めて同郷の者を殺めた気分はどうかね?』

「ッ――!」


 殺気を放つも、博士はこの場にいない。

 何も手出しができない。


「……同郷とはどういうことだ」


 ユーガスマが問う。

 出身が同じというだけでクロガネがここまで苦悩するとは思い難い。

 かといって見知った間柄というようにも見えなかった。


『必要な情報は全て、研究施設のデータベース内に保管されている。元執行官殿、君も未だ無知な反逆者でしかない』

「自分が何もかも知っているような口振りだな」


 その言葉には、小さな笑い声だけが返ってきた。


『さて、今回の報酬として――データベースへのアクセス権限を与えよう』


 生体データによる認証。

 機動試験の際に記録されていたのだろう。


『時間を気にせず閲覧するといい。研究施設内に、これ以降の仕掛けは施していない』


 それを最後にフォンド博士の声が途絶える。

 嘘をついている可能性は低いだろう。

 信用できない相手ではあるが、こういった事に関しては偽らない性格をしている。


 だが、情報に関しては恣意的に選ばれた内容のはずだ。

 それを知ること自体が博士の利益にも繋がる。


 そして、二人の前にホログラムモニターが展開される。


「気掛かりな事も多いが、今はデータを回収して離脱するべきだ」


 ユーガスマが手持ちのメモリーカードを取り出す。

 物理的な接続をせずとも煌学技術によってデータのやり取りが可能だ。


「……一つだけ確認したいことがある」


 クロガネはモニターに手を触れ、検索をかける。


――"悪魔堕ち"とは。


 現状警戒すべき最大の脅威。

 統一政府カリギュラの下部組織でありながら、議員に対して強い影響力を持つ。

 軍務局の存在は議会掌握という目的に支障を生む可能性が高い。


 対話可能な相手ではない。

 知性を持ちながらも、魔女を"下等生物"と見下すような言動。

 目的は不明だが手を組める相手には見えなかった。


 何より、既にクロガネに不利益を齎してしまっている。

 それだけで敵対するに十分すぎる理由だ。


 先ほど殺めた少女は悪魔堕ちに変異していた。

 博士の研究によって人為的に生み出されているのだ。

 軍務局と同様に、魔女を強制的に変異させる条件を知っているのだろう。


 悪魔堕ちについて、フォンド博士の研究記録が残されていた。


――悪魔堕ちにこれ以上の可能性は見出だせない。


 冒頭から、悪魔堕ちに関する失望と軽蔑の羅列が記されていた。

 何かを期待して研究を開始したようだが、それに応えられるポテンシャルを持っていなかったようだ。


 魔女と比較してどのような点が優れ、どのような点が劣っているのか。

 詳細なデータが並べられ、煌生物学的観点から思い浮かぶ限り全ての実験を行った上での結論は、


――悪魔堕ちは進化の道を誤った失敗作である。


 それ以降、興味が失せた彼は何も悪魔堕ちに関する実験を行っていない。

 実験体サンプルとして悪魔堕ちに変異させられてしまった少女は、他に使い道もなくなってしまって閉じ込められていたのだろう。


 絶望に塗れた地下に幽閉され、一切の交流も得られない孤独な中。

 元の世界に戻れるという叶うはずのない希望だけを抱え続け、そうしてクロガネによって殺められた。


「……」


 手に残る感触は本物だ。

 これまで多くの命を奪ってきたというのに、同じ境遇というだけでこうも狼狽えてしまう自分の弱さが憎い。


 自分もまた、叶うはずのない希望を抱えて踊らされているのではないか。

 そんな考えが過ってしまうほど憔悴してしまっているらしい。


 こんな状況で帰路につくのは危険かもしれないが、休んでいても嫌な考えが頭から離れない。

 この苛立ちと不快感を吐き出せたらどれだけスカッとするだろうか……などと考えていると。


 クロガネの端末がメッセージの受信を知らせる。

 差出人はラトデア首領のジェンナーロだった。


――ドートミル居住区に軍部の潜伏を確認した。手を借りたい。


 いいタイミングだ……と、クロガネは笑みを浮かべた。

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