311話
「なんでアンタと二人で留守番しなきゃならないのよー」
マクガレーノが大袈裟にため息を吐く。
クロガネは用事があると言って不在の状態。
その上、屍姫まで戦力を集めると言って外出している。
「同感だ」
ロウもまた大袈裟にため息を吐く。
ゾーリア商業区では長らく敵対関係にあったため、未だ関係は良好とは言い難い。
互いに能力を評価していないわけではない。
同じ悪党として裏社会を生きてきて、流れている噂話は数多く耳にしてきた。
そしてそれが偽りでないこともこれまでの仕事ぶりで確認済みだ。
とはいえ、同じ組織に所属するにしては仲が悪い。
仕事面では感情を抜きに進められるが、こうしてストレスを溜め込んでしまうとなると話は変わってきてしまう。
元来の性格が合わないという部分もあった。
頭の硬いロウから見て、マクガレーノの人間性は理解し難い箇所が多い。
逆もまた然りだ。
「あ、そういえば魔法省のおじいちゃんとツテができたんでしょ?」
「正式な協力関係ではないがな。クロガネ様の決定を待つまで保留している」
「一時的でも、悪党を見逃したなら共犯と変わらないわよ」
そう言って、マクガレーノは悪い笑みを浮かべる。
「……何を企んでいる?」
「ちょっとでいいから対魔武器を融通してほしい……って、アンタも思うでしょ?」
魔法省の所有している対魔武器は質が良い。
装備としての汎用性の高さと安定性、どこを取っても高品質だ。
「だが、魔法省の備品は全て管理システムと繋がっているという話だろう」
起動には申請が必要で、システムから承認を得なければ置物と変わらない。
その管理者こそ、悪党たちが恐れるラプラスシステム本体だ。
以前、魔法省の端末を探ったクロガネが繋がっていることに気付いた。
回収するだけでアジトを暴かれてしまいかねない。
どこまで見られているのか不明だが、少なくとも使用者の周辺状況を把握していておかしくはない。
「もちろん知ってるわよ。けれど、何事にも例外があるのよね」
「どういうことだ?」
マクガレーノは得意気な顔をしていた。
何を知っているのか気になって、ロウはその先を促すように聞き返す。
商才に長けている彼女だからこそ知ることもあるのだろう。
「型落ちの旧品か、もしくは一部の納品直後の新品はシステムとのパスが繋がってないのよ。特に、システム負荷の関係で旧品はセキュリティを解除して保管されているのよね」
「それを横流しさせる、と」
「そういうこと」
内部の事情にも詳しいらしい。
マクガレーノ個人が持つ情報網には、もしかすれば内通者まで含まれているのかもしれない。
「だが、一部の新品とはどういうことだ?」
「そこがアタシの目当てなのよね」
型落ちの旧品でも性能が悪いというわけではない。
よりエネルギー効率が良くなったりなどの違いはあるが、CEM製の正式装備は潜りの技術者が生み出すものよりずっと良い代物だ。
だが、今回の報告を聞く限りではそれでは不十分だ。
「アタシが欲しいのは"特級"よ」
「まさか。そんな目立つものを流して隠蔽できるわけがないだろう」
故障したものだったりを横流しする分には幾らでも理由をでっち上げられる。
それこそ再利用不可として廃棄処理を行ってしまえば手っ取り早い。
ただでさえ目立つ特級対魔武器。
それも届いた直後のものとなれば、カラギの名前を使ったとしても不自然だ。
「試作品の提供は伝票付きの納品とは違うのよ。正式なものじゃないから、届いてから管理システムに繋ぐことになる」
対魔武器の保管リストに加えるのもその後になる。
諸々の処理をせずにいたなら、魔法省のデータベース内には存在しないものとなってしまう。
試作品は性能調査のために提供されている。
実戦に投入することでどれほどの効果を発揮できるのか、そのフィードバックを求めているのだろう。
本来は厳格に管理されるべき物だ。
だが、その前段階で回収してしまえばセキュリティ面で言えばバレようがないのだ。
後は何とでも誤魔化しが効く。
「まあ、必ずそれじゃないとダメってわけでもないけれど」
用意できるなら手段は問わない。
マクガレーノの目的はあくまで対魔武器の補充だ。
今でも銃火器は多く保有しているが、対魔武器に関しては不十分だった。
これはカラギという人間を試す機会でもある。
その程度のリスクも背負えないようなら、始めから協力関係など結びようがないだろう。
あるいは別口から用意できるなら、それもまた彼の評価に繋がる。
そんな考えを察してロウも納得する。
「しかし、特級対魔武器か……」
――特級−星球式鎚矛『冥帝』
馬鹿げた破壊力を持つ武器。
たった一つでも、あるだけで戦況を大きく変えられる代物だ。
もしあの場で対魔武器が無かったなら、ハスカが近接戦闘で後れを取るようなことはなかったはずだ。
そうでなくとも、こちらも同等の装備を携えていたなら……と。
確かに魅力的な取引だ。
カラギがこちらにどれほどの価値を見出しているのかを知ることもできる。
後々に助けとなるなら断る理由もない。
「あ、一応言っておくけれど」
「なんだ?」
「連絡する時は必ず"クロガネ様が欲している"って付け加えなさいよ」
そう言えば上等なものを持ってくるはずだ。
マクガレーノは笑みを浮かべているが、ロウは勝手に名前を出すことに抵抗を感じていた。
「アンタ本当に意気地なしよね」
「いや、だが恐れ多いだろう。クロガネ様の名前をお借りするなどと」
「こういうのは結果を出せばいいのよ。それで失敗したら相当怖いことになるでしょうけど」
クロガネは結果主義だ。
手段を問わず成果を上げることだけ考えていればいい。
「何ならブラックマーケットに手を出すのもいいんじゃないかしら?」
「勘弁してくれ」
ディープタウン内にある闇市場だ。
薬や銃火器、精密機器から情報まで。
あらゆるものを売り買いしている無法地帯だ。
そこを訪れたら確かに色々と手に入るだろう。
だが、それ以上に寿命が縮まってしまいそうだとロウは震える。
「……お前はあそこに出入りしているのか?」
「当たり前じゃない。活用できるものは全て使わないと勿体ないわよ」
確認するまでもなく事実のようだ。
マクガレーノほどの才覚を持っていて、ブラックマーケットに手を出さないはずがなかった。
「そうか」
ロウはゆっくりと息を吐き出す。
心を落ち着かせ、覚悟を決めなければならない。
トリリアム教会を相手に敗走を喫してしまったという失態。
そんな自分を見かねて、わざわざ別件に出向いて席を空けているのではとさえ勘繰ってしまう。
以前から他の幹部たちと比べると見劣りしてしまうという自覚はあった。
正式にスカウトされた二人と違い、ロウは転がり込むように他組織との競走に勝てただけ。
まだ実力を認められているとは言い難い。
彼も知っている重要な事項がある。
それは、裏社会において大前提となる常識。
――舐められたら終いだ。
下っ端として駆け回っていた時代を思い出す。
あの頃は三等市民から這い上がろうと必死だった。
自分の命など顧みずに、がむしゃらに銃を振り回していたはずだ。
それが、今の体たらくは何だと。
己を鼓舞させるように問い掛ける。
「おい、マクガレーノ」
「何よ?」
「今回の抗争で必ず価値を示してやる。覚悟しておけ」
宣言して即座に行動に移す。
端末を取り出すと、ロウはどこかに連絡をしながら退室していった。
そんな彼を見て、
「あら、ちょっとはマシな気概を見せられるじゃない」
感心した様子で背を見送ってから、マクガレーノが呟いた。




