28話
仕事内容は大体の予想が出来ていた。
依頼者に現在位置を伝えると、二十分ほどで送迎の車が現れた。
「受けてくれると思ってたぜ」
カルロが安堵した様子で車内から顔を覗かせる。
依頼主は彼ではない。
後始末を付けるようにアダムから言い渡されたのだろう。
後部座席に乗り込むと、すぐに車が発進した。
この一件は急ぎで片付けたいらしい。
「裏切り者を殺しにいくんでしょ?」
「あー、そうなんだが……まだ事情がわからねえ」
何者かに脅されているようであれば、その危険を取り払ってしまえばいい。
マッド・カルテルのような木っ端の新顔では大半の敵に抗えない。
「アイツらを引き入れたのは俺だ。確認くらいはしてやらねえと」
「……はぁ」
クロガネは呆れたように嘆息する。
事前にアダムから伝えられた通りだ、と。
カルロは合理的な男だ。
必要に迫られれば部下を見捨てる選択も取れる。
極限まで追い詰められた状況下で、非情になれるのは優秀な証だ。
だが、普段の彼は違うらしい。
廃工場から離れて以降、どうにも目付きの鋭さが消え失せて腑抜けているように感じてしまう。
「甘ったれた考えは捨てて」
アダムからの依頼はただ一つ。
カルロがマッド・カルテルを叩き潰せるように"監視役になれ"と。
「"事情は関係無い。歯向かった事実だけが重要だ"……だって」
「……あぁ、分かっちゃいるさ」
クロガネから見て、検問を突破するまでのカルロは冴えていたように思える。
遠目から観察している際に、真偽官を上手く丸め込んでいる様子には感心したくらいだ。
根っからの悪人ではないのだろう。
思考は合理的だが地盤は義理人情で出来ている。
そんな人間に見えた。
「マッド・カルテルは弱小企業の集まりだ。ウチと違って戦闘専門の構成員もいない……アンタなら散歩にもならないだろうな」
まともな武装さえ用意できない素人だ。
もし対魔武器を大量に入手できていたとしても、練度は魔法省の捜査官と比べるまでもない。
制圧に手間はかからないだろう。
「そこは何で稼いでるの?」
「"畑"だ。医療用にバイオプラント各種を栽培して成分を抽出、その内の一部は裏ルートからウチみたいなところに流してるってワケだ」
栽培から抽出精製までのプロセスを"畑"と呼んでいるらしい。
バイオプラント自体は様々な薬に用いられるものだ。
毒にも薬にも、よりタチの悪いものにでも。
専門的な範囲まではともかくとして、その用途くらいは容易に想像が付く。
「もっといい取引相手を見付けたとか」
「まさか。CEMに買い叩かれていたところをウチで手を差し伸べてやったんだぜ」
研究のためという大義名分があればCEMは何でも手を出す組織だ。
とはいえ、さすがに資金には限界がある。
対魔武器を始めとした魔法工学機器類は有用だが、そのための財源を無限に用意できるわけではない。
二等市民の中で、中途半端な規模を持つ企業。
そこに"政府から"という名目で好き勝手な取引を持ち掛けているのだという。
「裏切る利点が思い浮かばねえんだよなぁ。今回のブツは確かに一級品だが、ウチを敵に回すほどのものじゃない」
だからこそ、裏切りを予想できなかった。
引き入れた責任は彼にあるとはいえ、そこまで見通すのは無理な話だろう。
「……マッド・カルテルに連絡は取れる?」
「ああ、ちょっと待ってろ――」
カルロは端末を取り出すと、予め登録されていた連絡先に繋ごうとする。
しかし、呼び出しに応じることは無かった。
「ま、当然か。襲撃が失敗してるってのに、俺からの電話に出るはずもない」
今更見せられる顔もないのだろう。
普段であれば、こちらからの電話にはワンコールで応答するほどだった。
「もう一度かけて」
「構わねえが……」
カルロは首を傾げつつ再び端末を操作する。
裏切ると決めたのであれば、わざわざ電話の相手をする必要もないはずだ。
さすがに出ないだろう、という予想に反して通信が繋がった。
相手は下っ端のようだった。
「あぁ、俺だ。例の件で……それだそれ。ウチの用心棒がそっちに連絡を入れたいらし――」
「回りくどい」
クロガネは呆れたように端末を奪い取って、すぐに本題に移る。
「そっちの偉い人を出してよ。聞きたいことがあるんだけど」
『あぁ? ボスは今いそがし――』
「――あんまり待たせないで」
殺気の乗った声色。
電話越しだというのに相手の男は身震いする。
「なぁ、おい。何か気になることでもあるのか?」
「別に大したことじゃない」
ただ引っ掛かりを感じただけ、とクロガネは続ける。
もし疑問通りであるなら厄介だが、実際のところは尋ねてみないと分からない。
少しして、電話口から別の声が聞こえてきた。
File:マッド・カルテル-page1
医療用に各種バイオプラントの栽培・抽出・精製までを行う中規模の企業"アルケミー製薬会社"を中心としたカルテル。
会社全体で裏社会と繋がっているわけではなく、幹部一人が小企業を傘下に入れて形成した組織。




