111話
用事を終えると、雑踏に紛れるように姿を隠す。
殺気を帯びた眼を隠すように俯きがちに歩いていれば、治安の悪い街の住人に溶け込むことは容易だ。
と、アラバ・カルテルのビルから離れるように移動していると――。
「……」
この街に似つかわしくない人物が反対方向から歩いてきていた。
薄汚れたコートを羽織っているが、その鍛え上げた身体と隙の無い佇まいは素人ではない。
見覚えのある顔だった。
視線を合わせないようにすれ違うも――。
「お前は……」
相手も勘付いたのだろう。
その手を肩に伸ばして引き留めようとするが、クロガネは即座に『能力向上』を発動させて駆け出す。
「おい、待てッ!」
「チッ――」
魔法省の捜査官――ジン・ミツルギが声を荒げ、銃を抜く。
何らかの事件を嗅ぎ回っているようで、わざわざゾーリア商業区にまで足を伸ばしてきたらしい。
その動きに反応するように、五人ほどがクロガネに視線を向ける。
部下を引き連れて乗り込んできたようだった。
即座に『解析』を発動し――その装備に興味を抱く。
捜査官たちは中級の対魔武器を構えている。
MED装置やESSシールド等も携帯しているようで、対魔女戦闘を想定してきているらしい。
これほどの装備が必要な相手となれば、近辺だとハスカくらいだろう。
アラバ・カルテルを制圧しに来たようだった。
それだけではない。
ジンは銃を構えつつ、もう片方の手に大きなアタッシュケースを持っている。
その中から極めて高い濃度のエーテルが感じられた。
通りには遮蔽物が無い。
撃ち合いをするには数が多いが、相手も人混みの中で迂闊に発砲するわけにもいかないはずだ。
その判断の隙を狙うように、逃走から一転して強襲を仕掛ける。
銃口を向けられようとお構いなしに接近し――。
「うぐッ――」
手前にいた女性捜査官の喉元を掴み上げると、そのまま盾のようにしてジンに対峙する。
もう片方の手にはハンドガンを呼び出して頭部に突き付けた。
「話し合いでもする?」
「貴様ッ……!」
不要な正義を抱えるからこそ、ルール無用の悪党を前にして遅れを取ってしまう。
ジンたちは銃を構えたまま動けない。
「人質を取るなんて卑怯だッ」
「先に武器を構えたのはそっちのはずだけど?」
手出しされなければ通り過ぎるつもりだった。
だが、フィルツェ商業区の工場にも乗り込んできていたことを考えると、クロガネと同じものを嗅ぎ回っている可能性が高い。
「ゾーリア商業区なんかに何の用?」
人質に銃口を強く押し付ける。
殺すつもりはないが、ジンが交戦を望むのであれば話は別だ。
「……違法薬物の製造者を探している」
「あぁ、目当てはこれ?」
人質を逃がさないようにしつつ、コートの内側からマギブースターを取り出す。
反応は予想通りで、ジンは目を見開いてそれを見つめる。
「やはり関わっていたのか、無法魔女めッ」
「さあね」
親切に教える義理はない。
そして、情報を強奪する権利もある。
「特務部が動くほどの事態とは思えないけど」
「ッ……公安部だ」
ジンはバツが悪そうに視線を逸らす。
以前の失態が彼のキャリアに影響したのだろう。
魔法省公安部・都市警備課――それが現在の彼が所属する場所だ。
評価を急いて大事に首を突っ込んできたのだろうか。
とはいえ、それを嘲るには手元のアタッシュケースが物々しい魔力を帯びている。
「事件に関与している煌学士が、近辺のシンジケートと密会を行っていたことは掴んでいる」
「……へえ」
ガレット・デ・ロワより多くの情報を持っていそうな様子だった。
この後にアラバ・カルテルにガサ入れをするのだろう。
「人質を解放しないと後悔するぞ」
「脅しのつもり?」
アタッシュケースには凶悪な対魔武器を隠しているのだろう。
だが、箱の中で大切に管理されているのでは使い物にならない。
「あのユーガスマ・ヒガの孫娘を傷付けて、生きていられると思っているのか?」
その言葉に少しだけ興味を抱きつつネームプレートに視線を向ける。
確かに"ユーリ・ヒガ"の文字か刻まれていた。
魔法省の最大戦力。
多くの無法魔女を葬ってきた執行官。
それを聞いて、クロガネは殺気を滾らせて笑みを浮かべる。
怯える必要はない。
と、戦闘に意識が向いた瞬間――。
「はあああああっ!」
人質の捜査官――ユーリが決死の覚悟で拘束を外し、そのままクロガネを投げ飛ばす。
服の内側に身体能力を補助するような装置を仕込んでいたらしい。
驚きつつも冷静に身を捻って着地する。
その隙にジンが間に割って入り、他の捜査官たちが再び銃を構えた。
「人間だからと侮らないでくださいっ!」
ユーリがアタッシュケースのロックを解除して、中に入っていた棒状の機械をジンに手渡す。
その武器から気味の悪い濁った魔力を感じる。
「殺り合うつもり?」
「その通りだ」
ジンが武器を構え、起動させる。
三十センチほどの長さから一気に身の丈ほどの長さへと伸び――直後に先端から硬質な刃が無数に生えて、歪な形の槍へと変貌した。
「これは……ッ」
クロガネは息を呑む。
想像以上に厄介で、凶悪な――。
「壱式――"ヤミイロカガチ"」
魔女の心臓を素材としてコア部分に仕込んだ、非人道的な対魔武器。
それを手に構えるジンは、果たして武器の製造過程を理解しているのだろうか。
「……TWLM」
興味深い……と、クロガネはその槍を見つめる。
以前、マクガレーノが開示したCEMの機密情報にあった研究テーマだ。
――"従属的自我の形成"と"疑似伝達神経との適応"を主とする。
電気信号による刺激によって能力を引き出し、自在に操ることが可能になる。
本来であれば対象は魔物だったはずだが、不要になった検体を流用することもあるのだろう。
もしくは、魔女を用いる方が都合が良いのだろうか。
これまでの対魔武器と異なるのは、擬似的に生命活動を維持させた状態で能力を引き出している点だ。
通常の対魔武器のように、ただ魔物の部位を加工して用いているだけではない。
「お前を捕縛するッ」
なぜ彼がそれを持っているのか――などと考える暇はない。
その踏み込みは力強く、次の瞬間には眼前にまで穂先が迫っていた。
File:TWLM(Transplant Weapon of Living-Magica)-page2
『携行型-体組織変異兵器』通称TWLM
壱式"ヤミイロカガチ"はエクリプ・シスを動力源として内蔵することで、本来の魔女が持つ能力よりも出力を高めることに成功した。




