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黄昏時の溜息・小話集  作者: 薄明
5/12

壁に耳あり

16.中編直後のお話

「……駄目ですわね」

「駄目ですね」

 扉の外で、聞き耳を立てていた女中と執事は、静まり返るホールで深々と溜息を落とした。

 ノーリーンは思い出したように首を横に振る。

「あの方が、夜会の度に浮名を流していた方だとは到底思えませんわね」

 王宮で小耳に挟む貴族令嬢たちの噂話は得てして誇張されたものが多いが、その噂の中でも彼女達が競うように名を上げるのが、ノーリーンの現在の雇い主だった。

 噂の真相はともかくとし、人間的には弟から思いやりのある人物だと聞いていたし、その肩書きと彼のもつ財産がとても魅力的なものであることに変わりはないのだが、今のやり取りを聞く限りでは、まったくもって女性の心理というものを分かっていない。

 どういう経緯があったにしろ、今は彼女が婚約者なのだろう。一目で二人の関係が、普通のものではないことに気づいたが、少なくとも雇い主の心は彼女にあるように思えたのだが。

 気のせいだったのだろうか。

 うーん、と唸っていると初老の執事が穏やかな笑みを浮かべた。

「こちらの屋敷に仕事以外で女性を連れてこられたことはないのですよ?」

 主人を慮っての言葉だろうが、扉の内側でなされた会話からはとても貴族令嬢の噂する人物と同一のものとは思えない。それにあれではあまりにも彼女が憐れだ。

「でもですね、あれではユーフェミア様が――」

 そう、当人同士は気づいていないかもしれないし、とても控え目ではあったがあれは彼女がみせた歩み寄りではなかっただろうか? 例えそうでなかったとしても、彼女の気遣いを無碍にするなど、女性の心をまるで分かっていない。

 名折れだ。

 確かにユーフェミアが婚約者に対する口調はそう言い難いものがあるが、少なくとも完全に嫌っているわけではないように思えた。むしろ自らの感情をどう扱っていいのか困惑しているようにも見えなくはない。

 それがノーリーンには手に取るように分かるだけ、知らず内にユーフェミアに肩入れしてしまう自分に気づく。

 だから、ディーンのあの態度はあまりにも納得いかない。余計にでも彼女を困惑させるだけだ。

 扉の内側でなされていた会話の対象であった執事は、自身の不穏な話などものともせず、それでも憤る女中に寂しげな表情を浮かべる。

「あの方は、優し過ぎるのです。誰かが不用意に自分に立ち入り、それ故に利用されないよう気を配っておいでなのです。まあ、女性とのあれこれに関してはわたくしも詳しくは存じ上げませんが」

 何を知っているのか、知らないのか。

 疑念の眼差しを執事に向けても仕方がないと思いつつ、とにかくもう少し様子をみましょうとだけ告げてきた彼に頷くことしかなかった。

「ですが、あなたは……」

 先程漏れ聞こえてきた会話に、チラリと視線だけを向ける。

「ええ。報告の義務だけはありますが、私は私の心が従うように動くだけですよ」

 そう言って彼は笑った。

 それに同調しながら、今まで王宮で一癖も二癖もある人間ばかりを見てきたと思っていたが、それ以上にこの屋敷にいる人間たちは変わり者と秘密が多く、なんだか面白いことがおきそうだと彼女は扉の中の二人のやり取りを聞いて思った。

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