認めたわけではないけれど
大したことない――。
それが第一印象だった。
王族の多くが生まれながらに持つ淡い金髪をきっちりと結い上げ、落ち着いた地味な色目のドレスに身を包んだ女は、はっきり言ってそこらにいる女中と変わりなく見えた。その上、少し脅すと身を小さく震わせ、これが本当に自分と血を分けているのかと疑いたくなった。
どこが王族の血を引いているものか。
荒れた手を取り挨拶はしたものの、長年培ってきた感情は押さえきれなかった。
持ち上げた手はわずかに力を入れただけでも折れてしまいそうなほど細い。
驚いたように目を見張った女は、感心なことに声を上げることなどしなかった。あれほど怯えていたにもかかわらず、逃げもせず、その上、挨拶の言葉まで口にした。
――なるほど、上流階級に取り入る為の肝は十分に座っていると見える。
何故ジュリアやカーティスが、この女にそこまでこだわるのか分からなかった。ただ、自分たちの目的の為に利用するだけにしては、その待遇が良すぎることに不満はあったが。
騙されているのか。
カーティスのあの女を見る目は、夜会で貴族の令嬢をとっかえひっかえしていた時とはまるで違う。
あの計算高い男が、計算無くして、あたかも正当性を掲げて牽制までしてきた。たかが庶民の女一人の為に。
そう、確かに、たかが庶民の女一人の為に感情を振り回されるのも癪に障る。カーティスの言うように、国民あっての国だ。のうのうと胡坐をかいて座っていればいいわけではないことぐらい頭では分かっている。
分かってはいるが――。
何なんだ、あの女は。平民の代表にでもなったつもりなのか。
怯えた様子も見せずに、まっすぐに見る瞳はこちらの心の中まで見透かすようで、叩きつけられた言葉は頭から冷水をかけられたようだった。頭の中で今まで思い描いていた血のつながった不幸な生い立ちの姉という存在が、その瞬間、崩れ去った。
この女に不幸という言葉が重ならなかった。
似つかわしくない。
ならば幸せなのか。そう思うと余計に腹が立った。
だが、川に落ちそうになったあの女を、意に反して助けようとした自分に驚いた。何をやっているのか。
しかし、伸ばした手はつかまれることなく、躊躇ったように身を竦めた女は、川にそのまま吸い込まれた。
一瞬茫然としてしまった。
何故、女は躊躇ったのか。
それは。
すべては、自分がまいた種だ。
……幸運にも女は助かった。
翌朝、顔を合わせたが、自分の生まれを知ったからと言って驕るわけでもなく、姉だからと偉ぶる様子は全くなかった。
そうか、と。
だからなのか、と。
ジュリアやカーティスがこだわる理由が分かった。
この女の側にいれば、気負うことがないのだ。身分や責任を感じさせない。一人の人間として見てくれる。
そう思うと少しだけ気が楽になった。
だが、だからこそジュリアやカーティスの側にいない方がいいのではないかと思った。庶民の中で自分が思いもつかないような苦労はしたかもしれないが、この女の本質は貴族社会にきっと合わない。
しかしそこまで考えて、ふと苦笑が漏れた。
……とはいっても、カーティスが逃がさないだろうが。
ならば、警告ぐらいしておいてやろう。カーティスと同じ手を使って、牽制するぐらいなら出来ないこともない。
一人静かに笑って、ふとひどく心が穏やかなことに気づく。今までなら、あの女のことを考えるだけで苛立っていたというのに。
だが、一方で仕方がないとも思った。
血がつながっているとはこういうことを言うのかもしれない。諦めに似た感情が湧きあがる。
姉と認めたわけではないが、少しぐらいなら――困っていることがあれば、手を貸すぐらいはしてやってもいいと、邸を去る時に見送りに来た女を見て、何気に思った。




