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黄昏時の溜息・小話集  作者: 薄明
3/12

お留守番

 闇の落ちる骨董品店はここ数日、辛気臭い溜息ばかりが落とされていた。

『今頃ディーン様は何をなさっているのかしら』

 物憂げな様子は、さらに陰鬱とした雰囲気を巻き散らす。

 普段なら、ここで生活しているユーフェミアが仕事柄、夜も遅い為、階上で物音がしているのだが、現在店主と共に出かけているので、ひたすら落ちるのは静寂だ。

 少し離れた場所にいたぬいぐるみは、その空気を追い払うように数度シンバルを鳴らすと、我慢ならないと言ったように叫び声を上げた。

『いい加減にしろよっ。うっとうしいぞ!』

『鬱陶しいとは何よ。恋する乙女の気持ちなど、猿のあなたには分からなくってよ』

 何気に突っ込みどころ満載の言葉だったが、リックはいつもながらに聞き流す。

 一々相手にはしていては身が持たない。

 だが、気分を腐らせるような雰囲気だけは我慢ならなかった。

『分かってたまるか! 今頃ユーフェミアといちゃついてるんじゃないのか?』

『馬鹿なことおっしゃい! あの小娘とディーン様では釣り合いが取れないわ!』

 すかさず返ってきた返事に、リックは今までとは違う感触に気づく。

 いつもならもっとユーフェミアを全否定するような言葉が出てくるはずなのだが……。

『――釣り合いが取れればいいのか?』

 揚足を取るつもりはなかったが、結果としてそうなってしまった。

 それは身分の事を言っているのか。

 ディーンと養父との関係を知っているのであれば、その発言も頷けなくはない。

 つい本音を漏らすと、彼女は一瞬、口ごもった。

『……わたくしはディーン様の幸せを願っているもの』

 ぽつりと呟かれた言葉は暗闇の中、ひっそりと溶け込んでいく。

 分かっているのだ、本当は。

 自分たちはすでにこの世のものではない。いくら執着しようとも、関わることは出来ないのだ。ユーフェミアやディーンのような、特殊な感覚を持つ人間以外とは。

 だからイヴァンジェリンがディーンに執着する気持ちも分からなくはない。リックも同じ気持ちだからだ。

 ユーフェミアが深夜に話に来てくれることが、どれほど慰めになっているか。きっとイヴァンジェリンも、反発はしているが理解しているのだ。

 だから――。

『俺たちに出来るのはそれぐらいしかねぇからな』

『分かってますわよ。ユーフェミアに身分があれば、熨斗を付けて差し上げますわ』

 ディーン様の喜ぶ顔が見られますしね、と呟いたイヴァンジェリンはどこまでもユーフェミアを小物扱いにしていた。

 リックはあきれながらも、自分たちの居場所であるディーンの側にユーフェミアがいてくれるならばそれも悪くはないと、同意を込めてシンバルを一つ鳴らした。


 後日、ユーフェミアのことを知ったイヴァンジェリンが、この夜の発言を取り消したのは言うまでもない。

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