お留守番
闇の落ちる骨董品店はここ数日、辛気臭い溜息ばかりが落とされていた。
『今頃ディーン様は何をなさっているのかしら』
物憂げな様子は、さらに陰鬱とした雰囲気を巻き散らす。
普段なら、ここで生活しているユーフェミアが仕事柄、夜も遅い為、階上で物音がしているのだが、現在店主と共に出かけているので、ひたすら落ちるのは静寂だ。
少し離れた場所にいたぬいぐるみは、その空気を追い払うように数度シンバルを鳴らすと、我慢ならないと言ったように叫び声を上げた。
『いい加減にしろよっ。うっとうしいぞ!』
『鬱陶しいとは何よ。恋する乙女の気持ちなど、猿のあなたには分からなくってよ』
何気に突っ込みどころ満載の言葉だったが、リックはいつもながらに聞き流す。
一々相手にはしていては身が持たない。
だが、気分を腐らせるような雰囲気だけは我慢ならなかった。
『分かってたまるか! 今頃ユーフェミアといちゃついてるんじゃないのか?』
『馬鹿なことおっしゃい! あの小娘とディーン様では釣り合いが取れないわ!』
すかさず返ってきた返事に、リックは今までとは違う感触に気づく。
いつもならもっとユーフェミアを全否定するような言葉が出てくるはずなのだが……。
『――釣り合いが取れればいいのか?』
揚足を取るつもりはなかったが、結果としてそうなってしまった。
それは身分の事を言っているのか。
ディーンと養父との関係を知っているのであれば、その発言も頷けなくはない。
つい本音を漏らすと、彼女は一瞬、口ごもった。
『……わたくしはディーン様の幸せを願っているもの』
ぽつりと呟かれた言葉は暗闇の中、ひっそりと溶け込んでいく。
分かっているのだ、本当は。
自分たちはすでにこの世のものではない。いくら執着しようとも、関わることは出来ないのだ。ユーフェミアやディーンのような、特殊な感覚を持つ人間以外とは。
だからイヴァンジェリンがディーンに執着する気持ちも分からなくはない。リックも同じ気持ちだからだ。
ユーフェミアが深夜に話に来てくれることが、どれほど慰めになっているか。きっとイヴァンジェリンも、反発はしているが理解しているのだ。
だから――。
『俺たちに出来るのはそれぐらいしかねぇからな』
『分かってますわよ。ユーフェミアに身分があれば、熨斗を付けて差し上げますわ』
ディーン様の喜ぶ顔が見られますしね、と呟いたイヴァンジェリンはどこまでもユーフェミアを小物扱いにしていた。
リックはあきれながらも、自分たちの居場所であるディーンの側にユーフェミアがいてくれるならばそれも悪くはないと、同意を込めてシンバルを一つ鳴らした。
後日、ユーフェミアのことを知ったイヴァンジェリンが、この夜の発言を取り消したのは言うまでもない。




