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黄昏時の溜息・小話集  作者: 薄明
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誘惑は白く、挑発は紅い

 夜会の話が出た時から、ドレスやその他必要なものの準備はノーリーンに任せたが、仮縫いの日だけは聞いておいて正解だった。前もってその姿を見ておかなければ、夜会当日、きっと平常でいられなかったことだろう。


 いつもは隠されている(うなじ)の白さに、思わず目を奪われた。

 首筋から肩にかけての線の細さは想像以上で、かといって決して貧弱というわけでもなく――腰のくびれが逆に女性らしい身体つきを強調し、まっすぐに伸びた背筋が彼女の凛とした美しさを引き立てていた。


 仮縫いの段階でさえ彼女のその姿に、足が縫い付けられてしまった。

 怪訝な表情を浮かべて、いつものように挨拶をしようと近づいてくる彼女を制したのは、我ながら大したものだった。

 むき出しの肩や胸元は非常に目の保養で――いや、毒で、女性をもっとも美しく見せるためとはいえ、彼女のこの姿を他の男に晒すなど馬鹿げているとさせ思った。

「……おかしいわよね?」

 眉間に皺を寄せ、首を傾げる彼女の声にハッとした。一瞬、自分のことを言われたのかと思ったが、彼女が不安げにドレスを見下ろしている様子に、あまりにも動揺し過ぎて重要な言葉を言っていなかった事に気づいた。

「とても綺麗だよ」

「……なんだか、取って付けたように聞こえるんだけど」

 どうやら言うタイミングを外してしまったらしい。くるりと背を向けしまった彼女だったが、生憎鏡に向き合うかたちとなり、暗く沈んだ表情がそこに映し出されていた。

 そんな顔をさせてしまった自分に憤りながら、ノーリーンやドレスの仕立ての為に呼んだ、いつぞやのクライトンの服飾店の針子兼店員を下がらせる。

「別にいいんだけどね」

 完全にむくれてしまった彼女の背後に近づくと、「どうせ、いくら着飾っても元が元なんだから」と小さな呟きが聞こえた。

 まったくもって自分のことを分かっていない彼女に、さてどうやって機嫌を治してもらおうかと思いつつも、俯き加減に伸ばされた項が、絶妙な角度となって、その白さに目が引き寄せられる。彼女のこの無用心さが故意であるはずはないと知りつつも、ふと思いつき、半ば感情のおもむくまま誘われるように唇を寄せた。


「え、ちょっと――何!?」


 彼女の正面には鏡。何と言うまでもなく、何をしたのか分かったはず。

 首筋を押えて、慌てふためく彼女の肌が見る見る間に赤く染まる。いつもならば見えないはずの肩までが色づき、内心、満悦にひたりながらも意地悪く笑んだ。

「誘っているようにしか見えないんだけど?」

「はい!? って言うか、何言ってるのよっ」

 警戒もあらわにじりじりと後ずさる彼女は、こちらの意図を汲んではくれない。伝わらない。

 着飾ってより一層美しくなった彼女を見てみたいと思う一方、着飾らなくても素で美しいことを自分一人だけが知っていればいいと思う気持ちもある。どちらにしろ、自分が彼女を欲していることに違いはなく、そのことをまったくもって彼女は分かっていない。

 欲望を押し隠すようにわざと肩をすくめると、軽い口調で先ほど足りなかった賞賛の言葉を告げた。

「私には十分すぎるほど魅力的に見えるという意味だよ」

 そう、本音は誰にも見せたくないほどに。

 秘した下心など知る由もない彼女が、なおも疑いの眼差しを向けてきた時には、本当に男心を分かっていないと深々と息を吐き出してしまったほどだ。その眼差しが、どれほど男を挑発していると思っているのか。

「信じないなら、信じさせてあげようか?」

 いくらでも挑発にのって上げようと、今度はかなりの本音を混ぜて唇の端を持ち上げると、ようやくこちらの本心を嗅ぎ取ったらしい彼女が慌てたようにさらに数歩下がった。

 十分な距離を取ったあと、警戒の為か胸元を押さえたままの彼女が、恨みがましい眼差しを向けてきた。未だ頬が上気しているのは怒りの為なのか、はたまた……。

「ほ――」

 言いかけ、ふと目線を下げた彼女は何故か口を噤んだ。

 だが言いかけられると気になるもの。

 途切れた言葉の続きを促すと、彼女の眦が途端キッと上がり、深緑の瞳の色が濃くなった。

「褒め方が極端すぎるのよ!」

 それは一体、どういう怒り方なのか。照れも混ざっていることは見て取れたが、そう言うと、彼女は再びむくれてしまった。

 そんな姿も男の嗜虐心を煽るのに。

 あぁ、とディーンは困ったように息を吐くと、天を仰いで片手で顔を覆った。

 こんなにも彼女に振り回され、果たして今度の夜会で、きちんとエスコートすることができるのだろうか。今になって自信がゆらぐ。当日、理性が飛ばないことを願うしかなかった。

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