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黄昏時の溜息・小話集  作者: 薄明
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幸せを願う者同士

 彼女の姿が消えた扉が完全に閉まりきると、ディーンは浮かべていた笑みを引っ込め、「彼」へと視線を移動させた。

 てっきりユーフェミアに付いていくと思っていたが、何か物言いたげな表情を浮かべているところをみると文句の一つでも言われるのだろうか。

 空色の瞳が冷ややかなのは気のせいではない。

「彼女には何もしてませんよ」

 肩をすくめて軽く言う。何ゆえ、こんな情けない釈明をしなければならないのだろうと、知らず苦笑が漏れる。

 「彼」は基本的にユーフェミアの側にいるが、時々姿を消す時がある。最近は特に消えている時間が長く、それはそれで彼女に近づくチャンスだった。

 あの時、ユーフェミアは早合点してしまったが、実際「彼」がやってきたのはつい先程のこと。彼女の気持ちを聞かせて欲しいと言った後だった。

 時間切れと答えを聞けない切なさに、未練がましく彼女の手を取ってしまった。乞うように手首に落とした口づけだけでは、すでに物足りなかった。

 「彼」が、その場の雰囲気から何かを感じ取ったのか、厳めしい顔をして、問答無用で詰め寄るや否や、散々な苦情を言われてしまったが、その中に、ダンス教師の一件も入っていたのは不幸中の幸いだった。アドルフの考えそうなことだが、まさかノーリーンまで丸め込まれているとは……。


 それにしても――。

 「彼」の過保護ぶりには、少々手を焼く。

 これでは彼女を口説こうにも、どうしても手加減を加えざるを得ない。いっそのことユーフェミアから行動をおこしてくれれば、「彼」も黙るしかないだろうが、そのようなことをなど天地がひっくり返っても起こりそうにない。

 だが、一つだけ分かったことがある。少なくとも、彼女にまったく気がないわけではないのだ。

 クリスティアナとの事も、あれだけはっきりと想いを告げていたにも関わらず、どこでどう間違ってしまったのか。いや、悩ますような態度を取ってしまった自分が悪いのだろう。

 だが、裏を返せば、他の女性クリスティアナのことを気にするほど気にかけてくれているということだ。そう考えると、自然と口元に笑みが浮かんでしまった。

 ふと冷ややかな空気を感じて目線を上げると、憮然とした「彼」がいつの間にか側に立っていた。

 胸を張り、手を背後に組んで立つその姿は、本来の「彼」のもの。人を威圧するだけの眼差しは、さすがというべきか。

 生憎、生きている「彼」自身に会った事はなかったが、もしも健在の頃に会っていたならば、ユーフェミアに近づくことさえ出来なかったかもしれない。それはそれで彼女を手に入れる為ならば、その難関も挑戦しがいのありそうなことだが。

 だが、身体を持たない「彼」だから、そう思えるのかもしれない。

 そして、いずれは誰かに託さなければならないことも彼は承知しているはずだ。

 だから。

「心配しなくても彼女の幸せを願っているのは貴方だけではありませんよ」

 そう、自分は願うだけでなく自らの手で幸せにしたいと思っているのだ。それができるのは自惚れでもなく自分しかいないという自負もある。だからこれしきのことで彼女から手を引くことはできないのだ。

 ディーンは、いつものように作った笑みを向けると、堂々と言い放つ。

「もちろん、彼女が私の手を取ったならば、もう邪魔はなさらないでくださいね」

 笑顔で告げると、「彼」はすこぶる嫌そうな顔をした。不満はあるらしいが、何も言わずに背を向けたところを見ると、分かっているようだ。

 そう、分かっているのならば、早く彼女の前に姿を見せてやればいいのに、とその背を見ながらディーンは溜息を一つ、落とした。 

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