生命力の輝き
アーサーさんの裏向きの部下だというクワイトさんは、まだ声すら発していない。今紹介されたというのに、無言で頭を軽く下げただけで、目立たない隅っこの方へ行ってしまった。
格闘家なのかな、防具らしい防具もつけてないけど。
クワイトさんのヒョロリとした長身が行った先を思わず目で追ったのが失敗だった。見たくもない物を見てしまった……。
さっきから。
全力で。
あたしが見ないように頑張っているというのに……!
リッツときたら照れた様子で、天使姫と歓談していらっしゃる……!
いや、分かってる。分かってるよ?
リッツは期待の勇者なんだもの。これからの魔王討伐隊を率いるリーダーのリッツが、王様と王女様の間に立って、三人一緒に民の皆さんに勇姿を見せるのが大事だって。
だからこれは本当に単なる嫉妬なんだ。
たった一瞬でリッツの目を釘付けにして、蕩けるような顔にさせるだけの破壊力を持ったあの天使姫の事だもの。
傍で微笑んで、会話して、うっかり手なんか触れちゃったりしたら……リッツは魂まで持ってかれちゃうんじゃないかな。
そして、その危惧を裏付けるかのように、リッツの頬は赤く上気していた。見ていられなくて、また目を逸らす。
「けっ、リッツのヤツ、デレデレしてやがんなー」
いつの間にか、ニルスが横に立っていた。
うわ、見られちゃったかな……今、あたし明らかにウジウジしてた。恥ずかしくてニルスからも目を逸らしたら、ニルスはあたしの背中を軽く叩いた。
「気にすんな」
ひと言だけそう言って、去っていくニルスの背中を思わず見送る。今の……慰めてくれたのかな。
いつもはいっそ空気を読まないくらいなのに。
ニルスがくれた思いがけない優しさに、ちょっとだけあたしは元気になれた。
おかげでパルムお婆ちゃんの言葉を思い出した。
『式典が終わる頃になぁ、ちょっとだけ目を凝らして見てみりゃあええ』
そう言ってた。
きっと面白い物が見れるって。
幸い式典も最後の締め、勇者リッツの宣言に入っている。
堂々と宣言するリッツの勇姿を目に焼き付けながら、あたしは感覚を研ぎ澄ませ、生命の輝きを見極めようと目を凝らした。
……なんという……
なんという光景だろう。
まるで虹色の焔が眼下を埋め尽くしているみたい。
人々の色とりどりの生命の衣が、いつもなら手の平くらいの厚みで一人一人の体を覆ってるだけの生命の衣が……呼応し、共鳴し、混ざり合って、焔のようにメラメラと燃えて熱気と一緒に吹き上げてくるんだ。
それは、勇者が力強い言葉を発する度に、凄烈な歓声と共に大きな波となって押し寄せてきた。見渡す限り遠くまで、豆粒にしか見えない程遠くにいる人までもがこの熱気を保っていると言うのだろうか。
押し寄せてくる虹色の焔が、熱気が怖くて、思わずふらつく。いつの間に戻ってきたのか、ニルスが支えてくれなかったら倒れていたかも知れない。
この凄まじい光景を作り出しているのがリッツだなんて。
あたしはこの日、『勇者』であるということの凄さと重みを、目と体に嫌というほど焼き付けたのだった。
なんだかんだで式典も終わって、王都を出たあたし達。
やっと普通に魔王を倒す旅に出る事が出来ると安心したけど、ちょっと一言物申したいんですけど。
新入りメンバーの装備がゴージャス過ぎる!
ちょっとなんなの、スカーレットさんのいかにもシルクなローブは!ジャラジャラに付けた色とりどりの魔輝石達は!さぞや素晴らしい加護が付いてるんでしょうね!
ちょっとなんなの、アーサーさんの一点の曇りもない白銀のフルプレートは!重くないのかと聞いたら「軽量化の魔法がかかってるからね、羽根のように軽いんだ」とか、爽やかに微笑まれた!
ちょっとなんなの、クワイトさんの地味なくせにアダマンタイトが練り込んであるとかいうレアな武道着は!見た目は革のブーツのくせに、内側に謎の金属が入ってるんだってさ!しかもいちいち軽量化の魔法付きときたよ。
ちょっとなんなの、リッツのオールオリハルコンだとかいう、勇者装備セットは!4属性の耐性がついた魔法にも強い対魔王用の装備なんですって。しかもその下には天使姫直々に刺繍を施されたというちょっと回復効果があるアンダーまで授与されちゃっている。いくら今回の魔王討伐任務のために賜った装備だとはいえ、あたし達と格差ありすぎじゃない?あたし達「これで装備を整えるが良い」って、金銭授与だったよ?まあ、あの時は全力で喜んだけど。
しかもぜ〜んぶ、浄化と自動補修の魔法がかかってんだってさ。自動補修なんてそんなすんごい魔法があることすら知らなかったよ!
「うっひゃ〜……金にあかした装備しやがって」
「さすがにスタート時点からここまで格差があると若干萎えますね」
「そうね、さすがにね」
ニルスもエルンストも、もちろんあたしだって相当引いた。いや、あたし達だって仕度金で色々買ったんだよ⁉ でも、比べものにもならない。
「まあまあ、途中で無駄な出費がないと思ってくれよ」
「しょうがないじゃない、お金持ちなんだもの」
まあ、そうでしょうけど。
「それより!ミリアちゃん、君、大丈夫か?さっき式典の時よろけていただろう?」
さすがに気まずいのか、アーサーさんがあからさまに話題を変えてきた。リッツが驚愕の表情で慌てて駆け寄ってきたけど、あたしは大丈夫、と笑って見せる。まあ怒ってたって状況が変わるわけもないから、ここは素直にのってやるか。
「大丈夫です。あれは眼下の生命力の輝きがあまりにも凄過ぎて、ちょっと圧倒されただけで」
「生命力の輝き……君、まさか聖魔導師か」
「まだひよっこですけど。パルムお婆ちゃんが『きっと面白い物が見える』って言ってたから見てみたんです」
「あなた、パルム様の弟子なの⁉︎」
「はい、色々なこと教えていただきました。一週間くらいですけど」
スカーレットさんはパルムお婆ちゃんを知ってるみたい。やっぱり魔導師同士繋がりがあるのかな。
「そんなことはどうでもいい!ミリア、ずっと魔法の特訓しっぱなしだったじゃないか。心配してたんだ……本当に大丈夫なのか?無理してるんじゃ」
「大丈夫だって。聖魔法の特訓のおかげで疲労回復も上手くなったんだ。体調は万全だよ」
イラついた様子だったリッツが、その言葉を聞いてようやく安心した様に緊張をといた。この頃リッツ、ちょっと怒りっぽいね。あたし、なにかイラつかせるような事してるのかな……。
悲しくなって、リッツから目を逸らす。
そんなあたしの目を慰めてくれるのは、周りに広がるなんの変哲もない景色。
王都を出発したあたしに、世界は輝いて見えた。
「綺麗……」
思わずうっとりと呟くあたしに、リッツが不思議そうな目を向ける。
「パルムお婆ちゃんが、聖魔法の上達には生命の衣……生命力を見極める練習が一番だって言ってたの。王都をでてからずっと、やってみてたんだけど……」
「うん」
「すごいねぇ、草も、木も、地面も、全部世界が輝いて見える……」
しかも、さっきの式典で見た眼下の光景の凄さがあたしの目を開いたのか、昨日よりもずっと鮮明に見える。世界の全てが生きていることをこんなに鮮明に感じたのは、初めての事かも知れない。
「俺には見えないよ……俺にもミリアと同じものが見えればいいのに」
なんだか寂しそうにそう言ったリッツの言葉が、なぜか耳に残った。




