表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Angel In Online  作者: 一狼
追憶の章 Online
84/84

76.過去と未来

後日譚その2です。


次回作へ続く話となっていますので若干話が駆け足気味です。

「わぁ~! かわいい~! 愛お姉ちゃんですよ~」


「だぁ~ あ~」


 愛が生まれたばかりの我が息子――鈴鹿の頬をぷにぷにと突く。

 鈴鹿も赤子らしく無垢な笑顔を愛に振りまいて己の存在を存分にアピールしていた。


「わざわざ鈴鹿に会いに来てくれたのは嬉しいが、お前アメリカ行きの準備は大丈夫なのか?

 確か明後日出発じゃなかったっけ?」


 愛は仕事の都合で明後日からはアメリカ暮らしとなる。

 これまでの愛の仕事での活躍が向こうまで届いて、愛がこれまで念願していたアメリカへの出向が認められたのだ。

 愛はその準備の合間を縫って我が家の愛息子にわざわざ会いに来てくれたのだ。


「大丈夫よ。もうほとんどの準備は終えているもの。

 それにアメリカに行く前に大河さんと鈴さんの子供をどうしても見たかったからね」


「ああ、なんだかんだで中々家に来れなかったもんな」


「そうよ、生まれていの一番に会いに来たかったのに予定外の仕事が入るんだもの」


 その時の事を思い出した愛はぷんぷんと擬音が出そうな感じで怒っていた。


 愛の姿は7年前よりは少し身長は伸びているが、容姿に関してはほとんど変わらずに幼さを残す可愛らしい姿だった。

 それもそのはず、愛の体は人間とほぼ変わらない構造になってはいるが、ハイテク素材を駆使して作られたヒューマノイドだからだ。

 今の体は7年間よりも少し機能をアップさせたVer2.0のボディとなり、少し身長も伸びている。


「しょうがないわよ。愛ちゃんはそれだけ周りに期待されているんだから」


「う~~、それは分かるんだけどぉ~」


 鈴の言う通り愛の力はずば抜けていて、あの力(・・・)が無くても愛の実力を疑う者は誰もいない。

 もっとも愛のあの力(・・・)の事を知るのはごく限られた人物のみだが。


 そこで俺はふとあの力(・・・)が目覚めた時の事を思い出した。


「そういや愛が今の仕事を選んだのってあの時の事件が切っ掛けだったよな」


「ああ、そう言えばそうね。早いものね、あれからもう6年も過ぎてるんだもの。

 私も随分とおばさんになっちゃったわね~」


「・・・ねぇ、それあたし対する嫌味なの?」


 基本的にヒューマノイドボディである愛は外見の歳は取らない。

 それに対して鈴は年齢を重ねるごとに外見も老いて行く。

 もっとも今は20代前半のため老いと言う事に関しては心配することは無い。

 ただ歳を取らない愛が年齢の事を言えば、それは周りに対する嫌味にしかならないだろう。


 つるつるお肌を自慢げに披露する愛と、子供を産んで母親としての魅力を見せ始めた鈴がお互い言い争うのを余所に、俺は当時の事を思いはせた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「今日はお兄ちゃんの為にお弁当を作ってきました!」


 愛ちゃんが俺の分の弁当を持って教室の中へ入ってくる。

 そこで愛ちゃんはいつもなら一緒に居る鳴沢鈴の姿が無いことに気が付いた。


「あれ? 鈴さんは?」


「ああ、今日は鈴は友達と一緒にご飯を食べるってさ」


「わ! やった、今日はお兄ちゃん独り占め!」


 愛ちゃんは俺と2人きりで昼休みを過ごせるのではしゃいでいた。

 俺は愛ちゃんを伴って学食の空いているテーブルで昼食にする。




 あのフェンリル偽物事件から1年が経った。

 オフ会で宣言していた通り、愛ちゃんは教育の一環として俺達の居る逢音学校の中等部へと転入してきた。

 榊原源次郎の研究チームをリーダーとして引継いだ一之瀬貴幸の養女となり、一之瀬愛として戸籍を得て学校へ通っている。


 俺達と同じ学校に通うようになってからは毎日のように俺の元へと駆けつけて来ていた。

 朝のホームルーム前に、昼の昼食時に、放課後の帰宅時に。


「愛ちゃんは俺にばかり構ってないでクラスメイトとも仲良くしないとだめだよ」


「大丈夫だよ! ちゃんと仲良くやっているよ」


「だったら仲のいい男の子だっているよな?」


「ぶー! またそうやってお兄ちゃんは他の男の子とくっ付けようとするし。

 あたしはお兄ちゃん一筋なんだよ!」


「うーん、残念。俺の隣の席は鈴で埋まっちゃってるからね」


「ぶーぶー!」


 俺としては愛ちゃんには他の男にも目を向けて欲しいところなんだがなぁ。

 男は俺1人じゃないし、愛ちゃんにはいろんな経験をして欲しいし。


「まぁ今は俺しか見ていないけど、その内他の男の子に夢中になるだろうさ」


 逆に愛ちゃんに夢中になってくれる男が現れるとか? そうなれば愛ちゃんの俺への見方も変わってくるかもしれないな。

 とは言え、愛ちゃんの出自を考えると難しいだろうなぁ?

 まぁ、だからこそ愛ちゃんを第一に考えてくれる男が現れてくれれば一番いいんだが。



「ないない、お兄ちゃん以外にそんな風に見れないよ」


 俺の兄心(?)を余所に愛ちゃんは相変わらず俺一筋だ。

 ・・・愛ちゃんの将来を考えると少し心配だな。


「そう言えば、里香最近変なんだよね。もしかしてお兄ちゃんの言う誰か男の子に夢中になっているとか!?」


 中部地方の逢音学校に通っていた愛ちゃんと仲良しのリム・リリカルこと志村里香も愛ちゃんと同時期に俺達の関東地区の逢音学校に転校してきた。

 流石にクラスこそ違うものの、いつも一緒で仲良しで楽しい学校生活を送っているみたいだ。


「そう言えばいつも一緒に居るのに今日はいないんだよな。

 てっきり愛ちゃんがまた俺への愛で暴走して里香を置いてきぼりにしたのかと思ったけど、そっか、里香にも誰か好きな人が出来たのか」


「酷い! お兄ちゃんはあたしの事そんな風に見てたのね!? って冗談はさて置き、里香が男の子に夢中になっているかもって言ったけど、何か違うんだよね」


「うん? 周りを気にしてそわそわしてたりとか、誰かの事を考えてぽーっとしてたりとかしてるんじゃないのか?」


「うーん、そう言うのじゃなくて、暗い顔して俯いてたりしてるんだよね。どうしようどうしようって呟いてたり。

 あたし心配になって聞いてみたんだけど「何でもない」って言うばかりで・・・」


 ふむ、確かにそれだったら恋心とは違う症状だな。

 何かトラブルを抱え込んで愛ちゃんに心配を掛けまいと普通を装うとしているんだろう。


「よし、ちょっと俺も心配だから里香の所へ行ってみるか?」


「うん! 里香もお兄ちゃんがいれば悩みを打ち明けてくれるよ!」


 そうと決まれば俺達は弁当を平らげて、早速に里香の元へと向かった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 俺達は中等部へ訪れて里香の居る教室を目指す。

 教室には1人で悲しげに弁当を食べている里香がいた。


「里香? どうしたのよ、1人でお弁当を食べて。

 後でお兄ちゃんの所へ来るって言うから先に行ってたのに、いつまでたっても来ないんだもの」


「愛ちゃん・・・ごめんなさい。ちょっと気分が悪くなって・・・ここでお弁当を食べることにしたの」


 確かに愛ちゃんの言う通り恋する乙女の顔じゃないな。

 里香の表情は心なしか青ざめているようにも見える。


「何か心配事か? 出来る事なら力になるぞ」


「大河さん・・・」


 里香はそこで初めて俺に気が付いたように顔を上げる。


「俺だけじゃない。俺達には頼りになる仲間がいるじゃないか」


「そうだよ。皆なら喜んで力を貸してくれるよ!

 それに何か悩んでいるなら相談してよ。あたし達友達でしょ!」


 Angel Outのメンバー達との繋がりは警察に四ツ葉財閥、情報屋と気が付けば意外な繋がりが出来ていた。

 フェンリル偽物事件の時の様に簡単な事件なら解決できる力が俺達には備わっているのだ。


「・・・ぁ・・・ありがとう。ごめんね愛ちゃん。ぐすん、こんな事人に言えなかったから隠し事みたいになっちゃって・・・」


 愛ちゃんの後押しもあってか、里香は涙をこぼしながらこれまで悩んでいたことを打ち明けてくれた。

 愛ちゃんはそんな里香を抱きしめながら頭を撫でて「大丈夫だよ」と優しく微笑んでいた。

 そして里香は涙ぐんでいた目をこすりながら今自分に起きていることの詳細を説明する。


「脅迫?」


「うん、3日前スマホにこんなメールが届いたの」


 里香はスマホを取出しその脅迫メールを開いて見せてくる。但し愛ちゃんにだけ。


「あ、大河さんは見ないでください」


 あ、いや、その脅迫メールを見なければ話が始まらないんだが・・・


「ちょっ!! なにこれ!? 誰よ、こんな卑怯なことするのは!!」


 件の脅迫メールを見た愛ちゃんはいきなり怒りMAX状態になっていた。

 興奮する愛ちゃんを落ち着かせてメールの内容を掻い摘んで説明してもらうと、愛ちゃんが激怒するのがよく分かった。


「なるほどな・・・盗撮した映像をばら撒かれたくなければ指定されたアドレスへVRダイブしろ、か。

 期限は3日間。指定された日時――つまり今日の夜8時にダイブしろと。

 そしてお約束の如く他言無用。ご丁寧にも俺達の名前まで調べ上げて話したらどうなるかと追加文まであるときたか」


 その盗撮した映像の内容は里香の為にも触れないでおくが、女の子を脅迫するには持って来いの手段だな。

 少し気になるのは俺達の事まで調べ上げている事だな。

 もっとも俺達『Angel Out』の事は少し調べれば誰にでも分かる事だからそこまで気にすることではないのだが。


「酷い! こんな風に女の子を脅すなんて最低! 見つけてギタンギタンにしてやるんだから!」


「愛ちゃんは少し落ち着け。

 里香はこんな風に他人に恨まれるような心当たりはないんだな?」


「うん・・・愛ちゃんといつも一緒だったからそんなに他の人との接点がないし・・・」


 それはそれで里香の交友関係に問題があるんだがなぁ。


 里香が『Angel Out』のメンバーと知ってて尚且つ里香のメルアドを知っているとなると、犯人はおのずと学校の中にいると思われる。

 今里香が言ったように学校の友達との接点が無いように思われるが、里香が知らないところで友達を傷つけている可能性もある。

 ただ、脅迫するにしても最後のVRへダイブしろと言うのが些か意味不明なんだよな。

 普通ならもっと具体的にあーしろこーしろって命令があるものだが。


「よし、取り敢えずこの脅迫者のアドレスを篠原と舞子と亜沙子さんに調べてもらおう。

 もしかしたら犯人が見つかるかもしれない」


 まぁ多分犯人はそこまで無能では無いと思うが。

 警察官である篠原(ゆかり)――ヴァイと四ツ葉財閥の御令嬢の舞子、ゲーム雑誌ではあるが情報屋(ジャーナリスト)の新島亜沙子――るるぶるさんにこの脅迫犯を追ってもらう事にする。


「後は俺と愛ちゃんとでこの指定されたアドレスにVRダイブだ。里香は大人しく部屋で待機していてくれ。わざわざ脅迫犯に餌を持っていく必要もないからな」


「え? ちょっと待って。それじゃあ里香はあたし達に話したと言う事がバレて映像をばら撒かれるんじゃ」


「もし俺が脅迫犯なら里香を監視している。そして今俺達と話している状態で既に脅迫していると言う事がバレていると見るだろうな」


 俺のその言葉に思わず愛ちゃんと里香は周りを見渡した。

 そんなことをすれば如何にも話を聞きましたってバレるじゃないか。

 もっとも俺は脅迫犯は監視なんてしていないと見ている。

 多分俺達に相談することも見越しての追加文だったのだろうな。


「どっちにしろ遅かれ早かれ俺達に相談したことがバレるんだ。奴がその気ならとっくに映像がネットに流出しているだろうさ。

 後は俺の持論になるんだが、脅迫犯に脅迫ネタを掴まされたと言う事は永遠に脅されると言う事だ。命令を聞いたからと言って脅迫ネタを手放すなんてことは絶対にあり得ない。

 それだったら永遠に碌でもないことを命令されよりは、ネットに晒されても脅迫犯に逆らって一矢報いてやるのも手じゃないかと思うんだ。

 何せ脅迫ネタが脅迫ネタじゃなくなれば犯人の言う事を聞く必要もないからな。

 ただ今後ネットからの誹謗中傷を受ける覚悟は必要あるが」


「あんまり納得できないよ、お兄ちゃん。それってどうやっても里香が傷つくの目に見えてるじゃん」


 ありゃ? どうも愛ちゃんには理解してもらえなかったみたいだ。

 まぁこれはどちらかと言うと脅迫犯を巻き込んだ自爆攻撃みたいなものだからなぁ。


「そう、だよね。自分が傷つくことを恐れてばかりじゃ何もできないよね。

 大河さん! 映像がばら撒かれてもいいのでこの脅迫犯を徹底的にやって下さい!」


「ちょ!? 里香!?」


 ところが思いがけずに里香の方が納得してくれたみたいだった。

 多分これ以上自分以外の被害者を出さない様にと考えているのだろう。

 もしかしたら愛ちゃんが脅迫対象にならない様に自分を犠牲にしても事件の早期解決を願ったのかもしれない。


「里香、分かっているの? 里香の恥ずかしい映像がネットでばら撒かれるのよ!?

 何も知らない人たちから心無い事言われ続けるかもしれないんだよ」


「うん、その時は愛ちゃんが傍にいてくれるんでしょ? だったらあたしは大丈夫だよ」


 そう言って里香は健気にも力強く微笑む。


「・・・分かった。里香がそう言うんならばら撒かれるよりも早く事件を解決する! もしばら撒かれてもあたしが何とかする!

 お兄ちゃん! 今日の8時にこのアドレスにダイブすればいいんでしょ?」


「お、おう。このアドレスの向こうで罠が待ち構えてるかもしれないから大勢でのダイブは危険だから俺と愛ちゃんとの2人でダイブだ」


 気持ちを切り替えたのか愛ちゃんは里香の為、事件の早期解決を目指すことに決めたみたいだ。

 この後俺達は篠原たちに連絡を取り夜に向けてダイブの準備をする。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 夜8時前――俺は学生寮の自分の部屋でヘッドギアタイプのVR機「ドライブギア」を手に取ってVRダイブの準備をする。



 VR監禁事件――今ではAngel In事件と呼ばれている――によりVR産業は大ダメージを被っていたが、可能性が無限に秘めたVR産業は止まることを知らずに今もなおその需要を大きく伸ばしていた。

 流石にデスゲームの要因となったAccess社の開発したVR機「アドベント」は市場から消え去ったが、その後継機である「ドリームドライブ」が今の市場を占めている。

 後でわかったことだが「アドベント」の生命維持装置がプレイヤーを死亡させている原因だったらしい。

 生命維持できると言う事は、逆の行いをすれば命を奪う事も可能だということだ。

 そのことを考慮して「ドリームドライブ」はその生命維持装置の改良型を搭載している。


 そしてもう1つ新たに市場に現れたVR機が「ドライブギア」。

 「ドリームドライブ」がカプセルタイプのVR機に対し、「ドライブギア」は「ドリームドライブ」の簡易タイプのヘッドギアだ。

 勿論こちらには生命維持装置はついていない。

 カプセルタイプのVR機の値段が相も変わらず何十万もする高級品に対してヘッドギアタイプのVR機は6万そこそこと俺達学生にも手が届きやすい値段となっている。

 もっとも「ドリームドライブ」と違い五感の伝導率等はかなり落ちている感じだ。

 もう数年もすればカプセルタイプよりヘッドギアタイプの方が主流になるかもな。


 俺達『Angel Out』のメンバーはAngel In(あんな)事件があったにもかかわらずVRMMO-RPGへと手を出していた。

 確かに嫌な思い出でもあるが、愛ちゃんやみんなと出会ったのもVRMMOでもあったからだ。

 その繋がりをなくさないためにもみんなで別の――今度は安全なVRMMOでのプレイをしようと言う事になったのだ。

 その理由の1つに、学生である俺達でも手に入れることが出来る「ドライブギア」の存在があったりする。

 因みに新たなVRMMOでは戦闘メインというより、仲間内で集まって駄弁るのがメインだったりする。


「よし、時間だ。――フルダイブ!」


 俺は指定されたアドレスにダイブする。

 そして次にダイブした後の飛び込んできた光景に目を疑った。


「なっ・・・! セントラル王都・・・!?」


 そう、今俺が立っている場所はセントラル王都の初心者広場だった。

 但しその町並みは100年経ったかのように朽ち果てて人が住んでいるようには見えなかった。


「そんな馬鹿な・・・セントラル王都、いやAngel In Onlineはデリートされたはず・・・」


 デスゲームとなったAngel In OnlineでSystemCoreである神として君臨していた榊原源次郎のコピーを倒したことによって、Angel In Onlineの世界が維持できなくなりそのまま崩壊したはずだ。

 もう二度とあのゲームには入ることは出来ないはず。


 そこで俺は自分の体に違和感を感じた。

 目線はいつもより低く、頭には馬の尻尾宜しく長い髪が付いて回る。ヒラヒラの衣装に足がスースーするし、何より胸には何やらたわわに実ったものが付いていた。


「・・・どうなってんの、これ?」


 今の俺の姿はAngel In Onlineの時のフェンリルの姿だった。

 黒髪のポニーテールに、ミニスカ巫女の姿、左右には白と赤黒の刀が装備されていた。


「システムメニューオープン」


 まさかと思いシステムメニューを開いてみると、目の前にAngel In Onlineを強制ログアウトされた時のデータが表示されていた。

 つまりこの世界は紛れもなくAngel In Onlineの世界と言う事だ。


 しかし脅迫犯の誘いに乗って降り立ったVRフィールドはふたを開けてみればまさかのAI-On(アイオン)関係だったとは。


「それにしてもまさかまたこの姿になろうとは・・・」


 恥ずかしくもあり懐かしくもあるこの姿を感慨深く身体の動きを確認していると、広場の向こうからアイちゃんが駆け寄って来た。

 アイちゃんの姿も俺と同様、Angel In Onlineを最後にログアウトした姿――黒服黒鎧の水色と青の剣を装備した姿だった。

 アイちゃんは周りを警戒しながらも俺の傍へとやってきてこの状況について考察する。


「お兄ちゃん!・・・ってこの場合はお姉ちゃんでいいのかな?

 これってどういう事なんだろう? まさかまたこの世界に戻ってこれるとは思ってなかったよ」


「わたし達の身体(アバター)とここがセントラル王都の広場である状況から察するに間違いなくAngel In Onlineの世界何だけど・・・それにしては王都が朽ち果てていると言うのが何か変なのよね」


 状況の分析を行っていた俺をアイちゃんは何やら変な目で俺を見ていた。

 何か変な事を言ったのか・・・?


「お姉ちゃん、女言葉になっているね。まぁ今さらその姿で男言葉で喋られると違和感を感じるけど」


 言われて気が付いた。そういや素で女言葉を使っているな、俺。


「そう言えばそうね。もうこの姿の時は女言葉で話すのに慣れちゃっているんだと思うわ。

 まぁそんな事よりも今はこの状況を考えないと。里香を脅していた脅迫犯とこのAI-On(アイオン)がどう繋がっているのか」


 そんな俺の疑問に答えるかのように俺達の目の前にホログラムウインドウが現れた。

 そこに映っていたのは1人の少年だ。

 年頃は俺達とそう変わらないように見えるが、今の俺達同様に少年も仮初めの身体(アバター)であることが予想される。

 そして少年が座っているのはかつてその威厳をアピールしてたと思われる朽ち果てた王座だ。

 察するに画面の向こう側は王城の謁見の間だろう。


『おや? ログインを予定していた人数より1人多いから気になってみて見れば、まさかの人物の御登場とは』


 どうやらこの少年には俺達がログインしたのが分かるらしい。

 つまり今現在この少年がこのAI-On(アイオン)を支配しているのか・・・?

 画面の中では少年がホログラムキーボードを忙しなくタイピングしていた。


『えっと・・・プレイヤー名フェンリル。剣の舞姫(ソードダンサー)の二つ名を持ちAngel In Onlineの完全攻略に貢献した最強プレイヤー。

 本名は大神大河。現在関東地区逢音学校高等部2年生。両親は健在。父親は太陽、母親は桜。年の離れた妹あり。名前は胡桃、○○小学校6年生。

 そして恋人あり。一緒にAngel In Onlineをプレイしたベルザで本名は鳴沢鈴』


「なっ・・・!?」


 AI-On(アイオン)時代の事は兎も角、何故家族の事まで知っているんだ・・・!?


『プレイヤー名アイ。水蓮氷河の魔法剣士の二つ名あり。もう1つの裏の二つ名はドライアイス。最強ギルド『Angel Out』のメンバー。だがその正体は『人間』を創りあげるためのヒューマノイドプロジェクトの一環で『死』を体験するために榊原源次郎が運営に独断でAngel In Onlineに送り込まれたプログラムAIであり、Angel In Onlineの最強ボス『魔王A.I.』。

 現在は榊原源次郎と同じプロジェクトチームの一之瀬貴幸の養子として関東地区逢音学校中等部へ通っている。同じギルドメンバーだったリム・リリカルこと志村里香の親友』


 俺は今度こそ言葉を失った。

 アイちゃんがプログラムAIであることは周知の事実だが、榊原源次郎のヒューマノイドプロジェクトで『死』を体験する為AI-On(アイオン)へ送り込まれたのを知っているのは魔王討伐メンバーとAngel Outのギルドメンバーのみだ。


 隣ではアイちゃんが俺と同じように信じられない表情で少年を見ていた。


「何故あんたがそれを知っているっ・・・!」


『ふぅん、なるほどね。お友達のリムちゃんの為、ギルドメンバーの為にログインしたと言う事か。

 まぁ順番は違ったけどこの際それでもかまわないか。王城の謁見のままでおいでよ。そうすれば君たちの知りたいことを答えてあげるよ』


 少年は俺の問いに答えずに自分の言いたいことを言ってホログラムウインドウを閉じた。

 だがその際聞き捨てならないことを言っていたな。


 『順番は違ったけども(・・・・・・・・・)


 つまり奴はいずれ俺達も何かしらの脅迫もしくは罠に掛けようとしていたのだ。

 いや、俺達だけではない。もしかしたら『Ange Out』のギルドメンバー全員が対象になっているのかもしれない。

 だったら尚更奴の目的を見逃すわけにはいかない。


「アイちゃん、行くよ。

 当初の目的は里香から手を引かせることだったけど、どうもそれどころじゃないみたいね。

 あいつの目的を暴き出して二度とわたし達に手を出させないようにしないと」


「うん! あいつあそこまであたし達の事を調べ上げて気持ち悪いよ。他の皆にも狙いを付けてるみたいだから何とかしないと!」


 アイちゃんは奴をボコボコにしてやると息巻いていた。

 俺達は一応周りを警戒しながら王城の謁見の間を目指して歩いていく。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 拍子抜けするぐらい王城の謁見の間には簡単についた。

 途中でモンスターなどの妨害があるのではないかと警戒していたが、そんな襲撃は1つもなかった。

 ただ王城も朽ち果てていて所々瓦礫で埋もれていたので遠回りする羽目になったりもしていたが。


 俺達は謁見の間の扉を開く。

 謁見の間には件の少年が王座に腰かけていた。


「よく来たな。取り敢えず名乗っておこうか。俺のことはノヴァと呼んでくれ。

 これでもそこそこ有名な名前なんだぜ」


 一応周りを警戒しながら俺達は少年――ノヴァへと近づいていく。

 ここまで罠が無いと油断させておいて、ここでってこともあるからな。


「あんたには聞きたいことが色々あるわ。

 まず1つ、ここは何? 「Angel In Online」はもう存在しないはずよ。

 そして2つ目、あんたの目的は何? 里香に脅迫メールを出して何をするつもりなの?」


「んーそうだな。まずこの世界の事だが、「Angel In Online」で間違いないぜ。但し俺がリメイクした世界だがな」


「リメイク?」


「そう、趣味であちこちハッキングしていたんだけど、偶然面白いデータを見つけてね。

 調べているうちに興味が湧いてきて、デリートされたバラバラに散らばったデータを俺が拾い上げて復元したんだ」


 そこで俺はこいつの正体が何なのか分かった。

 何故あれほど俺達の事が分かっていたのか。ごく限られた者にしか知りえないことが何故分かったのか。


 こいつはハッカーだ。


 本来ハッカーとはコンピュータ技術の優れた者を指す言葉だ。

 他人のパソコンに侵入してデータを盗んだり、コンピューターウィルスをばら撒いたりと、自己の快楽の為や面白半分で他人に迷惑をかける事が目的とした者たちクラッカーと呼ばれハッカーと区別されるのだが、世間一般では優れた技術者にとっては不本意ならが悪事を働くものをハッカーと呼ばれてしまっている。


 つまりこいつが俺達の事を知っていたのはデータをハッキングして調べ上げたからだ。

 そして俺達が今いるAI-On(アイオン)もハッキングして創りあげた世界だと言う事だ。

 ただ、デリートされたはずのデータを引き上げるのは普通なら無理じゃないかと思うのだが、それすらもやってのけるこいつは凄腕のハッカーだと言う事なのだろうか。


「流石に足りない部分は俺が補完したけどね。

 言ってみればこの世界は「Angel In Online:Reload」ってとこかな」


「それで? AI-On(アイオン)を復活させて何がしたいわけ?」


「何がしたいかって? 決まっている、エロいことをする為だよ。このVR空間ではやりたい放題だからな」


 エロ目的かよ!と突っ込みたい気持ちだったが、脅迫された里香にしてみれば軽視できる問題じゃないよな。


「知ってるか? 今発売されているVRMMOでエロいことが出来るタイトルはたった2つ。

 アメリカ発の「Fantasy Heart Online」とデスゲーム時の「Angel In Online」だけだ。

 もっとも「Fantasy Heart Online」はVR機「アドベント」が使用不可能になった為、現行のVR機「ドリームドライブ」対応にバージョンアップしてエロいことが出来なくなってしまったがな。

 ところがだ、「Angel In Online」はどんなハードウェアだろうとエロいことが出来るんだ。

 これを発見した時は凄い興奮したぜ。何せ俺でさえもハードウェアを無視してまで性行為を行うプログラムを組めなかったんだからな」


 確かに今現在VRでの性行為はそれなりに問題視されている。

 簡単に性行為が出来る為モラルの低下の問題や技術的な問題、果てはAV業界同様アダルトコンテンツとしての法的問題などだ。

 将来的には数々の問題は解決してアダルト産業に貢献していくと思われる。


「それでハッキングしたデータを使って里香を呼び出し、このVR世界でエロいことをしようと目論んでいたわけね」


「そういうこと。ああ、但し里香ちゃんを呼び出した映像は他の誰かかが盗撮した映像をハッキングしたものだから。俺が盗撮したんじゃないよ?」


 里香の脅迫メールに添付されていたのは盗撮映像なのか。

 って、それって盗撮者が逢音学校にいるってことなのか? 学校側のセキュリティってどうなってんだ!?


「それと「Angel In Online:Reload」にログインできるのは「Angel In Online」のをプレイしたことのある人だけ。「Angel In Online」のクリア直前のキャラデータを組み込んでいるからね。

 普通の人もログイン出来るようにしたかったけどこればかりはどうしようもなかった。何故か他のキャラデータは受け付けなかったんだよなぁ」


 そうか、それで俺達は身体(アバター)の姿なわけか。


「そうそう、因みにこうやって呼び出したのは君たちが初めてじゃないからな。

 他にも何人も呼び出してエロエロなことしてるから。

 最初のうちは嫌がっていたけど、その内快楽におぼれていく姿がエロくて超興奮したよ。

 何せこっちで好きなようにパラメーターを弄れるからすぐさま淫乱な女の出来上がりってな」


「ふざけないで・・・! 誰があんたなんかに里香を好きにさせるもんですか!」


 流石に怒りが限界に達したのか、アイちゃんは女性を蔑ろにするノヴァを睨みつける。

 そんな怒りの籠った視線にノヴァはやれやれと言わんばかりに肩をすくめていた。


「おいおい、確かに俺は酷い事をしていると思うよ? だけど考えて見な。ここはヴァーチャルワールドだぜ。

 つまりここでの出来事は全て仮想空間での出来事だ。現実世界(リアル)じゃ何も体に影響は無いんだ。

 極端な話、ここで幾らセックスをしたとしても現実(リアル)じゃ永遠に処女ってことも可能なんだ。

 そんなんで責められたらたまったもんじゃないよ」


「確かにVRだから現実の体には傷はつかないわね。だけど心の傷はどうなるの?

 貴方に傷つけられた彼女たちの心の傷はそう簡単には拭いきれるものじゃないわよ」


 そう言えば同じセリフを何時だったか言ったことがあったな。

 あの時は相手はまだ同情できる余地もあったが、こいつにはそんなのは1つもない。

 何せ相手を一切考慮せず、好き勝手に自分の欲望をぶちまけていたんだから。


「臭いセリフだな。言っておくが俺がやったのは1回目だけだぜ? 2回目からは女の方からログインして迫ってきてるから心の傷なんてものは無いんじゃないのか?」


「・・・ちょっと待ってよ! それって中毒症状が出てるんじゃないの!? 思いっきり現実世界(リアル)の体に影響が出てるじゃないの!」


 さっきも述べたVRでの性行為の一番危険視されている問題が脳への影響だ。

 VRでの性行為によって得られた快楽物質が脳にどれだけ影響を与えるのかはっきりしていない。

 永遠に与えられた快楽が脳を破壊し廃人へと変える恐れもあるからだ。


「これ以上あんたの悪行を放置しておけない。悪いけどここであんたを捕まえさせてもらうわ」


「そうね。他のメンバーに手を出させないためにもここで捕まえておいた方がいいわね」


 そう言って俺とアイちゃんは剣を抜いてノヴァに向かって構える。


「あれ? やるつもりかい? ・・・そうだな。折角だから最強プレイヤーとやらの戦闘を見せてもらおうか」


 そう言ってノヴァは宙に浮かんだホログラフキーボードに指を走らせる。

 そしてノヴァの目の前に魔法陣が現れ、光と共に1人の人物が現れた。


「なっ・・・!」


 それは俺達が一番手こずったボスモンスター――『世界を総べる王・World』だった。


「おいおい、これくらいで驚いちゃ身が持たないぜ。何せ俺は今のこの世界じゃ『神』だからな」


 ノヴァの言葉と同時に『世界を総べる王』は剣を携え俺達に向かってきた。

 どうやら感情が無いところを見ると、『魔王』が召喚した時みたいに再生された王と言う感じか。


「くっ! あたしが『世界を総べる王』を抑えるから、お姉ちゃんは後方から魔法で攻撃を!」


 アイちゃんは左右の剣を以って『世界を総べる王』と斬り合う。

 二本の剣と一本の剣が互いにぶつかり合いそれぞれのHPを削る。

 俺は2人の攻撃の隙をついてなるべく連続で攻撃を当てられる魔法を放った。


「ガトリングエアバースト!」


 俺の突き出した手のひらに風の塊が出現し、そこから風の弾丸が次々と打ち出される。

 撃ち出されるたびに風の塊に風が送り込まれるため魔法を解かない限り風の弾丸が尽きることは無い。


 流石にこの連続攻撃を嫌った『世界を総べる王』は一旦距離を取り、次の瞬間俺達の目の前から消えた。


 ――まずっ!


 そう思った瞬間には既に俺の体は吹き飛ばされていた。

 アイちゃんの方を見れば俺と同じように吹き飛ばされている。

 『世界を総べる王』の特殊能力である時間を止めるスキル・クロノスワールドだ。

 これに対抗するには特殊職の時空蛇(ウロボロス)の時空魔法が必要になる。

 だがここには時空蛇(ウロボロス)の職に就いた疾風はいない。

 だが辛うじてもう1つの対抗手段がある。それは――


 俺はチラリと視界の左上を確認する。HPはまだ大丈夫。

 すぐさま体勢を立て直し俺の就いている特殊職・神薙(カンナギ)の神降しを使う。


「神降し・ツクヨミ!」


 その瞬間、俺の身体(アバター)に月神ルナムーンでもある三柱神(みはしらのかみ)の力が宿る。


「アイちゃん! クロノスワールドの再使用時間(リキャストタイム)は81秒よ! その間に出来るだけの攻撃を!」


 俺の言葉にアイちゃんは頷いて殆んど防御を考えずに『世界を総べる王』に次々と戦技を放っていく。

 俺もアイちゃんが足止めをしている間にプチ瞬動で接敵して『世界を総べる王』に手を触れる。


「月鏡!」


 ツクヨミを宿したときに使える特殊能力・月鏡は敵モンスターの能力の1つを写し取る能力だ。

 これによって俺にも時間を止めるクロノスワールドを使用することが可能になる。

 それと同時に時間停止中の認識が出来る時空眼の特殊アビリティも付随されるため、『世界を総べる王』が次に時間停止を仕掛けてもこちらも対応が可能だ。


 再使用時間(リキャストタイム)を終えた『世界を総べる王』はアイちゃんの攻撃を凌ぎながら再びクロノスワールドを発動する。


 時間停止の中、『世界を総べる王』がアイちゃんに攻撃を仕掛けるのが確認できた。

 させるか!――


「クロノスワールド!」


 発動と同時に『世界を総べる王』に接敵し、かつて『世界を総べる王』を倒した時と同じオリジナルスキルを解き放つ!


 桜花十字閃、桜花流星連牙、流星龍桜閃、天牙十字閃、天牙流星連牙、流星龍天閃、神威十字閃、神威流星連牙、流星龍神閃の繰り出せる限りのオリジナルスキルを剣舞(ソードダンス)で叩き込むオリジナルスキル――


剣舞(ソードダンス)双刃破斬(ブレイドブレイク)!!!」


 全ての攻撃を『世界を総べる王』へと叩き込み、俺は一旦距離を開ける。

 そして時間停止を終えた瞬間、『世界を総べる王』のHPは一気に0へとなり光の粒子となって消え去った。


「へぇぇぇ、流石最強プレイヤーだね。まさかこうも簡単にこのボスを倒すとは」


 離れていた王座で俺達の戦いを見ていたノヴァが感心したように呟いていた。

 その減らず口、直ぐに塞いでやる。

 踵を返してプチ瞬動でノヴァへと移動しようとしたが、唐突に体が思うように動かず俺はその場で倒れ込んでしまった。


「けど残念。さっきも言ったよね? 俺はこの世界の『神』なんだよ。つまり何でもアリってわけ。

 わざわざボスを倒してごくろーさん。でも君たちのやったことは全部無駄。ここからは全部が俺のターンだ」


 ノヴァはホログラムキーボードに素早く指を走らせ何やら操作をしていた。

 視界の左上をよく見れば麻痺2――全身麻痺のBuffが掛かっていた。


 奴が操作していたのはこれか! つーか何でもありってチート過ぎるだろ!

 これじゃあ文字通り手も足も出ないじゃねぇか!


 アイちゃんの方を見れば俺と同じように麻痺状態で地面へ倒れ込んでいた。


「くそったれ・・・!」


「何よ、卑怯者! こんな風にしか女性を襲えないなんてヘタレもいいとこじゃない!」


 流石にこれはやばい。奴はどういうつもりかは知れないが、俺の今の身体(アバター)は女だ。やろうと思えばやれる。

 俺の内心冷や汗を余所に、アイちゃんは地面へ伏せながらもノヴァに向かって悪態をついていた。


「あーはいはい、何とでも好きなように言っちゃってください。どうせすぐにでも快楽に溺れちゃうんだしね。

 そうそう、里香ちゃんも直ぐに仲間にしてあげるから安心して身を任せな。俺ってばやっさしー」


 そう言いながらノヴァは勿体付けた風にゆっくりと俺達に近づいてくる。

 だがアイちゃんはその言葉を聞いた瞬間、体から光を迸らせた。

 そして何事もなかったように立ち上がる。


「させない! そんな事絶対にさせない!!」


 一体何が起こった?

 アイちゃんに付いていた麻痺2のBuffは綺麗さっぱりと消えていた。

 驚く俺を余所にアイちゃんは淡い光を纏ったまましっかりとした足取りでノヴァへと歩いていく。


 だがその光景に一番驚いていたのはノヴァだった。

 ノヴァは慌ててホログラムキーボードを呼び出し指を走らせるも、何の反応も示さなかった。


「そんな馬鹿な! 何故何も反応しない! 俺はハッカーだぞ! このコンピューターの世界で出来ない事は無い『神』だぞ!」


「あんたは『神』なんかじゃない。ただの犯罪者よ」


 アイちゃんはそのままノヴァに近寄り地面へと押し倒す。

 ノヴァを地面へ組み伏せたままアイちゃんの体を纏っていた淡い光が少し強く発行していた。


「ふーん、あんた野田琥太郎って言うんだ。中学3年で現在1人暮らし。内向的で他人との交流は苦手意識が強くそれは両親にも当てはまる。そのせいで両親からは不気味がられて1人暮らしを強いられている、と」


「な、なんでそれを!」


 最初の俺達の時とは逆に個人のプロフィールを調べ上げられたノヴァは顔を青くしながらもがいていた。


「ああ、あった。これが里香を脅している元ね。デリート。ああ、他の人の脅迫材料もこのフォルダの中にあるんだ。これもデリートね。

 ん? バックアップのデータもあるんだ。これもデリート。

 んー・・・呆れた。こんなとこまでバックアップしてるなんて用心深いにも程があるわよ。まさかSDカードやUSBメモリにまで保存してるなんてね。まぁこれもデリートだね」


「な・・・んだと・・・! 何故SDカードやUSBメモリの事まで知っているんだ!

 と言うか、ここからデータを削除だなんてあり得ないだろ! ハッタリをかますんだったらもう少し気の利いたことをしろよ!」


 ノヴァはそうは言っているが、実際は本当にデータが消されているのではないか気が気ではないんだろう。

 アイちゃんが今現在やっていることはノヴァと同じハッキングだ。

 ただノヴァと違うところはゲームの中に居るにも拘らず何の操作も無しにハッキングを行っているところか?

 しかもオンラインとして繋がっていない外部記憶装置にすら手が届くと言うふざけた技術だ。

 いや、これはハッキング技術と言うより最早アイちゃんの特殊能力じゃないのか?


 アイちゃんが親友の里香を救いたいと言う気持ちがアイちゃんの秘めたる力が目覚めたとか。

 都合がいいかもしれないが、実際アイちゃんにはそう言った能力が備わっていても不思議ではない。

 何せアイちゃんのその頭脳はAIと言った人間よりもはるかに優れた性能と未知なる可能性が備わっているからだ。

 そしてアイちゃんが目覚めた特殊能力と言うのは、アイちゃんの特殊な生まれと身体能力によって覚醒した電子機器や電脳ネットワークにダイレクトにアクセスし支配することが可能な能力ではないのだろうか。

 ・・・そう言えばフェンリル偽物事件の時、犯人の強姦(レイプ)映像が削除されていた事があったっけ。

 それってもしかしてあの時からアイちゃんの特殊能力が目覚めていたのかもしれないな。


 これって物凄く凄い事であると同時に全人類の脅威になる特殊能力じゃないのか?

 もしアイちゃんが人類に対して敵対するれば、コンピューターネットワークに支配された人類はあっという間に滅びるんじゃないんだろうか。

 ・・・いや、それは無いか。アイちゃんが優しい心の持ち主である内はそんなことはありえないな。

 アイちゃんの特殊能力が目覚めたのだって親友を助ける為なんだし。

 そしてそんなことは俺が絶対にさせない。

 アイちゃんを生み出した榊原源次郎や養父の一之瀬貴幸たちの為にも、そしてアイちゃんの兄としてもアイちゃんを間違った方向へ進ませやしない。


「ふぅ、これで全データはデリート完了。

 悪いけどあんたが脅迫で使うようなハッキングデータは電脳ネットワーク上や外部記憶装置からは全てデリートさせてもらったから。

 後はあんたの事を通報してもいいんだけど・・・その様子じゃ別に無理して通報する必要もないか。

 もっとも証拠のデータ全てをデリートしちゃったし」


「馬鹿な・・・あり得ないあり得ないあり得ない・・・・・・」


 どうやらデリートハッキングは終わったようでアイちゃんがノヴァから離れる。

 そしてそのノヴァは自分に起きた出来事を確認する為すぐさまホログラムキーボードへ指を走らせるが、結果はアイちゃんの言う通りだったみたいなため呆然自失してしまっていた。


 気が付けば俺も麻痺2の状態が解除されていた。

 これってもうチートのレベルを超えているんじゃないのか?


「アイちゃんお疲れ。それにしてもとんでもない能力が目覚めたわね。

 その力を使えば今の時代何でもできるんじゃないのかな?」


「うーん、そう言うのはあんまり興味が無いなぁ。あたしは『人間』らしく生きたいからこの力はあまり使う事は無いかと思うの。

 それに確かに電脳世界では何でも出来そうだけど、それなりに力の消費が激しいみたいだし。まぁ、それは力を使いこなせば何とかなる話だけどね」


 どうやら取り越し苦労のようだな。

 アイちゃんの望みは榊原源次郎が望んだ『人間』らしく生きる事。それは普通に『人間』として幸せになる事を意味している。

 そしてこの特殊能力はその『人間』らしさを逸脱しているから余程の事が無い限り使わないだろう。


「さて、そうなるともうここには用は無いわね」


「そうね。もう二度とこんなことをしない様に「Angel In Online(この世界):Reload」をデリートしておくわね」


 呆けているノヴァを余所にアイちゃんは体から眩い光を放ち目の前は真っ白になった。

 そして目が覚めるとそこは自分の部屋だった。

 アイちゃんが「Angel In Online:Reload」をデリートしたことによりVRから強制ログアウトされたみたいだ。


 俺達はその後、里香と連絡を取って今後の安全を報告した。

 後は調べをお願いしていた篠原と舞子と亜沙子さんに事件解決の報告をしておいた方がいいな。出来ればアイちゃんの特殊能力は伏せておきたいところだけど・・・

 因みに里香に安全報告をした際、例の脅迫メールに添付されていた映像は綺麗さっぱり消えていたみたいだ。

 里香は自分で削除したわけではなかったので映像だけが消えていたのに少し不思議がってたみたいだった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「あの時はマジでビビったからなぁ。

 愛のその力――『電脳支配の神デウス・エクス・マキナ』ははっきりって使い方次第で文字通り世界支配が可能だからな」


 俺はAI-On(アイオン):Reload事件の時の事を思い出して愛の『電脳支配の神デウス・エクス・マキナ』の凄まじさに身震いを起こす。


「あたしはそんなつもりはないわよ。

 あの時言った事とは違うけど、今はこの力を使って人々の役に立ちたいって願っているからね」


 愛らしいと言うか、愛はあの時言った『人間』らしく生きるために力を使わないと誓っていたが、あの事件が切っ掛けでその力を使って里香みたいに理不尽な力に脅されている人たちを助けることが出来ないかと考え始めたのだ。


 そしてその力を生かすために警察――電脳関係専門の部署・電脳警察(サイバーポリス)になる事を決めた。

 幸いと言うか、篠原(ヴァイ)もAngel In事件の関係者と言う事で電脳警察(サイバーポリス)の部署へと異動していてそれなりに愛の警察の就職へ便宜を図ってもらえた。


 愛は『電脳支配の神デウス・エクス・マキナ』の力だけではなく、己自身でコンピューター技術を磨いて力を付けていき次々と事件を解決していった。

 そして愛の腕に目を付けたアメリカの電脳守護会社(サイバーガーディアン)にスカウトされたのだ。

 電脳守護会社(サイバーガーディアン)と言うのは警察から電脳事件を完全委託された専門組織だ。

 アメリカの電脳守護会社(サイバーガーディアン)は電脳事件の最先端であり世界最高峰のコンピューター技術の凄腕が集うところだ。

 愛はその誘いを受けてアメリカへ行くことにしたのだ。


「人の役に立ちたい・・・か。愛がそう思えばこそ『電脳支配の神デウス・エクス・マキナ』の力が目覚めたのかもな。

 アメリカに行ってもその気持ち忘れるんじゃないぞ」


「うん、分かっているわよ。

 あたしはアメリカに行ってこの力だけではなく、自分自身の力も身に着けてくる。

 もう二度とAngel In事件みたいなことが起きないようにね」


「愛ちゃん・・・なんて優しい子なの。ほら鈴鹿も愛お姉ちゃんみたいに立派になるのよ」


 鈴はそういって愛に鈴鹿を抱かせてあげる。

 愛はおっかなびっくり鈴鹿を優しく抱き上げていた。


「鈴さんは気が早すぎですよ。立派になるよりも元気で育つ方が先じゃないですか?」


 まぁ愛の言う通り元気に育つのが一番だが、立派に育つように願おうじゃないか。

 それにはこれからの俺達の鈴鹿の教育に懸かっているわけだが。




 ――愛のアメリカ行き出発当日――


「それじゃあ行ってきます」


「ああ、気を付けて行って来いよ」


「愛、辛くなったらいつでも戻ってきていいんだからね」


「愛ちゃん元気でね。ほら鈴鹿も愛おねえちゃんばいばい~って」


 俺達は空港で愛の見送りをしていた。

 俺と養父の一之瀬さん、鈴と鈴鹿。他には里香や舞子など『Angel Out』のギルドメンバー達が愛の身を繰りに来ていた。


「愛ちゃん! 頑張ってね! あたし応援しているから!」


 里香が愛に抱き着いて最後のお別れをする。


「うん、里香も元気でね。

 ・・・ほら泣かないで。もう永遠に会えないってわけじゃないんだから」


 そう、これは悲しいお別れじゃない。

 愛の更なる成長を促すための未来ある別れなのだ。


「一之瀬愛、行ってきます!」


 こうして愛はアメリカへと渡った。






 ――そして16年後。再び愛は日本の地を踏むことになる。その時新たな物語の幕が開ける――






                 ……To Be Next Alive In World Online !





と言う訳で


Angel In Online2(仮)


 改め


Alive In World Online


 12月24日20時に連載開始いたします。


続編と銘打っておりますが、新しい主人公と新しい時代が舞台となります。

前作のような話を期待されている方には申し訳ないですが、タイトルにOnlineとある通りジャンルがVRMMO・・・ではなく、内容的にはファンタジーもののようになってます。

もしそれでも良ければ読んでもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ