74.ニセモノとオフ会
多少ストーリーが強引ですが、後日譚はおまけですので大目に見てください。
「分かってるよ。あともう1人連れて行くからそれで今日は我慢しろよ。
ああ、分かったって。次の獲物を探すから切るぞ」
俺――笛木律人はしつこく催促するダチからの電話を切り、不満をぶちまける。
「ったく、人に面倒な事をしつけて自分たちばかり甘い汁吸いやがって」
とは言うものの、あいつらにはこの手のことは出来ないからな。
如何にも不良ですと言わんばかりの風貌じゃ女を引っかけるなんて逆立ちしたって無理だろう。
出来るとしたら精々脅迫めいた強引なナンパくらいだ。
その点、俺はあいつらとは違って顔の作りもそこら辺のアイドルと引けを取らないくらい整っている。
おまけに最近手に入れた噂を使えば、男に明るくないオタクな女も簡単に堕ちるしな。
最初はオタクな女は根暗でイケてないと思っていたが、あいつらは自分の価値を知らず己を磨いていないだけで、人によってはそこら辺の女よりは美人な奴らが多かったりする。
まぁ、ただ俺達に捕まった時点で磨き方がかなり過激になってしまうがな。
「あの~、すいません」
次なる獲物を探そうと色々考慮していたところに、1人の女から声を掛けられた。
「はい、何でしょう?」
俺はもはや条件反射となったスマイルを見せながらその女に向き直る。
年の頃は俺と同じ高校生くらいだろうか。
白のシャツに赤のネクタイ、同様に赤のミニのプリーツスカート、そして長い黒髪をポニーテールにした女が手に地図を持っていた。
俺には服を着こなしていると言うより、服に着られていると言った感じに見えた。
「えっと、ここのファミレスに行きたいんですけど・・・ここからどう行けばいいのか教えてもらえますか?」
「失礼、ちょっと地図を見せてもらえますか?」
俺はポニテの女から地図を受け取り示されたファミレスを見る。
なんだ、てんで方向違いの場所じゃねぇか。
つーか、このファミレスすぐ見つかるような場所なのに何で探せないんだ?
「すいません、ボク田舎から来たものでこの辺の地理全然分からなくて・・・」
なるほどな。それならば道に迷ってこんなとこに居るのも頷ける。
と、そこで俺は気が付く。
丁度いい。この女を次の獲物にしようじゃないか。
見た目はそこそこイケる感じだし、スタイルの方もスマートとは言い難いが悪くは無い。
そして何より目を引くのがさっきから揺れている巨乳だ。
これはあいつらも納得するだろう。
いや、その前に俺が最初に味わおうじゃないか。
「ああ、このファミレスはここからだとちょっと複雑な通りになるね。
もしよかったら俺が案内しようか? 俺もそのファミレスに行く用事があるからね」
「わぁ、いいの? 良かった~! さっきからここらへんグルグル回って困ってたんだよ」
「困っている女性を助けるのは当然ですよ」
俺は女を伴って目的地へと歩を進める。
当然行先はファミレスなんかじゃない。
それにしても見知らぬ男に付いて行くなんてこの女馬鹿じゃねぇのか?
まぁ、そのお蔭でいい獲物が手に入った訳だが。
「ところで田舎から来たと言っていたけど、この町へは旅行かなんかで?」
俺は別の場所へ誘導しているのを気づかれないように、さり気なく会話をして意識を外に向け無いように仕向ける。
「うん、今日はオフ会で仲間と会うことになっているんだ。
あ、オフ会って分かる? ボクね、あるネットゲームをやっていたんだけど、そのネットゲームで出会った仲間たちと実際に会うことになってそれでこの町に来たって訳」
ネットゲーム! これは丁度いい。仕入れた噂を使うのに絶好の機会じゃないか。
「オフ会は知ってるよ。俺もネットゲームをやっていたからね。
Angel In Onlineって知ってるよね。実は俺半年前までそのゲームに囚われていたんだ」
「えっ!? そうなんですか!? ボクもそのAngel In Onlineに居たよ!
今日会うのはその時の仲間なんだよ」
「へぇ、それは奇遇だね。因みに俺はフェンリルって女プレイヤーをやってた訳だけど、今じゃ中身は男だってばれて周りからからかわれているよ」
俺の仕入れた噂には、あのVR監禁事件で有名になったAngel In Onlineの最強プレイヤーのフェンリルって言いう女プレイヤーは実は男だったと言うのがネットで流れていたのだ。
ネット用語ではそう言うのをネカマと言われて蔑まれているが、前に引っかけた女同様、この手の女はゲーム内の有名人に会うのは一種の憧れであり、さらにはVR監禁事件を解決した最強女プレイヤーが実は中身がイケメンだと言うギャップで女を餌食にしている。
だが今回のこの女は今までとは反応が違った。と言うより、地雷を踏んでしまっていた。
「えっ!? フェンリルさんなの!? ボク、ジャスティだよ! わぁ~、フェンリルさんが男だって聞いていたけどこんなにもカッコいいなんて」
何だと・・・!? この女、フェンリルの知りあいなのか!?
フェンリルの噂を利用するに当たり、下手にかち合わないようその仲間たちの事はそれなりに調べていたのだが・・・まさか田舎者が出張ってくるとは・・・
どうする? 下手な誤魔化しはいらぬ警戒をさせてしまうな。
・・・いや、これこそ好都合じゃないか。
ここで上手く例の場所へ連れて行き食っちまった後、それをネタに脅迫して仲間にも誤魔化すように指示すればバッチリじゃないか。
田舎者だと言うのもフェンリルの仲間内との接点が少ないので好都合だ。
「そうか、君がジャスティなのか。会えて嬉しいよ。
そうと分かれば早くファミレスへ行こうか。みんなも待っているだろうしね」
「うん!」
女は無邪気に微笑んでいる。
馬鹿な女だ。騙されているとも知らずに。
俺はこの馬鹿な女をどう食い物にするか考えながら例の場所へと誘導していく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺――大神大河は鳴沢鈴とアイちゃんを伴ってファミレスに入る。
「いらっしゃいませ。3名様ですか?」
「あ、待ち合わせなんですが」
すぐさまウエイトレスが対応してくれるが、その前に向こうの方から声が掛かってきた。
「おーい、こっちこっち」
奥の方のシートに数人の男女が固まっていて、1人のガタイの良い男が手招きをしていた。
俺達はウエイトレスに断ってからみんなの方へと歩いて行く。
「アイちゃん! わ~ん、アイちゃん会いたかったよ~!」
その集団の中から1人の女の子が飛び出してきてアイちゃんに抱き着いてくる。
小柄で髪を肩まで揃えた中学生くらいの女の子だ。
年齢からいってリムかな?
「えっと・・・リムかな?」
「うん、リムだよ。
・・・アイちゃんのバカ、あたし結局最後のお別れも言えないままだったんだよ」
「・・・うん、ごめんね」
アイちゃんはしどろもどろになりながらもリムに抱き着き返す。
「おう! アイちゃん、会いたかったぜ。まさか現実世界でも会えるとは思ってもみなかったがな」
俺達を手招きしていた男がアイちゃんの頭をぐりぐりと撫でまくる。
「この大らかな感じ、ヴァイさん・・・かな?」
「ああ、ヴァイオレットこと篠原紫だ。まぁ、女みたいな名前だがれっきとした男だよ。
女と言えば・・・お前がフェンリルか。マジで男なんだな」
そう言いながらヴァイは俺を見てニヤニヤしていた。
陸――リックたちに俺がフェンリルとばれて4日も経っているんだ。
他の人たちにばれてない方がおかしい。
リックたちには出来るだけ――特に俺の素性がネットに流出しないよう――黙っていてもらう様にお願いはしたが、流石に完全に防ぐとこは出来ない。
フェンリルが男だと言う噂はネット等を介してあっという間に広がってしまっていた。
「ああ、俺があのフェンリルだよ。中身が美少女じゃなくてガッカリしたか?」
「いや、中身が男だと分かって妙に納得したよ。女でありながら豪快かつ大胆な戦闘をするからどんな中身かと思えば、男だったとはなぁ」
「そう言うヴァイは見たまんま・・・だな」
ヴァイの外見は身長190cmほどのがっしりした体躯に、短く切り込まれた髪に精悍な顔つき。いわゆる体育会系と言った風貌だ。
AI-Onの時の身体とは見た目は違うが、雰囲気と言うか豪快と言った感じがAI-Onの中身を彷彿させていた。
「お姉様! ・・・あれ? この場合お兄様・・・かな」
そう言いながら1人の女の子が俺に抱き着こうとして一旦止まる。
流石にお馬鹿とは言え、気易く男に抱き着く真似はしなかったみたいだ。
「あー、出来ればそのお兄様ってのもやめて欲しいんだがな。
久しぶりだな、舞子」
「はい! 久しぶりです、お兄様!」
うん、本当にそのお兄様ってのはやめて欲しいな。
お姉様ってのもレズっぽくてちょっと危機感を覚えていたが、このお兄様ってのも下手をすれば禁断の関係っぽく聞こえるのだが。
まぁ、それは兎も角。
「みんな集まってきてるみたいだけど、あたし達が最後かな?」
俺達のやり取りを後ろで見ていた鈴がみんなを見渡して呟いた。
「いや、まだジャスティが来ていない。
ジャスティは東北からの出向だからここら辺に詳しくなくて少し道に迷っているみたいだ。さっき遅れるって連絡があったよ」
今回のオフ会の企画発案者はヴァイらしく、『Angel Out』メンバーの連絡を一手に担っている。
ただ、正体不明だったフェンリルこと俺と、行方不明であり突如再会したアイちゃんの連絡は取りようが無かったので鈴が代わりに引き受けていた訳だが。
俺達は席に座り飲み物と食べ物の注文をする。
他のみんなは既に注文を取っていたみたいで、俺達はかなり遅めの到着だったみたいだ。
遅れてくるジャスティはみんなを待たせるのは悪いから先に始めてて欲しいと連絡があったので、少々申し訳ないが先にオフ会を始めることにした。
「えー、それでは無事Angel In Onlineをクリアできた事と、我らが英雄・フェンリルの正体が暴露されたことを祝って、乾杯!!」
「おいっ!? 暴露されたことを祝うって何だよっ!!」
今回の会の発案者であるヴァイが乾杯の音頭を取って、俺の突っ込みを余所にみんなの笑いを取りながらオフ会が始まった。
本来であればギルドマスターである俺が音頭を取るのだろうが、今回の発案者でもあり社会人であるヴァイに全部ぶん投げた。
何と驚いたことにヴァイは現実世界では警察官だった。
ただAI―Onに囚われてしまったせいか、出世に望みが無いとか。
今ではしがない交番勤務らしいが本人はそれほど気にしていないみたいだ。
「まさかヴァイが警察官だとはなぁ・・・よくそんな脳筋で警察の採用試験受かったな」
「紫は・・・ヴァイは決して頭は悪くは無いのよ。最初のころは普通だったんだけど、AI-Onの中で長い事過ごしていた所為か、脳筋になっちゃってね・・・」
そう言いながらため息をつくのはヴァイと同じ20代前半のやや細身の出るところは出てる女性――篠崎美緒子ことヴィオレッタだ。
そう言えば確かに最初水龍の王の討伐の時は意外とまともだったような気がするな。
「脳筋とは酷いな。そんな脳筋と結婚した奴が何をほざいている」
「ちょっ!!? 結婚っ!?」
ヴァイの爆弾発言に俺達は驚く。
「ああ、つい2週間ほど前に式も上げたな。AI-Onの時のようなことはそうあるわけでも無いが、何かあった時のためにも一緒になった方がいいと思ってな。
そして何よりAI-Onでの半年は間違いなく俺と美緒子――ヴィオとの愛を育んできた証を残したかったのもある」
おおおおおおおおおおおおおっ!?
ヴァイがまともな事を言っている!?
ヴァイの隣に座るヴィオは突然のヴァイの告白に顔を真っ赤にしていた。
ヴィオの自己紹介で言っていた篠崎ってのは旧姓ってことか。
「結婚おめでとうございます。でも、どうせなら結婚式に呼んでもらいたかったですよ」
みんながヴァイとヴィオの2人に祝福の言葉を掛けていく。
そして祝福の声を掛けながら鈴は結婚式に呼んでもらえなかったのを残念がっていた。
「うむ、まぁ呼んでも良かったんだが、オフ会も無しにいきなり現実世界での初対面の奴を呼ぶわけにもいかなかったし、何よりヴィオの奴が恥ずかしがってな」
はい、いきなり惚気が出ましたよ。
そんな2人を羨ましそうに眺めていた男が居た。
俺と同じ関東地方の逢音学校高等部1年の小金井冬至――天夜だ。
と言うか、天夜、お前舞子と付き合ってんだろ? 勝ち組のくせして何羨ましそうに見ているんだか。
そんな天夜の隣には四ツ葉舞子――舞子が座っている。
舞子は残念ながら天夜とは学校が違う近畿地方の逢音学校に通っている高等部2年生だ。
驚いたことに俺よりも年上だった。
年上と言っても名前から分かる通りリアルネームをそのままキャラネームにするというお馬鹿だったりすのだが。
「舞子、天夜とは遠距離恋愛だが上手くいってるのか?」
天夜とはこの4日の間に話をしているのである程度2人の関係は聞いてはいるが、聞いたのはあくまで天夜からの視点だからな。
舞子の方でどう思ってるかは本人の口から聞かないと。
「はい、お兄様。上手くいってますよ?
何かにつけてあたしの事心配してくれて連絡してきますし。
あたしはお馬鹿だから何か失敗していないかと何度も何度も・・・あれ? 何かあたし信用されてない?
むー、そう考えると何か上手くいっていないような気が・・・
あ! そうだ! お姉様がお兄様だったんだからお兄様と恋愛したっていいんですよね!? お兄様! あたしと付き合いましょう!」
「ちょっ!? 舞子!? お前何言っちゃってんのっ!?」
突然飛び出した舞子のお馬鹿発言に天夜は思わず待ったをかける。
現実世界でも変わらない舞子と天夜のやり取りを眺めながら俺は他のメンバーを見る。
クリストファーことクリス――風間凪は大学生で本来であれば今年卒業している予定だったがAngel In Onlineに閉じ込められていた所為で1年ほど休学扱いとなっていた。
卒業後の就職先も決まっていたのだが、当然の如く内定は取り消しとなっていて卒業後の予定は未定となってしまったらしい。
だがクリスにしてみればやりたいことが出来たので願ったりかなったりだったみたいだ。
「やりたいことって、もしかして弓関係か?」
「よく分かったな。
フェンリルの言う通り現実世界での弓道を、もしくはアーチェリーをやってみたくなってな。
AI-Onで思った以上に弓道士職が向いてたので現実世界でもその技能が生かせないかと思ったんだ」
「まぁ、ゲームとは違って実際にやるのでは何かと苦労があるかもしれないが、地雷職と言われながらも弓道士を続けていたクリスなら何か実績を残せるだろうさ」
「ああ、就職を先延ばしにしてまで取り組むんだ。それなりに結果を出さなきゃ納得はしないよ」
俺はあのAI―Onでの百発百中の弓の命中率を思い出す。あれが現実世界でも実現できればそれはもの凄いことになるだろう。
早海奏――疾風を見れば隣には常盤唯――唯牙独孫こと唯ちゃんが座っていた。
どうも聞いた話だと唯ちゃんは疾風を狙っているのだとか何とか。
だが朴念仁の疾風はそんな唯ちゃんの攻撃(?)をさらりと躱して唯ちゃんをヤキモキさせているらしい。
「あー、疾風。随分と唯ちゃんと仲良くなった見たいだな?」
俺はさり気なく――いやさり気なくもないか。とは言え疾風にはこれでも気が付きはしないだろうが――唯ちゃんとの仲を聞いてみるが。
「うん? まぁ同じ学校に居るからそれなりに会話はするから仲良くはあるな」
疾風も唯ちゃんも俺と同じ関東地方の逢音学校生だ。
疾風は高等部3年生で、唯ちゃんは高等部1年生と実際には学年に差があるのでそうそう会う事はない。
なので唯ちゃんが3年生の教室にわざわざ出向いて疾風に合っているらしいのだが、やっぱりと言うかなんというか、疾風は一切気付いた様子は無いみたいだ。
「あのさ、唯ちゃん。いざとなったら疾風の友達を頼るといいよ。彼らなら疾風の為に喜んで協力してくれるはずだよ」
「・・・っ! ありがと、マスター。何とか頑張ってみるね」
俺はこっそり唯ちゃんに疾風を落とすための協力者の存在を教える。
疾風が『Angel Out』に加入する時に色々世話を焼いてくれた彼らなら唯ちゃんにも便宜を図ってくれるだろう。
あの時は俺が女身体だったから勘違いさせてたみたいだからなぁ。
志村里香――リム・リリカルことリムを見ればアイちゃんにべったりくっついていた。
まぁ、無理もない。
アイちゃんと同じ14歳でAI-Onではとても仲が良かった。
アイちゃんにとっても初めての親友として2人で一緒に支え合ってきたのだ。
それが挨拶も無しに唐突に俺達の前から姿を消したことは14歳の幼いリムにとってはかなりのショックだったみたいで、このリハビリの半年間はかなり落ち込んでいたという話だ。
このオフ会もそんなリムを励ます一環もあったのだが、そこにアイちゃんが現実世界に現れたともなればリムのはしゃぎようも頷ける。
「ねぇ、アイちゃんはこれからどうするの?」
「うん、今はパパの代わりにあたしを養ってもらっているお義父さんのところに居るんだけど・・・折角だから学校に通わないかって。
だから来月からお兄ちゃんの所の中等部に通う事になってるよ」
「え! そうなんだ!? む~~、あたしもアイちゃんと一緒の学校に通いたい・・・いっその事転校しようかなぁ・・・」
リムは残念ながら関東地方の逢音学校ではなく、中部地方の逢音学校の中等部に通っている。
俺達は近場でもない限り寮暮らしで逢音学校に通っているわけだが・・・まぁ、リムの気持ちも分からんではないが、ただでさえ親から離れて暮らしているのにこれ以上離れるのはリムの親にしてみればあまり好ましい事じゃないだろう。
この場合既に親元を離れれているからどこの逢音学校でも同じとみるべきか。
吉良彩夏――フリーダは鹿児島の大学に通う二十歳の女子大生だ。とは言ってもクリスと同様、AI-Onに囚われたおかげで1年間の休学、華のキャンパスライフは脆くも崩れ去ったみたいだが本人はそれほど気にしていなかったり。
「私としてはAI-Onでの経験が何よりも糧になったので高々大学の休学くらいどうってことは無いですわ」
「そう言われればそうなんだけど・・・AI-Onの経験って現実世界じゃそれほど役に立たないんじゃないのか?」
「あら、人生において役に立たない経験なんて無いわよ? 老いたる馬は道を忘れずってね」
老いたる馬は・・・って確か経験を積んだものは物事の方針を誤らない例えだっけ?
流石は女子大生だな。含蓄のある言葉がすんなり出て来る。
と、そう言えばフリーダは疾風を狙ってたんじゃなかったっけ?
唯ちゃんが疾風の傍にいるのは大人の余裕なんだろうか?
「うーん、何か思ってたのと違うんですよね。
ストイックかと思ったんですけど実際はまだ高校生だし、あれはストイックと言うより恋愛感情に鈍いみたいですし。
私としては大人の渋みのある人がいいんですよ。こう『自分は女には興味が無い』みたいな男性とか」
いや、分からんて。
女に興味が無いって下手すれば男色に走りそうなんだが。
はっ!? もしかしてフリーダはBL好きの婦女子だったりするのか!?
・・・いや余計な事は考え無いようにしよう。俺の考えを読んだのかフリーダの視線がなんか怖い・・・
新島亜紗子――るるぶるさんはゲーム雑誌の編集者さんだ。彼女はAI-Onでの事件を特集にして自らの出来事を連載すると言うあり得ない出世を遂げていた。
るるぶるさんだけがあの事件がプラスに働いた唯一のプレイヤーじゃないだろうか。
「それにしても現実世界でも情報屋をやっていたとは」
「情報屋と言っても方向性は特殊な・・・ゲーム情報のみですけどね」
「でもその気になればあらゆる情報を探ることが出来るんじゃないのか?」
「そう・・・ですね。あのAI―Onではいい経験をさせてもらいました。
情報収集のイロハを学ばさせてもらいましたよ。
いざとなったら探偵業としてもやっていけるかもしれませんね。もしよろしかったらマスターには破格の値段で情報を提供しますよ?」
そう言いながらるるぶるさんは妖艶な微笑みを見せた。
うん、マジであらゆる情報をぶっこ抜いてきそうだな。
そして今だ現れない飛鳥蘭――ジャスティは東北地方の逢音学校高等部1年生だ。
幾ら地方からの出向とは言えここまで遅れると少し心配になるな。
「ジャスティ遅いけど大丈夫か? こっちから迎えに行った方がいいんじゃないのか?」
「いざとなったら親戚に案内させると言っていたから大丈夫だとは思うんだがな」
「まさかお兄様の偽物に引っかかってたりして」
「あはは、舞子ちゃん流石にそれはないでしょう」
「舞子、俺は言っていい冗談と悪い冗談があると思うぞ?」
舞子の何気ない一言にその場は妙な雰囲気に包まれた。
と言うか偽物って何の事だ?
「今までマスターの正体が分からなかったので数多くの女性がフェンリルを名乗り出ていました。
まぁ、もっともマスターの正体が男性だったので名乗り出た女性たちは全て偽物だったわけですが・・・
4日前にフェンリルが男性だと分かった途端にそれをネタにして女性をナンパしている偽物が現れたと言う噂が流れています」
俺の思った疑問をるるぶるさんが答えてくれる。
「ちょっと待ってよ。俺の正体がバレてまだ4日しか経っていないのにもうそんな偽物が現れたのか?」
「しかもたちが悪いことにただナンパされるのではなく、女性を強姦まがいの事をしていると言う噂ですね。
ナンパして長期に渡り貢がせるのではなく、すぐさま女性を食い物にするというのがこの噂の信憑性を醸し出しています」
そう言いながらるるぶるさんはバックからノートパソコンを取出しネットで情報を検索し始めた。
「マジか・・・流石に強姦は看過できねぇぞ」
流石に警察官であるヴァイにとっては見過ごせるものではないみたいだ。
「確認しました。どうやら噂は間違いないようですね。
多分脅迫材料として撮影されていた強姦映像がネットに流出しています。
見せしめに流したのか、女性が逆らったから流したのかは分かりませんが」
「フェンリル、どうする?」
ヴァイがわざわざ俺に確認するのは俺の名前が――フェンリルが使われているからだろう。
俺の答えは決まっている。
「俺はフェンリルの名前を使うのなら好きにすればいいと思う。俺は名前1つにそんなに拘りはないしな」
「おい!」
ヴァイが怒鳴りを上げて俺を睨む。
「だが、フェンリルの名前は今じゃAI-On最強のプレイヤー名であり救世主でもある。
勿論俺1人で救世主を名乗るわけじゃない。『Angel Out』メンバーやロックベル達、水龍王討伐PTのマリー達やや美刃さん達、みんなの協力があっての救世主だ。
ましてや俺がAI-On最強のプレイヤー、救世主を名乗れるのはあいつ――勇者の犠牲があってこそだ。
フェンリルの名前は簡単に名乗れるほど軽いものじゃない」
ましてやフェンリルの名前を使って悪事を働いているのだ。到底許せるものじゃない。
俺の言葉にヴァイが、みんなが納得の顔をする。
「じゃあやることは1つだな」
「ああ、フェンリルを名乗る奴にはそれ相応の責任を取ってもらおうじゃないか」




