73.Angel Out Offline
「だぁぁぁぁぁ! 見つからねぇ! 何処に居るんだよ!」
「なぁ、いい加減諦めたらどうだ?」
放課後の教室で机をダンッと叩きながら俺の隣の席に座る男は雄叫びを上げる。
俺はそれを呆れながら無駄だとは知りつつも忠告してやる。
「第一、この学校の全学年を見て回ったんだろう? それで見つからなければ別の地方の学校に居るんじゃないのか?」
「そんなことは無い! 間違いなく彼女はこの学校に居るはずなんだ!
彼女のリアルを知る鳴沢がこの学校に居ることを教えてくれたんだ。絶ぇぇ対ここに居るはずなんだ!」
おおおい! 鈴! お前、なんてことを教えたんだ!
陸の奴マジになってしまってるじゃねぇか!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺達がAngel In Onlineから解放されて半年が過ぎた。
世間では当時デスゲームが始まった頃にVR監禁事件として騒がれていたのだが、半年もすればそれなりに話題は下火になっていた。
そこへVRからの帰還は半ば絶望視されていた俺達が戻ってきたことで再び世間を騒がせることとなった。
Angel In Onlineに囚われていた人数は9,314人。そのうち帰還できた人数は5,364人と約半数の人数がデスゲームで命を落としていたことになる。
その数字はたった半年にも拘らずデスゲームの過酷さを物語っていた。
そして生き残ったからと言って、すぐさま社会復帰できるわけでもない。
幾らVR機「アドベント」に生命維持装置が付いているからと言っても、体の健康まで管理しているほど優れてはいない。
半年もの間、寝たきり状態になっていたので筋力は極端に衰えてしまい、起き上がるのでさえ困難な状態になっていた。
食事も胃が弱っていて食べ物をほとんど受け入れられずに、帰還後は点滴や無固形の流動食で過ごすと言う何とも味気ないものだった。
体の健康を取り戻すためのリハビリを進めるかたわら、俺達が社会復帰できるよう国が手はずを整えるのに半年もの月日を要した。
もっとも俺の場合は女性の身体だったため、リハビリに必要以上に時間がかかったわけだが。
当然囚われていた半年もの間、学校や会社を放置していたわけだから俺達には戻り辛いものがある。
そこで国は社会人には1年間生活を保障する制度を導入した。
1年間は生活の面倒をみるから、その間に今まで勤めていた会社に戻るか又は新たに別の就職先を探すかをしろと言う事だ。
そして囚われていた半数が学生であることから国では新たな学校を用意して、県に1つとまではいかないが、各地方に幾つかの俺達専用の学校が建てられ通わせることとなった。
当然俺や鈴もその学校に通う事となり、こうして1年遅れで学業を再開する運びとなった。
奇しくも新学校の開校が8月1日とAngel In Onlineの正式オープンと同じ日だったのは偶然だと思いたい。
開校日を見ても分かる通り、この学校は世間一般の学校とは違い少々特殊な学期制度を用いている。
2学期制で長期休みは12月から1月の冬休みと7月の夏休みのみ。
8月のくそ暑い中授業を行いながらも新学校に入学して早1ヶ月が経とうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
学生の中ではデスゲームの事を忘れたいためAngel In Onlineの時の事を一切話さない人も居れば、逆に自慢宜しく俺はギルドどこどこの誰それだとみんなの羨望を浴びようとするやつも居た。
大抵の人は自分のキャラクター名を隠さずにお互いにさらけ出しているが、当然のことながら俺はAngel In Onlineの時の事は隠している。
そして俺の隣の席に座る男は隠さない派であり、ロックベルのギルド『大自然の風』の軽薄なエロ好き剣豪のリック事、北島陸だ。
奴は持ち前のエロ思考から、Angel In Onlineの最強プレイヤーでありロリ巨乳のフェンリルの現実世界の正体を突き止めようと必死になっていた。
どこから手に入れた情報なのか――と言うか今、鈴から教えてもらったと知った訳だが――俺ことフェンリルがこの学校に居ると知った途端に、全学年の女生徒のAngel In Onlineの時のキャラクター名を1か月かけて割り出していた。
VRと現実世界の姿は違うと分かってはいるんだろうが、女性であることには変わりがないので問題は無いらしい。
と言うか俺にとっては問題だらけなのだが。
「もう諦めたら? 北島君のその行動力は賞賛に値するけど、女生徒にはあまり受けがよくないよ?」
俺と陸とのやり取りに鈴が会話に加わってきた。
「むぅ。鳴沢が素直にフェンリルの正体を教えてくれれば問題ないんだがな」
「あー、それは流石に本人の意思を無視して教えるわけにはいかないわ」
そう言いながら鈴は俺をチラリと見る。
勿論俺は余計な事を言うなとばかりに鈴に視線を送る。
「くそ、もう一回全学年を回ってきてやる」
「程ほどにしておけよ。中にはAI-Onの事を忘れたい人も居るんだからさ」
陸は分かってるよと言いながらも再びフェンリル探索へと向かって行った。
・・・どこから来るんだろうな。あのエロ動力。
それはそうと・・・
「鈴、何余計なこと言ってんだよ。陸の奴マジになっちゃってるじゃねぇか」
「あはは、つい口を滑らせちゃって、ね」
鈴は両手を合わせゴメンネと謝ってくる。
「ところで大河君。例の話が来てるんだけど、どうする?」
「ああ、あれか。
・・・ま、今は出る気はないよ。みんなには悪いけど」
例のあれとはオフ会の事だ。
かつての俺の仲間たち、『Angel Out』のメンバー達は無事に現実世界へと帰還したお祝いとしてオフ会を開こうと企画しているとの事だった。
俺以外のメンバーはこの半年間の間にお互いの連絡を取り合っている。
そうして連絡を取り合ってる間に一度会ってみようと言う話になったそうだ。
そこからとんとん拍子で話が進んでいき、来週の日曜日にオフ会の開催となっている。
唯一フェンリルの正体を知る鈴を通してギルドマスターの参加を要請しているという訳だ。
「・・・分かったわ。みんなには上手いこと言っておいてあげる。
その代わり今度何か奢ってね。この前のデートの時は上手く誤魔化されたけど今度はしっかり奢ってもらうから」
「・・・了解」
今度はどんな風に躱そうかと考えながら答える。
彼女に奢るくらいの甲斐性を見せれればいいのだが、学生さんのお小遣いは微々たるものだから出来るだけ出費は押さえたいのです。
「あたしはまだ用事があるからまだ学校に居るけど、大河君はどうする?」
「ああ、俺ももう少し残るよ。あの陸の様子じゃ暴走するのが目に見えてるからな。
一応ストッパーは必要だろ」
このまま陸の奴を野放しにすれば、最終的にはフェンリルの正体を知る鈴へ襲い掛かる可能性があるからな。
「そう。それじゃあまた明日ね」
鈴はそう言いながら教室を出ていく。
俺の他にも何人かまだ教室に残っているが、もう数分もすれば誰もいなくなるだろう。
そんな教室の中で俺はAngel In Onlineの事を考える。
今でこそこうして現実世界に居るが、よく生きて戻ってこれたと思う。
チートスキルがあったとはいえ、1歩間違えれば死んでいたかもしれない世界だ。
そしてその世界を創った榊原源次郎。
現実世界に戻って来たら奴を殴ろうと決めていたが、未だにその願いは叶えられていない。
Angel In Onlineを運営していたAccess社は事件の責任を取らされVR機「アドベント」の維持費の補償やら様々な費用の補償やらで莫大な負債を抱え込むこととなり、事実上会社は倒産へとなった。
そしてAngel In Onlineの最高責任者である榊原源次郎は、事件の重大さにより無期懲役の実刑を受けて今は刑務所の中に居る。
一度面会を求めて警察等へ問い合わせてみたが、関係者又は親族でなければ会う事が出来ないと言う事だった。
榊原源次郎を殴りたいと思う事とは別に、奴に確かめたいことがあったのだ。
今思えば榊原源次郎の人格コピーの言葉には気になる点があった。
榊原源次郎はAngel In Onlineの開発途中で外部からの引抜でAccess社に入った形となっている。
そしてVR機「アドベント」は世界初のVRMMO「Lord of World Online」の当初から生命維持装置を備え付けられていた。
つまりAngel In Onlineのデスゲームはかなり前からAccess社に決められていたことになり、開発途中で参加した榊原源次郎は全くの無関係なのだ。
だとすれば何故コピー榊原源次郎は然も自分が計画したとばかりに吹聴したのだろうか。
そのことを聞いてみたかったのだが、多分俺には一生聞く事が出来ないだろう。
事件の真相は闇の中だ。
そんなことをボーっと考えながら教室を眺めていると、ある一人の少女が教室の中へと入って来た。
黒髪をポニーテールした14歳くらいのこの学校の制服を着た女の子だった。
俺にはその姿に見覚えがあった。と言うか知っている。
だがあり得ない。彼女はあのAngel In Onlineと共に消えてしまったはずだ。
そんなはずはないと思いながらも俺は恐る恐る彼女へと声を掛ける。
「アイちゃん・・・?」
「あ・・・! フェンリルお姉ちゃん! 久しぶり! ずっと・・・ずっと会いたかった!」
そう言いながらアイちゃんは俺に抱き着いてくる。
その感触は間違いなく現実のものだった。
「な、なんで? アイちゃんあの時AI-Onと一緒に消えたはずじゃ・・・?
と言うか何でアイちゃんの体が現実世界にあるわけ?」
アイちゃんは一通り満足したのか、抱き着いていた俺から離れてハニカミながら答える。
「ビックリした? 実はね、あたしもビックリしたの。
あの時、間違いなくあたしはAI-Onと共に消え去るはずだったんだけど、パパの仲間たちがあたしを助けてくれたの」
『AIヒューマンプロジェクト』
これが榊原源次郎率いる研究チームが目標にしていた計画の名称らしい。
要は完全な人間を作り上げる事。それがこの計画の概要だ。
実はこの計画の核となるアイちゃんこと頭脳であるAIの作製の裏では、体となるヒューマノイドボディの作製が行われていたとか。
このヒューマノイドボディは高スペックでほぼ人間と変わらない構造を模している。
例えばロボットの腕を輪切り状態にすると、中が空洞になっていて配線などが通っていて腕の感触も無機質なものとなっているのに対して、ヒューマノイドボディはセラミック骨格にそれを覆うマッスルプラスチック、ナチュラルスキンパッケージに内臓部分もナノ技術を用いて人間と同じ機能を持つようになっているらしい。
つまり人間と同じように息を吸い、食事を取り、傷つけば血を流すと言う、途轍もない技術で作られた体と言う事だ。
と言うか、AI技術だけでなくロボット技術まで凄まじいなんて榊原源次郎の研究チームとやらは規格外すぎやしないか?
だが高スペックであるが故に、いくらアイちゃんとは言え思考する事しか出来ないAIではヒューマノイドボディを動かすことが出来ない。
そこでアイちゃんをVRMMOの世界に立たせ体の感覚を覚えさせるというのが計画だったらしい。
この辺りはコピー榊原源次郎の言っていたことと差異は無い。
「それで崩れゆくAI-Onの中覚悟を決めたらあたしも魔法陣の光に包まれて、気が付いたらこの体の中に居たの」
プロジェクトリーダーである榊原源次郎が捕まるのは織り込み済みで、後の事はその研究チームが引き継ぎをしていてAccess社とは別にアイちゃんを現実世界の体へと呼び戻す手はずだったらしい。
「直ぐにでもフェンリルお姉ちゃん、あ、お兄ちゃんの所へ行きたかったんだけど、体の動きになれるまで時間が掛かっちゃって」
人間でいうところのリハビリに当たるのだろうな。
「まぁ、よく考えたら現実世界のお兄ちゃんの事よく知らなかったから、その間におじさん達にいろいろ調べてもらったの。
で、今日やっと会いに来ることが出来たの!」
そう言って再びアイちゃんは俺に抱き着いてくる。
そう言えば外見が全然違うのによく見つけれたと思ったら、俺が男だと言った時に教えた名前から調べたんだろう。
「そっか・・・アイちゃんが生きてて本当に良かった・・・」
俺は抱き着いてきたアイちゃんの頭を優しくなでる。
折角助かったはずのアイちゃんをあのAI-Onに残して来たのが心残りだったが、今こうして目の前に居ることに俺は喜んだ。
「な、なぁ、大神。感動の再開中にすまないが、その子――アイちゃんがゲームと変わらない姿なのは驚いたけど、今物凄い事言わなかったか?」
いつの間に戻ってきたのか、陸が驚きの表情で俺とアイちゃんを交互に見ていた。
陸だけではない。教室に残っていたクラスメイトも驚愕の表情でこちらを見ている。
「お前があのフェンリルだって――」
あ、マズイ。
「うん? そうだよ。お兄ちゃんがあの剣の舞姫のフェンリルお姉ちゃんだよ」
アイちゃんの言葉に陸たちがピシリと固まる。
「あ・・・れ? お兄ちゃん、もしかしてまだ内緒だったりする・・・?」
アイちゃんは気まずそうに首をかしげながら聞いてくる。
俺は陸たちが固まっている隙に、アイちゃんの腕を取って脱兎のごとく教室を脱出した。
『なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!?』
俺が教室を脱出した瞬間、辺りを揺るがすほどの雄叫びが響き渡った。
「あああああ! 遂にバレちまった!」
「あははは、ゴメン、お兄ちゃん」
笑い事じゃないよ。ああ、明日からどうしよう。
取り敢えず今日はもうさっさと学校から避難しなければ。
その途中で今の雄叫びに何事かと慌ててた鈴が居た。
「あ、大河君。今の大声って何な―――」
俺は鈴の言葉を遮って腕を取って連れ出す。
このままだと鈴も陸の奴に詰め寄られるだろう。
「ちょっ、大河君なんなの? って、アイちゃん!? 嘘!? 何で!?」
「ベルさん、ううん、鈴さん。お久しぶり。
不肖ながらこのアイ、Angel In Onlineより外の世界へ降り立つことが出来ました」
半年の間に俺を調べるついでに鈴の事も調べたのだろう。
アイちゃんがビシッと敬礼しながら鈴に応える。
「ああ、そうだ。鈴、今度のオフ会やっぱり参加するよ。勿論アイちゃんも一緒にな」
「え!? ホント!? 一体どういう風の吹き回し? ついさっきまでは断固拒否の構えだったのに」
陸にフェンリルの正体がバレたということは、明日には学校中、そしてギルド間を通してAI-Onのプレイヤー中に俺の事が広まるだろう。
そうなればもう隠してても意味が無い。だったら開き直るしかないじゃないか。
俺と鈴とのやり取りを見ていたアイちゃんが俺の腕を引っ張って思いっきり抱きしめる。
小ぶりながらもふくよかな胸が腕に当たる。
「鈴さん、あたし負けないから」
それを見た鈴も負けじと俺の反対の腕を引き寄せ同じように胸を押し付ける。
「アイちゃんが現実世界に居るのはビックリしたけど・・・悪いけど、大河君は譲れないわよ」
え? 何これ? いつの間にか三角関係っぽいことになってないか!?
鈴は兎も角、アイちゃんとのフラグ立てた覚えはないんだが?
と言うか、アイちゃんは俺の事お姉ちゃんとしか認識していなかったはずじゃ!?
そんな混乱中の俺を余所に、アイちゃんは出会った時の様な飛び切りの笑顔を見せる。
「お兄ちゃん、これからも宜しくね!」
――Fin――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
某オフィス
一つだけ置かれた机の上のパソコンの画面に自動的に文字が映し出される。
――Project Arcadia Start――
――Special Skill Active World――
……To Be Continued??




