72.フェンリルとアイ
「System・Alice! まだログアウトしていないプレイヤーが居るぞ! どうなっているんだ!」
『全プレイヤーのログアウトを確認。現在Angel In Onlineにはプレイヤーは存在しておりません』
System・Aliceの声に俺は愕然とする。
こいつ何を言っているんだ? ここにまだ残っているプレイヤーが居るじゃないか!
「ふざけるな! 俺がまだログアウト出来ていないじゃないか!」
埒が明かないと思った俺はメニューを呼び出し手動でログアウトしようとした。
デスゲームが解除されたという事はメニューウインドウでログアウトボタンが復活したと言う事だ。
だがログアウトボタンよりも先にとんでもない文字が目に映った。
『神はAngel In OnlineのSystemCoreであるためログアウトすることが出来ません』
System・Aliceの言う通り、俺の職業の欄が神(神薙)となっていた。
ちょっと待て! どういう事だよ、これはっ!?
神って榊原源次郎の事じゃなかったのか!?
そこで俺はふと榊原源次郎の最後の言葉を思い出す。
『そしてこれは私からの挑戦状でもある。君が見事現実世界に戻ってこれて本物の私を殴る事が出来るのか楽しみに待っているよ』
奴からの挑戦状・・・!
してやられた! あれはこういう事か・・・!
つまり奴を倒すことで神の権限は倒した奴に移ると言う事なのだろう。
事実、職業欄の神の説明欄を見ると「神を倒したことによって手に入れることの出来る職業」となっていた。
そしてこれは職業・神である限りログアウト不能と言う事を示している。
「マジかよ・・・ここまで来てログアウト出来ないなんてありえないだろ・・・」
外部からの助けを期待するか・・・?
他のプレイヤーがログアウトしたのに俺だけ戻ってこないとなると流石に不審に思うはず。
そこから外からの強制解除が出来ないだろうか?
いや、それが出来るんなら最初からやっているか。
つまりどう足掻いたところで外からの助けは期待できないので、自力で外に出る方法を考えなければならないと言う事だ。
そうだよ。榊原源次郎が言ってたじゃないか。これは挑戦状だって。
つまり外に出る方法が必ずどこかに隠されているはず。
幸いと言っては変だが、職業が神(神薙)になったことにより様々な特権が与えられていた。
基本的なところで神の移動や神の視点とかだな。
神の視点でAI-On中の出来事を観察しながら、神の移動で好きな場所へ飛ぶわけだ。
・・・榊原源次郎も神の移動で大胆にも俺達の中に紛れ込んでいたんだろうか?
いや、それよりも神の視点を使えばどこでも覗き放題じゃないのか。
プライバシーなんて駄々漏れじゃないか。
・・・うん、間違いなく現実世界に出たら榊原源次郎本人を殴ろう。
「この神の中に何かヒントがあればいいんだけどな。
・・・いや、こんなところに隠されるほど簡単じゃないか」
様々な特権が与えられているが、あくまでAI-Onを機能させるうえでの特権でしかない。
ログアウトするための機能は一切排除されている。
取り敢えずは何かヒントが無いか、神の視点であちこちのAI-Onの様子を探っていく。
AI-Onの様子は至って平穏だった。
ただ唯一今までと違うのはプレイヤーの姿が一切ないと言う事だけだった。
町中は普通にNPCが歩いており普通に生活をしていた。
急に居なくなった俺達冒険者により町中は多少不安になっていたが、それ以外はいつもと変わらない風景がそこにあった。
うーん、この神の視点の機能は便利だが、俺一人しかいないこの世界で使ってもありがたみが何もないな。
いや、プレイヤーが居たらそれはそれでプライバシーの問題が出てくるのだが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
神の視点でAI-On中を探しまくるも、外に出る方法は一向に見つからなかった。
「はぁ、別の視点から探した方がいいのかな」
一つの事にとらわれ過ぎて別の方法を見逃している可能性もある。
ここは一旦頭を切り替えた方が良さそうだ。
取り敢えずは今まで拠点にしていたギルドホームへと移動することにした。
榊原源次郎の居たオフィスの様な一室は現実世界を思い出して懐かしくも思うが、仲間と共に過ごしたギルドホームの方が今は落ち着くのだ。
俺は神の移動で『Angel Out』のギルドホームへと移動する。
当然のことながらギルドホームの中には誰も居ない。
ほんの2日前まではここでみんなと一緒に過ごしていたんだが、こうして誰もいない空間を見ると寂しくも思える。
一人寂しくも、リビングにあるソファーに腰を掛けて気持ちをリラックスさせる。
そう言えば自分でも信じられないが、少数ながらもAI-Onのトップギルドとして君臨していたんだよなぁ。
今思えばキャラメイクの時点で全てが決まっていたのかもしれない。
キャラメイクでいきなり女性身体になるわ、スキル設定で極大魔力スキルや萌えスキルを取得するわで普通のプレイヤーとしてのスタイルとはかけ離れたものになってしまったのだ。
極大魔力スキルで魔法をぶっ放すだけでなく、『イメージによる戦技・魔法に変化をもたらす効果理論』を応用した魔法剣や輪唱呪文を戦闘により、俺のプレイスタイルは更に一般とはかけ離れたものになってしまったのけどな。
それに加えて姿かたちが魔法少女と言うのが俺と言う存在に拍車をかける形になったっけ。
ああ、そう言えばアイちゃんは魔法少女の姿の俺に興味を抱いて話しかけてきたんだったな。
あの時は萌えスキルの入手方法が分からなかったから魔法少女の姿をアイちゃんにさせることが出来なかったから、アイちゃんは残念がってたっけ。
今は偶像者に転職すれば萌えスキルと役者スキルで魔法少女に変わることが出来るんだよな。
もっともアイちゃんは闇騎士に転職してたから、後で偶像者で魔法少女になれると分かった時は悔しがってたな。
魔法少女の姿でチート無双をして、つい26の王の『始まりの王・Start』を倒してしまったのがデスゲームの始まりだったな。
あの時から全てが狂ってしまったんだ。
最初のころは自分の所為でと思って必死になってエンジェルクエストを攻略しようとしてたな。
『水龍の王・Vortex』に始まり、『トロールの王・Tororo』、『リザードの王・Invisible』・・・は透明化の所為で倒せなかったか。
『希望の女王・Pandora』の戦争イベントから、カイ王子の王位簒奪イベントによる『王の中の王・Kingdom』の攻略。
戦巫女へ転職した後の『十二星座の王・Zodiac』と『恋愛の女王・Lovers』。
鳴沢を助けるために挑んだ『死を撒く王・Death』。そして『死を撒く王・Death』を倒したと思ったら実は『死を撒く王・Death』の中にもう1人の王が存在した『不死者の王・Undead』。
ギルド『Angel Out』を設立した後に攻略した『夜の国の王・Night』、『海洋の王・Ocean』、『地獄の王・Hell』、『世界を総べる王・World』。
そして最も苦い思い出の『勇気ある王・Brave』。
こうして見ると26の王の半数以上に俺が関わっていたんだな。
この戦績じゃトッププレイヤーと言われるわけだ。
そしてこの26の王との戦いを通じて掛け替えのない戦友を得たんだ。
ロックベル達のギルド『大自然の風』。
ロックベル達とはかなりの長い付き合いになったな。
『水龍の王・Vortex』を倒すために集まってくれた、ヴァイ、ヴィオ、マリー、紺碧さん、真桜ちゃん、ユニ君。
特にヴァイとヴィオはギルド設立の為に俺の下に駆けつけてくれたのが嬉しかった。
最後まで頼りになったクリス。
最初は地雷と言われながらも周りの目を気にせず己を貫き、最後にはその有用性を認めた弓使い。
最初はPKとして俺達の前に現れた舞子。
実はPKのリーダーに祭り上げられてただけのお馬鹿な娘。今となっては『Angel Out』の頼れる盾だ。
そして舞子とセットになって現れた天夜。
いつの間にかマジにくっついてしまったリア充爆発しろを地でいった強者だ。
成り行きで恋人役を演じることになった疾風。
疾風の戦闘能力は俺と同じトッププレイヤーとして凄まじいものがあるけど、恋愛面に関して鈍かったのは唯一の欠点だ。
ギルドを設立してメンバーに加わった唯ちゃん。
美刃さんと鏡牙ちゃんの妹で、2人の姉に対抗心を燃やしてたっけ。最終的にはドラゴンブラッドなんてユニークスキルを手に入れて2人に引けを取らないくらい強くなったな。
ギルドの追加メンバーとして加わってくれたリム、ジャスティ、フリーダ、るるぶるさん。
彼女たちの協力も無くてはならないものだった。そして彼女たちの加入によって『Angel Out』は女性率を一気に上げることになった。
そして鳴沢。
俺は彼女に片思いをしていると思ったら実は両想いだったという、何とも嬉しい結末が待っていたのだ。
鳴沢が居たから俺は最後までこのAngel In Onlineをプレイできたんだと思う。
そしてアイちゃん。
俺の最初のフレンドプレイヤーであり、最後の26の王『魔王・A.I.』。
その正体は榊原源次郎の最高傑作の人間を目指した完全なるAIプログラム。
だけど俺にとってはアイちゃんは人間であり掛け替えのない友達だ。それはこれからも変わらない。
そこでふと思い出した。
そう言えばAの王の証の事を。
俺は何気にアイテムストレージを開いてAの王の証を見た。
Aの王の証
『魔王A.I.』を倒した証。
※QUEST ITEM
※譲渡可/売却不可/破棄不可
※この王の証を持つ者はログアウトする事が出来なくなる
※特殊スキル「A.I.」を使用することが出来る。
効果:神の力と引き換えにAの王の証に退避させたA.I.を復活させます
特殊スキル効果終了後、この王の証は消滅します。
「・・・は?」
思わず目が点になる。
「はは、あはははははははははっ」
いろいろ突っ込みどころ満載だよ。
そうか、榊原源次郎も最初からアイちゃんを死なせるつもりは無かったと言う事か。
そして神を外してログアウトする方法がこれだとはな。
と言うか、Aの王の証を持っていれば最初からログアウト出来ないじゃん!
「スキル発動! A.I.!」
俺はAの王の証の特殊スキルを発動させる。
俺の目の前に魔法陣が描かれ光り輝き、そこからアイちゃんが姿を現した。
「・・・え? あれ? あたし死んだんじゃ・・・?
あ、お姉ちゃん? あれ? あれ~~~?」
死んだと思っていたのに、自分が生きていることに不思議がっているアイちゃんがそこに居た。
俺はそんなアイちゃんを、生きていたアイちゃんを抱きしめる。
「お・お姉ちゃん!?」
「アイちゃん、良かった・・・!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「そっか、ゴメン、お姉ちゃん。あたしの所為で大勢の人を巻き込んじゃって・・・」
「アイちゃんは謝らなくていいわよ。全ての責任は榊原源次郎にあるんだもの。まぁ、アイちゃんにとっては父親だからあまりいい思いはしないだろうけど」
アイちゃんが蘇った後、俺はその後の出来事を話した。
アイちゃんが思っていたのとは逆で、Angel In Onlineはアイちゃんの為に創られたこと。
榊原源次郎は裁かれるのを承知でアイちゃんを『人間』にしようとしたこと。
そして初めからアイちゃんを死なせるつもり無かったと言う事。
「それにしてもパパったら。最後の最後まで変な仕掛けをしてお姉ちゃんに迷惑を掛けて」
「あはは、それに関しては現実世界に出てから本物の榊原源次郎を殴るって決めてるから」
「う~ん、出来れば手加減してやってね?」
そう言いながら俺とアイちゃんはお互い笑いあう。
「あ、そうだ。これ返しておくね」
俺はそう言って『魔王』の時に落ちた髪飾りをアイちゃんに渡す。
「ありがとう。お姉ちゃん」
アイちゃんは大事そうに髪飾りを受け取り改めて装備しなおした。
と、そう言えばアイちゃんには俺はお姉ちゃんで認識されているんだな。
現実世界に戻ってからもお姉ちゃんじゃちと恰好がつかない。
アイちゃんだけには本当の俺を教えてもいいだろう。
「ねぇアイちゃん。わたしね、ううん、俺本当は中身は男なんだ。だからお姉ちゃんじゃなく、お兄ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」
俺の言葉にアイちゃんはポカンとしていた。
「・・・え? お姉ちゃんじゃなく、お兄ちゃん・・・?
っぷ! ぷはははははははははははははっ! お兄ちゃんネカマやってたんだ! あはははははははっ!」
なんですとー!? 何故アイちゃんがネカマなんて言葉を知っている!?
「あのー、アイちゃん? そんなに笑わなくても・・・」
「だって、みんなを引っ張ってきたAI-On最強のプレイヤーの剣の舞姫が実はネカマだったなんて、これが笑わずにいられないわよ」
えー? そんなに笑われると少し傷つくぞ・・・
アイちゃんにキャラメイク時に読み取りエラーで女性身体になって、そのままプレイした事を話す。
「それじゃあ最初はほんの軽い気持ちでネカマをやってたんだけど、デスゲームで元に戻れなくなっちゃったって訳?」
「まぁその通りなんだけどさ。なんか、こう、笑われながら事実を述べられると傷つくものがあるんだがなぁ」
「あはは、ごめんごめん。でもそれじゃあ長い事女性の体で過ごしているから現実世界に戻ったらかなり戸惑うんじゃないかな?」
あー、そうか。長い事女性身体で過ごしてきたからすっかり慣れちゃったけど、現実世界に戻ったら身体の違いに戸惑うか。
いかんな。こんなところにもデスゲームの弊害が出てきている。
「要リハビリだな。と言うか、いくら生命維持装置があっても長いこと身体を動かしていないから長期間のリハビリが要されるな」
「だね。ここで終わりじゃなくて、これからが本当の始まりだからね」
アイちゃんはそう言いながら少しさびしげな表情をしていた。
俺達はその後、俺の現実世界の事とか、アイちゃんの箱入りの時の事とか、他愛もないことを話してのんびりした時間を過ごした。
だからなのか、俺はあることに気が付かなかった。
いや、気が付いていて目を背けていたのかもしれない。
いきなり周りが揺れ始めた。
ガタガタと地震の様な地鳴りが鳴り響く。
――Warning!――
――SystemCoreの不在が30分を越えたためAngel In OnlineにError999が発生しました――
――Error999に伴いAngel In Onlineはデリートいたします――
はぁ!? ちょっと待て! いきなりデリートって!
「お兄ちゃん、ここでお別れだね。
このままAI-Onのデリートに巻き込まれるとお兄ちゃんの精神に障害が残る可能性があるから早くログアウトした方がいいよ」
「ちょ、何言ってんだよ! アイちゃんも一緒にログアウトしないと――」
そこで俺は気が付いた。ここに居るアイちゃんはAIプログラムだ。
つまり現実世界に戻るには身体――いや、この場合はパソコンか?――が必要だ。
だが、アイちゃんを保護者(?)である榊原源次郎は現実世界ではどうなっているか分からない。
今回の事件の責任を取って実刑を受けている可能性だってある。
そしてAccess社も責任を追及されて会社が倒産しているだろう。
そう、アイちゃんの帰る場所はもうどこにも存在しないのだ。
「あたしには帰る場所は最初からどこにもないの。
だからここでお別れ。あたしはAngel In Onlineと共にここで消えるわ」
「そんな・・・! 何か、何か方法はないのか!? 折角助かったのにここで消えるだなんて、そんなのあんまりだよ」
「お兄ちゃん、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。
アリス! お兄ちゃん――プレイヤー・フェンリルを強制ログアウト!」
『お姉様、了解しました。プレイヤー・フェンリルを強制ログアウトいたします』
System・Aliceの声と同時に俺の足下に魔法陣が現れ光り始める。
「アイちゃ――――」
次の瞬間、俺の目の前は真っ白な光に包まれて俺はこのAngel In Onlineを後にした。
こうして俺のフェンリルとしての物語はここで終わりを告げた。




