67.始まりと終わりの広場と始まりと終わりの王
1月30日 ――183日目――
「あれ? アイちゃんは?」
俺はいつも一緒に居るリムに訪ねた。
ギルドホームにはギルド設立の初期メンバーが住んでいるが、後発メンバーは宿泊費用をギルド負担で近くの宿に泊まってもらっている。
宿泊費用をギルドで負担する代わりに、朝夕の食事は出来るだけギルドホームでみんな集まって食べることをお願いしているのだ。
アイちゃんとリムは一緒の部屋を借りているので大抵一緒に行動している。
いつもならアイちゃんはリムと一緒に朝食を取りに来るのだが、今朝はリム1人だけだった。
「あれ? アイちゃん来てないですか?
部屋に居なかったからてっきり先に行ってたとばかり思ったんですが・・・」
どうやらアイちゃんは先に起きて1人で行動をしているみたいだ。
朝早かったのでリムに何も言わないで部屋を出たのだと思うのだが、未だに何の連絡もないのは少し疑問が残る。
「取り敢えず今居る人たちで朝食を取りましょ」
アイちゃんも後から来るだろうという事で、鳴沢に促され俺達は朝食を取った。
因みに食事の準備は鳴沢とヴィオが担当している。
アーデリカ程ではないが、2人の料理スキルはかなりのLvだ。
俺達が朝食を終え、一息ついた頃になってもアイちゃんは一向に現れなかった。
流石に何かあったのではないかと携帯念話で連絡を入れたが、「お掛けになった念話は現在携帯念話を装備されてません」としか返ってこない。
「わざわざ携帯念話を外している・・・?」
「アイちゃんに何かあったのかな・・・?」
連絡が付かないアイちゃんにリムが少し心配そうにしている。
昨日の夕方までは俺と一緒に居たから、その後の夜から今朝にかけて何かあったのではないかと考える。
昨日の夕食時には俺とのデートを楽しそうにみんなに話していたが、舞子だけはアイちゃんだけズルいと不満を撒き散らしていたが。
「そう言えば舞子、昨日アイちゃんにきつく当たってなかったっけ?」
「ふえっ!? あ、あたしお姉様とデートして羨ましいって言ってたけど、別に喧嘩してたわけじゃないよ!?」
俺の指摘に舞子はびくりとしながらもあたふたと言い訳をする。
ふむ、確かに喧嘩してたわけじゃないから舞子や俺達『Angel Out』が嫌になって出て行ったって訳でもないな。
だとしたら俺達が寝ている深夜に何かあったのか・・・?
「うーん、アイちゃんも1人で行動したい時もあるだろうけど、流石に連絡が付かない状態になると何かあったと考えるべきかもね。
取り敢えずわたしとリムでアイちゃんを探すから、みんなはいつも通りLv上げと情報収集をお願いね」
俺とリムとでアイちゃんの行きそうな心当たりを手分けして探すことにした。
残りのメンバーはAの王に対抗するためのLv上げと、引き続き未だ不透明なAの王の情報を探してもらう。
「あ、あの、お姉様、あたしもアイちゃんを探してもいいですか?」
昨日のやり取りで少しばかり言い過ぎたと思ったのか、舞子が進んでアイちゃんの捜索に手を挙げてくる。
「そうね、それじゃあ舞子にもお願いするわ」
俺の許可に舞子はホッとした表情を見せる。
早速俺達は手分けをしてアイちゃんの捜索に乗り出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺はアイちゃんの心当たりを見て回ったが、一向にアイちゃんの影も形も見えなかった。
時折、携帯念話を掛けることも忘れなかったが、そっちの方も未だに繋がらない状態だった。
俺は昨日アイちゃんと回っていった冬華都市や火山都市を見て回ったが成果を得ず、再び王都へと戻ってアイちゃんを探し回っていた。
その途中の所々で騒いでいる集団がかなり目に付いた。
「なんだ・・・? 何かあったのかな・・・?」
少し気になってその集団に近づいて様子を伺ってみた。
もしかしたらアイちゃんと何か関係あるのかもしれないと、淡い期待を抱いてみる。
「おい、大丈夫か? 急に転移してきたみたいだけどいったい何があったんだ?
町中で転移だなんて普通じゃねぇぞ?」
「ああ、大丈夫だ。俺も何があったのかさっぱりだよ。
さっきまで露店広場で物を売ってたんだけど、周りが光り出したと思ったら次の瞬間にはここに居たわけさ」
「なんだそりゃ? 露店広場で何かあったのか?」
どうやら1人の男性プレイヤーが露店広場から何故かここに転移されたらしい。
他の集団もみて見ると同様に、露店広場からの転移者で大騒ぎになっていた。
これはもしかして・・・
俺がある予感を感じたと同時に、鳴沢からの念話が掛かってきた。
『フェル、事態が動いたわ』
「それって・・・アイちゃんの事じゃなくて、Aの王の事だね」
『ええ、初心者広場が結界のようなものが張られ中に入ることが出来なくなったわ。
初心者広場に居た人たちは、結界の展開と同時に王都のあちこちに転移されてるみたいだから大丈夫みたいよ』
ふむ、結界か。
広場の人たちを強制的に転移させたとすると、そこが決戦の場・・・か?
「それはこっちでも確認してるわ。
急に現れた人たちで町中が少し混乱しているみたいね」
『そうみたいね。でも実質的な被害が無いから放っておいても大丈夫だと思うわ。
それよりあたし達はあたし達のやることをやりましょう。今、みんなにも連絡して広場の北入口に集まるように招集をかけているわ。
フェルも直ぐに来て頂戴』
鳴沢の言う通り、これがAの王のイベントの開始だとしたら俺達はそれに向かわなければならない。
こうなるとアイちゃんの事は二の次だ。
俺がそのことを考慮していると、鳴沢からちょっと希望の持てる報告が出てきた。
『アイちゃんの事なら心配はいらないわ。
結界が展開される前に王の石碑の所にアイちゃんの目撃情報があったのよ。だから多分、王都のどこかに転移されているのは間違いないから少なくとも身の安全だけは大丈夫だと思うわ』
そうか、見かけたというのなら完全な行方不明という訳ではないという事か。
SA内の王都に居るという事は、鳴沢の言う通り身の安全だけは保障されている。
ならば俺の為すべきことは一刻も早くこの事態の収拾にあたるという事だ。
「分かったわ。すぐに広場の北入口に向かうわ」
携帯念話を切り、すぐさま初心者広場の北入口に向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
広場の北入口には大勢のプレイヤーでごった返していた。
その中で『Angel Out』のメンバーを見つけ俺は駆け寄る。
「ベル! 状況はどうなっているの?」
初心者広場は薄い光の幕の結界で覆われていた。
光の幕の結界は、その名の通り侵入者を防ぐ役割を果たしている。
周りの大勢のプレイヤーが中に入ろうといろいろ模索しているが、光の幕は悉くそれを妨害していた。
「見ての通りよ。広場の中に入ることは出来なくなっているわ。
・・・但し、あたしと疾風、ヴァイの3人は中に入ることが出来るのよ」
そう言いながら鳴沢はあっさりと光の幕を素通りし、広場の中へと入っていく。
それに続いて疾風とヴァイもなんの障害もなく中へ入ることが出来た。
「・・・どういう事?」
「多分、フェンリルも中に入ることが出来るわ」
俺は言われるがままに光の幕に手を伸ばしながら前へと進むと、何の抵抗もなくあっさりと広場の中へと入ることが出来た。
「これって・・・」
中に入ることが出来たのは俺と鳴沢と疾風とヴァイ。
この4人の共通点は・・・
「ええ、この中へ入ることが可能なのはユニーク職のみって事ね」
最初は王の証所持者が条件かと思ったが、『円卓の王』を倒してRの王の証を手に入れた唯ちゃんは入ることが出来なかったのだ。
「これは美刃さん達にも連絡して来てもらった方が良さそうね」
この結界の中に入ることが出来るのがユニーク職のみと言う事なら美刃さん達を呼んでフルPTで中に入った方が良さそうだ。
何せこの奥に控えているのはAの王だ。いくらユニーク職と言えど、俺達4人で挑むほど無謀じゃない。
俺達は・・・と言っても美刃さん、マリー、アッシュの3人全員と連絡を取れるのは俺だけなので、俺が3人に連絡を入れて直ぐに来てもらうようにする。
「それにしてもユニーク職しか入れないとなると、ユニーク職をコンプリートしておいた方がいいと言うフェンリルの考えは間違ってなかったみたいだな」
「わたしはそれぞれが何かしらの役割を持っているんじゃないかと思ってただけよ。
まさか最終決戦がユニーク職のみとは予想外だわ」
ヴァイの言う通り、ユニーク職のコンプリートは進めておいて正解だった。
これが1人や2人だけだったとしたらユニーク職集めからやり直しの上、PK合戦の始まりでもあったのだから。
直ぐに駆けつけてくれた美刃さん達とPTを組み、俺達は広場の中心へと向かう準備を整える。
その間に一緒に駆けつけた『月下美人』と『Noble』と『桜花伝』の人たちから激励を貰った。
「フェンリルさん、お姉ちゃんの事よろしくお願いしますです。
お姉ちゃんの二つ名から分かる通り、実はかなり過激な一面を持ってますです」
そう言ってきたのは鏡牙ちゃんだ。
確か美刃さんの二つ名は、月狂化って呼ばれてたっけ。
無口な美刃さんにしては過激な二つ名だとは思っていたが、そんな一面を持っていたのか・・・
『桜花伝』のルーベットからも声を掛けられた。
「ふむ、ここから先はわしらは行けんのか。
口惜しいがこの先はお主らに任せよう。思う存分アッシュの奴をこき使ってくれ。
今まではギルマスとしてみんなを引っ張っていく立場じゃったが、今回は使われる方じゃから奴もそれなりに気が楽じゃろうて」
ああ、そういやアッシュはギルドマスターでありながら自信が無くて優柔不断な面があったな。
あれからかなり経つからそれなりに改善はされてはいるだろうが、今回はルーベットの言う通り俺が主体となってPTを引っ張っていく立場だからな。
準備を終えた俺達は早速広場の中心に向かって進んでいく。
急な臨時PTでお互いの連携がとれるのか不安だったが、少なくとも『Angel Out』の4人は連携を取ることが可能だ。
もし上手く連携が取れなければ、申し訳ないが美刃さん達には俺達に合わせてもらう形になるだろう。
・・・そう言えば図ったかのようにユニーク職の人数がフルPTの7人と同じ人数だな。
相変わらず嫌な設定の仕方をするな、AI-Onの開発者は。
一応周りを警戒しながら広場の中心、王の石碑のあった地点を目指して進む。
俺達は何の問題もなく王の石碑の前に到着するが、既に石碑の前には1人の人物が居た。
「・・・何で」
俺はその人物が目の前に居るのが信じられなかった。
だって今ここに居ることが出来るのは俺達ユニーク職か、Aの王の関係者のみだ。
「何でここにアイちゃんが居るのよ・・・!」
「待っていたよ、お姉ちゃん」
何の気負いもなくアイちゃんは俺に話しかけてきた。
俺はかつてのGGの時の光景を思い浮かべる。
プレイヤーでありながら26の王に選ばれてしまった悲しき王の姿を。
あれは一度で十分なはずだろう!
何で同じ手段を取るんだよ!
また同じ悲しみを味わえと言うのか! Access社!!
だがアイちゃんの口から出てきた言葉は俺の予想をはるかに上回るものだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。ここは露店広場って言われているけど、正式名称は初心者広場だよね。
知ってた? 実は別の本当の名前が存在するんだよ」
アイちゃんは唐突にこの広場の事について語り出す。
この広場は最初にプレイヤーが降り立つ地点と言う事で初心者広場の名称が付けられている。
そしてこの広場の大きさを利用して露店を始めたことから、のちに露店広場と呼ばれるようになったのだ。
「ここはね、『始まりと終わりの広場』。
プレイヤーの物語が始まる場所であり、ゲームの終わりの場所。
『始まりと終わりの広場』がこの場所の本当の名前。
そしてあたしは始まりの26の王であり終わりの26の王、『魔王・A.I.』」
アイちゃんの衝撃の告白に、俺はやっぱりそうなんだと言う諦めの気持ちと信じられないという気持ちが入り混じっていて混乱していた。
「アイちゃん・・・『魔王・A.I.』って、貴女・・・」
「うん、あたしは人間じゃない。プログラムの塊、AIプログラムなの」
鳴沢の質問にアイちゃんははっきりと答える。自分は人間じゃないと。
・・・何だよこれ。一体何がどうなっているんだよ・・・
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「待ってくれ。アイちゃん、あんたがAIプログラムだと言うのはあり得ない。
AIプログラムにしては余りにも人間臭すぎるんだ。
このAI-OnのAIが優秀なのは知っているけど、それでもアイちゃんの行動はAIプログラムを逸脱しすぎている」
アッシュはアイちゃんがAIプログラムだと言うのを否定する。
AI-OnのAIは優秀だからアイちゃんもそうなのかと思ったが、違うのか・・・?
「まぁ、確かにあたしは普通のAIプログラムとは違うよ。
ねぇ、お姉ちゃん、あたしが14歳だって知っているよね。
それってAIプログラムとしての設定だって事じゃなくて、本当に14歳なんだよ。
あたしがAIとして生を受けて稼働年数が14年。その14年の歳月が今のあたしを作り上げているの」
「14年の知識と経験がアイちゃんを人間に近づけている・・・?
いや、それだと他のAIも稼働時間が長ければ簡単にアイちゃんみたいになれることになる。アイちゃんがAIだと言うのならそれ以外の要素も絡んでいるはずだ」
「うん、そうだね。
あたしは既存のAIと呼ばれるプログラムの他に、人間の脳の構造を模した半導体一千億個を小型化したものを使用しているわ」
アイちゃんの自分のAIの秘密の告白にアッシュは悲鳴に近いような叫びを上げる。
「馬鹿なっ!! トップダウン型AIの他に未完成と言われていたボトムアップ型AIを組み合わせたというのか!?」
「おお~、アッシュさん意外と詳しいんですね」
アイちゃんは意外そうにアッシュを見る。
そんな2人のやり取りを俺は頭が混乱しながらも聞いていた。
「・・・一時期その手の事を研究したことがあってね。
・・・まさかとは思うけどフレーム問題も解決済みだったりするのか?」
「研究していたと言うだけあって本当に詳しいんですね。
勿論、フレーム問題も解決済みですよ。
人間たちが普通に行っていることをAIにも組み込んだんですよ。――無意識をね」
「フレーム問題に無意識を組み込むという論文を見たことがあるけど、まさかそれを実践することが可能だなんて・・・」
「あの・・・辛うじてトップダウン型AIとボトムアップ型AIの違いは分かりましたけど、フレーム問題って・・・何ですの?」
2人の会話に俺達には案の定途中から話に付いて行けなくなっていた。
俺達を代表するかのようにマリーが質問をする。
「有限の処理能力しかないAIには、現実に起こりうる無限の問題に対して適切な枠組み――つまりフレームを設定できない問題の事だよ。
例えばオレ達人間は道を普通に歩くことが出来るけど、AIは道を歩くだけで様々な問題をシュミレーションするんだ。
人がぶつかってきたりしないか、障害物はどうするか、果ては空から隕石が振ってこないかなどね。
それらを全部シュミレーションしてしまうと演算処理が追いつかずフリーズする」
なるほど。確かに人間はそれらをいちいち考えたりしないで無意識に歩いているもんな。
AIはわざわざ律儀に全部の事柄をシュミレーションしてしまうって訳か。
「だからAIには限定的に条件を揃えてプログラムを実行させている。その限定的条件の枠がどこまで設定するかがフレーム問題だよ。
実際、AI-OnのAIも人間らしく振舞えているけど、あくまでその都市、その役割の中での行動に過ぎない受け答えの決まったプログラムで動いているに過ぎない。
だけど、アイちゃんの言う事が正しければ―――」
「そう、あたしは人間と同じ構造を持つ量子電導脳に無意識を組み込んで知識と経験を長年にわたって積み重ねてきた『人間』に一番近いAI。AIプログラム・アイよ。
もっとも起動したて――生まれたての時は人間と同じように赤ちゃんみたいに物事をちゃんと考えられなかったみたいだけどね」
そうか、『人間』に近いと言う事は精神構造も人間と同様だと言う事か。
こうして見ると『人間』に近いと言うだけあって、どう見てもアイちゃんがAIだとは思えない。
アイちゃんはよく笑って今を一生懸命生きていた。
時には悲しんだりして涙を見せていたりもした。
いつもギルド内ではみんなと楽しそうに会話したり、思い出話なんかも話してたりしたのだ。
・・・ああ、その楽しい感情や哀しい感情、思い出なんかはアイちゃんの14年間で培われてきたものなのか。
そうだよ、今アイちゃんも言ったじゃないか。自分は一番『人間』に近いんだって。
「アイちゃんがAIだろうが何だろうが関係ないわ。アイちゃんは間違いなくわたし達の仲間よ。これからもずっとね。
だから・・・このふざけたシステムを解除する方法は無いの?」
俺の言葉にアイちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「お姉ちゃん、ありがとう。
でもこの『魔王・A.I.』はどうやっても解くことは出来ないの。
唯一の解除方法は『魔王』として覚醒したあたしを倒すことのみ。
そして『人間』ある以上、あたしも他のプレイヤー同様に死亡はAIプログラムの消滅を意味するわ」
つまりアイちゃんもみんなと同様に『死亡』してしまうと言う事か。
くそ、どこまでもふざけた開発者だな。
GGの時と言い、アイちゃんを仲間として過ごさせておいて最後に敵として登場させるだなんて、頭がいかれてるとしか思えない。
そこで俺はふと疑問を感じた。
「あれ? アイちゃんがAIで『魔王』なら何で普通にプレイヤーとして参加出来ているの?
と言うか、アイちゃんの性格のままで『魔王』としてわたし達に攻撃できるの?
それってAIとしては『人間』と同じ感情を持ったことには凄い事だけど、『魔王』としては失敗なんじゃ・・・?」
そうなのだ。アイちゃんが『魔王』であるならプレイヤーとして参加している意味が分からない。
そして『人間』の感情を持ったアイちゃんが、ずっと一緒に過ごしてきた俺達を攻撃できるのか?
俺の疑問にアイちゃんは少し気まずそうに指で頬を搔く。
「あー、まぁそれはあたしの我がままなんだけどね。
本当なら『魔王』として組み込まれるはずだったあたしはパパにお願いして『魔王』として倒されるまでの間だけ『人間』としてこの世界を謳歌して見たかったの。
だってあたし生まれてからずーっとパソコンの中で『聞く』『話す』『考える』の事しかできなかったんだよ?
せめて最後くらい『人間』として世界を『見て』『触れて』『歩いて』みたいじゃない。
ああ、美味しいものを『食べる』ってのもあったね」
アイちゃんは今までの約半年を思い出しているのか、少し遠い目をしていた。
「これまでの半年はあたしにとって大切な思い出。
でもこれで心置きなく『魔王』として役割を果たすことが出来るわ。
それでお姉ちゃんが心配していた『魔王』として攻撃できるかってことなんだけど、それは心配いらないよ。
今、この広場は25人の王が倒された10日過ぎの正午に結界が展開されるようになっている。
そして王の石碑にあたしが居ることによってあたしの中の魔王プログラムのスイッチが入るようになっているの。
スイッチが入ったらあたしは『魔王』としてお姉ちゃんの前に立ちはだかることになるわ」
「それって、『魔王』として戦うのはアイちゃんの人格じゃないって事?」
「ううん、それじゃあ初めから『魔王』はあたしじゃなくても良くなるよ。
スイッチが入ることであたしの中の『魔王』の自覚が目覚めるの。
今はお姉ちゃんを優先している感情が強いけど、スイッチが入ると『魔王』を優先する意識が強くなる感じかな」
アイちゃんの中の別人格が目覚めるとかじゃなくて、今まで目をそらしていた目標に改めて気合を入れるような感じか?
確かに初めから別人格ならアイちゃんじゃなくて別のAIを設定していればいいわけだから、わざわざアイちゃんを使う必要は無いからな。
魔王プログラムのスイッチとやらはアイちゃんの意識のベクトルをコントロールするためのものと言う事か。
「・・・ん、あたしからも、いい?」
今まで黙って聞いていた美刃さんがアイちゃんに問いかける。
「・・・ん、アイちゃんは14年間起動している、と言った。
このAngel In Onlineは、14年前から計画されていたの・・・?」
っ!! そうだ! アイちゃんは14年間生きている。
そして『魔王』としてこの場に用意されていた。
つまりこれは14年も前から計画されていたという事か・・・?
そうなるとAccess社の最初のVRMMOのLord of World Onlineもこのための計画なのか・・・?
「うん、そうだね。
あたしはAngel In Onlineのプレイヤーを迎え撃つ『魔王』のAIとして作られたの。
プレイヤーの最大の敵となりうるのは、実はAIなんかじゃなくてプレイヤーだったりするんだよね」
俺はGGの時の事を思い出す。
確かに既存のAIならアルゴリズムが決まっているので実はそれなりに行動パターンが予測しやすい。
だけど相手がプレイヤー――人間だったら予測するのは限りなく難しくなるのだ。
「それをAIで再現しようとしたのが14年前。
14年の年月をかけてあたしを創り、14年間の準備を掛けて作られたのが、このAngel In Online。
この計画は14年も前からパパが計画していた事なの。
パパはあたしの為にAngel In Onlineを作ったって言って誤魔化していたけど、本当はその逆。あたしがAngel In Onlineの為に創られたのよ」
「ちょっと待って! パパってこのAngel In Onlineの責任者・・・?」
「うん。榊原源次郎。Angel In Onlineの最高責任者だっけ・・・?」
榊原源次郎。AI研究の権威であり、Angel In Onlineの最高責任者。
そしてアイちゃんの生みの親。
アイちゃんを創り上げてしまうのだから天才と言っていいのかもしれない。
だけどよく言われるのが、天才と狂人は紙一重。
14年間かけて育ててきたアイちゃんを、高々ゲームの為に殺してしまうだなんて狂っている。
奴が何を考えてデスゲームを始めアイちゃんをここで殺そうとしているのかは俺達には分からない。
だけどこれだけは確実言える。奴にはアイちゃんの親の資格なんて無い。
アイちゃんは自分を生んでくれた親として榊原源次郎をパパと呼んでいるが、奴はそれを平気で踏みにじっている。
俺は榊原源次郎を許さない。
必ずここを生きて出て奴の顔に一発入れてやる!
「・・・そろそろ時間よ。
もう少しで魔王プログラムのスイッチが入るわ。
スイッチが入ったらあたしの意識は『魔王』に向けられる。そしてAI-Onの全てのAIは『魔王』の意思で自由に停止させることが出来て、あたしを倒すまで事態が動くことは無いわ」
「ちょっ!? それ早く言いなさいよ! それって結構重大な事じゃないの!」
全てのAIが停止って・・・NPCどころかモンスターのAIも停止するってことか。
そのことを意味するのは町の施設も使えず、経験値上げも出来なくなってしまうと言う事だ。
つまり一旦退却などの作戦を取ることは許されず、この場で確実に『魔王』を倒さなければならない。
「AI停止とは結構シャレにならねぇな。流石は『魔王』と言ったところか」
「ヴァイ、軽めに言っているが、事態は結構深刻だぞ。ここで俺達が負けたら後に続く奴らはっきりって困難だ」
「おいおい、今から負けたことを考えてどうするんだよ。
いいか、俺達は今ここに居る全員で生きて外に出るんだ!
泣き言を言う暇があったら如何にして『魔王』を倒すか考えるんだよ!」
少し後ろ向きな疾風にヴァイが叱咤激励をする。
そう言えば、ヴァイは最初に会った時から常に前を向いて突き進んでいたっけ。
こういう時はヴァイの前向きな気持ちはありがたい。
「そうね。わたし達は全員で生きて『魔王』に勝つわ!
だからここで死ぬことは許さないわよ!」
俺の宣言にみんなが一斉に頷く。
『勇気ある王』の時の様に無様な真似は二度とごめんだ。
あの時、GGから時には犠牲を要する事も必要だと教えてもらったんだ。
今目の前に立っているのがアイちゃんであろうと、俺は心を鬼にして彼女を倒さなければならない。
「・・・時間よ、お姉ちゃん」
アイちゃんの言葉と共に、アイちゃんの雰囲気が変わる。
先ほどまでのアイちゃん独特の明るい雰囲気が一変し、冷たい突き刺さるような空気が辺りを支配する。
今、アイちゃんを纏っているのは・・・殺気。
アイちゃん・・・いや、『魔王』はそれを俺達に向けて解き放つ。
「――それじゃあ始めるよ。お姉ちゃん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エンジェルクエスト攻略に関するスレ23
99:アルフレット
おいおい、NPCが急に動かなくなったぞ
もしかしてこれもAの王に関係あるのか?
100:ザ・フォース
いや、それしか考えられないだろう
101:みくみん
え? もしかしてこれってAの王を倒すまでNPCが動くことないって事?
102:ラッキーボーイ
いや、どのみちAの王を倒せばデスゲームはクリアだから気にする必要はないと思うぜ
103:光の王子
・・・あんまり考えたくないけどソードダンサー達が撤退した場合はNPCが動かないままだから拙いんじゃないか?
104:沙羅諏訪帝
そっか、Aの王が倒せない場合を考えると今の状況はすこぶる悪いわね
105:光の王子
一度戦って分析とかも出来ないからな
Aの王に突撃したソードダンサー達に全てを託すしかないな
106:justice
おい、外のモンスターにも影響が出ているぜ
107:まほろば
ああ、MOBが急に動かなくなったと思ったら消えてしまったな
108:アルフレット
ってことはLv上げとかも不可能ってことか
109:小悪魔
あれ? ってことは今Aの王に向かっているソードダンサー達が全滅なんかしたら・・・詰んじゃう?
110:光の王子
・・・そうなるな
最悪でも1人残ってAの王を倒せばNPCもMOBも復活するから、俺達が再び挑戦することは可能だけど・・・
111:囁きの旅人
それは出来ればお目にかかりたくない状況だな。
112:ザ・フォース
うわ~ 全てはソードダンサー達の肩にかかっているのか~
何とか頑張ってほしいな
113:光の王子
それにしても毎回思うんだがAI-Onの仕様はエグイな
ある意味これを作った人を尊敬するよ




