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【2025/09/30翻訳書籍化】こちら、あやかし移住転職サービスですー福岡天神四〇〇年・お狐社長と私の恋  作者: まえばる蒔乃@受賞感謝
第四章・太宰府と二日市、温泉郷。持て余す感情、現れる商売敵と『旧い縁』。

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2.篠崎さんと私の『旧い縁』。

 見るからに二十代のお若いほうと、いかにも役職付きのような紳士のほう

 二人とも武道の心得があるのか、どことなくスッと背筋が伸びていて凛々しい。まるで武者だ。

 私たちは通り一遍の挨拶を交わし、席に着く。


「弊社篠崎から既にご案内がお済みかと存じますが、今回はこちらのお寺の御住職としてお勤めいただきます。雇用契約につきましてはこちらにーー」


 タブレットと書類を前に、スムーズに確認と手続きが進んでいく。若い方の男性と紳士の二名のうち、今回入職するのは若い方の男性の方だ。

 紳士は笑顔を浮かべて私に言った。


「私は単なる付き添いだ。まあ気にしないでくれたまえ」

「いや〜殿、拙者が慣れてないばかりにご足労いただき申し訳ない」

「なに。たまには人里に出て人と話す口実が欲しいものだよ、気にするな。……ほら、そこはフリガナ欄だ。片仮名で書けよ」

「はっ!」


 書類に書き込んでいく様子を見ながら、私はタブレットの情報を見やる。お二人とも400年前くらいに亡くなった武士の方と書かれている。あ、本物のお武家さんか〜。


 そう言えば太宰府天満宮の宝物殿に収蔵されている菅原……名前を申し上げられない公の刀も焦げ焦げだった。確か戦国時代に天満宮の本殿が燃えたとき、一緒に燃えたって書かれていた気がする。

 きっとその頃にご存命だったあやかしさんなのだろう。 あやかし?


「あ、あの…不躾だったら申し訳ないのですが」

「構わぬよ。どうした?」


 殿と呼ばれる紳士が柔らかく私に返してくれる。


「恥ずかしながら私、まだ『あやかし』の基準がわからないでいるのですが……。お二方は元々人間としてお過ごしだったのですよね。今は……区分としては…?」

「まあ、神仏に近い存在だろうね。私もどう表現すれば良いのか分からぬのだ」


 殿は苦笑いして、コーヒーをゆったりと口にする。代わって隣で部下の方が話してくれた。


「いやあ、『子孫が元気にやってるかなー、ちょっと見守ってから逝こうかなー』とか思ってたら、意外と手厚く祀られちゃって、そのまま神霊となる者も多いんですよ。ま、せっかくこうして永く『此方』に居られるのだから、少しは働いて人々の助けになれればと」

「輪廻に入る魂もあれば、祀られる事により魂が分離して、神仏に近い存在として残ることもある。私たちはそういう存在だ」

「へー」

「こうして戴く珈琲も美味いし、甘味も美味い。長生きするに越したことはないな」

「なるほどですね……」


 元人間の神様から狐まで、全部網羅!ーー『あやかし』は、奥が深い。


「弊社篠崎からの紹介のお寺は、宗派など障りはありませんか?」

「念仏は任せてください。生前に殿に倣って出家もしましたし!」

「あは……」

「幽霊ジョークだ。気にしなさんな」


 殿が少し困った顔をして笑う。その漂う気品に私はつい緊張してしまい、愛想笑いもぎこちなくなってしまうのだった。


ーーー


「それでは、次にお会いするのは一週間後、お寺でですね」

「はい、よろしくお願いします」


 不意に、殿が涼しげな目元を細めて私を見た。


「ところで楓殿。紫野しのは息災か? 実は、私は彼に会いたくて来たようなものだったのだが」

「しの、ですか?」


 私は先日からスナックで聞いた名前を思い出す。あの時も篠崎さんは「しの」と呼ばれていた。


「ああそうか、今は篠崎か」


 殿は笑う。


「しの、って……弊社の篠崎の事なんですね、やっぱり」

「ああ。彼奴は、過去を知る物には中々会ってくれなんだ。だが無理もなかろう」

「昔からのお知り合いとは……会わないんですね……篠崎は」


 その時。涼やかな殿の眼差しが静かに、私をみて細くなる。


ぬし。もしや、好いておるのだな? 紫野のことを」

「っ……え、えっと、その」

「ふふ、まあ良い。……今は楓殿がいるのならば、紫野も安泰だろう」


 しどろもどろになる私に殿は優しい顔をして微笑み、窓の外にちらと目を向けた。


「妻が来たようだ」

「奥様、ですか?」

「ああ。今日は暑いから出て来ずとも良いと言ったのに。待ちきれなかったか」


 私も窓外を見下ろしてみる。

 殿の視線の先には、喫茶店へとゆっくり近づいてくるレースの日傘があった。顔はよく見えない。殿の隣で部下さんが私に言う。


「殿と奥方はこの後でぇとのお約束なんですよ」

「あらデート。素敵ですね」


 私と部下さんは顔を見合わせてふふふと微笑む。

 話は既に終わっていたので、私たちは立ち上がり店を後にした。


「では、また。紫野に宜しく伝えてくれ」

「菊井殿! では寺では宜しく頼みますね!」

「はい! 本日はご足労いただきありがとうございました!」


 私が挨拶をすると、殿と部下さんは日傘をさした奥様と一緒に去っていった。殿と奥様は後ろ姿だけでもうっとりする程、仲睦まじく見えた。


「篠崎さんの昔の、お知り合いかあ……」


 私は見送りながら一人、ぽつりと呟く。


 篠崎さんの古いお知り合い。400年前のお知り合いも、いることにはいるのだ。私にとって400年前なんて、ご先祖様が何をしていたのか、わからないくらいの昔なのに。

 なんだか不思議な感じだと思っていた、その時。


「楓ちゃん」


 懐かしい声が私の背中に掛けられる。

 はっと振り返ると、そこには幼馴染の友達が白いワンピースで佇んでいた。


はるちゃん!」


 長い黒髪を靡かせ、春ちゃんは私に向かってにっこりと、笑った。

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【連載開始しました!リメイクのご当地あやかし異類婚姻譚です!】
身に覚えのない溺愛ですが、そこまで愛されたら仕方ない。―福岡天神異類婚姻譚

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