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第十四頁


オレが高坂亜子に呼び出しを受けたのはその2日後のことだった。彼女の一派である女子が伝令のごとくオレの所に来ると待ち合わせの場所と時間を告げて去っていった。彼女は好きであれをやっているのだろうかと思うと少し胸が痛くなった。女王様に仕えるしもべと変わりはないだろうに。

高坂に指定をされたのは西棟校舎の屋上に十六時だった。我が星の杜第一中学校は最近の中学校では珍しい屋上を生徒の自由スペースとして開放している学校である。大概の学校は安全性を考慮して立ち入り禁止なところを、本校は有料展望台のようなしっかりとしたフェンスで安全性を確保している。何代か前の校長先生が屋上は子供たちのロマンであるという信念のもと教育委員会を説き伏せ断行したなんていう噂だ。

屋上に上がるとまだ高坂の姿はなかった。五分前行動はじいじに叩き込まれたから待つことは苦ではない。

すこし傾きだした太陽はそれでも元気そうだった。遠くに見える給水塔がオレンジ色に輝いて、その先にはどこまでも広がる大海原が見えた。太平洋だ。あれをどこまでも行くと、アメリカ大陸があるなんて正直信じられない。カジノがあるラスベガスや映画の聖地ハリウッド。頭の中では世界がつながっていることを理解しているはずなのに、実際はパッチワークぐらいちぐはぐなうえに、繋がっているかすら実感がない。

「悪い、遅くなった」

振り向くとそこには制服姿の高坂亜子が立っていた。取り巻きはなし。

「ううん。早めに来たのはオレだから平気」

と返答しているものの、いきなり謝罪から入ってくるとは予想外で面食らってしまう。

「そう。それで、どうなの日記の件」

「まだまだ、かな。情報がなかなか集まらないんだ。ってか、急に呼び出しなんてオレ、なんかしたっけ」

すると高坂はぷっと噴き出すと「バカじゃないの」と笑った。

「もし、探偵くんが何かやらかしてくれたとしたら取り巻きのあの子たちがお仕置きとっくにしてるから」

それはそれで非常に怖い話である。オレは平静を装って高坂の真意をはかる。やはり、自分が犯人にされそうなことを恐れて何かしらの釘を刺そうというわけなのだろうか。

「それで、オレを呼び出したのはどんなわけなの」

高坂はすぐに答えず、オレの隣までくると網目状のフェンスを右手で掴んでオレがさっきまで見ていた日本海を遠く眺めた。

「葵のこと」

「え」

「吹田葵だってば」

それは分かっているが高坂は以前、オレがその名前を口に出した際に忌諱するかのように去ってしまっていた。それがこの期に及んで自分からその話を持ってくるとはどういう風の吹き回しなのだろうか。

「ウチのせいなのよ。葵が不登校になったの」

強い海風が吹いてウェーブのかかった高坂の髪が大きくなびいた。

「え」

「カラオケの時はゴメン。急に葵の名前が出たものだからウチ、すぐにでも不登校になった原因として責められるんじゃないかと思ったらちょっとビビっちゃって」

「いいんだ。オレもあれは唐突すぎたと反省している」

そっか、と彼女はオレンジ色の空に浅い息を吐いた。そして、言葉を続ける。

「ウチらと珠依たちがぶつかった話はもう誰かから聞いてるでしょ」

「うん、鉢田さんから聞いたよ」

「あの時はまだ葵は学校に来ていた」

「そうだね、それから暫くして吹田さんは学校に来なくなった。もしかして、高坂さん、吹田さんに何か手を下したの?」

「まさか!ウチがそんなことするはずない」

「それは、どういうこと。敵対していたんでしょ」

高坂が沈黙してしまった。オレはまた唐突に言葉を進め過ぎてしまったのではないかと彼女の様子を窺った。

「違うの。ウチにとって葵は数少ないの本当の友達だった」

高坂亜子と吹田葵が友達? いったい、地球がどうひっくり返ったらそんな関係性が生まれるのだろう。今度はオレが彼女に掛ける言葉を見つけられず口をパクパクさせてしまう。

「だから、ウチと葵は仲が良かったの。小学校の頃から家も近所でよく遊んだわ。あの子は私が銀行の支店長の娘としてじゃなくて、一人の友達として接してくれた。大切な、本当の友達。でも中学に入ってお互いのグループができて、今まで通りにいかなくなった」

「じゃあどうして、吹田さんは学校に来なくなったのが高坂さんのせいなのさ」

「朋子からは珠依が罵ったって聞いたんだ。ウチと珠依がぶつかった後、必死に珠依を宥めた葵に対して『アンタはあのクソ女の内通者なんでしょ。ウチらのグループを崩壊させるために送り込まれたんでしょ』って。それで、葵が学校に来なくなった。ウチに相談もしてくれなかった。当然よね、ウチが原因なんだから」

「じゃあ、不登校の本当の原因は珠依さんにあるって燕さんも、鉢田さんも知ってたってことなのか―――」

「そりゃそうよ、あの子たちの目の前で晒し者にするように罵ったみたいだから。あのクソ女」

地面に吐き捨てるように話した彼女は怒りに震えていた。

「高坂さんが話したことが事実であるかの裏付けはこれからするにしても、もし本当だとすれば話は大きく変わってくる。オレは見当違いの方向を見て推理を進めていたみたいだ」

「探偵くん、ウチは葵を学校に戻したい。珠依の鼻を明かしてどっちが『クソ女』だか突きつけてやりたい。そのためだったらなんでも協力するわ。だから、何かあれば言って。ウチに探偵くんみたいなジミーズとは違って校内にネットワークがある。情報もきっと手に入れられる」

「とりあえず、ナチュラルにディスるのだけはやめてもらえると嬉しいな」

「ごめ、これは癖だから難しいお願い」

そう言った彼女の夕日に照らされた顔は決意に満ちていたように見えた。



高坂が去った後の屋上に守衛のおじさんがひょっこり顔を出し「もうそろそろ閉めるよ」と言ってまた階段を下りていった。オレはもう少し彼方から吹いてくる海風に当たりたかったが守衛さんを追って階段を下る。

三階から二階に降りたところだった。そこに立っていたのは松岡だった。

「夏目、亜子との会談はどうだった?」

「階段でそんな話をするなんて、松岡さんもセンスがいいね」

オレは自分が冗談めいた言い回しをしたことに驚きつつ、松岡の反応をうかがってしまう。

「あんた、そんな冗談も言うの? ウケるね。しかも、すべってるし。階段から落ちるよ」

「いや、今のは忘れて。んで、こんなところで待ち伏せなんてどうしたの?」

「待ち伏せとは失礼ね。探偵くんが亜子に呼び出されたって聞いたから心配して待っててあげたんじゃないの」

松岡がオレを心配? 驚いて目を丸くしてしまう。

「『意外』って顔が丸わかりじゃないの。むしろ顔面に書いてあるけど。あんたに協力するって言ったでしょ?」

「う、うん」

「それで、進展はあったの?」

「そうだね。高坂さんと吹田さんの関係と、あとは吹田さんが不登校になる直前に何があったかってのを一応聞くことができたかな。本当かってのはまた別の話だけど」

松岡は階段踊り場の壁に背中を付けて後ろ手に手を組んだ。

「ふうん。ちゃんの聞き出せてるのね。よかったじゃない」

オレは松岡がどうしてここまでオレの元に現れては進捗を気にしてくれているのかがいまだ腑に落ちていなかった。協力するとは言ったものの少し前までは話したことのない間柄なのだ。オレはそこで一つの可能性を彼女にぶつけることにする。

「松岡さんさ―――」

ん? と彼女はオレを見た。

「もしかして高坂さんとまだ繋がってるんじゃないの?」

一瞬の沈黙後、彼女は噴き出す。

「あんた、馬鹿なの? 見たでしょ、亜子に絶交されたところ。亜子とはあれから一回も口なんて聞いてないけど。なに、アタシが亜子と繋がってて、夏目と話したことを流してるとでも思ったの?」

「いや、そこまでは言ってないけど……」

気まずい沈黙が続いた。「アタシは」口を開いたのは松岡だった。

「アタシは―――いや、なんでもないわ」

そう言った松岡の顔が今まで見た中で一番寂しそうな表情を見せた。初めて松岡と会話をしたあのカラオケ店からの帰り道よりも寂しそうだった。

「はっきりさせておきたかったから……。でないと、依頼人あゆむに申し訳ないから」とかなんとか、オレは言い訳めいたことを幾らか並べて余計に痛い状況を作ってしまった。徹底的にこういうシチュエーションは不得意だった。

そして、校門を出て別れるまで松岡の表情を明るいものに変えることは叶わなかった。


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