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第51話 転生者フシノの最後の戦い3

 僕が加速度的に成長を続けているように、魔王もすさまじい勢いで能力を伸ばしていた。


 魔王は、それに飽き足らず、いきなり進化して、とんでもなく巨大化し、これまでよりもさらに立派な獅子大魔王の姿になった。


 しかし、たいていの場合、巨大化した敵というのは、最後には勇者に敗北するものなのだ。


 僕が勇者なんて無理ですよ何ですかそれ、とか、陰の者だった頃の僕は言うのだろう。


 だけど今の僕は、もはや陽の者だと言っても過言ではない!


「いくぞ!」


 僕は、雷をまとい神速の刃を連続で発動させた。


 当たった。


 手ごたえはあったのに、しかし、敵は何ともなかった。それどころか、僕の攻撃を受けて、さらに魔力が充実したように見える。


 黒かったはずの魔王の雷も、なぜだか白い輝きに変わっている。


「よい雷だ。実に美味である。貴様の雷は、我を癒してくれるようになったようだな」


「吸収した?」


「うむ、そのようだ。どうやら貴様の極上の雷を浴びすぎて、それに適応してしまったようだな。これで貴様に勝ち目はなくなったわけだが、どうする」


「そんなの、決まってる」


「案ずるな。強化アイテムなんぞを使おうとした卑怯については、ほんの一言、()びれば手打ちとしよう。かわりに、我の側近として、ともに世界を支配しようではないか。我らはもはや、誰にも追いつけぬ境地にある。貴様が我とともに来るというのであれば――」


 僕は魔王を正面から見据えた。


 魔王の仲間になどなるわけがない。世界を支配なんて興味がない。


 僕は、さっぱり、きっぱり、この世界にさよならをするんだ。


「その目をやめろ転生者。いま貴様は覚醒した大魔王の前にいるのだぞ。貴様に許されるのは、我を讃えること。もしくは怯え、震え、目を逸らすことくらいのものだ」


 そして魔王の右腕が頭上から降ってくる。


 速い。


 直撃は避けたものの、大ダメージを受けた。


 僕の足下に破壊が伝わり、地面は穿(うが)たれた。


 細く深そうな大穴が生まれた。


 おそるべき力だ。さすが自分で覚醒したとか豪語するだけのことはある。


 僕は、「神速震雷斬!」と技を放ち、すぐに回復してみせた。


 魔王は周囲の魔力を全て吸収しているようで、生えていた樹木や、魔王によって投げ捨てられた霊薬草など、およそ周辺ににあった命あるものは全てこの魔王に生気を吸われているようだった。


 エネルギーに満ち溢れた魔王は、僕に指先を向けた。次の瞬間、全身が焼かれたような熱を感じた。


 転生者は、痛みや熱を感じすぎないようにできている。それなのに、そのルールさえ無視するかのような熱気だ。当然、ダメージも半端ではない。


「ふむ、やはり、これでも倒せぬか。普通の転生者なら一瞬のうちに溶け死んでいただろうに、やはり運命の転生者はしぶとい」


「余裕でいられるのも今のうちだ。僕は、今からお前を倒す」


「フハハハ! 面白い冗談を言う! どうやってだ? 貴様の攻撃は、もはや我に通じぬ。雷属性を全て吸収するようになった我に対して、どこに勝ち目があるというのだ?」


 勝ち目ならある。


 吸収。


 そこにこそ、光明がある。


 ミクミさんが言うには、「転生者といえども、この世界で生きているモノである限り、保持できる魔力には限度がある」のだという。以前、僕が賊のヤクモマルと決着をつけた後に彼女は弾む声で、そう言っていた。


 魔力が身と心から全部抜けてしまったら死が待ってるし、逆に身体に魔力が溜まり過ぎても、空気を入れすぎた風船が割れるみたいに、一瞬で破滅することになるのだという。


 大魔王の魔力容量なんて、きっと、とてつもなく大きいことだろう。数値にしたら天文学的なものに違いない。でも、無限じゃない。


 無限と無限じゃないものだったら、無限が勝つ。


 僕は戦いの中で閃いていた。無限を生み出すその(すべ)を。その切り札を。


 それは――。


 やっぱり神速震雷斬である。


 今やもう、吸収されて魔王の魔力に変換されてしまう技だ。まったくもって通用していない技だ。一ミリもダメージを与えられない技だ。それがなぜ切り札たり得るのか。


 簡単な話だ。さっき言ったミクミさんとの会話が、その答えだ。


 相手の有限の器を、無限の超魔力で満たし尽くし、破滅させるのだ。


 神速震雷斬を発動し、それが敵に届く前に、もう一度神速震雷斬を発動し、それがまた届く前にもう一度発動し、それがまた届く前に発動し、それがまた届く前に……。


 繰り返していけば、一瞬のうちに数えきれないほどの神速震雷斬を発動させることは理論上可能なんだ。それは、すなわち無限である。


 そして無限は、僕が可能だと強く思えば、実現する!


 絶対に実現するんだ!


 限界はもう超えている。限界の限界さえも超えていると思う。そこからさらに、もっと限界を超えていく。


 これが、僕の考えた最強のシンプルプラン。その全てだ。


 脳みそからつま先まで。全身の筋肉を集中させる。


 はじめて覚えた技にして、とっておきの技をぶん回す。


「神速震雷斬!」


 予定通り、吸収された。


「またかフシノ。それがどうした」


 魔王は涼しい顔をしている。


「神神速震雷斬!」

「神神神速震雷斬!」

「神神神神速震雷斬!」


 僕の斬りつけのスピードは、また一段も二段も素早くなった。一瞬のうちに、四回の斬撃を浴びせて、魔王に魔力を吸わせることに成功した。


「お? 何をやっている? やぶれかぶれか? もう殺してほしいか? 命乞いをしたら許してやらんでもないぞ?」


 憐れみにあふれた言葉なんか、気にならない。僕は集中する。


 ――神神神神神神神神神神速震雷斬。


 これは、一瞬のうちに十回、大魔王ジェントルムに魔力を押し付ける技である。


 数秒のうちに、僕はまた成長した。


 なぜなら、僕が異世界を守り、僕の世界に帰るために、この成長が必要だったからだ。


 何度も刀を振り回す。


 神神神神神神神神神神神神神神速震雷斬!


 まだまだ足りない。


 この異世界で消滅した後に、どういう形で現実世界に戻るのだろうか。わからないけれど、きっと現実に戻ったら脳みそが筋肉痛にでもなっていることだろう。


  ★


 神神神神神神神神神神神神神神神(中略)神神神神神神神神神神神神神神神神神神速震雷斬。


 もはや数えることさえできないほどの無限の斬撃を、刹那(せつな)のうちに与えてやることができるようになった。


 僕の最も基本にして最終奥義でもある技は、一撃にして無限撃となった。


 これが、(かみ)っているというやつか。


 こうなればもう、時を止めているのと同じようなものかもしれない。


 極限まで集中した世界。


 もはや魔王ジェントルムは動きすらしない。自分の身体が魔力で満たされ過ぎていくことにも気づかずに、棒立ちをしていることしかできない。


 気付いた時には、もう遅い。


 黄色やオレンジ色の無限の雷たちが幾筋も走り、やがて大魔王ジェントルムを襲う一塊の光の柱となった。


 無限のエネルギーが、大魔王の肉体――僕からみるととても大きくて、この世界から見るとひどく小さな肉体――に降り注いだ。


「貴様、なんっ」


 それが、ジェントルムの最後の言葉だった。


 魔力容量の上限を超過して、魔力酔いを通り越して、パンクして滅びたのだ。


 魔王は砕け散るように消滅した。


 そして僕も消滅してゆく。


 僕が消える直前に見たのは、熱せられた鉄のような色で眩しく光っている草だった。大魔王が生前に投げ捨てた僕の霊薬草の異様な姿だった。


 ついに僕は消滅した。




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