第49話 転生者フシノの最後の戦い1
日付が変わってすぐ。約束の日の深夜のことである。
せっかくなので、この異世界をあちこち見てみようと思って、稲妻のごとき神速の走りで、いろんな場所を見て回った。
北にあったのは雨の森と高くそびえ立つ大樹だった。南には何かの城跡のような巨大な廃墟があった。西には水平線があるばかりで、東には未開拓の丘陵があるばかりだった。
最後に僕は、この世界の中央に位置するネオジュークと呼ばれる場所に来た。
誰もいない工事現場に僕はいた。
カナノ地区のすこし東にあるネオジュークには、以前は魔法の力で水をきれいにする施設があったものの、それは役目を終えたのだという。
なんでも、水をきれいにする施設をなくしても良い状況になったからとのことで、水が全て抜かれた状態にある。これから解体されるのだという。
そして、かわりに雨風をしのげるように、都市全体を覆うほどのすさまじく巨大な屋根をつくり、各種の最大ギルドや商会を一箇所に集め、眠らない交易都市にしてゆく予定らしい。
今は建物の解体と、大屋根の基礎となる外壁の建築が行われている。そのために、昼間は多くの屈強な職人たちが街を行き交っていた。
夜になったら誰もいなくなった。
そもそも僕は、こんな何もない場所に用があるわけでもない。
ただ、なんとなく、寄ったことのない場所だから、もとの世界に生還する前に寄っておこうと思っただけだ。
空には、はじめは広い星空が広がっているだけだった。
やがて暗雲が立ち込めた。猛烈な勢いで分厚くなっていく雲が星々を覆い尽くし、暗い夜をさらに暗くしてしまった。
この異世界では、暗雲が急激に立ち込めるのは、強力な魔力が集まることを意味する。魔王レベルの力が行使される際には、急激な天候の異変はつきものなのだ。
稲光が走る。空がオレンジに染まり、激しい轟音が響く。
獅子の大魔王ジェントルムが来る。
どうやら、この場所が戦いの舞台になるらしい。
別に、この場所で魔王と落ち合う約束したわけではない。だけど、今日のこの日に戦うことは約束していた。
日付が変わった途端に文字通り飛んでくるなんて、なんて律儀な魔王なのだろう。
「あっ」
見上げた雲の中から現れた物体を視認した。
だんだん近づいてくる。
魔王の手が光り輝いていた。
って、悠長に見守っている場合じゃない。
僕は大きく跳躍することで、なんとか回避できた。
さっきまで僕がいた場所を中心に、何もなくなった。
衝撃波によって、屋上がへこむどころか、建物自体が無残に崩れ去ってしまった。
より上空から事態を確認してみると、壁に囲われたネオジュークと呼ばれる地域には、もう原形をとどめている建物は無いようだった。
解体の手間が省けたと言えるかもしれない。
なんて、分析してる場合でもない。あれを、もろにくらったら、絶対に命はないなと思った。
果たして僕は、こんな破壊の権化みたいな存在を相手に、勝てるのだろうか。
心の準備を空中で済ませ、抜刀しながら着地して、敵を見上げる。
獅子の大魔王は、いかにも貴族が着ていそうな高価っぽい服を身に纏い、光る片腕を持ち上げたまま立っていた。
「転生者フシノ。よくぞ避けた」
「大魔王ジェントルム。まさか、不意打ちしてくるとは思わなかったです」
「フッ、不意打ちをしないなどという約束はしていなかったのでな」
「そうですね」と、僕も笑った。
「では、続きといこうか。この深き夜。我の手は、転生者の血に飢えておる」
魔王は姿勢を変えて構えた。
さて、どうするか。まずは僕の技がどれだけ通用するのか、試したい。とにかく一撃入れてみよう。
僕の予想が正しければ、きっと最初の攻撃を避けることはしないはずだ。
「灼熱離炎撃!」
僕の刀は炎を纏った。やはり魔王は動かなかった。そのまま腹を突いてやると、魔王の脇腹に穴があいた。
だが微動だにしない。痛みなど感じていないのだろうか。全然ダメージを受けている様子も無い。
続いて、僕の神速の剣が魔王を襲う。魔王の身体の真ん中を狙ったはずだった。しかし避けられた。神速の追撃を試みたが、それも避けられた。
ついでに、魔王の放った黒い雷が僕の腕にまとわりついて、しばらくの間、しびれて動けなくなった。神速の雷を纏っている時には雷属性が効かないはずなのに、なぜか黒い雷は僕に効くらしい。
どちらかというと、まだ劣勢のように思える。
でも、この一連の攻防によって光明は見いだせた。避けたってことは、危険を感じたってことだ。
つまり、僕の雷属性の一撃は、おそらくこの魔王にダメージを与えられることを意味する。
大魔王は、およそ大魔王らしからぬ驚いた顔でしばらく固まっていたが、やがて気を取り直したようだ。強そうな面構えに戻った。
僕がしばらく構えを崩さずに様子を見ていると、敵は右手の中でばちばちと黒い雷を発生させ、その手を傷口に当て、穴の開いた脇腹を一瞬のうちに元通りにしてみせた。
左手をポケットに入れたまま。
大魔王はニヤリと笑う。
「やるではないか。残念だ」
「残念?」
「ああ、我の肉体に穴をあけるほどの力をもつのであれば、本気を出すしかないようだ。残念だよ、強い転生者がなすすべなく死んでしまうのはなぁ」
「その雷は……」
「フッ、素晴らしく卑怯であろう? 我の右手が操る黒き雷は、我の無尽蔵ともいえる魔力を凝縮したもの。『黒雷』という名だ。こいつは強力な攻撃術であると同時に我を守り、癒す力でもある。この最強無敵の雷を前に絶望しない者など、存在しないのだ」
ところが存在するのだ。
だって、それ、僕の技と同じなのだから。
僕がミクミさんから教わった最初の技、「神速震雷斬」は、黒くない雷を発生させ、その光とともに、すさまじい速さで敵を斬り裂く技である。伝説的な武器である雷龍刀を装備したままこの技を使うと、相手を斬りつけながら体力も精神力も特大回復できる。敵の雷と同レベルに卑怯なものなのだ。
だから僕は絶望しない。
それにしても、なるほど、僕がこの大魔王と戦うことになるのは、やはり運命だったのかもしれない。
大魔王ジェントルムの操る黒い雷と、僕の放つ黄色やオレンジの雷。
異質な二つの雷がぶつかり合った時、どちらが上回るのか。
これは、そういう単純な戦いなのだろう。
「わかりやすくていいと思います。僕の雷が、あなたの雷を上回ればいいということですね」
「転生者にできるものではないな」
「やってみないとわかりません。僕は、この異世界で目覚めて、魔王と戦うことが役目だと聞いた時、『絶対にできない』と思いました。その後、強い魔物といきなり戦うことになって、『もう無理だ』と思いました。でも、僕はこうしてここにいる。たとえそれが、ただならぬ幸運だったんだとしても、これまでの旅路と同じように、乗り越えます」
「ほう、良い顔をするようになった。我々とともに、新たな魔族にならぬか? それなりのポジションを用意してやってもいい」
「なりません」
即答した僕は刀を構えた。切っ先を敵の顔に向ける。
以前は直視することもできないほど恐れていた相手だ。
ミクミさんと一緒にいたから、その場に一緒にいても耐えられた。
だけど、今の僕は、もう違う。
一人で戦える。
「神速震雷斬!」
「黒雷!」
僕の刀と、獣の右手の爪がぶつかり合った。
激しい破裂音が幾度か響き、押し合いの末に、僕の方が弾かれた。
次の衝突では、僕らの上に天から雷が落ちた。僕に有利な攻撃となった。自然発生した雷は、僕には効かず、ジェントルムにだけ効いたけれど、それでも押し負けた。
でも、いける。勝負になっている。
何度でも打ち合って、最後に上回ればいいんだ。
ヤクモマルという賊との戦いでも、ミクミさんとの打ち合いでも、そうやって何度も何度も挑んで、そして乗り越えてきた。
一度の失敗が何だ。二度や三度の失敗が何だ。僕の人生は続いていくんだ。
これから先、いくらでも壁はあるだろう。
折れそうになる瞬間だって訪れるだろう。
時に逃げたくなることもあるだろう。
――挑むんだ。何度でも。
それこそが、神速で駆け抜けた僕の転生者人生で灯った、かけがえのない思いなんだ。
陽の者への道が、そこから開けてくるんだ!
「うおおおお!」
何度でも、声をあげながら、雷龍刀を振り下ろす。




