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第46話 さよならの挨拶1 エリザティエラ

 僕の旅を支えてきたミクミさんは、勝ってもとの世界に帰っていった。


 ここから先、僕の大魔王ジェントルムとの決戦までは、一日ある。


 明日まで。一人きりの短い旅路だ。


 最後の一日に何をしようかと考えて、これまでお世話になった人に挨拶でもしていこうかと思いついた。


 ホクキオが近かったのと、さっき彼女の作ったラピッドラビットドッグを食べたせいかもしれない。僕はまず、この世界に来て僕に優しくしてくれた女性、エリザティエラさんをたずねることにした。


 ホクキオには堅牢な壁がある。魔物などの侵攻を防ぐためだ。


 すんなり入れはしないだろうと思っていたのだが、僕が壁の前に立ったとき、すぐに頭上から声がした。


「フシノだ。転生者フシノが帰って来たぞ!」


 僕のためだけに扉が開いた。


 こんな風に歓迎されるなんて、思ってもみなかった。


 魔物を倒しはしたものの、直後に慌ただしく旅立ったものだから、もう忘れられているものだとばかり思っていた。


 僕は期待と感謝に包まれながら、門を通った。


 とても嬉しく、誇らしく、同時にとても緊張する。


 カナノで守護役をしていたというミクミさんも、ホームのまちに帰る時には、こんな気分だったのだろうか。


 もしも、少し歩む道が違ったら、僕にもホクキオの守護役になる未来もあったのだろう。いま、人々の期待と喜びの視線を身に受けてみて、どうもそれを望まれているように思えた。


 だけど僕には、僕の魔王を倒すという約束があるのだ。


 きっとそのほうが、この世界の未来のためになる。


  ★


 手持ちの素材など、この世界で手に入れたものをナミー硬貨に換金した後で、僕は露店が並ぶエリアに足を向けた。


 太陽の光を浴びながら、以前のようにラピッドラビットドッグを売っているエリザティエラさんがいた。


 しゃがみこみ、エプロンのポケットから銅貨を取り出して、小さな子供にお釣りを渡していた。


 素敵な笑顔だと思った。


 すぐに僕に気付いて、手を振ってくれた。


 かと思ったら、彼女のほうから小走りで近寄って来るではないか。


「フシノ。お久しぶりです」


「ええ、先日は、急な出発となって、挨拶もできずに、すみませんでした」


「いえそんな。転生者としての、大切な用事ですものね。気にしてませんよ」


「それで、今日は……」


「わかってます。お別れを言いに来たんですよね」


 すごい。これが女性というものなのだろうか。何も言わないうちから、僕のやりたいことを的確に言い当ててきた。


 ミクミさんも勘がありえないほど鋭かったからな。彼女もまた、そういう女性らしい能力を持っているのかもしれない。


「さっき、ミクミさんから伝言鳥が届きました。フシノが別れの挨拶に来るから、やさしくしてやってくれって」


 あ、勘とかではなかった。


 そして、深読みしすぎかもしれないけれど、これは、もしかしたらミクミさんからの最後の釘さしなのではないだろうか。


 僕をティエラさんの優しさにハマらせないために、ミクミさんはずいぶん僕を厳しく叱ってくれた。そうして僕が魔王との戦いから逃げないようにしてくれなかったら、今頃、僕は全然強くなれなくて、逃げ続けていくだけの転生者人生を歩んだことだろう。


 ひどければ賊に身を堕としたりしていたかもしれない。


 この世界から去った後でも、僕のことを気にしてくれたり、背中を押してくれるのは有難く思う。けれど同時に、もうすこし信用してくれてもいいのになとも思う。


「言われなくても優しいですよね、ティエラさんは」


「どうなんでしょうね」


「もしティエラさんがいなかったら、僕は孤独なままだったかもしれない。優しくしてもらったこと、本当に感謝しています。元の世界に帰っても、ティエラさんはずっと僕の恩人です」


「本当に帰ってしまうんですね……寂しくなります」


「すみません。でも、僕の人生は、この世界にはないんです。この世界を探検し尽くしていないので、ちょっと物足りない気もしますけど、それでも、やっぱり帰りたいなって思ってます」


「孤独ではなくなりましたか?」


「どうなんでしょう。どこまでいっても、人間は孤独なのかもしれません。でも、一緒に旅した人のおかげで、いつのまにか、孤独かどうかなんて、考えることもなくなってました」


「良い出会いだったのだと思います。フシノが、元気を取り戻したように見えます」


「そうですね。ティエラさんの方は、その後、どうですか? お母さまから何か……」


「いいえ」


 ティエラさんは寂しそうに目を伏せた。


「相変わらず新聞を通して、メッセージが毎日送られてきてますけど」


「それは、とてもすごいことなんですよ。エリザマリーという人は、スキルで新聞を書いてます。『自動筆記』っていうスキルらしいんですけど、とても大変な作業です。無数の筆を一気に動かすことで魔力を激しく消費して、それだけでもキツいはずなのに、さらに娘にだけ届くように暗号を仕込むなんて、愛がなければできないことです」


 以前は僕もスキルを使ったことがなかったから、エリザマリーという人が会いに来ないことに対して、ティエラさんと一緒に怒ってあげられた。


 でも、スキルを使えるようになって、使い過ぎた後の疲労感を一度でも感じてしまうと、いかに娘を思っているのかが理解できるのだ。


 ティエラさんも、たしか夢に関連したスキルを持っているはずなので、スキル使用後の疲労感も知っていて、そこから母親の気持ちは想像してるとは思う。だから、こういうのはもう理屈ではないのかもしれないな。


「……でもやっぱり、面と向かって会うまでは、すっきりしないんですよ」


「魔王の脅威がなくなれば、ちゃんと会えると思います」


 そして、そのためにも僕は、僕の責任を果たして、僕の魔王を倒すのだ。


 ティエラさんは、静かに頷いた。


「あの、ティエラさん。最後に、お願いがあります」


「何ですか?」


「ラピッドラビットドッグを一つ、とびきりのやつをもらえますか?」


 僕は少し多めの硬貨を差し出した。


「かしこまりました」


 これまで見た中で最高の微笑みを見せて、ティエラさんはラピッドラビットドッグづくりを始めた。


 引き締まった白い切り身肉が炎魔法で(あぶ)られて頬を染めるように色づいていく。パンのようなものが焼かれ、新鮮な野菜たちがちぎられ、手際よく食材が挟み込まれていく。


 とても良い香りだ。


 紙に包まれた完成品が、僕の前に差し出された。


 今朝もラピッドラビットドッグだったわけだが、出来立てのラピッドラビットドッグを食べるのは、ずいぶん久しぶりな気がした。


 味は、信じられないくらい美味い。


 知ってた。


「ティエラさん。最高です」


「よかった。また来てくださ……じゃあないですね。もう来ないで、なんて言うのもおかしいですし……んー、何て言えばいいですか?」


「どうでしょう。がんばれ、ですかね」


「そうですね……やっぱり寂しいですけど、フシノ、勝ってくださいね」


「大丈夫、任せてください」


 ラピッドラビットドッグを食べ終えた僕が胸を叩いて答えると、彼女は口をおさえて笑った。


「フシノ、口がソースまみれですよ」


 くっ、格好つけたのに。




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