第43話 草を求めて5 オークション
朝になった。鳥が新聞を運んできた。
ミクミさんは少し悲しそうな表情で新聞に目を通していた。
無理もない。ウィネさんが言うには、今朝の新聞に、ミクミさんが守護役の任を解かれたという話題が載ったらしいからだ。
たとえ任を降りるにしても、もっと円満な形で、たとえば自分が守って来た人々の喝采の中で背中を押され、魔王決戦に送り出されるような……。次に就任する人にも引継ぎをして、みんなの前で紹介してあげるような……。そんな展開が望ましいのだと思う。
残念ながら、そうはならなかった。しかも、ミクミさんの仕事を引き継ぐのは、あろうことか僕とミクミさんを数多の銃撃で葬ろうとしてきた二丁猟銃つかいのセイクリッドという女なのだ。
ミクミさんの心中は、ひどく複雑なものになっていることだろう。
彼女は新聞を勢いよく閉じると、
「それじゃ、フシノ。お金は全部使っていいから、なんとしても霊薬草を手に入れること。わかった?」
「わかりました」
僕は頷き、大きなテントの中へと入っていく。
入口の布が地面に落ちる時、もう一度新聞を広げる音がきこえた。
★
大きなテントの内側には、もう一つテントが建てられており、二重構造になっていた。
外側のテントは受付エリア。さらに内側のテントでオークションが開催されている。
薄暗い受付でプレートを見せると、ウィネさんから受け取ったそれを首からさげるように指示された。
ボディチェックも受け、剣をしまうように言われた。
逆らう理由もないので言われた通りにして中に入ると、とても明るかった。大規模な草刈りをした後のような、草の匂いに満ちている。
ふと周囲を見回すと、屈強そうな男たちがテントの内周に等間隔に配置されているのが見えた。警備のためだろう。
ずいぶん厳重だが、それほどの価値のあるものの取引が、これから始まろうとしているわけだ。
張りつめた空気。静かなざわめきがきこえてくる。なんだか緊張してきた。
と、そこに、ハンドベルの高い音が響き渡り、僕の鼓膜を震わせた。
白っぽい手袋をした人が運んできた台に、ガラスケースが一つ載せられている。二股に分かれた草が一つ、ガラスケースに入っている。
オークションを運営していると思われる男の、甲高い声が響く。
「こちらの草ァ! どなたが買い取りますでしょうかァ!」
すると、テントの中にいた人々が、一斉に片手を挙げた。さまざまな手の形をしていた。
運営の男は、瞬時に手の形を見分けていた。
そして一度ベルを鳴らし、客たちの腕が下がったのを見て、再びベルが響いた。
すると今度は、手を挙げる人数が数人まで減った。
さらにそれを数回繰り返すと、ハンドサインが複雑になっていき、最後に最も高い金額を提示したと思われる人が勝ち残った。
福引きの大当たりを引いた時のように、ベルの音が響き渡った。
その時、僕は思い出していた。あれは小学校の社会科見学だっただろうか。青果市場に連れていかれ、セリの現場を見せられたことがあった。
威勢のいい掛け声とともにセリがはじまり、「手やり」と言われるハンドサインが飛び交い、次々と野菜に値がついていった。
おそらく細部は違うのだろうけど、それと似たやり取りだ。
「次の品に移りまぁす! こちらの草ァ! どなたが買い取りますでしょうかァ!」
そしてまた、新たな草が運び込まれ、鐘の音が鳴り響く。
★
何度か草が売りさばかれていくのを見送って、僕はハンドサインの法則性をほとんど把握した。
そして、僕がミクミさんから預かった大量の札束なら、どれだけ草が流れてきたって、毎回、ほぼ確実に競り落とせるってことも理解した。
草が運ばれ、鐘が鳴った。僕は手を頭上に掲げた。確実に競り落とせる額を示した。
これで一撃で決着、のはずだったのだが。
僕と同じ金額を示した男が隣にいた。
そいつは、僕の顔を見るや、苦々しい表情を見せて言う。
「また貴様か。フシノとかいったか」
「こっちの台詞ですよ、青い髪の人」
それは、背の高い青髪の冒険者。
しかし、だとしたらおかしい。この人が草を欲する理由は、賊のヤクモマルを捕獲するためだ。
ウィネさんが、そんな人に草の購入を許可するだろうか。
軽く鐘が鳴って、二人だけの戦いが始まった。
僕は少し高めの金額を提示したが、シンクロスキルでも持っているのだろうか、長い青髪の男は、全く同じ金額を示してきた。
「おい貴様、交渉だがな、次で降りろ」
「嫌です」
不快感しかない。この男には、絶対に負けたくない。
「タダとは言わない。さっき新聞でみたが、お前の連れてる女は、カナノの守護役を辞めることになったそうじゃないか。どういう理由でそうなったか知らないが、そこそこ強かったからな、もったいない。新しい職を探しているなら、ミヤチズギルドに推薦してやってもいいぞ。しかも、そこそこのポストを用意してやる」
「嫌ですし、そもそも嘘くさいですね」
「何を言う。人をだますなど、冒険者としてあるまじきこと」
「偽造した許可証で入っているのに?」
「なっ……」
なぜそれを、みたいな反応である。
再び鐘の音が響き、青髪は僕の動きを慌てて真似した。
オークションは続く。
「なあ、頼む。フシノ。ここは譲ってくれないか」
「賊くらい、自分の力で倒したらどうですか。以前ぼっこぼこにやられたリベンジをするのに、草が必要だなんて情けなくありませんか? 強化アイテムに頼り過ぎなのでは?」
さっきのウィネさんの口調にだいぶ影響を受けたなと自分でも思いながら言い放った。おもいのほかスッキリした。ウィネさんもこんな気分だったのだろうか。
「ほう、カチンときたぞ。それに、なぜオレの敗北を知っている? どこかで覗いていたってのか?」
その通りだ。草むらの中から一部始終を見ていた。などという話は、別に伝えなくてもいい。不敵に笑ってやるだけにした。
それがかなり効いてしまったらしく、どうも僕への敵対心がむくむくと盛り上がっているようだった。
絶対負けないオーラをほとばしらせている。
鐘が鳴る。僕と青髪は手の形をつくる。
その時、青髪の男が僕の予想を裏切ってくるのがわかった。予知能力なんていう大したものじゃない。ただの観察。しぐさや表情に、裏切ってやろうみたいな雰囲気が漂っていたのを感じ取ったのだ。
やばい、と思った時には、男は僕よりも高い額を提示しようとしていた。
神速の剣を鍛えた成果が、今、試される。
青髪の男の上をいくのだ。ところがどうだ、男も合わせてきた。
短い鐘の音が何度も鳴り響く。この金を連続で響かせた時、立ってた者が勝者だ。
しゅばばばば、とまるで歴戦の忍者とかが印を結ぶときのような、高速のやり取りが続く。
運営の人も、よくぞ二人の手の動きを間違えずに判定できるものだ。
二人だけの戦い。
ありえない勢いで高騰する価格。
もはや意地の張り合いになっていた。
祝福の鐘の音を浴びるのは、どちらの転生者か。
そしてついに、手が止まった。
青髪の男の手が止まったのだ。
資金の限界。
長い脚を折り、崩れ落ち、膝をついた。
連続で、鐘が幾度も鳴り響いた。
――僕の勝ちだ。
草一本に、とんでもない金額がついた。
ほとんどミクミさんの全財産。
「当オークション、始まって以来、あらゆるモノを含めてぇ、史上最高の落札額でぇす!」
運営者は先ほどまでより明らかにテンション高い声を上げていた。
僕は拍手喝采の中、ガラスケース入りの草を受け取り、かわりにあふれんばかりの大量の札束を台に載せた。
鋭い動きで背をむけて、テントを出てゆく。
薄暗い受付にいたおねえさんに、「あの青い髪の人、偽造の許可証ですよ」と伝えるのも忘れない。
それが勝利者としての権利なのだと思った。
熱い心のまま、すべてのテントの外に出た。
手の中にあった草ひとつを見て、ふと我に返る。
たぶん、僕の顔は、長髪長身の冒険者の青髪よりも、ずっとずっと青ざめていたことだろう。
ミクミさんがこちらを見ている。
何と報告したものか。
ついアツくなって、全財産を草ひとつに突っ込んでしまったことに、もう後ろめたさしかない。
僕が稼いだ札束だったら、僕の自由にしていいものだと思える。だけど、あれはこの異世界を長いこと旅して、たくさんの思い出と共に集めたミクミさんのお金だったんだ。
僕が、やばいやばいと思っているのを見て、ミクミさんは全てを察したようだった。
そして、ふふふと笑いをこぼした。
「それだけしか買えなかったんだ?」
「あっ、えっと、すみません。……こ、こんなはずじゃ」
「ついアツくなっちゃったって感じかな」
「すみません、本当に」
「ううん、いいんだよ。買えた草は全部フシノにあげるつもりでいたし。それに、昔のショウちゃんみたいだよ。よく調子に乗って失敗してたし」
昔の僕のよう、か。
確かに思い当たるフシがないでもない。
幼馴染を連れて隣町まで探検に出かけて、迷子になってしまったり。
幼馴染に「ここの駄菓子屋、当たりが出まくるんだぜ」と言って誘い出し、当たりが出るまで飴を買い続けて、結局最後まで買い尽してもハズレしか引かずに二人分の全財産が尽きたり。
ほかにも、色々あったなと思う。
いい思い出ではあるかもしれない。でも、ずっと憶えているってことは、もしかしたら後悔しているのかもしれないな。もうどうしようもないことだけど。
「落ち込むべきなのか、喜んでいいのか、よくわからないです」
「あたしはね、好きだよ、フシノのそういうとこ」
じゃあ喜んでいいのだろう。
「罪悪感なんて要らないからね。あたしは、すぐにこの世界からいなくなる。ほとんど何も残さずにね。フシノもすぐに追って来てくれるって信じてる。一人で勝ち抜いたら、二人で生き残ろうね」
笑いかけてくる彼女は、本当に陽の者って感じで、他の人からみたらギャルでも何でもないかもしれないけれど、僕の大好きな優しいギャルだと思った。
「はい、ミクミさん」
そう言ったとき、僕は自分が心から笑えていることに気付いたのだった。
きっと昔の僕なら、彼女の笑顔の意味を取り違えていただろう。かわいそうなものをみるような目だとか、思ったかもしれない。
今の僕は、もう違う。
強くなれたのだ。正しく世界を見られるくらいに。




