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第42話 草を求めて4 ウィネの勧誘

 ウィネさんの地味な背中を追いかけていき、奥の部屋へと入る。


 コンクリートに囲まれた、六畳くらいの狭い部屋だった。


 不自然な匂いがした。何らかの薬品の匂いだ。


 部屋の周囲には実験器具のようなものが吊り下げられていて、扉以外のところは全て陶器でできていた。その陶器の形で再現されているのは、現代のものでいう、給湯室とか、キッチンとか、そういう感じだ。


 真ん中にテーブルが置かれ、霊薬草らしき緑色の草が積まれていた。


 ウィネさんは黙ったまま引き出しから二枚のプレートを取り出した。プレートには細かな鎖がついていて、首にさげられるようになっているようだ。


 白銀に輝くそれをテーブルの上にパチリと置き、僕の前に滑らせた。


「これは?」


「そこに刻まれている文字を読めばわかります、と言いたいところですが、フシノは読めないんでしたね。ただ、状況から、察しはつくと思うのですが」


「僕とミクミさんの位置を、常にわかるようにする装置か何かですか?」


 僕が言った時、彼女はとても不快そうな表情を見せた。


「面白くない冗談ですね。私を何だと思ってるんですか?」


「より監視しやすいようにする策略なのかなって」


「そんなものは必要ありませんよ。フシノたちについては現状の監視網で十分です。そのプレートは、霊薬草の購入許可証になります」


 なるほど、それはありがたい。でも、今のウィネさんには、なんとなく感謝の言葉をかけたくはない。


 それに、霊薬草を買い占めたり購入制限をしたりして高騰(こうとう)を招いているのは、このウィネさんなのだ。僕らに許してもらうためには、もっと簡単に草を渡すべきなのではないか。


 だって、どうにも余っているように見えるし。


「この、横に積んであるものを貰うわけには?」


 僕はダメ元できいてみた。


 呆れたように溜息を吐かれた。


「あなたも転生者ならば、欲しいものはご自分の力で手に入れたらどうですか? 現実世界でも、あなたはそうやって、人から与えられるものだけで生きてきたのでしょう。それが悪いとは言いませんが、それは私の求める転生者の理想像とは程遠いものだと言わざるをえません」


 耳が痛い話である。


「せめて『売ってくれ!』であれば話はわかります。でも、あなたは私の求める金額を出せませんよね? 出すとしても、ネモーラが支払うのですよね? 情けないと思いませんか? 彼女に頼り過ぎなのでは?」


 ごもっともだった。もうやめてほしいと思った。


「そもそも、私がこのエルフの魔力が込められた霊薬草を買い集めたのには理由があります。近々、大規模な研究施設を建てるつもりなのです。現在の霊薬草の効果は、せいぜい少しの回復と大きな戦闘力強化です。これを大幅に改善します。異次元の改善を目指すのです。


それによって、単独で魔王を倒せる転生者が確実に増えるはずです。私の目的のためには、この草が多く必要なのです。そう考えたらどうです? 私があなたたちに草を買うのを許可するというのさえ、ものすごく優しい行為に思えてきませんか?」


「それは……」


「ま、ちょっと霊薬草を使ったくらいでは、あの新世代の魔王たちに勝てるとは思いませんがね。だいたい、私が暗殺者を差し向けたと疑っているようですが、証拠はあるんですか? ないですよね。あなたがたの、ただの想像ですよね?」


「…………」


 ウィネさんの畳みかけに、僕は陰の者らしく黙り込んだ。口をついて出てきそうになる「ごめんなさい」を飲み込みながら。


 ウィネさんは、言いたいことを言い終えたようで、すこしスッキリした顔をしていた。


「まあいいです。とにかくフシノ。私がエリザマリー様のために買って出た仕事は、あなたたち転生者のやる気を引き出し、魔王と対峙させることなのです。それでも、私は言わねばなりません」


「何をですか」


「私はですね、あなたたちが勝つとは一ミリも思っていません。新世代の魔王たちは、これまでの魔王とはレベルが違うのです。おそろしい強さを秘めています。並の転生者に勝てる相手では絶対にありません。そして、何より私はですね、ごく個人的に、フシノ、あなたに戦い以外の貢献を期待しているのです」


「期待……ですか?」


「はい。フシノには、これからもこの世界に残って、すべてがうまく回っていくようになるまで、エリザマリー様を助ける役目を背負ってほしい。そんな風に思っています」


「それ、ウィネさんの下につくということですか?」


「簡単に言うと、そうですね」


 きっと、旅に出る前の弱い僕だったら、それもいいのかなと思ったことだろう。たとえば、エリザティエラさんと一緒にホクキオで暮らしながら、この世界のことを少しずつ知っていって、女王を支えていくような未来を望んでしまうかもしれない。


 だけど、僕はもう強くなったのだ。


 魔王を倒して、もとの世界に帰っても、ちゃんと生きていける。


 根拠が薄いながらも、確かな自信が芽生えたのだ。


 輝けるチャンスをウィネさんに潰されるわけにはいかない。


 だから僕は反発する。


「これだけは言っておきます。ウィネさんの思い通りにはいきません」


「残念です。でも、私の仕事を手伝いたくなったら、ご連絡ください。魔王になすすべなく負けた後でいいので」


 女王のために陰で暗躍する。そんな誇り高くどす黒い仕事など、僕は選ばない。


 勝ち抜いて、そして真の陽の者になるのだ。


  ★


 印刷所の外に出ると、もう深夜だった。


 すっかり暗くなっていて、まちに灯りは少なかった。


 野菜の市場に入ると、もう暗いうちから次の朝の準備をしていて、そこそこ賑やかだった。


 ほかの野菜などは次々と運び込まれていたが、霊薬草の姿はどこにも見えなかった。


 平らに磨かれた石の床。その感触を確かめるように歩きながらミクミさんを探したところ、わりと簡単に見つかった。


 青果市場の奧にあったエルフの霊薬草売り場に一人で立っていた。四角い大きな柱に背中をあずけながら。


 いつもの鎧を身にまとったミクミさんは、明るいうちに屋台かどこかで買ったのだろう、どら焼きのようなものを食べていた。


「フシノの分ね」


 ミクミさんは虚窓(うつろまど)を操作して、どら焼きをもう一つ取り出した。


 差し出してきたどら焼きを受け取って食べると、ほどよい甘さで、とてもうまい。


「おいしい?」


「ええ、とても」


「そ。よかった」


 すっかり体調も回復した頃には、夜が明けはじめていた。


 市場の奧には大きな窓があり、そこから朝陽が差し込んでくる。


「落ち着いて聞いてねフシノ。もう、この市場のどこでも霊薬草は扱わないし、なんなら、世界中のどこにもそれを普通に売ってくれるところは無くなったんだって。手に入れるなら、オークションで他の人との競争に勝つしかない」


「そのようですね」


「もうじき、オークションがはじまるし、行こっか」


「そうですね」


 僕はそう言って、金属製のプレートを取り出す。


「あの、これをウィネさんから……」


 僕はミクミさんに、草の購入許可証を渡そうとしたのだが、どうあってもウィネさんの手は借りたくないようだ。彼女は受け取らなかった。


 かわりに、僕に、大量の札束を預けてきた。


 台の上に積み上がった札束を見て、思わず僕は後ずさった。


「フシノ、あとはまかせた」


「ぼ、僕がやるんですか?」




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