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第40話 草を求めて2 ふたたびのマリーノーツ宮殿

 ウィネという名前を耳にして、僕ら二人は動きを止めてしまった。


 僕とミクミさんは今、ウィネさんとは微妙な関係にある。


 というか、どちらかというと敵対関係に近いのではないかと思う。


 以前ウィネさんは、僕らの魔王を毒殺する計画を立て、それを僕らに黙って実行させようとした。


 それを僕らが阻止した。傾けられた魔王のグラスは、ミクミさんの一撃によって絨毯の上に落ちたのだった。


 ウィネさんはそんな僕らを邪魔に思ったのか、増殖能力をもった銃撃手を差し向けて、僕らを暗殺しようとしたのだった。もちろんこれは憶測の域を出ず、僕らの推測が正しければ、というだけの話なのだが……。


 ともかく、そんな人が、この霊薬草の購入権を管理している。


 となると、ウィネさんに僕らはお願いをしなければならないことになる。どうか草を売ってくださいと頭を下げるということだ。


 なんだそれは。何とも笑えない。草も生えない事態だ。


 自分たちに刺客を送り込んでくるような相手に、お願いしたり頭を下げたりなんてこと、ミクミさんが許すだろうか。


 ウィネさんが事情を説明したり、謝ったりしてくるなら話は別だけれど、そう簡単には許せないんじゃないだろうか。


 それだけの仕打ちを、ウィネさんは僕らにしてしまったんだ。


「行こう、フシノ。別の方法で手に入れるよ」


「それがいいと思います」


 僕はミクミさんの目を見て、しっかりと答えた。


  ★


 生産農家から直接買い付けてやる。そう息巻いて飛ばした鳥は、お断りの手紙を持ち帰ってきてしまった。


 もうずいぶん広範囲に、ウィネさんの手がまわっているということだろう。


 おそらく僕らをターゲットにしたというよりかは、店番エルフさんの言っていたように、賊の討伐に霊薬草を使わせないためなのだと思う。魔王との決戦よりも重要なことなど、今のこの世界には無いのだから。


 というわけで、強化の霊薬草という戦力リソースは、今後しばらく、これから覇権をとるであろうマリーノーツ王室が独占し管理することになってしまったわけだ。もしかしたら、毒草研究もしているであろうウィネさんによって研究が進み、将来的には、より有益なものが生まれる可能性もある。


 けれど、僕らには、今、必要なんだ。


 あの高価な草が魔王と一対一(サシ)で戦うために絶対に必要な準備なのであれば、多少無理をしてでも手に入れなくてはならない。


「でも、そもそもミクミさん、あの強化アイテムの草って、どういう効果があるんですか」


「全回復した上に、攻撃力・防御力・体力・精神力・運を五割アップしてくれる」


「強いですね。もとの攻撃力が百だとしたら、百五十まで跳ね上がるってことですよね」


 俗にいう、ぶっ壊れた性能をしているというやつだ。


「ほんとさあ、強すぎんだよね。魔王が可哀想になるくらい」


「確かに。ミクミさんも、草食べながらワニ顔の魔王をぼこぼこにしてましたもんね」


「……気付かれてたか。でも、なら話が早い。あたしでさえ、あれを使わないと、まだ幼かった第一形態の魔王さえ圧倒できなかったってこと。今ごろ、もっと強くなってると思うから、多めに草を用意しないと」


「そうですね」


 卑怯だなんて思わない。この草がチート級の力を持っていたのだとしても、この世界のルールで許されている以上は、存分に使いまくればいいと思う。


「にしても、参ったなあ。高くつくかもしれないけど、しょうがないか」


 ミクミさんは言って、歩き出した。


 僕はその後ろをついていく。


 どこへ行こうというのだろう。


「オークションが開かれるのよ。そこに出品されるかもだから、落としにいくよ」


「いきなり行って、参加できるものなんですか?」


「いけるっしょ。あたしら、転生者だし」


 親指で自分を指差すポーズを決めて言い放っていた。


  ★


「お客様、申し訳ありません。本日、許可証のない方のオークション参加はできません」


 だめだった。


 オークション会場の大きなテントに入ることもできず、門前払いだった。


 だいたい予想通りだ。


 おそらく、明日になっても、明後日になっても、参加には許可証が必要だろう。そういう風に仕組みが変わってしまったのだ。


「ミクミさん、仕方ないですよ」


「どうしたらいいのよ! あーもーむかつく!」


 ミクミさんが金髪をわしゃわしゃかきむしって、地面を蹴飛ばした。緑の芝生がえぐれて、土の上に落ちた。


 その一連の光景を見て、僕は思いついたことを言ってみる。


「今もってるミクミさんの草を、畑とかに植えたら増えるんじゃないですか?」


「やったことないけど無理っしょ。純血エルフの魔力が込められた場所でしか増えないって話だし。土に魔力が流出して、ただの雑草になって終わりっしょ」


「じゃあもう諦めるしか」


「……もうさ、競り落とした人から奪っちゃおっか」


「ちょっ、完全に賊ですよそれは。ヤクモマルのこと言えなくなっちゃいます」


「あーわかってるって。冗談よ。あーもう陰キャは冗談も通じないんだから」


 それは陰キャに対する偏見では?


 そしてミクミさんは、ふと思いついた顔をして、


「そうだ。いっそのこと、直談判してみる?」


「直談判、ですか?」


「そう。ウィネよりも上の人に相談するの」


「というと……もしかして」


「そ。エリザマリー様」


  ★


 マリーノーツ王宮に、その人はいる。


 裏口近くにある僕が召喚されたシクラメンの花畑を通り過ぎ、それなりに豪華な裏門も抜けて、建物の周囲を囲む道を進んだ。ぐるりと正面に回り込む。


 宮殿の前には、巨大な広場があった。


 広い広い青空が頭上に広がっていた。


 さまざまな種類の立派な花畑があったり、きれいな芝生が輝いていたり、美しい噴水が置かれていたり、とても豪華な場所だった。


 宮殿じたいは、赤レンガの建物である。上品な赤茶色と白色が混ざった壁面がとても美しい。翼を広げた鳥のようなシンメトリーの建築は、繊細ながらも雄大だった。


 その三階建てで横長の建築物では、多くの窓が等間隔で並べられており、茶色い屋根は直線的だった。時計のようなものが飾られた中央部分の屋根は、ドーム状になっている。


 かっこいいながらも、ぬくもりに溢れ、歴史も感じさせるような、そんな建物である。


 ふとミクミさんが芝生に置かれた木製ベンチを見つけて座ったので、僕も座った。宮殿を眺めながら並んで座ることになった。


 しばらくすると、ミクミさんが口を開いた。どういうわけか、なんか震えた声で。


「実はさ、ショウちゃん。気付いてたと思うんだけど……」


 ショウちゃん――。それは、ここではない世界での呼ばれ方だ。向こうの世界での僕の下の名前が松栄(しょうえい)であることに由来するのだが、今とは違う陽の者だった少年(クソガキ)時代に、そのころ陰の者であった彼女からそう呼ばれていたのだ。


 だから、陰属性に偏っている今の僕としては、そう呼んでほしくないわけだけれど、彼女がやたら真面目な雰囲気で言ってくるので、とにかく耳を傾けてみることにした。


 ところが、なかなか次の言葉が発せられない。


 なんとなく居づらい雰囲気を感じた僕は、僕から会話を続けてみることにする。


「気付くって何にですか? ミクミさんが幼馴染のイトちゃんだったことには、全くぜんぜん気付けてませんでしたよ?」


 ハハハと半笑いで言ってみたのだが、面白くもなんともなかったらしく、彼女は暗い顔のまま黙り込んだ。


 陰キャモードの彼女に冗談が通じなかったのか、それとも僕が陰の者らしく空気が読めていなかったのか、あるいは両方かもしれない。


 やがて彼女は暗い声を返してくる。


「そうじゃなくて……。あたしね、ここ最近、魔王とか、賊とかと向き合ったりした時に、あたしより強いやつばっかで、実は心折れちゃってたんだよね」


「えっと……そうは見えなかったですけど」


「そう見えた? ここじゃない別の宮殿で、獅子の魔王とワニの魔王、あれと会った時なんか、逃げたい気持ちをおさえるのに必死だったくらいよ」


 言われてみれば、そんな感じだったような気がしないでもない。


「しかもさ、あんなのに勝てるのかなって、焦った心のままで、あのヤクモマルとかいう賊に挑んだら返り討ちにあって、ついに負けちゃったなって落ち込んでたら、こんどはショウちゃんまであたしより強くなって、本当、まじ何なんって悔しかった。めっちゃ焦った。あたしの方が先にこの世界に来たのにって」


「なんかすみません」


「ひとりきりで戦え、なんて偉そうにショウちゃんに言っといてさ、いつのまにか、昔みたいにショウちゃんに頼りきりになっちゃうんじゃないかって、それでたまらなく嬉しくなっちゃうんじゃないかって、あたしは全然変われてないんじゃないかって、すごく不安になって……」


 じゃあ僕は、どうしたらいいのだろう。


 彼女の話を聞いてしまった今、陽の者に戻って彼女の手を引っ張っていくのも、陰の者のままで彼女に手を引かれ続けるのも、どちらも良い事とは思えなくなった。


 ミクミさんはとても強い人だ。僕の目が節穴だっただけかもしれないけど、本当に強い人だと思ってきたし、今でもその印象は変わっていない。


 でも僕は、幼馴染だったイトちゃんの弱さを誰より知ってもいる。


 今、目の前で背中を丸めて俯いた彼女は、昔から知っている前髪の長い幼馴染のように見える。


 変わりたいのに、自分が強くないことを実感して、すっかり自信をなくして、陰の者に戻ってしまいそうになっているように見える。


 強い戦闘力をもつということが、いかに彼女を支えていたのかというのが、垣間見える。


 僕は、どちらの彼女であってほしいと思っているのだろうか。


 正直、どちらでもいいと思った。


 どうでもいいとか、興味ないとか、そういうことじゃない。


 彼女が自分のことを好きで居続けられるのなら、どんな彼女でもいいと思うのだ。


 となると、やっぱり陽の者か。彼女がそうありたいと望んでいる姿がそれなら、僕も彼女にそうあってくれることを望む。


 そのために必要なのは、やっぱり彼女自身の深く揺るぎない自信だ。


 一刻も早く彼女の魔王を倒すことができれば、かけがえのない自信を手に入れることができるのは確実だと思う。


 自分の力を疑ったことから急に(きざ)してしまった陰の芽が、心を覆い尽くしてしまう前に、魔王に勝つしかない。


 僕はベンチから立ち上がり、昔みたいに、彼女に向かって手を伸ばした。


「行きましょう。そして、二人とも、現実世界に転生しましょう」


 彼女は、会話の脈絡なんてまるで無視した僕の、突然の陽属性ムーブに戸惑いながらも、僕の手を握りしめてくれた。これだけ強く握り返せるのなら、大丈夫。


 ベンチから引っ張り上げて立たせると、そのまま宮殿の建物に向かって歩いていく。


 ふと、ミクミさんは僕が腕を引っ張ているように感じたらしく、歩くスピードを上げて前に出ようとしてきた。


「なっ」


 僕だって、ついさっきまで弱音を撒き散らしていた彼女に引っ張られるわけにはいかない。


 ミクミさんと同じスピードで歩こうとした。


 手を繋いだまま。


「ちょ」


 彼女がまたスピードを上げた。おっと、これは、同じスピードでとか甘いこと言ってたら、これまでと同じ、腕を引っ張られる陰の者のままになってしまう。勝つつもりで挑まないと、また彼女の背中を見ながら進むことになる!


 歩くスピードを上げた。


 そしたらミクミさんがまた一段ギアを上げた。


 ならばと僕も追い抜かす。


 二人で競い合っているうちに、いつの間にか走っていた。


 僕らは、失礼極まりない事に、ぶち破るように木製の扉をあけて宮殿内に入った。赤い絨毯の上を走っていく。


 そこそこ豪華な作りに見えたが、フォースバレーの宮殿ほどじゃないなと思った。


 目指す場所が近付いてくる。


 鍵の付いていない豪華な扉が見えた。この扉の先には、広い部屋が広がっていて、数段ある段差の先には、鮮やかな紅い服を着た、赤髪の女王がいることだろう。


 僕らが瞬時に覚悟を決めて、一気に扉を押して駆け抜けようとした時、


「廊下を走るんじゃありません!」


 女の人の声がした。


 立ち止まり、声のした方を振り返った時、僕らの手はもうほどけていた。




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