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第4話 黒龍足止め作戦

 僕は、暗いトンネルを抜けて川岸に降り立った後、戦況を眺めていることしかできなかった。


 茶色っぽい濁った色をした蛇のようなものが、うねりながら空を飛んでいる。


 何か顔があるわけでもなく、決まった形があるわけでもなく、激しく波打ち、水飛沫(みずしぶき)をあちこちに撒き散らしながら、下にある氾濫した川の水を吸い込んで少しずつ大きくなっているようだ。


 太く長いミミズのような濁流が空に浮かび上がっているようだ、と言って伝わるかどうかわからないけれど、そんな感じだ。


 その周囲には、様々な格好をした人たちが蠅のようにまとわりついているようだった。

 長くうねり狂う敵に向かって様々な攻撃を繰り出している。


 あちこちで魔法陣や発光現象が起きていて、昼間だというのに花火大会に迷い込んだみたいだ。


 なんて目の前の状況から逃避していたところ、僕の前に一人の戦士が降りてきた。


 牛の角のような兜をかぶり、全身を輝く鎧で固めた男。片手に斧を持ち、もう片方の手に盾を持っているところをみると最前線で戦う役目のようだ。


「よう、その姿、ウィネ様の報告にあった転生者の増援だな?」


 僕の着ていたジャージを見て転生者だと判断したのだった。


 戦士の手から斧が消え、かわりに操作盤のようなものが出てきた。まるでゲームのメニュー画面みたいな半透明の小窓が、いくつも宙に浮かび、戦士はさまざまな小窓に少しずつ触った。慣れた手さばきだった。


「まだ完全体になってねえとはいえ、今のままで黒龍の攻撃を受けたら、間違いなく一発で死ぬからな。コレに着替えてくれ」


 僕の目の前に、『アイテムを受け取りますか?』という画面が表示された。


 イエスを押す以外に選択肢は無いように思えた。


 受け取りを終え、直観的に色々操作すると、装備できた。僕は、初心者にあるまじき、やたら強そうな防具を手に入れてしまったようだ。


「前衛職の最強装備。オレの戦友が身に着けてたものだ。さっき爪の一撃を受けたことが原因で死んじまったけどな」


「そんな大事なものを僕なんかが……」


「いやいいんだ。今は少しでも戦力が欲しい。あの毒水100パーセントのドラゴンを、市街地に近付けさせるわけにはいかねえからな」


「ドラゴンというよりミミズみたいに見えますけど……。つまり、あの太くて長い怪物みたいなものを止めればいいんですね?」


「そうだ。そのために、少しでも人手が必要なんだ。来てくれて有難いぜ。名前は?」


伏野(ふしの)ですけど」


「ではフシノ、一緒に世界を救おうぜ」


 よっしゃ、望むところだ。うおおおお、みたいな思考になると思うか?


 ありえないだろう。


 この壮麗な装備をつけていた人がさっき死んだって言ったよな。てことは、この装備なんか気休め程度で、大した意味をなさない可能性が高い。


「大丈夫さ。当たらなけりゃ死なねえから」


 それ当たったら死ぬってことですよね。


 だけど、ああ、僕の腕はまた掴まれてしまった。


 この戦士は空を飛ぶことができるらしい。スキルというやつだろうか。僕も、何か身を守るためのスキルでも全力で身に着けたいのだけれど、


 しかし、今はスキルについて教えてもらう暇は無いようだ。


 戦士は僕を掴んだまま、ぐんぐんと巨大な濁流ミミズに近付いていく。


 毒水が来た。戦士は盾で防いだが、その盾が水圧か何かでグニャリと曲がり、使い物にならなくなった。


 毒水が来た。戦士は別の盾を出した。炎が燃え盛っている盾だった。水に触れた途端に火は消滅し、戦士は盾を捨てた。


 もう少しで、ミミズに手が届く場所まで来た。


 戦士は、今度は盾ではなく斧を取り出し、なにかブツブツと呪文を唱えだした。


 斧が巨大化していき、輝きを増していく。


 次の瞬間、毒水が来た。


 僕の身体は引っ張られた。っておい、まさか!


 ――僕を、盾にしたァ?


 この戦士は、初心者の僕を盾にするために僕の腕を掴んだわけだ。


 あ、死んだと思った。ミミズから放たれた茶色い毒水が、視界いっぱいに広がり、次の瞬間には衝撃。身体がばらばらになるんじゃないかと感じるくらいの強い衝撃を受けた。


 身に着けていた、入手したての防具たちが砕けて消えていった。


 さらに毒水の発射が三回くらい続いて、四回目の毒水を防具なしの無防備状態でジャージに受けた時、僕の役目は終わったのだろう、戦士の手を離れて、ものすごい勢いで吹っ飛んだ。


 さっきまでいた川岸に突き刺さるように落ちた。


 目を開くと、周囲の地面がクレーター状に大きく凹んでいて、そのなかに自分がいた。あまり痛みは感じなかったけれど、ダメージが大きすぎるのか、立てない。そして、毒の影響だろうか。どんどん体力が減っているのが、視界に現れた小窓で確認できた。


 僕を盾にした牛角の戦士は、「うおおおお」と気合と輝きを撒き散らしながら猛スピード斬り込んでいって、茶色いミミズに深めの傷をつけるも、ミミズはすぐに元の形に戻った。戦士は汚い茶色い水に呑み込まれいった。


 戦いは虚しい。


 やがて、茶色い巨大ミミズの体内から、小さな光が飛び出して、雲が広がっている方角へと飛んでいって消えた。


「あっ」


 と反射的に漏らして、手を伸ばした。もちろん届くはずもない。


 この世界で死ぬと、流れ星になるらしい。どこに飛んでいって、どうなるのだろう。


 その答えはすぐにわかるはずだ。だって僕も、今にも毒で体力がゼロになろうとしているのだから。




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