第39話 草を求めて1 強くなる霊薬草
突然の襲撃の後、僕とミクミさんは険しい道を抜け、いくつかの橋を渡り切り、次のまちへと歩を進めていた。
その道中での話題は、もちろん、さっきの刺客のことだった。
「もう襲って来ないってことは、撃退したってことでいいんですよね」
「うん。大丈夫だと思う。逃げたっぽい」
「何だったんですか、さっきの」
「明らかに命を狙いに来てた。それ以上でも以下でもないっしょ」
「暗殺者ってやつですか?」
「にしては堂々としてたけどね。ま、そういうことだね」
「誰が、なんで、僕らを狙うんですか?」
「さあ」
僕らが何をしたと言うのだろう。
やはり思い当たることといえば……魔王との会談のときにウィネさんの毒殺を阻止したことくらいだけど。
僕がその時のことを回想して、ウィネさんの貼りついたような笑顔を思い浮かべていると、ミクミさんは言うのだ。
「たぶんだけど、いまフシノが思い浮かべてる人で合ってるよ」
「ほんとですか?」
「たぶんって言ってるでしょ。本当かどうかは、いずれわかるよ」
「なんかショックです。僕がこの世界に来て初めて会った人なんですよ。そんな人に嫌われてるなんて……」
「あーあ。まーた陰キャはじまった。嫌われてるとか、それ思い込みだから。単純な話だよ、あたしたちが魔王を倒すっていう使命をもってる以上に、あの人はもっと大きな使命を背負っていると自負してる。それだけだよ」
「でも、仲良くしたいのに」
「じゃあ結果で黙らせればいい。さっさと自分たちの魔王を倒してやれば、あの女も考えを変えるでしょ」
「でも倒したら僕ら転生者は消えるんでしょう? 消えた後じゃあ、どうあっても仲良くできないじゃないですか」
「そうだけど、まあいいじゃん別に。てか、なんであんな地味なのと仲良くしたがるかなあ。あたしがいればよくない?」
「えっと……」
突然の陽属性な切り返しに返答に困る。
そしたら、自分の発言を冷静に振り返ってしまったのか、ミクミさんは慌てて、
「――あっ、いや、なんでもない。今のナシ! わすれて!」
「なんというか、すっかり陽の者になって……」
いや待てよ、顔を赤くして俯いてたのが昔みたいだった。むしろこれはミクミさん状態からイトちゃん状態に一瞬変わってしまったわけで、いわゆる陰の者ムーブじゃなかろうか。
陰の者と陽の者。その境は、実は曖昧なのかもしれない。
だったらやっぱりさ。いつでも戻れるってことかもしれない。僕も陽の者に。
もしもネクラな人なんていないとすれば、僕はただの陰キャなのかもな。
★
ネザルタという場所には、大規模な野菜専門市場があった。
巨大な青果市場では、威勢のいい声が響き渡っていた。
そんななかで、ミクミさんが一直線に目指したのは、一番奥にひっそりと席を設けていた草専門業者である。
辿り着いた頃には、活気のあるエリアはもうはるか遠く。
薄暗くて小汚いじめじめした日陰にそのブースはあった。
曲がって反り返ってしまっている木製の分厚い板の上に、緑色の草たちが束ねられて置かれていた。
売っている人はいうと、緑色の質素な服を着た若いエルフだった。大きな耳をぴくぴく動かしながら、市場内の音を聞き分けようとしているようだった。
「お客さん?」
エルフ少女の問いに、ミクミさんは、「ええ」と頷いた。
その後は声をかけてくることもなく、店番エルフは静かに木の椅子に座っていた。じっくり品定めする金色の髪束を見つめながら、注文を待っている様子だった。
やがて、ミクミさんは、板の上に置かれていた草の束ひとつを指差して、
「これがいいかな」
店番エルフは返事を返さなかった。
思い返すと、ミクミさんがワニ頭の魔王と戦った時、何度か緑色の草を口に運んでいた気がする。
あの時の草の正体がコレなのだろうか。
「この草、何なんですか? 美味しいんですか?」
僕の問いに、ミクミさんは、苦笑いを浮かべた。
「草としか言いようがない味だけども。食べてみる?」
「いくらですか?」
「えーと、フシノの知ってる通貨で言うと、金貨……」
「金貨ァ?」
「そりゃそうでしょ。だってこれ、限界を超えて強くなれる戦闘用の霊薬草なんだから」
「強化アイテムですか」
「そ」
ミクミさんは軽い返事をして、虚窓を操作しはじめた。持ち物の中から金銭を取り出すようだ。
「でも金貨って……さてはミクミさんお金持ちですね」
「まあね。魔王倒す以外はひととおり冒険したし。てか、そんなあたしを一瞬で超えていった誰かさんが異常なんだよね」
「すみません」
「いや、全然あやまるとこじゃないし」
そういったところで、ミクミさんは店番エルフ少女の前に札束を五束くらいドドンと積み上げた。
びっくりするくらいの大金のはず……なのだが。
「ごめんなさい。売れません」
「えっ、なんでよ。いつもの値段じゃないの?」
ミクミさんはこの店の常連のような雰囲気だった。しかし、店番エルフは首を横に振るばかりで、全く売ってくれる気配がない。
「前回の買い物で何かやらかしたとか?」
僕が横から言ってみたら、ミクミさんがすごい顔でにらんできた。こわい。
若い店番エルフは申し訳なさそうに両耳を垂らしながら、
「実は……この草たちを欲しがる人たちが一気に買い占めようとして……」
「どこのどいつよ。まさか海賊みたいな連中じゃないでしょうね。こう、赤いツンツンした髪の」
「いえ。青い長髪の冒険者さんがリーダーっぽかったです」
「そっちか」
草を買い占めたのは、青髪の冒険者だという。おそらく僕らに何度か突っかかって来た名も知らぬ長髪の魔法使いだろう。
ヤクモマルに金目の物を奪われたこともあり、捕獲隊を組織しようとしていたっけ。
若い女エルフは草を袋にしまいながら、
「霊薬草の生産力には限界があることは知っていますよね? これは増え続ける魔王に対抗するために育てられているものです。青い髪の人たちに目的をきいたら、『賊になった転生者を討伐するためだ』なんて言うんですよ。だから、『売れません』って言ってあげたんです」
「でも、あたしたちは賊でもなければ討伐隊でもない。まさに魔王と戦うために、その草を欲してるんだけど」
「けど、もう決まりが新しく出来てしまったんです」
「決まりって?」
「許可証を発行してください。それがあれば、もしかしたら売ってくれる人もいるかもです」
「なんだ。そんなことか。で、どうやって作るの? その許可証ってやつは」
「王室の印刷所で審査を受けるそうです」
「そういうのは、はやく言いなさいよ。王室の印刷所ね。ありがと」
そしてミクミさんは意気揚々と歩き出そうとしたのだが、次の言葉をきいて、
「――ウィネという人をたずねてください」
二人して固まってしまったのだった。




