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第38話 ミヤチズ6 陰キャ陽キャ論/二丁猟銃の女

 僕がミクミさんの少し遠回しの愛の告白に対して答えないでいると、ミクミさんは欄干から離れ、虚窓を起動した。


 鎧を装備して剣士スタイルに戻ると、


「ほんっと陰キャだよね、フシノって」


 と言いながら唇を尖らせた。


 何とでも言うがいい。


 すぐに答えを出せない問題に直面して沈黙を返すのは、仕方のないことだ。


 むしろ誠意があると言ってもいい。


 仮に、無理に絞り出して答えたとして、それは本当に本心から発せられたものなのだろうか。


 何かを言わなきゃという焦りが含まれた言葉を、素直に受け取れるのだろうか。


 何気ない瞬間に漏れ出てしまうものこそ、本音だったりするんじゃないのか。


 だから僕は陰の者らしく、今は答えない道を選択したのだ。


「すみません、ネクラなもので」


 僕が最大限の自虐をこめて返すと、剣を腰に着け終えたミクミさんは、不愉快そうな顔を向けてきた。


「フシノはネクラじゃないでしょ」


「え、そうですか?」


「てか、ネクラなんて現実世界じゃ滅んだ言葉なんだよ?」


「どうなんでしょう。最近も聞きますけど。『ネクラの陰キャ』とか、そういうフレーズも色んなところで使われてるような気がします」


「でも時代遅れの激しすぎる表現なんだよ。ネクラとかネアカなんてのは」


 そんなことを言いながら、取り出した質の悪い紙にさらさらとその場で絵を描いて図解までしてきた。二本の樹木の絵だった。やたらうまい。


 片方は根っこの部分を強調するように塗ってあって、もう片方は豊かに(しげ)った葉っぱの部分を塗ってある。


「これをみたら、フシノにもわかると思う。ネクラの『ネ』ってのは、根っこのことなんだよ」


「はあ」


「こいつは根っこから暗いどうしようもないってことだけど、でもネクラっていう言葉は、あまり使われなくなった。どうして?」


「さあ」


 正直、どうでもいいのだが。


「根っこに注目する視点と、きれいな花とか生き生きとした葉っぱとかに注目する視点。二つの視点が、ネクラとネアカ、陰キャと陽キャという言葉の違いを生んでいるわけ」


「そうなんですね」


「そう。根本的な性質に焦点を当てたのが、ネクラとかっていう言い方。そこから変化して、陰キャとか陽キャって言葉に置き換わっていったけど、これっていうのは、演じざるをえないキャラクターの部分に視点が移ったわけだよ」


「本質なんかどうでもよくなったってことですかね」


「そうじゃない。だんだん、そうなってきてるかもだけど、たぶん、きっかけはそうじゃない」


「じゃあ何だったんですか?」


「きっと最初は、優しさだったんだよ」


「はあ、やさしさ……」


「そう。本質にまで土足で踏み込んで決めつけることは、決定的に相手を傷つけてしまうから。だから避けられるようになった。つまりね、『陰キャ』とか『陽キャ』とかって言葉はさ、相手を根っこから傷つけまいとする慈悲から生まれたはずなんだよ」


「あ、へえ、そうなんですねー」


 そんな妙な仮説を考えてる時点で、こいつもドがつくほどの陰の者なのではないかと思えてきた。


「いま、こいつ陰キャだって思ってるでしょ」


「いや……」


 僕は首を横に振った。


「じゃあ、ド陰キャだって思ってるんだ」


「さすがです」


 女の勘というやつか。見事に言いあてられて感服するしかない。


 ミクミさんは、むしゃくしゃしたのか、紙をくしゃくしゃに丸めてしまいこむと、すねたように、眺めのいい景色に目をやった。


「……そうだよ? その通りだよ? だからあたしも、変わりたかったんだよ」


「それで、髪まで染めて陽の者ぶろうとしたんですね」


「なにその言い方。感じ(わる)っ。あたしの心からの願いとか、涙ぐましい努力とか、なけなしの勇気とか、全部無駄だって言いたいの?」


「いやいやっ、そんなことない。金髪はすごく似合うし、その、す、すごく、その、カワッ――」


「でしょ、そうでしょ、やっぱかわいいっしょ?」


 彼女は髪に手を触れながら、期待のこもった視線をくれた。


 うっかり口を滑らせそうになったが、冷静になるとやっぱり恥ずかしい。とても可愛いとは思うのだが、幼馴染に向けるのは、なんだか正解じゃない気がするのだ。


「うーん、『変わったよね』って言おうとしただけだが?」


「またそれか。うそつけ」


 そう言い放つと彼女は腕組みをして、鼻息あらく欄干に寄りかかった。


  ★


 しばらく話し込んでいた僕らだったけれど、いつの間にか、昼間だというのに橋から人がいなくなっていることに気付いた。


 ミクミさんが言うには、夜になっても馬車や人々が行き交う丈夫な石橋だという話だったはずだが、かなりの違和感をおぼえる。


 そしたらミクミさんは、張りつめた空気を出して言うのだ。


「フシノ、戦闘準備」


「え、何です、急に」


 次の瞬間だった。


 赤く禍々しい光の帯が、僕の真横を通り過ぎていった。


 光が通った後には破壊がもたらされ、さっきまでミクミさんが寄りかかっていた欄干が見事にえぐれていた。


 橋の下に、崩れた岩の塊が落ちて行った。


 なんだ今の赤黒い光のビームは。


 当たっていたら命を落としていたかもしれない。


「敵だよ、フシノ」


 ミクミさんの視線の先には、二丁の猟銃を両手に持った女性の姿があった。


 あれが敵?


 でも魔物の類じゃない。人間のようにしか見えない。おそらくあの猟銃から放たれたであろう銃撃の光こそ禍々しかったけれど、あのひとは人間だ。


 半端じゃない魔力のこもった銃撃をしてきたことから考えると、きっと転生者だろう。


「あのひとは、魔王が化けてるとかですか?」


「どう見ても違うけど、明らかに人ばらいをして、明らかにあたしたちを狙って撃ってきたってことは、あたしたちが倒さなきゃならない相手ってことになるっしょ」


 争いは虚しい。魔王との戦いでさえ虚しく思えるところもあるのに、転生者同士での戦いなんて、虚しさの極みだ。


 話し合いで解決するなら、それが一番いいんだ。


 僕は口を開こうとした。交渉したり、目的を聞き出したりするためだ。


 銃撃で黙らされた。声を発することもできなかった。


 躊躇(ちゅうちょ)なく引き金が引かれ、僕の視界は一瞬、真っ赤になった。


 視界いっぱいに広がりかけた赤黒い光をぎりぎりで回避した僕は、そこでようやく、停戦交渉の余地がないことを悟り、青く輝く刀を抜いたのだった。


 ミクミさんは、じりじりと歩み寄ってプレッシャーを与えながら、彼女に問いかける。


「名前は?」というミクミさんの問いに、謎の女は答える。


「あたし? 転生者セイクリッド。こんな強い二人組とか、聞いてないわね」


 セイクリッドと名乗った女は、右手に持った銃口をミクミさんに向け、左手の銃口は僕に向けている。


「聞いてないって? 誰から?」とミクミさん。


「…………」


 誰かの依頼で、僕たちを襲撃している。そういうことのようだ。


 なぜ、どこの誰が僕たちを狙うのか。


 しかも、襲ってきた相手は僕らと同じような立場。人間で、転生者だ。


 考えたくはない。だけど、考えるまでもなく、黒幕の顔が浮かんできてしまう。


 地味な服を着て、これから女王になる人の側近をしていて、僕たちに魔王を毒殺させようとした人のほくそ笑む顔だ。


 ウィネさんしか、僕らを狙う理由がないんじゃないか。


 これから先、魔王を毒殺しようと計画されたとして、きっと僕らがそれを知ったら、すぐさま止めに入ってしまうだろう。


 つまり、ウィネさんが世界を守る計画を進めるにあたって、僕やミクミさんは、とても邪魔なのだ。


 それだけでもう、狙われる理由としては十分だ。


 毒殺未遂で卑怯ポイントを稼いで、今度は暗殺者を差し向けてきて、さらに卑怯ポイントを稼いでいるわけだ。


 あるいは、ひどく好意的にとらえるとしたら、このセイクリッドという女は僕らを鍛えるための刺客として送り込まれた……いや、それはないか。さっきから本気の殺気がすさまじいし。


 セイクリッドという女は、「すごく疲れるから使いたくないんだけど」などと言いながらも、何かのスキルを発動することにしたようだった。


 しばらく眺めていると、彼女の指から、にゅるっと新しい彼女が生まれた。


 脱皮でもしたのかと思ったけれど、一人目の彼女はそのままに、二人目の彼女が服を着たまま姿を表し、自分の意志を持って歩き出していた。


 三人目の彼女も、四人目の彼女も次々に生まれ、大増殖がはじまる。


 分身スキル、というものだろうか。


 僕は唖然(あぜん)としながら、橋を埋め尽くさんばかりの勢いで増え続けるセイクリッドを眺めていたのだけれど、やがてミクミさんに腕を引っ張られた。


「フシノ、どう思う?」


 昔の僕だったら、これが逃げるかどうかの相談にきこえていただろう。


 今の僕は以前とは違うのだ。ミクミさんが陽キャ金髪ギャルになったのと同じように、僕も陽の者への華麗なる復帰を望んでいて、その最初のステップに片足を踏み出そうとしているのだ。


 この問いの意味は、逃げるとか裏をかくとか、そんな陰の者御用達の後ろ向きなものじゃあない。前のめりにどう戦うか、という意味なのだ。


「僕の考えだと、さっきの砲撃を見る限り、当たったら終わりです。銃口を向けられる前に、彼女たちの持ってる全ての銃を破壊するのが最善ですね」


「オーケー、それでいこう」


「はい」


「自由に判断して動いてみて。危ない時は、あたしが同調(シンクロ)スキルで回避させるから」


「おねがいします」


 幅広いはずの橋を文字通り埋め尽くす、二丁猟銃の女たち。十人どころじゃない、二十人、三十人、いやもっといるかもしれない。準備が整ったのか、一斉に、僕らに銃口を向けた。


 見極めるんだ。銃撃の隙間を。と思ったけど、いざ撃たれてみると、隙間なんか無かった。


 赤黒く光る銃撃が、幾筋(いくすじ)も折り重なり、橋に沿うように一直線に発射された。僕の目の前を覆い尽くそうとしていた。


 残された道。どこだ。


 視界を広く保ったまま、冷静に観察してみると、今回の弾道では橋の欄干には銃撃が届いてない。


 僕が決断して地面を蹴ると、ミクミさんも動いた。


 橋を中心に鏡あわせになったみたいに、僕とミクミさんはそれぞれ、左右の欄干の上を走っていく。


 かなりの高所だ。


 落ちたら死ぬレベルに高い。


 昔の僕だったら、足がすくんで動けなくなってしまっただろう。


 でも戦いを繰り返して、僕はレベルが上がった。心も身体も強くなった。


 赤黒い光が途切れ、第二射がくる。


 僕とミクミさんは、息の合った動きで橋の中央ですれ違い、欄干の左右を入れ替えた。それで混乱した敵の銃撃は、不規則に拡散して、僕らに当たることはなかった。


 三発目は撃たせない。


 僕とミクミさんが二人で放つ神速の刃は、敵に届いた。


 しかし、なんというか、手ごたえがない。


 刺客のもっている猟銃を斬りつけていこうとしたのだが、猟銃に限らず、敵の一部に触れた途端に一瞬のうちに消えていき、そして、やがて誰もいなくなった。


 狐につままれたみたいとは、こういう感覚なのだろうか。


 僕とミクミさんが、どうしたものかとしばらく立ち尽くしていると、人の往来が戻り、僕らは都会の喧噪(けんそう)に再び飲み込まれたのだった。




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