第36話 ミヤチズ4 成長
「ちょ、フシノ、今なんて?」
「ですから、僕が、この男を倒します」
力強く言い放った。ミクミさんの腕を掴んだまま、まっすぐに、ミクミさんの目を見つめながら。
「は、はあ? 何がどうなってそうなるのよ」
「ミクミさんは以前、僕に言いました。いちど逃げたら、次も逃げる。これから先、ずっとずっと、強い敵を見たら逃げ続けて、戦う前に負け続けて、転落者人生を転がり続けていくつもりなのかと問いました。同じ問いを、いまミクミさんにしたら、どう答えますか」
「いや無理でしょ。今のあたしだって、強化アイテムなしじゃこいつに勝てないし」
「じゃあミクミさん、この人が魔王より強いと思いますか?」
「それは……どうなんだろ。本気だったらどんな魔王とも互角以上かなと思うけど」
「でも彼は本気で戦わないですよね。さっきだってそうだった。ミクミさんの時もきっとそうだったと思います。どこかで手を抜くんです。きっと、自分の本気が通用しなかった時が、こわいからでしょう?」
言っていて、自分にもブーメランして突き刺さってくる言葉だと思う。僕もまた、本気を出すということに怯えてしまう陰の者なのだ。
とんだ臆病者だ。
でも、その弱さを乗り越えないと、これからも僕はきっと、何にも立ち向かえない。
「ヤクモマルは、これだけの強さをもちながら、戦わずして負け続けてるんです」
僕はしっかりと声を出しながら、ミクミさんの腕から手を離し、その勢いでヤクモマルの眉間を指差した。
「魔王におびえて本気で戦うこともしなくなった――いや違うな。本気を出すこともできなくなった臆病者の雑魚を相手に勝てないで、どうやったら魔王に勝てるっていうんですか!」
どう考えても言い過ぎている僕の言葉に、ヤクモマルは賊らしい表情でガチギレていた。
見下ろしてくる目には殺気しか籠っていない。強く歯を食いしばっていて、眉間には深いしわが寄っていた。鬼の形相とは、このことを言うのだろうか。
暗く、重く、低い声が、洞窟中に響き渡る。
「おいフシノ。言葉には気をつけろよ? あ? 雑魚ってのあ、まさかまさか、おれのことかぁ?」
だけど、僕はもう覚悟を決めた。怯むことなく、立ち向かう。
「それ以外に、この場に雑魚はいませんよ。ミクミさんも僕も、かわいいプラムさんも含めて、ヤクモマルとかいう賊が最弱の存在ですよ!」
何か剣術が飛んでくると思い、僕は身構えた。しかし、目の前に飛んできたのは、足の裏だった。
顔面を容赦なく蹴飛ばされた僕は、地面を転がされて、一撃で外に出された。
外は、いつのまにやら暗雲が立ち込めていた。
僕はすぐに立ち上がった。
賊は、僕をにらみつけながら、
「ったくよぉ、そこそこ力があっから、二人とも仲間に迎えてもいいか、とか思ってたがよ、間違いも間違い、大間違いだったぜ。ちょいと甘やかしてやりゃ、つけあがりやがって。そんなに刀の錆になりてえならな、出してやるぜ、本気ってやつをよォ!」
僕には自信があった。さっき打ち合ったなかで、僕も成長していたし、武器ともずいぶん仲良くなれていると思えたからだ。
だけど、本気の奥義を繰り出した賊は、やはりまだまだ今の僕が敵う相手ではない。
あまりにも激しい連撃だった。
賊も技の反動で身体のあちこちから流血させながら、どう考えても人離れしたスピードで僕をいたぶる。
あっという間に僕の体力がごっそり減らされ、死の一歩手前の状態になった。
それでも僕は、雷の技を使って反撃を試みて、それは当たらないながらも、自分の技で生まれた雷撃を吸収して大きく回復できた。
僕は一方的に攻撃され続け、時々の当たらない反撃で回復するくらいしかできない。
今は絶対に勝つなんて考えられないレベルの差だ。だけど、数秒後にはどうなっているかわからない。数秒で何とかならなくても、数日後にはどうなっているか、わからないんだ。
僕は何が何でも戦い続ける。さいわい、転生者というのは、あまり痛みを感じないようにできているらしい。この情けない賊を倒すため。それは同時に、逃げ続けてしまう弱すぎる僕自身に打ち勝つための戦いでもある。
勝負を投げない限り、負けやしないのだ。
勝てる。心さえ折れなければ。勝つんだ。
★
周囲の景色が高速で流れる。
風の音以外、何の音もきこえやしない。
ただ集中した世界に僕はいた。
賊の赤髪の男が、何かを叫んでいるのがみえた。
どうせ、いいかげんしつこいだとか、なんで倒れないだとか、そういう内容のことを言っているのだろう。
こっちの台詞だ。どれだけ技を叩きこめば、この賊は倒れるのだろうか。
ていうか、あれ、どうして僕は、こんなに多くの技を繰り出すことができているのだろう。
さっきまでは、全然、技を発動させる隙さえ無いと感じていたのに。
世界の時の流れから切り離されて、置いていかれたような感覚だった。
待てよ。違うな。
これ、置いていかれているんじゃあない。
僕が、置いていってるんだ。
もはや全力を出さなくても、高速の斬撃技が自然に発動するようになっていた。
ミクミさんの目には、この戦いは、どう見えているんだろうな。
もしかしたら、目にも留まらぬほど速すぎて、ミクミさんにも、誰にも見えていない可能性さえある。
さっきまでとは、何もかも違う。強く、速く、鋭い攻撃を、僕は出し続けている。もはや、赤髪の賊よりも攻撃回数で上回ってるんじゃないかと思える。この状態で、全力で技を放ったらどうなるのだろう。
ヤクモマルは、僕の攻撃から逃れて着地すると、また新しい奥義だろうか。何か細長いものを耳の上に載せた。
――おれだって、まけられねえんだ。
そんな風に、口が動いただろうか。
そう思った時にはもう、僕は斬りかかっていた。
さっきまでより簡単に避けられた。ヤクモマルのスピードは、また桁違いに上がったようだ。今の僕の攻撃なんて、全て避けられるくらいにはレベルアップしてしまった。
桁外れの跳躍力で暗雲たちこめる空に飛びあがると、空気を蹴って空を飛び回っている。
だったら、僕もまた、強くなる必要がある。
もっと強く、もっと速く、もっと鋭く、もっともっと。
正面から斬り合えるだけのレベルに、いますぐ到達すればいい。
――楽しい。
僕は笑っていた。
「神速震雷斬!」
賊の陣取る上空高くに舞い上がりながら、初めて覚えた技の名前を口にする。
暗雲を引き裂く一撃は、ヤクモマルの胸にジグザグの傷をつけた。
まだ終わらない。
地面に着くまでに、また叩きこめるだけ雷の斬撃を繰り出すのだ。
しかし、賊もまだまだ反撃してくる。
僕はとにかく、何度も何度も正面から、一番強い技をぶちかますだけ。
もう防御などしない。もう回避などもしない。
あらゆる繊細さを捨てたごり押し。
はた目から見たら、こんなバカな戦い方、ありえないと思うことだろう。全くの洗練がみられず、ただただ最強を正面からぶつけ続けているだけなのだから。
でも、ヤクモマル。この男だけは、何が何でも絶対に、正面から叩き潰さねばならない敵なのだ。
この男を改心させるだけの一撃を、今の僕なら、きっと生み出せる!
着地をして、互いに距離をとった。
決まる予感があった。
長い長い戦いが終わる予感だ。
実際には、そんなに長い時間戦っているわけではないのかもしれない。でも、もう年単位、いや人生単位に感じられるくらいの時間、僕らは打ち合っているんじゃないかと思えた。
限界なんて何度もこえた。僕だけじゃない。ヤクモマルもまた、戦いの前とは見違えるほど、明らかに強くなっていた。
僕は傷を塞ぐように再び空を覆った雷雲に向けて、突き刺すように、刀を勢いよく振りかぶった。
待ってましたとばかりの落雷が、透き通った青い刀に降り集まる。
これはもう、今までの斬撃とは全く違う、僕の全身全霊をのせた一撃だ。
強く振り下ろしながら、僕は叫ぶ。
「真・神速震雷斬!」
賊も、僕とは違う言葉を何か叫んでいた。必死の形相だった。
暗雲を割り散らかす一撃。
僕より強い人を本気にさせて、そのうえで上回る。
まさか僕に、そんなことができるなんて、少し前の僕は思わなかっただろうな。
たとえ武器に助けられただけだとしてもだ。
刀に纏っていた雷がおさまった時、立っているのは僕だけだった。
ヤクモマルはうつ伏せに倒れてぴくりとも動かなくなっていたし、いつの間にか集まってきていた観客たちは、尻餅をついたり、身体を丸めて防御態勢をとったり、膝をついたりと様々な姿勢になっていた。
僕以外は、本当に誰一人として立っていなかった。
僕は勝ったのだ。




