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第35話 ミヤチズ3 決心

「ミクミさん! 無事ですか!」


 僕が洞窟内に足を踏み入れた時、想像と全く違う光景が目に飛び込んできた。


 嘘みたいに平和だ。


 魔法の力で明るい洞窟内に、きれいな畳が敷かれているスペースがあって、そこでミクミさんは、プラムという小さな女の子と何やら和風なカードゲームをして遊んでいた。


 全然傷ついた様子は見られないし、赤みがかった光に照らされた金髪も輝きを失っていない。いつもと違うのは、鎧をつけていないことくらいか。


 プラムという子を安心させるためだろうか。鎧をつけていないミクミさんは、なんだか華奢(きゃしゃ)に見えて、すごく女の子らしさみたいなものが感じられた。


 強い女剣士だなんて、とても思えないくらいにリラックスしていた。


 いやいや、おかしいな。敵地だぞ。


 なんというか、とんだ肩透かしだ。


 僕は最悪を想定していた。屈強な男たちに金髪を引っ張られたり、鎧を剥ぎ取られたり、相当ひどいことをされていて、僕の刀がそいつらを蹴散らして、傷ついたミクミさんに優しく手を差し伸べて、抱き着いて泣いてくるミクミさんの背中を優しく叩いてやるくらいまで想像していたというのに。


 ピンチじゃないならヒーローにはなれない。いや、無事でなによりなんだけども。


「よくここがわかったわね、フシノ」


「そう、ですね。でもミクミさんは、何故こんなところにいるんですか? 賊のアジトですよね、ここ」


「あー、まあね」


 思い切り目を泳がせながらの返答した。何か後ろ暗いことがあるということだろう。


 そこで僕は推理する。


 突然いなくなったのは、僕がホクキオに逃げないか試すためであり、ヤクモマルとの戦闘に関しても、ミクミさんが仕組んだことなんじゃないか。僕に稽古をつけてくれるようヤクモマルに頼んだとか。そうだとしたら、いろいろなことに説明がつくじゃないか。


「ありがとうございます、ミクミさん。僕を鍛えるために、あえて捕まったふりをしたんですね」


「あ、あー。ああうん。それそれ。さすがフシノ。あたしの考えにこんなに早く気付くなんて、やるじゃん」


 あれ、めっちゃ嘘っぽい。ていうか絶対嘘だなこれ。本当にヤクモマルに負けて捕まってたのか。


 ほとんど本気の装備でも、ヤクモマルのほうが強いわけか。


 と、僕がミクミさんと話していると、ヤクモマルも追いついて洞窟に入って来た。


 それを見るなり、ミクミさんと遊んでいたプラムという幼い女の子が、ヤクモマルに駆け寄っていく。


「おかえり、ヤクモン」


「おん? プラムお嬢ひとりか? 皆はどうしたよ。ほかの船長たちに見張っとくよう言っておいたんだがな。あと、女たちもいやがらねえ」


 それに答えたのはミクミさんだった。


「次に誰があたしと戦うかを決めるとか言って、出掛けていったけど」


「なんでえ、血の気の多い連中だぜ」


 そこで僕はついつい「類は友を呼ぶというやつでは?」などと言い放ってしまった。


 言ってしまった後で、剣がまた飛んでくるんじゃないかとびくびくしていたが、賊は賊らしく豪快に笑った。


「ハッハッハ、ちげえねえ」


 それで僕も調子に乗ってしまった。ミクミさんも一緒の空間にいることもあり、気が大きくなっていたのだろう。ヤクモマルが賊になってしまったことに対して、何か解決の道を探りたくなってしまったのだ。


「それにしても信じられないですね。どうして賊なんて続けてられるんですか。こんなに可愛い女の子と一緒にいるのに」


「そりゃあよ、しょうがねえのよ」


「理由があるなら教えてください。僕らなら解決できるかもしれません」


 ヤクモマルは、赤いツンツン髪に手をすべりこませて、すこし黙った後で、観念したように語り出した。


「ひとことで言やあよ、嫌になっちまったのよ。期待されんのがよ。おれの宿命の魔王とやらは、どうも特殊な呪力で周囲の生き物を魔物化させちまう卑怯なやつで、しかも不死身の力も持ってやがんのよ。どうやったら死ぬのか見当もつかねえ」


「不死身で、周囲を魔物化させる? それは、さすがにずるくないですか?」


「だろぉ? 相性が悪すぎんだよな。転生者は魔物化の呪いを受けないとしてもよ、そいつに近づくには、もしかしたら人間だったやつらをさ、斬り刻まなきゃいけなくなるかもしれねえ。おれは何よりそれがこええのよ」


 そうなのか、と納得しかけた僕だったけれど、隣にいるミクミさんは不快感丸出しだった。


「なーにいい人ぶってんの? 賊のくせに。大勢から財産や大事なもの奪ってきたくせに」


 たしかにミクミさんの言うとおりだ。なにも賊に成り下がらなくても良かったはずだ。


「ちげえねえ。だがよ、きっと誰か相性のいいやつが倒してくれっからよ、おれは、これからもこの世界で好き勝手に生きさせてもらうぜ。なんたって、転生者の中には、おめえらみてえな才能に溢れた強えのがいるんだからよ」


 この発言に、ついにミクミさんが噛みついた。


「なにそれ。思ってもみないこと言って。『才能』なんて言葉に逃げてんじゃないわよ。魔王に勝てる力は、転生者なら持ってるはずでしょ。転生者として召喚されたあんたが()()()守らなきゃいけないのは、仲間でもないし、船でもないし、ましてや賊グループなんかでもない。可愛い女の子でもあるわけない。この世界でしょ。違う?」


「ハッ、知ってんのよ。そんなのは。けどよ、そう心から思えるのも立派な才能なんだと思うぜ。魔王を倒すなんざ、おれにとっちゃあ荷が重すぎんのよ。ここで両手で収まらねえくれえの嫁をつくって、やりたい放題やりまくらせてもらって、しあわせに暮らし続けるってのが、おれの理想の生き方なのよ」


 どうしようもないクズだと思った。よのなかには僕よりクズがいるんだと、すこし自信になってしまったくらいだ。だからこそ、どうにかしたいと僕は思った。けれどミクミさんは、もう諦めてしまったみたいだ。


「せいぜい甘えてるといいわ。そのうち取り返しのつかないことになって、プラムのお嬢さんにでも助けてもらうのね」


「へっ、それも悪かぁねえな」


 プライドを刺激する言葉に怒りもせず、へらへらと笑うばかりだった。そこで厳しくも優しいミクミさんも、ついに(さじ)を投げた。


「いこうフシノ。こいつ、どうしようもないよ」


「でも……」


「あたしたちじゃあ、これの命を奪うまではできないし、これをマトモにさせることもできない。お手上げよ」


 その言葉をきいて、もしかしたら、今の僕は、あの賊の人の置かれた境遇とひどく似ているのではないかと思った。


 彼の魔王は、不老不死で命を奪えず、マトモになることなど考えられない。そんな悪を相手にしたら、僕だって諦めてしまうかもしれない。


 諦めた果てに、いまのヤクモマルがあるのだとしたらどうだ。僕だって、いずれ強すぎる獅子の魔王を前に逃げ帰り、弱い者いじめをして盗賊行為を繰り返すようになってしまう可能性だってある。


 なりたくないだろう、こんなのには。


 だから、僕は、ミクミさんの腕を掴んだ。


「待って下さい」


「えっ」


「僕が、この男を倒します」




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