第34話 ミヤチズ2 卑怯
ミクミさんは、一体何をしているのだろうか。
別行動が長引いている。全然帰ってこないし、連絡もない。置いていかれてしまったのではないかと非常に心配になってきた。
そこで僕は、刀を思う存分振れる練習場所を探すついでに、言いつけを破り、ミヤチズのまちを出てみることにした。
まちから郊外に出ると、大きな河川に削られたのだろうか、非常に起伏に富んだ地形をしており、坂や階段だらけである。
そこらじゅうに横穴があったりもして、賊が隠れるにはうってつけなのかもしれない。
「案外、敵のど真ん中だったりして」
そんな僕の予想は、もしかしたら当たってしまったかもしれなかった。
「よう、フシノとか言ったな。こんな人のいねえとこで、何やってんだ」
赤髪の、ツンツン頭の賊である。
ミヤチズのまちを出るなという言いつけを守っておくべきだったのだろうか。
賊は僕が言葉を返すのを待たずに、静かに剣を抜いた。もう完全にやる気しかないじゃないか。
これだから陽の者は。
「おおかた、またおれに懸賞金でも掛かってっからだろうが……それはともかくよ、フシノ、お前もだろ。プラムお嬢に妙なことを吹き込んだのは」
「妙なこと?」
「おれによぉ、海賊から足を洗わそうとしてくるようになりやがった。面倒くせえったらねえぜ」
たしかにプラムという幼い女の子は、「ヤクモマルのことが好きなら陽の当たる道に引き戻してやらないといけない」というような言葉を掛けられていた気がする。そして、その言葉を真剣にきいて、健気に頷いていた気がする。
けれど。
「それをやったのはミクミさんですけど」
「ああ、ミクミか……。あいつ、装備整えて本気出してきたからよ、真面目に相手してやったんだが」
「え?」
「えれー強え女だったなぁ」
今の賊の言葉はおかしい。ミクミさんが本気で、装備が整った状態で戦ったことなんて、僕の前では一瞬だってなかったはずだ。
川沿いの雑木林で会ってしまった時には、ミクミさんは強化する前の僕の剣を使っていた。
全然帰ってこなかったのは、こいつと再戦していたから?
「おれを相手に対等以上だった。奥の手のなかの奥の手を出さなかったらどうなってたか」
「え?」
「安心しろや。生きてっから。おれの仲間に預けてあるんだが、今ごろ、どうなってんだろな。心配だなぁ」
「え?」
敗北して、賊の仲間の手に……?
よからぬ想像が、脳内を支配した。
獰猛な賊たちに踏みにじられ続け、それでも気丈に振舞う涙目の彼女の姿が思い浮かんだ。
「なんだよそれ」
「あ?」
「なんだよそれは!」
僕は怒り、刀を抜いて斬りかかった。
「おっと、いきなりどうしたよ。てか、見ねえ間に、ものすげえ良い武器を手に入れてんじゃあねえか。あんとき落ちてたやつか? 良い値がつくだろうぜ。それをよこせば、ミクミお嬢を解放してやってもいいぜ」
この武器を失っても、他の武器を探せばいいのかもしれない。ミクミさんには賊に屈するなんて最低とか言われるかもしれないけど、それで彼女が無傷で助かるのなら……。
いや、だめだ。僕がこれを渡したとして、賊として生活しているこの人が、律儀に約束を守るとは到底思えない。
勝つしかない。
そして賊の仲間とやらも、全員やっつけて、救い出すしか道は無い!
「へえ、いい目になったな。迷いながらも答えを出せたか。正解だ。おれを倒さねえ限りは、お嬢は帰ってこねえよ」
深く息を吐く。
目を見開いて、土を蹴って踏み込む。神速震雷斬。全力で神速の斬撃を繰り出していく。
魔力の消費量を計算する? そんなの知るか。
ミクミさんを助けるには、こいつを倒すしかない。節約なんかして倒せる相手じゃない。だったらもう、最初から最後まで全力で挑むしかないんだ。
「おう、いい太刀筋じゃねえか。また強くなったか」
当たる。でも、前と同じだ。かすり傷はすぐに修復されてしまう。
だけど当たるんだ。だったら、いつかは深い傷も刻み込めるし、絶対に勝てる。
回復速度が尋常じゃなく速いなら、それよりもっと速く斬り刻めばいい。
もしかしたら、いつのまにやら、脳まで筋肉なミクミさんの思考に近付いてしまっているかもしれない。
策を考えたり、何かとタイミングをはかろうとしたり、空気を読もうとしたり。そういうことばかりしていた僕だったというのに。
人間、変わるときは変わるものだ。
もっとだ。もっと速く。誰よりも速く。
風よりも、音よりも、ラピッドラビットの逃げ足よりも、光よりも速く。
全力のその先に向かって、切っ先を振り続ける。
攻撃は、時々当たる。だんだんと当たる間隔は短くなっている。
「無駄無駄。たとえ当たったところでよ、おれは回復スキル持ちだ。卑怯とか思うんじゃあねえぞ。これは、世界に用意されてるスキルなんだ。悔しかったら、おめえも身に着けりゃいい。そうすりゃ、おれとの戦いも、ちょっとは長引かせることができるだろうよ」
余裕の表情だった。
でも、それも最初のうちだった。
何度も刀を交えているうちに、いつのまにか敵に余裕がなくなってきていることに気付いた。
「いや、おいおい……何で倒れねえんだ。どんなすげえ魔法使いでも、そんだけ燃費悪ぃ攻撃スキル使やあ、とっくに魔力切れを起こして、動けなくなってるはずなんだが……」
賊は戦闘中だというのに、思い切り直撃で攻撃をもらってしまうのにも構わずに、虚窓を開いた。僕のステータス詳細を確認しようというのだ。
その動きを把握しながらも、僕は斬りかかる。不意打ちというやつだ。卑怯かもしれなかったが、そんなことも言っていられない。
僕は斬りつけた、大きな手ごたえがあった。
でも、すぐに傷は修復されていく。大ダメージを与えるまでには至らない。
賊は虚窓を眺めたあとで、苦々しい表情で吐き捨てる。
「なんッだよそれはよぉ。こいつ自分で放った雷の斬撃を、自分で吸収して回復していやがる。ずるくねえかあ?」
底が無いかのように体力回復する男に言われたくはない。
でもそうか、僕は装備の力で、恐ろしいまでの継続戦闘能力を得たというわけだ。僕にとって、なんて都合のよすぎる展開なのだろう。
予言の力でも持っている誰かに導かれているような気さえする幸運だ。
けど、その幸運を生かせるかどうかは、僕次第なんだ。
僕の成長力と持久力。それを受け止める賊の防御力と回復力。
どちらが勝つか、わからないところまできた。
あっという間に追いついた。
だったら僕が、このまま、絶対に上回ってやる。
「もっとだ……もっと……。もっと強く、もっと速く、もっと鋭く、もっともっと……!」
そして立て続けに神速の斬撃を浴びせ続け、ついに、僕はヤクモマルを後ろに退かせた。
「おいおい、成長速度が尋常じゃあねえ。それもスキルかぁ? ズルすぎんだろ」
「ズルいなんて、お前に言われたくはない。これは、この世界に用意されてるスキルなんだろ。ズルなんかじゃない」
僕は力強く言ってやった。
「おうおう、こえーな」
そう返してきた次の瞬間、ヤクモマルは武器として握っていた刀を投げ捨てた。
何か別の技が来るのか、まだ奥の手があるのかと身構え、次の攻撃に移ろうとしたのだけれど、彼は地面にどかりと腰を落とした。あぐらをかいて座り込んだのだ。
「へっ、参ったぜ。おれの負けだよ面倒くせえ。煮るなり焼くなり好きにしな。おおかた懸賞金でもかかってんだろ。ウィネお嬢のとこに連れてくなら連れてけ」
「懸賞金? そんなもの知らない。どうだっていい。ミクミさんはどこですか。居場所を教えてください」
「なんだよ、嬢ちゃんだけが目的なら、はやく言えってんだ」
聞く耳をもつ姿勢なんかでは全然無かったくせに。
降参した賊は、ふところから高級な和紙のような材質の紙片を取り出して、僕に投げ渡してきた。
地面を転がる紙を追いかけて拾い上げてみる。罠の類ではなさそうだった。
「その紙に書かれた地図によ、目印が書いてあんだろ。そこに洞窟がある。そん中だ。今ごろどうなってるかは、知らねえがな」
僕は走り出した。稲妻のような速さで。




