第33話 ミヤチズ1 新装備を試す
ミヤチズというまちに着くなり、そこがどんな場所なのか知る間もなく、僕らは絡まれた。
「おい、そこのお前、良い刀をもってるな」
それは間違いなく、僕に向けられたものだった。隣を歩いていたミクミさんは、はじまりのまちで手に入る装備を最大強化しているので、武器の見た目はあまり強くは見えないし、そもそも刀というよりも剣を帯びているのだ。
だから、「良い刀」という言葉は、この場合、僕の装備に向けられた賛辞だとわかる。
僕が新たに手に入れた刀は、熟練の冒険者から見ても、かなり上等な装備に見えるらしい。
声をかけてきたのは、青髪の……長い髪の……って、あれ、この人は……。
川沿いの雑木林で、きれいな女の人と二人きりで冒険をしていた人だった。ヤクモマルという賊に襲われて、金銭とアイテムを略奪されていた人だ。
そんな人がなぜ僕に声をかけてきたのかというと、
「ある賊の捕獲隊を組織しているところなのだ。やつの隠れ家が、この近辺にある。人々に迷惑をかけ続けているので、やつを捕えて反省させる。そして奪ったものを全て返させるのだ」
ヤクモマルという賊を何が何でも倒し隊をつくっているところのようだ。
「それで? 良い刀をもってるお前、どこの所属だ?」
「え、えっと、所属?」
僕が戸惑っていると、青髪の男は一気に語気を強めた。
「どこの所属だと聞いている!」
「――すみません! 二年二組です!」
追い詰められた僕は、そんな言葉を返すしかできなかった。
「む、なんだそれは、ニネンニクミ? そんなギルドがあったか?」
「あ、いえ、え、ギルド? いや所属してませんが」
「ギルド員でもないやつに用はない。帰れ」
どうもこの人は、人を怒らせる才能に溢れているらしい。僕を怒らせるなんて相当なものだぞ。ウィネさんの毒殺未遂以来の久しぶりの怒りだ。あれ、いや、全然久しぶりじゃないな。とても最近だ。いやそれはともかく、
「そんな言い方ってなくないですか」
そんなふうに僕が青髪の長髪の男に不満をぶつけたところ、すぐさまミクミさんが僕の腕を掴んで止めた。
「いくよ、フシノ。あんなやつら、せいぜい返り討ちにあえばいいのよ。あんなのに怒ってエネルギーを使う必要ないし」
「む、そこの女ァ。たしか、カナノの守護役をしていたな。名前は忘れたが、相当な実力者だったはずだ。どうもナメた装備をして弱者を装っているようだがな、本気を出せば戦力としてちょうどいいだろう。同行しろ」
「はあ?」
たいそうなエネルギーを使って、ミクミさんは怒りを見せた。イライラのオーラがほとばしっているのが見えるかのようだ。
「む。なんだその反抗的な態度は。オレ様はミヤチズギルドの金等級だぞ。おまえごときとは格が違うのだ」
「言いなりになれっての? いい度胸じゃないの。フシノ、この男を懲らしめてやって」
突然、僕に指示がきた。
「え、なんで僕が。ていうか金等級って、ものすごいんじゃないですか? 相当強いってことですよね」
「なおさら好都合じゃないの。新しい武器の力、試してみたら?」
「いいんですか? こんな街中で戦いなんて」
「あたしが馬鹿にされたんだよ? フシノがかわりに戦ってよ」
「意味わかんないんですけど」
そうしたら、僕らのやり取りを見ていた青髪は、長い前髪をかきあげてから、格好つけていうのだ。
「ふっ、どこからでもかかってくるといい」
杖を構えることもせず、完全に舐められているなと感じた。
でも、こわくはなかった。
僕は、ヤクモマルという賊に手も足も出ずに敗れたこの人を見ているし、二柱の魔王と対峙した時と比べれば、何の絶望感もない。ミクミさんも見守ってくれている。
僕は刀を抜いた。
青色に輝く美しい刀身が姿を現した。
その澄み渡る雰囲気に、僕らを囲む人だかりが一斉に息をのんだ気がした。
青髪は、小手調べとばかりに風魔法を放った。
勢いよく放たれた風の刃は、僕に届く前に霧散し、そよ風になった。
続いて、ちいさな黒い雲を発生させ、僕の頭上に雷を落とすという技が使われた。僕はステップを繰り返して何度か回避したものの、直撃をもらってしまった。
が、むしろ体調が回復したようにさえ思う。
雷の威力は、そのまま僕の魔力になった。
僕の刀が、はやく技をだしてくれとばかりに、ばちばちと電流の音を立てている。
そう、これは、僕が強すぎるとか、そういうわけではないのだ。装備している武器の効果である。雷龍刀は、風を無害化し、雷を全吸収するようだ。
おそらく彼は、ちょうど風や雷といった属性を大得意としているのだろう。
僕の装備が刺さり過ぎている。なんだか申し訳ない気持ちになりかけたのだが、彼の次の行動をみて、そんな優しい気持ちも一切なくなった。
「ふっ、ふふふっ、オレ様の魔法とは相性が悪いようだ、ならば、そっちの女を先に片付ける!」
青髪は金髪の女剣士に向かって、高位の風魔法を発動しようとしているようだ。自慢の長髪を揺らしながら、ブツブツと呪文を唱えている。
とっても卑怯な行動だけれど、もはや滑稽でしかないと僕は思った。だって、そっちは僕より圧倒的に強く、初期武器マックス強化のギャルおねえさんなのだから。
呪文が放たれると同時に、彼女の神速の剣技が発動した。
雷魔法とミクミさんの剣。どちらの技が先に届くか。
あっという間に鞘に剣が収められ、魔法使いの男は膝をつき、うつぶせに倒れた。
長い髪を地面に垂らしながら、そのまま微動だにしない。
「まさか……死……?」
「ないない。めっちゃ手加減したし」
ミクミさんの言葉通り、無事のようだ。のそのそと起き上がった。かと思ったら、すぐに石畳に杖を叩きつけて、
「くそぉおおお!」
その叫び声は、青い空に吸い込まれていった。
★
ミヤチズは書物のまちであるという。
街道沿いに多くの書店が軒を連ね、たくさんの本が街を行き交うのだ。
ミクミさんは、用事があると言って、「ミヤチズのまちを出るな、まちの外にいる誰とも連絡をとるな」といったことを言いつけて、僕のもとを一時的に離れた。少々寂しい。
まちを出るなとか、外と連絡を取るなというのは、ホクキオで別れたエリザティエラさんとの接触を警戒しての言いつけだと思う。
だけど、僕はエリザティエラさんに今さら会いたいとは、もう思わなくなっていた。
ずいぶん遠くまで来てしまった気がするし、もはや彼女と過ごした短い時間は、ずいぶん昔のことのようにも思える。少し前の、彼女のホットドッグを失っていない頃の僕だったら、きっとミクミさんから逃げ出すように会いに行って、そして二度と旅立てなくなっていたかもしれない。
さて、それはともかくとして、陰の者らしく無趣味な僕は、ミクミさんと離れて一人になったら、何もやることがないのだった。
どうしようかと考えながら散歩をしていると、落ちていた分厚い本に足を引っかけ、うっかり転びそうになった。
あぶない、なんで道端に本が。
そう思いながら前方を向くと、まっすぐに伸びた石畳の道の両側に、いくつもの書店が軒を連ねている光景があった。
壮観だ。
それぞれが店の前に木製のワゴンを出していて、僕の足元にあったものは、どうやらそのワゴンから落ちたか何かしたものだったのだろう。
なるほど、ここは書物のまちだから、書物だけは腐るほどある。
書物があるところには情報が集まる。せっかくなので、興味が湧いたものについて調べてみることにした。
百科事典のような、あらゆる情報を集めているものは無いかとたずねたところ、薄暗い店内に案内され、立派に装飾された分厚い書物の前に案内された。一体、何冊セットなのだろう。棚二つくらいを占有していたそれを開いてみると、僕でも読める言語で書かれている巻もあるようだった。
あれこれ工夫して、僕の新装備の項目を探し当てた。
「雷龍刀……伝説の名刀。生命の芽生えと急成長を象徴する雷龍の加護を受けた刀。五龍刀のひとつである。雷属性の技の威力が大きく跳ね上がり、移動速度も格段に上がるが、同時に制御が非常に難しくなる。熟練の剣技をもつ者にしか扱えないとされる」
僕の刀は、とても良いものであり、しかしながら、じゃじゃ馬のような特性を持ち合わせてもいるらしい。
さっき、青髪の魔法使いと戦ったとき、技を発動しなくて良かったかもしれない。うっかり周囲を巻き込んだ大破壊をもたらしていたかもしれなかった。
迷惑をかけないよう、どこか開けたところで、技の試し撃ちなんかをしておかねばならないな。
そしてその練習こそが、そのまま魔王を倒す訓練となることだろう。
獅子の魔王の全力なんて、想像もつかないレベルだ。宮殿を崩壊させた一撃も全く本気を出していなかったようだし、底が知れない強さと恐ろしさをもっている。
僕は、あれに勝たねばならない。
ミクミさんとの約束でもあるけれど、何より自分で決めたのだ。
ひとりきりで運命の魔王を倒す、と。




