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第30話 絢爛の宮殿2 契約へ

 ミクミさんの運命の魔王はワニ頭なのだという。


 ――じゃあ僕にとっての魔王は、どんな頭をしているのか。


 そんな疑問は、すぐに解消された。


 宮殿へと従者も連れずに、二柱の魔王がやって来た。


 両方とも、獣人型の魔王だ。


「いや、長すぎじゃないですか、首」


 長い首をもっている方は、ミクミさんの魔王。カナノの北で撃退した魔王だった。幼い女の子を人質にとっていたワニ頭の魔王だ。どういうわけか前に見た時とは様子が違っている。首が異様に長いのだ。まるでキリンのように、まっすぐ天に伸びる首を手に入れていた。隣を歩くもう一柱の大きな魔王と比べても、二倍以上の体長になっていた。


 もう片方は僕の魔王。人間の身体の上に、オスの獅子(ライオン)の頭が載っている。美しくもエネルギッシュに整えられた太陽のような(たてがみ)が、まるで貴族のような風格をみせている。たいへん偉そうにふんぞり返っていて、かなり強そうな気配がする。


 遠くからみても、禍々しいヤバイ雰囲気が伝わってくる。


 天候も急に荒れ始めた。分厚い雲が空を覆い、雷がごろごろと鳴り響いている。


「魔力の強い場所では、天候に異常が起こることがあります」


 と、ウィネさんが冷静に解説してくれた。


 あらためて、とんでもないものを相手にしていることに思い至り、身体が小刻みに震え出してしまった。


 ――いや、落ち着くんだ僕よ。僕には新しく手に入れた刀もある。まだ一度たりとも振ったことないけれど、僕の青い刃はきっと魔王にも届いてくれる。そうだろう。ああそうだ。きっと届く。


 心の中で陰の者らしい自問自答をすることで、心の準備をしようと頑張ってみたけれど、どうも無理だ。


 こわい。


 対峙(たいじ)すらしていないのに。遠くから見ただけなのに、もう逃げたかった。


 そんな気持ちを察したのだろうか。それとも、彼女も心細かったのだろうか。ミクミさんが、僕の手を握ってきた。


 逃げられなくなった絶望に、僕の視界は少し歪んだ。


 二柱の魔王は悠然と歩を進め、ついに手を伸ばせば触れられるくらいの近さにまで接近し、片方は僕らをぼんやりと見下ろし、もう片方が力強い声で言葉を発してきた。


「二人の転生者よ、そして立会人のウィネよ。新たなる魔王として話し合いに応じるために来た。約束しよう。そちらから攻撃されない限り、我々も、決して一切、暴力を振るわない。われわれ魔族は、何があろうと必ず約束を守るのだ」


 上から無言で見下してきたのがワニ顔キリン首の魔王で、

 後に誓いを立ててきたのが、獅子の頭をした魔王だ。


 ワニ顔の魔王は、形状変化の影響だろうか、どうも知力が低下しているように見えた。


 それでも、以前よりも首がのびて僕らを見下ろしていることもあるのだろう。以前よりもさらに僕を恐怖心で満たしてくる。


 旅立ちの日に、ホクキオの広場で、どうしてミクミさんの手を掴んでしまったのだろう。どうしてエリザティエラさんと暮らす平穏な道を選ばなかったのだろう……。そんな後ろ向きな考えさえも生まれてきた。


 強い獣を前に、人間としての本能が全力で逃げろと叫んでいる。刺激するなと(わめ)いている。


 ミクミさんの手も震えている。


 きっとミクミさんも、そうなのだろう。


 それでもミクミさんは、僕の手がつぶれてしまうんじゃないかってくらいに強く握りこんで、強引に、その恐怖に打ち勝ったようだった。


「遠路はるばるご苦労だね。長旅で、見慣れないキラキラした文化を浴びて疲れたっしょ」


 ミクミさんの言葉に、ワニ頭の魔王は長い首をぐるんぐるん回して無言のうちに快調さをアピールし、獅子の魔王は豪快に笑った。


「フハハハハ、たしかにな。なかなかの豪華さだ。人間のわりに良い家に住んでいる。もっとも、我らの生まれし地底の魔王宮殿の玲瓏(れいろう)たる壮麗(そうれい)さに()すれば、大したことはないがな」


 その言葉に、ウィネさんはムッとした。


「それは考えにくいですね。魔族なんて、あなぐらに暮らして石器でも振り回してるくらいのものでしょう。見栄を張るのはみっともないですよ」


「フハハ、まあ、そうさな……。力がなければ見ることも叶わぬ景色というものもある。信じようがないのは致し方あるまい。別に信じずともよいぞ。いくら転生者といえど、魔王宮殿を見る機会など皆無に等しいだろうからな。己の無知を恥じる間もなく、我ら魔族の時代が到来するのを指をくわえて見ているといい」


「何を言いますか。魔王ふぜいが人間の総力に勝てるわけがないでしょう」


「フハハ、そうかぁ? いちいち数えてはいないが、生まれたばかりの頃、多くの村だか町だかを襲ったぞ? 人間だけじゃあないぞ。エルフもだ。みんなみんな奪ってやった。それで貴様は、たまらず、『なにとぞ話し合いの場を』などと言ってきたのであろう? 見栄を張っているのはそちらではなかったか?」


「雑魚狩りをして大喜びなんて、とってもすてきな魔王ですね」


 ウィネさんの皮肉に、獅子魔族は明らかに苛立っていた。


「……フン、この宮殿の敷地内では、攻撃されぬ限りは一切の破壊活動をしないと言ってしまったな……。そのような約束、しなければよかったか。我々が裏切りばかりの卑怯な人間種とは違い、契約を守る誇り高い種族でよかったな」


 どうやら、この獅子の魔族に限らず、魔族は約束を守ることに厳格ということらしい。


 であるならば、約束させてしまえば、魔族の行動を制限できるってことだ。


 ウィネさんがやろうとしていることが、ようやく少し見えてきたように思う。おそらく、生まれて日が浅いやりたい放題の魔王に無差別な攻撃をやめさせ、魔王が転生者とだけ激突するように誘導したいんだろう。


 ウィネさんは、貼り付けたような笑顔を見せて、


「さてさて、挨拶はこのくらいで。私も忙しいのでね、転生者と魔王との会談を急ぎ行いたいと思います。あくまで友好的な約束を結ぶためですので、楽しく食事でもしながら、親睦を深めましょう」


 僕らは声を出せず、頷くばかりだった。


 魔王たちは「おう」と偉そうに返事をしたり、偉そうに黙ったりだとか、好き勝手な反応を示した。


 そしてウィネさんは、高らかに指を鳴らしたのだった。


 手伝いの女性たちが料理を運んできた。




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