第29話 絢爛の宮殿1 ウィネの誘い
「お二人を、宮殿に招きたいと思います」
ウィネさんは何をしに来たのか。というミクミさんの問いに対する答えが、これだった。
ぽつぽつと建物が点在するアスクークの集落を後にして、僕らが連れて来られたのは、フォースバレー宮殿とよばれる場所だった。
馬車から降りた途端にあらわれた光景は圧巻だった。
門は見上げるほどに高く、装飾に目を奪われる。
天高く水を撒き散らす噴水では鳥や魚の彫刻が躍動感あふれる姿をみせている。
噴水のふちには、色とりどりの花畑が広がっていた。
とても平らな石畳を靴底で叩きながら、芝生と生垣と花畑が広がる広大な庭を抜けると、勇壮美麗な白亜の建築物が見えてきた。
上下に波型の装飾が施された白い柱が等間隔で並んでいて、建物全体に、どこか安定感を加えている。
屋根には、龍や鳥や獣の彫刻が、おそらく東西南北に対応する形で置かれているようだった。
あまりの美しさに、言葉を失ってしまった。
口をだらしなく開けたまま宮殿の中に入ると、タイルがモザイク状に敷き詰められた床があり、そのうえに鮮やかな赤色の絨毯が引かれていた。すべての白い扉に、金色のドアノブが取り付けられていて、それらひとつひとつが美しい。
そのまま細い廊下を進むと、ぴかぴかに磨かれたマーブル柄の石階段があり、それをのぼると、開けた部屋に出る。
巨大な柱が高い天井を支えていた。その天井にもまた、細やかな絵が描かれていた。
あえて簡単に言うと、おそろしく金がかかっている。金貨何万枚をつぎこめば、ここまでのものをつくれるのだろうか。想像もつかない。
眩しさに目が慣れた頃、先に口を開いたのはミクミさんだった。
「なんなんこれ。やばすぎっしょ」
「これは賊も湧きますね……」
国宝まみれ、重要文化財まみれにしか見えなかった。
あまりに豪華すぎた。
贅の限りを尽くしていると言っても過言ではない。
もしも、この庭付きの宮殿が大切なお客さんをもてなすための場なのだとして、一体、どんな身分の人を楽しませようと言うのだろう。
話に聞く限りでは、このマリーノーツという異世界において、人間と同等の規模をもつ種族といえば何だっただろうか。そうだ、エルフだ。
「ミクミさん。もしかして、エルフの人たちは、こういう豪勢なのが好きなんですか?」
「なかにはそういうエルフもいるかも。でも、普通は違う。もっとずっと地味な、自然の魔力にあふれてるところが好きでしょ。森の中の木の家とかを好むよね。大きな家を建てたとしても、こんな細やかな彫刻や色鮮やかな絵画で飾り立てたりしない」
「だとしたら、一体なんなんでしょうか。僕らの世界にいる、ガチで偉い人たちでも呼んでくるためだったりするんですかね」
「あー、まあ、転生者として偉い人を召喚しちゃう可能性もなくはないか。そうじゃなくても、何かのはずみであたしたちの現実世界と強く繋がったときに、偉い人たちと話し合いの場をもつために、権力を誇示する必要があるのかも」
「僕らのいた世界とつながる? 有り得るんですか? そんなこと」
「知らないよ。もしかしたらの話をしてるだけ」
そんな会話を繰り広げながら、ミクミさんと僕は目的の部屋に辿り着いた。
薄暗い部屋だった。
でも、明るくなくてもわかる。この部屋もまた、豪勢極まりないものだけで構成されていると。
ふと、ウィネさんの立ち姿があるのに気付いた。青みがかった分厚い絨毯の上で、細かな刺繍のカーテン越しのやわらかな陽の光を背に、いつもの地味な服装で待っていた。
「そうだ。ウィネさんに直接きいたらいいんじゃないですかね」
僕の言葉に、ウィネさんは首をかしげる。
「私に? 何をでしょうか?」
「この宮殿が豪華すぎるっていう話です。どんなお客をもてなすの建物なのかって気になってですね」
「さあ。少なくとも、フシノたちのためではないですね」
「そんなことはわかっています。でも、どんなお客さんを呼ぶにしろ、豪華絢爛すぎませんか? ここまでのものにする必要あります?」
「さあ。私からは何とも言えませんね。ここに賓客用の宿泊施設を建てよというのは、なにぶんただの予言なものですから、理由までは存じ上げておりません。ご想像にお任せするとしか答えられません」
また予言、か。
「そうすると、ミクミさんと僕がこの場所に招かれたのも、予言が関係しているってことですか?」
「ええ、それは、その通りです。まずは、そのあたりの経緯から伝えることにします。お二人とも、椅子を出しておきましたので、座ってください」
結局、宮殿が建築された理由については、納得できずじまいだった。
★
「素敵な椅子」
ミクミさんが呟く通り、どう見ても美しい椅子で、座ってみて申し訳なくなってしまうくらいの、質の高い品だった。
座ると適度に背筋が伸び、それでいてちゃんと寛げる。
現実世界に持って帰って、自分の家に置きたくなるほどの椅子だけれど、ウィネさんから値打ちをきいて、やっぱり無理だと諦めた。
さて、なぜ僕らがこの場所に呼ばれたのか。ウィネさんの口から説明があった。
「フシノの召喚と同時に誕生した運命の魔王がいるという話は、以前しましたね?」
「ええまあ」
「あなたに会いたいと申しております」
「は?」
「たしか、『いずれ戦うことになる運命の転生者がどれほどの猛者であるのか、顔を突き合わせるのを楽しみにしているぞ』とか言ってましたね」
「ただの雑魚ですみませんって言っといてください」
「お断りします。ご自分の口からどうぞ」
「えぇっ……参ったな……」
そして、ミクミさんが呼ばれたのも、僕と同じ理由だ。
「ここに来るまでに、ワニの頭をした魔王に出会ったと思います」
「いたっけ、そんなの」
「いたでしょう。しらばっくれないでください。あれこそが、あなたの運命の魔王です」
「えーあんなのが?」
「あんなのでも、あなたがこの世界に来たと同時に魔王となったのです。間違いないですよ」
「それで? あいつも、あたしに会いたがってるってこと?」
「まあそうなります。ワニ頭のほうも、負けっぱなしは気に入らないようで、ひとかわむけて立派に成長するであろう自分のすがたを見せつけたいというようなことを言っていました」
「成長? そんなに変わるもの? さっきやり合ったばかりなのに」
「魔王もいきものですから変わります。魔王とひとくちに言っても、色々ですよ。獣人から派生した魔の者ですと、わりと短期間のうちに変わりまくる者も多いようですね。変態するタイプも多いので」
ここで、僕は僕の魔王が気になった。ミクミさんの魔王は、さっき戦ったワニ頭なのだというが、僕の魔王はどんな姿をしているのだろう。
「つまり、何? まさか魔王と話し合いでもしようってわけ?」
「さすがですね。そのまさかです。人間の暮らすまちに手を出さないように言って聞かせます。それから人間の進んだ文化を見せつけることでも、人間を襲うのをやめてもらうよう促します」
早い話が、停戦に向けた話し合いがしたい、というわけなのだった。
「あ、あの、話が通じる相手でしょうか」
僕が不安を前面に押し出して言ったけれど、ウィネさんは自信満々といった様子で言うのだ。
「大丈夫です」




