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第28話 雷龍刀/ギャルとは

 大型ロボットなど無かった。とてもそんなものがあるとは思えない、静かな田舎だった。


 職人の集落アスクークには、坂の下に職人が住んでいた。転生者だけではなく、この世界の各地にいた職人が集まっているのだという。


 坂の上には、簡素な木造の建物があった。職人たちの仕事ぶりなどを監視するためだろうか。


 僕がどちらに用があるのかといえば、当然、坂の下の職人である。うやむやの内に手に入れた黒い刀を鍛えてもらうつもりだ。


 一方、ミクミさんは砕けた剣を修復してくれる職人を探し、難しいようなら新たな剣を探すという。


 こうしたわけで、ミクミさんとは一時的に別行動となった。


 さて、最も近い場所にあった鍛冶屋に、僕は駆け込んだ。


「これは、すごいっすね。宝刀っすよ」


「おお、やはりそうなんですか」


「青き雷龍の力が込められた古代の刀。いくつかある試作品のうちの一つっすね。もとは鮮やかな青色だったのが、気の遠くなるような年月を経て、だんだん変色して、塗りつぶされたような真っ黒になったみたいっす」


 鍛冶スキルをもつ若い転生者は、一瞬でその正体を見破ってくれた。


「すごい、さすが職人さんですね」


「いえ、アイテム説明欄にそう書いてあるっす」


「あ、ほんとだ、気付きませんでした。すみません」


「謝るほどのことではないっすね。……それで? 今の状態だと武器として使えないから、何とかしてほしいって、つまりはそういうことっすね?」


「ええ、どうにかなりますか?」


「間違いなくできるとは言えませんね。状態により失敗することもありえます。まあでも、腕が鳴るってやつっすよ。この(いにしえ)の宝刀を、今の自分が持つ全技術をもって、何としても鍛え直してみます」


「よろしくお願いします」


「任せてください。きっと生まれ変わらせてみせるっす」


 もちろん、無償でやってくれるというわけでもない。さいわいにホクキオのナミー金貨が使えたので、一枚のそれを支払うことになった。武器を研ぐ代金としては、信じられないほど高いようだけれど、それだけの価値があると信じることにした。


 要するに、これは僕の、ほぼ全財産と引きかえに武器を鍛えてもらうということだ。


 もう引き返せない。


 昼下がりの広場で、のんびりホットドッグをかじりながら新聞を広げるような日々は、もう望めない。


 強さで生きていくしかないのだ。


 これが僕の選んだ道。


 強くなって、魔王を倒して、現実に帰る。転生者の当たり前。


 はじまりのまちに居座ったり、賊に身を堕としたりしない、きわめて普通の選択肢なのだ。


 そうやって生き抜くのに相応しい武器を、僕は今、手に入れようとしている。


「お客さん、えーと、お名前……フシノさんか。研ぎ上がったっす」


 あっという間に完成した。


 受け取ったその刀は、青く青く、晴天のように澄み渡っていた。


 息を呑むような美しさに、思わず僕は呟いてしまう。


 青き雷龍の力。


 復活の陽気が内に満ちている刀。


「こんな素晴らしい刀を、僕なんかが持っていいんだろうか」


「刀ってのは、持ち主を選ぶものっす。この『雷龍刀』は、色んな人の手を渡って、崩れ落ちる寸前のところでフシノさんに救われたんすよ」


「そんなこともわかるのか」


「ええまあ、ステータス画面に書いてあります」


「ほんとだ」


「こちらに運んでくるのが、あと数秒遅かったら、もしかしたら崩れ去ってしまっていたかもしれません。そのくらいのギリギリだったように自分には思えます。もしも獣人型モンスターの手にあるままだったら、砕け散っていたでしょう。もしも賊の手に渡っていたとしたら、もう砕け散っていたことでしょう。もしも別の冒険者の手に渡っていても、きっと彼らはそれを売り飛ばしたでしょうから、それもまた砕け散っていたでしょう」


「そう、なのかな」


「フシノさんが拾ったのは、偶然かもしれません。でも、フシノさんが自分のところにその刀を持ってこなかったら、いまごろその刀は刀の形を失い、死んでしまっていた。それは間違いないっす。だから、この刀はフシノさんに救われてんすよ」


「僕でも、何かを救ったりできるんだな」


「たった今、自分に金貨をもたらしてくれたんで、まじそれも助かったっす」


「いやいや、こちらこそ、刀を使えるようにしてくれて、本当に助かりました」


「いやいやいや、助かったのは自分っす」


「いやいやいやいや、僕のほうが助かりましたって」


「いやいやいやいやいや……」


 永遠に続きそうな、へりくだり合戦だった。そこに、いつの間にか来ていたミクミさんが僕の腕を引っ張った。


「フシノ何やってんの。行くよ」


 僕は引きずられるようになりながら、若い職人さんに頭を下げて、店を後にしたのだった。


 ミクミさんも、新たな剣を手に入れたのだろうか。そう思い、腰に帯びている得物をみてみたのだが、全く変わっていない。見慣れた持ち手が見えていた。


 あれはただの直剣だ。僕の手も経由した、使い古した初期武器である。


 つまり、砕けた白銀の剣は、職人の腕をもってしても復活できなかったということだ。


 かといって、新たな剣も身に着けていないということは、


「いいの無かったんですか?」


「ん? ああ、新しくしないのかって? 大丈夫、これめっちゃ限界突破で強化してもらったから」


 初期武器の直剣を、限界以上に鍛え直してもらった、ということらしい。


「鍛冶屋のおじさんから、『いくら愛着があるからって、無茶だぜそれは』とか言われたわね。喜んでやってくれたけど」


「つまり、最強ってことですね」


「そういうことだね」


「良かったですね。武器が揃って、これで、あの賊が出てきても返り討ちにできるかもしれません」


「たぶん無理かな」


「なんでです?」


「賊のくせに、今のあたしの力じゃ絶対に敵わない相手だった」


「そんな」


「ま、それはともかく! フシノはさ、昔にあたしが振り回してたこの剣を、どこで手に入れたんだっけ?」


「はじまりの街の武器屋で、ただでもらったやつです」


「はー、それであたしのとこに戻ってくるなんてね。すごい確率なのかなって思うよ。やっぱり運命の武器だからかも」


「どうなんですかね……。でも、その剣を手に取ったとき、妙にしっくりくるというか、なんとも言えない懐かしさみたいなものを感じたんですよ」


「それはつまり、フシノってば、あたしに懐かしさを感じてくれてるってこと?」


「え、なんでそうなるんですか。ギャルのミクミさんに懐かしい要素なんてありませんよ」


「あっそ」


 少し不機嫌になってしまったようだった。なんでだ。


 と、そんな風に、やや険悪な空気になりかけた時、ウィネさんが再び僕らの前に姿を現したのだった。


「探しましたよ、フシノ」


「あっ、ウィネさん。ヤクモマルのほうは、どうなりました?」


「逃げ切られました。なんであんなのにも仲間がいるのでしょうか。彼らの援護さえなければ……。ともかく、あの男、いいかげん狼藉が過ぎるのでね、懲らしめるために捕獲隊でも作ろうかと思っています」


「いいことだと思います。彼に更生してほしいって思ってる子もいるみたいですし」


 僕がそう言うと、ウィネさんは驚きの表情でミクミさんに向き直り、


「なっ、まさか、アレに惚れてしまいました?」


 言うまでもないが、更生してほしいと思っているのは果物をくれたプラムという少女であって、ミクミさんでは絶対にない。


 ミクミさんは毅然(きぜん)として答える。


「んなわけない。あたしは、チャラい陽キャ嫌いだし。頼まれたって付き合わないし」


「へえ意外ですね。ミクミさんギャルだから、あのヤクモマルみたいな人も合うんじゃないかと思うんですけど」


「……フシノさあ、あたしギャルじゃなくない?」


「いやあ、でもギャルですよねぇ、ウィネさん」と同意を求める僕。


「どうなんでしょう」と曖昧に笑うウィネさん。


「そりゃあさ、偉い人の側近とかしてる真面目で仕事熱心なウィネ様に比べたら派手かもだけど、ギャルってのはさ、あたしなんかよりずっと不真面目でしょ? あんなん陽キャの中の陽キャなんだから。


てか、あたしが、いつ『ウェーイ』とか言って盛り上がったよ? いつ騒がしくした? 陽キャ言われるまでは許すけど、パリピとかギャルとかは、あんま言われたくない!」


「不真面目でいつも騒いで盛り上がってる……。それこそギャルに対する偏見では?」


「は? じゃあフシノは、あたしのどのへんにギャル要素を見出してんの? フシノにとってギャルって何?」


「あらためて聞かれると、よくわかんないですね。ウィネさんはどう思いますか?」


 僕が地味なおねえさんに振ってみたところ、ミクミさんが低い声を出した。


「おい他人の意見に乗っかろうとすんな」


「そんなつもりじゃあ……」


「ほんとにそう?」


 言われれば確かに、ウィネさんの出した答えを基準にして自分の意見を形成しようとしていたかもしれない。こういうところが僕が陰の者たる所以(ゆえん)なのだろう。反省しかない。


 そうして僕が考え込んだところで、ウィネさんは自分の頭に指をあてて言った。


「というか、ギャルって何ですか?」


「え?」

「え?」


  ★


 僕はウィネさんに説明してやった。


 現実社会に暮らす、多くの種類のギャルたちのことを。


「非常に不真面目だ」などとレッテルをべったり貼り付けられることもあるけれど、その憧れざるをえない多様性と、愛に溢れた自由の気風と、それらを余すことなく表現し尽くす心のしなやかさを。


 時に世界を創造・変革してしまうエネルギッシュを。


「なるほど、そのような自由に輝く女性のことをギャルというのですね。新しい知識を教えていただき、感謝です」


 ウィネさんは僕らに(うやうや)しく頭を下げると、続けて言う。


「ミクミさんは、言うほどギャルではないかもしれません。しかし、言葉遣いや行動力からは、自由の風を感じます。どこか切ないながら、たしかな輝きも感じます。であれば、あなたはギャルでいいのでは?」


 ミクミさんも、少し考え込んだ後で、


「自由と心の強さ、か。それがフシノが持ってるギャルのイメージなんだね」


「そうですね。ミクミさんは、僕なんか比べ物にならないくらい自由で、僕よりも何もかも強くて、好きな自分を表現できてると思います」


「うん。じゃあギャルだ。あたしギャルだった」


「ええ、ギャルです」




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