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第27話 フォースバレーに至る道4 川の海賊3

 僕たちは、ほとんど敗北していた。


 ミクミさんと僕がシンクロして放った究極の振り下ろしは、限りないほどの輝きで賊を襲ったけれど、普通じゃない強さを持つ賊は消滅も逃亡もしなかった。


 正面から受け切り、反撃してきた。


 僕らの攻撃が弱かったわけではない。敵の防御が強すぎるのだ。


 かなわなかった。勝てる気がしなかった。


 今にもミクミさんが脱がされそうになった。


 けれどそこに、ウィネさんが「そこまでです」と言いながら現れたのだった。


「その武器で、強化アイテムも使わず、この狼藉者(ろうぜきもの)に膝をつかせるとは、さすがですね。誇っていいと思いますよ」


 ミクミさんは返事をしなかった。それどころではなかったからだ。


 賊のヤクモマルが、しゃがみこみ、女剣士ミクミさんの胸当てを引っ張っていた。


 ウィネさんは、その様子を目撃するや、声を荒げた。


「そこまでだと言ってるでしょう! なにをまだ服を剥ぎ取ろうとしてるんですか!」


 ヤクモマルはようやく手を止めて、めんどうくさそうに溜息を吐く。


「ウィネお嬢か」


「八雲丸、あなた、それほどの力を持ちながら、魔王にも挑まずに何をしてるんですか」


「どうだっていいだろうが。面倒くせえな。つーかよ、なんでこんなとこにいんだよ」


「そちらの二人に用があって来たのですが、ちょうどいいですね。ヤクモマル。あなたを捕え、転生者らしく再教育しようとずっと思っていたのです」


 ウィネさんが笑顔を貼り付けた表情のまま言うと、賊のヤクモマルは少し申し訳なさそうに視線を落とした。


 かと思ったら、彼は、すぐにミクミさんを解放して立ち上がった。


 無言でヤクモマルを(にら)みつけるミクミさんは、今まで見たなかで二番目くらいに怒ってるように見えた。


「ったく、しゃあねえな、ここは退散だぜ。おい、おめえら、次に会ったら、ちゃんと金をよこせよな」


 ヤクモマルは、逃げていく。そういうスキルでもあるのだろうか、流れている水面の上を蹴って、走り去っていく。


 僕は逃げ去る様子を見て安心していたのだけれど、ミクミさんは僕の耳元で、怒りを含んだ(ささや)きをぶつけてきた。


「フシノ。『やだ』って言ってやって。あいつにきこえるように」


「え、なんで僕がいうんですか。恨みを買いたくないですよ」


「なに? じゃあ、あたしが恨まれればいいっての?」


「わ、わかりましたよ。じゃあ……」


 傷ついたミクミさんの頼みだ。僕は、らしくないことに大きな声を出すことにした。


「お断りでーす!」


「お? てめえフシノとか言ったか? 絶対(ぜってえ)ゆるさねえからな」


 賊は僕のほうに向きなおり、指をさしたまま、後ろ走りで水面を駆け抜け、下流へ向かう。そのまま霧の中に消えていった。


 ウィネさんは、賊を見送る僕らと逃げていく賊とを交互に見た後、僕らのほうはこの場から動かないと判断したのだろう。とりあえず賊を追いかけることにしたようだ。


 どこからともなく現れた小舟に乗り込んだ。


「待つのです、八雲丸! 転生者としての責任を果たしなさい!」


 彼女もまた、霧の向こうへ消えていき、見えなくなった。


  ★


 ごめんフシノ。まけちゃったね。とでも考えているのだろうか。


 河原に鎮座していた岩の上で、隣に座るミクミさんは黙り込んでいた。


 すっかり緩やかな流れになった川面(かわも)は、まるで池のようで、ミクミさんの横顔が反射している。


 ミクミさんには元気がなかった。


 切り替えていきましょうとか、次は勝てますよとか、装備を整えて再戦しましょうとか、色々と掛けたい言葉は浮かんだけれど、陰の者である僕は、その頭の中に灯った全ての言葉たちをスルーして、無言でいることしかできなかった。


 だけど、このままではいけないんじゃないか。


 ミクミさんを勇気づける声を、何とかして届けるべきなんじゃないのか。


 それが真の仲間ってやつなんじゃないのか。


 僕も勇気を出して、何かを言おう。


 そうして僕が新たな一歩を踏み出そうとした時だ。


 がさりと草が揺れる音がした。


 風のせいではない。それは、明らかに生き物が動いた音だ。


 そしてその音は、しばらく続いている。音のするほうを見てみると、草が小刻みに揺れていた。


 明らかに何かがいる。


 野生動物? 野生のモンスター? 別の賊が襲いに来た?


 僕とミクミさんは臨戦態勢になった。


 まさかヤクモマルとかいう賊が戻って来たというのだろうか。


 ミクミさんは剣を掴み、草むらから出現した何者かを視認し、勢いよく剣を抜――こうとしたところで、ぴたりと止まった。


 頭に大量の葉っぱをつけながら躍り出てきたのが、とても小さな少女だったからだ。


「――っ、あなたは?」


 少女は、僕らの前に小走りで寄ってくると、色鮮やかなフルーツを差し出してきた。


「うちの八雲丸(やくもん)がごめん。これ、あげる」


「これは?」


「くだもの。おいしい。お詫びになるか、わからないけど」


「ミクミさん、これ大丈夫かな、あの賊の人、子供を使って毒とか盛ってくるつもりじゃ……」


 僕の言葉に、ミクミさんは考えるまでもなく即答する。


「まさか。毒とか、そんな最悪に卑劣なまねは絶対しないわよ。剣を交えたらわかるでしょ。あいつは恥ずかしいヤツだけど恥知らずじゃない」


 賊活動をしてる時点で、わりと恥知らずだと思うけどなあ。


 とはいえ、たぶん、ミクミさんが言いたいのは、根っからの悪人ではないよねということなのだろう。それは、僕も何となくは感じたことである。


 たとえば魔王とかは、根本的に悪い存在として誕生しているのだろうけども、あの賊の人からは、邪悪な雰囲気は感じられなかった。取り返しのつかないほどの悪ではないのだと思う。


 というか、魔王は仕方ないとして、そもそも根っからの悪人なんて、いるのだろうか。


 悪いことをする人も、みんな、どこかで何か掛け違えてしまって、悪の道から引き返せずにいるだけなんじゃないだろうか。


 僕が陰の者になってしまって、どうにも戻れなくなっているのと同じように。


 なんて、僕ごときの抱く矮小(わいしょう)な問題を、世の中の善人悪人の話に当てはめて考えるなんて、きっと正解じゃないよな。


 僕が考え込んでいると、ミクミさんは僕に少女のフルーツを握らせてきた。


「大丈夫だってフシノ。あたしの勘だと、優しいこの子が自分で決心したことだよ。あ、おいし」


 安全を告げると同時に、もう口に運んでいた。


 僕が不安がっていると思ったようだ。


 実際は、ただ世の中の「悪」について考えていただけだけどな。


 それにしても、子供相手だからだろうか、彼女の勘が冴えわたっているのだろうか、ミクミさんには全く警戒心がなかった。


「お名前は?」


「プラムいう。おねえさん、おねがい。八雲丸(やくもん)のこと、許してやってほしい。さいきん、仲間増えて、お金なくて困ってる。悪いことしてほしくないけど、どうしようもなくて」


「なんか大変そうね。でも、いくら事情があるって言っても、賊に身を落とす転生者とかダメ人間にも程があるし。てか、そもそもプラムちゃん、あの男とどういう関係?」


「追いかけてる。でも相手にされてない」


「そうなのね」


 そしてミクミさんは、何を思ったか、少女にお金を渡した。


 僕にはそれが、賊を手助けするための不正な裏金の支払いにしか見えなかったので、戸惑うしかなかった。


「これなに?」


「ヤクモマルには内緒よ。プラムちゃんが自分のために使いなさい」


「プラムのため?」


「そうよ。おしゃれしたり、おいしいもの食べたり」


 ここでようやく、ミクミさんの意図が何となくわかった。


 この少女こそが、ヤクモマルの真っ当な未来を切り拓くために重要な役割を果たす人物だと瞬時に閃いたのだろう。


 だから、まずは彼女に普通に買い物をさせたりすることで彼女の衣食住を充たし、そんな彼女がヤクモマルを教育することによって、ヤクモマルに社会常識を取り戻させようという狙いがあるに違いない。


 甘いと思う。絶対そんな上手くいくはずないと思う。


 どこかで痛い目をみないと、賊は賊をやめられないものだろう。


「ヤクモマルのこと、好きなのよね」


「だいすき」


「じゃあ、ちゃんと陽の当た坂道に引っ張ってやらないとね」


 小さな女の子は満面の笑顔を見せると、手を振り、下流の方へ走り去っていった。


 そこでようやく一件落着。


 ふと足元をみると、一振りの刀が残されていた。さっき魚頭の獣人が落として行ったやつだ。反り返った刀身が黒く輝いている。


 どう見ても強そうだ。


「みてフシノ。刀落ちたままだ。ラッキーだね」


「うーん、何と言いますか、こんな簡単に強そうな武器が手に入っていいんですかね……」


「いいんじゃん? 巡り合わせかもしれないし。運命の魔王がいるように、運命の武器なんてものもあるのかも。あたしもさ、さっき折れちゃった白い剣には運命感じたりしたもん」


 折れ砕けてしまったのでは運命ではなかったのでは? と、口から出かかったけれど、なんとか抑えた。その言葉は、きっとミクミさんを悲しませるから。


 けれど、ミクミさんは、さわやかに、


「ま、折れちゃったってことは、運命なんかじゃ無かったよね」


 反応に困った。




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