第24話 フォースバレーに至る道1 雷撃ウナギの群生地
ワニ頭の魔王軍襲来の翌日。
何事もなかったかのような平和なカナノのまちでは、今日も多くの鳥が飛び交っている。彼らは一人一人に新聞を届けてまわる働き者だ。
マリーノーツ新聞の暗号情報によれば、魔王の軍勢も落ち着き、魔物の活性化も一時期ほどではなくなったのだという。
敵の襲撃に備える態勢は、ひとまず解除されたのだった。
というわけで、時間と心の余裕が生まれたミクミさんと僕は、次の目的地を模索することにした。
「フシノ、武器でも買いにいこうか」
「そうですね。僕も本当に自分に合った武器を見つけたいですし、ミクミさんも折れた剣のかわりを探さないとでしょうし」
「あれ絶対に折れないっていう伝説の剣だったんだけどね」
「それは、もしかしたら掴まされたのでは?」
「五龍の一柱が嘘つくと思う? 西の銀龍のお墨付きなんだけど」
そう言われてみて思い返してみると、折れたというよりは砕けたと言った方がいいかもしれない。折れやしないけど砕けはするみたいな特性があったのだろうか。
たとえばダイヤモンドなんかは地球環境上では最も硬い鉱物の一つとされているけれど、実は傷つきにくいだけで砕けやすかったりもする。あの直剣の材質もそれと同じようなもので、西の銀龍さんとやらの闇の宣伝文句に騙されてしまった可能性がある。
そうでないとしたら、みずから剣を殴った時のミクミさんのパワーが限界突破していたのかもしれない。だとしたら、彼女を怒らせて鉄拳制裁などされないように注意しなければならないな。
「武器を買うとしたら、どこがいいんですかね」
「それ、もう考えてあるんだけど、言っていいかな」
「どうぞ」
「アスクークっていう町がある。まだ道さえも整備されていないようなアクセスの悪い場所なんだけど、そこにね、多くの職人が集まってるらしいの。これから対魔王に特化した武器を大量生産するために、職人スキルに磨きをかけているスゴ腕の転生者なんかも集めてるんだってさ」
「何を作る気なんですかね」
「ここだけの話、人型のロボット兵器らしいよ。エルフの魔力で動くやつ」
「なんと。ロマンの塊ですね。行くしかないでしょう」
「そういえば、ロボット兵器作るって話の続報がしばらく無いけど、開発は続いてるのかなあ?」
「行ってみればわかるかと思います」
「そこに行く途中の谷で魔女が暴れてるとか、川で海賊が出るとかって問題はあるけど、まあ大丈夫っしょ」
「……やっぱやめてもいいですか。近場の武器売り場はどこです?」
「あたしのこと、ちゃんと守ってよね」
そう言いながら、ミクミさんは僕に再び剣を握らせてくれた。無理矢理に。
お安い御用だ、などと返せるわけもなく、僕は剣を返そうと差し出した。ミクミさんが僕を守ってくださいよという情けない意味が込められていることは言うまでもない。
もちろん、受け取ってもらえなかった。
★
フォースバレーと呼ばれている深い谷は複雑な地形で、すさまじい数のモンスターがあちこちに湧いていた。
「あれは雷撃ウナギだね」
「なんか禍々しいオーラを放ち、ばちばちと電流を発散させてますね」
「呪いのウナギだからね」
「ウナギと聞いたときには、食べたら美味しいイメージが湧きましたけど、呪われてるのはちょっと……」
「ちかごろの研究で、呪い抜きって技術が開発されたから食べられるらしいよ。かなり美味しいって話だから、近い将来、高級食材になるかも」
「なるほど。じゃあ乱獲すれば、一儲けできるかもですか?」
「無理っしょ。呪い抜きをするアイテムがさ、かなりの高いレアで手に入らないし」
「それは残念です」
僕がそう言った時、急にミクミさんは、寂しそうな表情を見せた。
「あの、さ。フシノさ、そろそろ、その……敬語やめない?」
どうやらギャルらしく直球で距離感を詰めようとしているようだ。
でも僕は、自分が敬語を発していることさえも、あまり自覚していなかった。これが僕の通常モードの話し方であって、誰かに指図されたのでもなければ、自分でこうしようと決めてこの話し方になったわけでもないのだ。
「はぁ、努力はしてみますけど」
「ほら、もう敬語でた。全然努力する気ないじゃん」
「すみません」
「すぐ謝るのもだめ。これからはやめて」
「ごめんなさい」
「もぉおお」
金髪美女は全力で不快感を表明してきたのだが、僕にできるのは、また湧いてきそうになった謝罪の言葉をグッと飲み込むだけだった。
すこし良くない雰囲気になってしまったと思ったのだが、すぐに、彼女の中にあった僕への不快感は消え去ったようだ。
それどころではないほどの、異様な景色に出会ったからだ。
地面では、細長い生き物が幾重にも折り重なり、まるで黒い海のようになっていた。なるほど、あれが噂の雷撃ウナギ。しかしそれにしても数が多すぎる。
視線をあげると、雷撃ウナギがうごめく黒い海の中に、ぽかりと浮かんでいるかのような、切株のような小さな台地で、静かに寝息を立てている女の子の姿があった。
青空に融け込むような青い服を着た少女は、普通の人間のようにみえる。けれど、状況から考えれば、黒魔術系の魔女か何かなのだろうか。
僕が「魔女さん」と声をかけようとした時、近くで雷撃ウナギの爆発が起きて、驚いて声を出すのをやめた。
爆発音に反応して、その少女が起き上がった。
ミクミさんは少女に語り掛ける。
「こんなとこで何してるの? 大丈夫?」
「…………」
少女は無表情で無言を返してきた。なんだか気まずい。
ミクミさんは返事がなかったので僕の顔をちらりと見た。
あんたが何とかしてみなさいよ、みたいな意思のこもった視線を感じる。
陰の者なりに頑張ってみよう。
「あの、僕はフシノといいます。あなたのお名前は何ですか?」
結果は拒否拒絶であった。
何も返事をせず、静かにその場を去ってしまった。
雷撃ウナギが、あちこちでばちばちと弾ける音だけが、虚しく響いた。
なんだか傷つくなあ。
「あの人、すごく怒ってたね」
「僕、なにかやっちゃいましたか?」
「そういうわけじゃないと思う。フシノごときは関係なくて、この世界の理不尽とか、そういうのに対する大いなる怒りみたいなものを感じたよ」
「またミクミさんの勘ですか?」
「まあそうだね。これに関しては勘なのかな。少なくとも、気が立ってるのは確かだったよ」
「そうなんですか? ニブい僕には分かりませんでしたが」
「うっかりフシノが失言なんてしようものなら、一瞬で消されてたかもね」
「あはは、また冗談を」
僕がへらへらしていたら、ミクミさんは顔こそ笑いながら、僕を責めるような空気を出してきて言うのだ。
「まじだし」
「えっ」
その時の僕の顔は、あの人間の女の子が着ていた青い服よりもずっと深い色で青ざめていたと思う。




