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第20話 カナノのまちへ1

 出発しようとした時、僕らのもとに一羽の白っぽい鳥がやってきた。脚に縄が括りつけられていて、籠がぶら下がっている。


「今日は、ずいぶん遅かったわね」


 ミクミさんは、飛んできた鳥に話しかけていた。鳥はミクミさんの肩にとまって、特に言葉を返さなかった。


 これは、おそらく伝言鳥という、手紙などの配達に使われる鳥だ。


 ミクミさんは、慣れた手つきで鳥の脚につけられた籠の中から新聞を引き抜いた。


 僕の頭の横にも、別の伝言鳥がやって来て、たどたどしく籠から新聞を取り上げると、静かに飛び去って行った。


 以前、ティエラさんのところに来た鳥は、籠などつけてなくて、ひと巻の新聞をくちばしにくわえて来ていたが、やはりティエラさんは特別なのだろう。


 しばし、パラソルの下で二人、無言で新聞の内容を確認する。といっても、僕がすらすらと読めるわけもなく、辞書を片手に見出しだけ解読した後は、新聞のあちこちに書かれている精巧な絵や図を眺めて感心していた。


 先に声を出したのは、新聞を折りたたんだミクミさんだった。


「予定より早まるかもって書いてある」


「どこにですか? 見出しには安心していいみたいなことが書かれてたはずですが」


「それがさ、暗号解読すると、真逆の指令が書いてあったんだよ」


「……もしかしてミクミさん。転生者って、みんな暗号解読できるんですか? そういうスキルがあるとか?」


「解読スキルかぁ、さあね。あるかもしれないけど、あたしは知らないな。あと、転生者すべてが暗号解読できるってわけじゃないと思う。たとえば、あたしみたいに、まちの守護役とかを任されたりすると、解読法を教えてもらえたり、なんてこともあったりするからね」


「守護役って、何をするんですか? 市長とか県知事みたいなものですか?」


 だとしたら、すごい偉い人なんじゃないのか、と思ったのだが、別にそうでもないらしい。


「そういう政治のことには関わらないかな。ここって、荒れた世界だからさ、それぞれのまちで防衛のために、必要に応じて選ばれる軍事力ってだけだし。それはともかく、少し急ごうか」


「それはいいですけど、ミクミさん、そういえば、まだ目的地をきいてませんでしたね。これからどこに行くんですか?」


「カナノのまちに行くんだよ」


「それってどこですか」


「東の方」


「何しに行くんですか?」


「言ったでしょ? 戦いに、だよ。攻めてくる魔王軍を止めないと」


「ほんとに軍なんか攻めて来るんですか? それって、魔物たちが意志をもって人々を襲いに来るってことですよね」


「魔物も色々だね。知性を持ってるやつもいるけども。近ごろは、とにかく魔物がだいぶ増えて、マリーノーツじゅうで活発に暴れてるみたいだからね。予言によれば、近いうちにカナノのまちに本当に進軍してくる。そして、カナノのまちは、あたしが守る場所なんだよ」


「あれ、待てよ? どうしてカナノのまちを守ってる人が、魔物が活性化して大変な時にホクキオなんかに来てたんですか?」


「えっとぉ、それは、あれよ、うーんと、極秘任務だから言えないわね」


「どんな任務なんですか?」


「極秘だって言ってんでしょ? 耳ついてんの?」


「すみません」


  ★


 カナノまでの道を急いで駆けていると、何もない草原の街道で、白っぽいウサギの群れが立ちはだかってきた。


 さっき、ティエラさんの特製ホットドッグを食べたもんだから、その匂いにつられて来たのかもしれない。


 おそらく、僕の推理は当たっているのだろう。だって、ウサギたちはいかにも怨恨(えんこん)をおさえきれない血走った目で、僕らを見ていたからだ。


 僕らの腹に収まっていった同胞たちの存在を感じ取り、復讐を望んでいるようだ。


 だけど、僕は負ける気がしなかった。


「ミクミさん、ウサギたちの弱点属性は何ですか?」


「全部だね」


「全部ですか?」


「当たればだけど」


 どうやら、回避に特化した素早い系のモンスターということらしい。


「ちょうどいい。実験台になってもらおう」


 僕は自分の知らぬ間に持っていた技を試すべく、直剣を静かに抜いた。


 回転しながら斬りを出してみたり、連続突きをしてみた。繰り出される多彩な攻撃。でも当たらない。やはり素早い。


 目が回るほどのスピード。


 着地と跳躍を繰り返し、時には地面の穴に潜ったり、穴から飛び出して来たり、猛スピードで回避行動を繰り返している。


 でも、見えてないわけじゃない。だったら、当たるってことだ。


 ここだ!


「神速震雷斬!」


 ミクミさんに教えてもらった必殺技を繰り出してみるも、これも当たらない。


「ばかな、この神速の一撃をかわすとは」


「急いでるんだから、はやくしてよね」


 ミクミさんは腕組をしながら、僕の戦いを見守ってくれている。


「灼熱ゥ離炎撃ッ――あれっ」


 炎の突き技も通用しなかった。当たらないのでは意味がない。


 一体、どうすればいいんだ。


 さっきミクミさんが僕をボコボコにする際に使っていた技を思い出してみる。まだ見ぬ技だったら、この高速移動に対抗する手段になるのではなかろうか。


 剣を周囲に爆散させる鋼の技。

 剣に水を纏わせて舞うことで、刃のように飛ばす水の技。

 土の壁で()し潰そうとする土の技。


 なんていう技なのだろう。どうやれば発動するのだろう。


 ミクミさんにきいてみようか。


 いや待てよ。それをたずねてしまったら、なんだか負けのような気がする。


 他人に素直に教わることさえ出来ないというのも、陰の者らしい性質なのかもしれない。けれども、ここは、あえて陽の者らしいプライドの芽生えだと思いたい。


 いま持っている力で、何とかしてみせるんだ。


 僕は目を閉じて考える。


 頭の中で、何か策は無いのかと必死に考えてみる。


 不意に、「あ」とミクミさんの声がきこえた。


 次の瞬間、右わき腹に衝撃走る。


「ごふぅ」


 痛い。


 予想外の一撃に大ダメージを受け、思わず膝をついた。


 目をあけると、ウサギの群れが僕を囲んで、逃げられないようにしていた。


 これは……僕が狩っているつもりが、逆にウサギに狩られていただと?


 ミクミさんは、金髪をいじくりながら、にやけ顔で僕の醜態(しゅうたい)を見守っている。


 恥ずかしい。


 穴があったら入りたい。


「ん、穴? そうか穴か。その手があった」


 追い詰められていた僕は閃いた。


 ウサギたちは、なにも永遠に空中を飛び回っているわけではない。時には地面に足を着き、跳躍することもある。そして地中に掘りめぐらされた穴に入り込むことだってある。


 だったら、こうすればいいんじゃないか。


「灼熱……離炎撃」


 僕は剣を両手で持ち上げ、そして、芝が()い茂る大地に向かって、突き立てる。


 灼熱の刺突を放った。


 それなりに丈夫そうな木片さえ一瞬で蒸発させるほどの炎の術だ。地面のあちこちから炎の帯が飛び出て、蛇のようにぐねぐねと踊り出す。


 続いて、丸焼けになったウサギ肉たちが、いくつか地面に転がり、かろうじて生き残ったウサギたちも脱兎のごとく逃げ去っていった。


 僕は地面から剣を抜きとると、かちんと大きめに音を立てて、鞘に納めてみせた。


「着地する場所、もぐりこむ場所。そこを炎で満たしてやれば、この通り……。一網打尽だ……」


 めちゃくちゃ格好つけてみた。


 しかしミクミさんは、どうも僕が上手くやったことが気に入らないらしい。


「イキってるところ悪いけど、この季節のラピッドラビットは全然大したことないし。祭りの季節が近付いたら、無敵さの極みだかんね。もっと恐ろしく素早くなるし、さっきの炎の技だって、まず効かないし」


「それ本当ですか?」


「本当だよ。あたし、嘘つかないし」


「はいはい、そうですね」


「何よ、その言い方」


「すみません。それはそうとミクミさん。どうでしょう、ティエラさんに挨拶もしてこなかったことですし、ここはひとつ、この食材をティエラさんに届けに戻――」


「いいよ、あたしが鳥で届けといてあげる」


 ミクミさんは僕の言葉をぶった切って言うと、ラビットたちの焼けた亡骸を奪い取り、すぐに配達用の鳥を呼んだのだった。




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