第19話 二人きりの喫茶タイム
歯が立たなかった。
余裕でぼこぼこにされた僕は、ラピッドラビットドッグを差し出した。
辺境のまちホクキオの、笑顔の似合う露天商から受け取った餞別だったのに。
だって、ただでさえ大きなレベル差があるうえに、空腹でスキルを出すことさえできなかったんだもの。手も足も出るはずがない。どうしようもない敗戦だった。
刀身から多くの剣を生やして、そのまま前方に爆発四散させる鋼属性の技だとか、舞を伴って華麗に剣を振り、水の刃を高速で飛ばす水属性の技だとか、四方向から土の壁を生み出して動きを奪った上に大ダメージを与える四属性の混合技だとか。
非常に多彩な攻撃を容赦なく浴びせてきた。
何度も悲鳴をあげさせられた。
まるで僕を相手に無双して、ストレス解消しているようだった。
僕は赤子の手のようにひねられた。しばらく野に伏しているしかなかった。本当にもう、ひどいことをする。
ミクミさんは、ひとしきり自分の使った技の説明をするなどして悦に入ったり勝ち誇ったりした後、「それじゃ、フシノ、休憩してこ」などと言って、半透明の画面に何度か手を触れた。
僕のいるところが日陰になった。何も僕が陰の者だからというわけではない。ミクミさんの操作によって、何もないところから、大きなパラソルと丸テーブル、そして二脚の木製の椅子があらわれたのだ。
「さ、フシノ、座って」
「転生者って、どんな大きなものでも持ち運べるんですね。すごい」
のそのそと起き上がった僕が木製の椅子に腰かけながら言うと、ミクミさんも「限界はあるけどね」と呆れたように笑いながら席に座り、ティエラさん特製のホットドッグのようなものを半分に割ると、僕に差し出してきた。
「半分あげる」
「一つのアイテムを半分にするとか、可能なんですね」
「これもスキルだよ。節約スキルっていうらしいけど」
ひどい偏見かもしれないが、ミクミさんのような金髪ギャルは自由が高じて色々だらしなくて、金遣いも豪快なイメージがあるのだが、案外ちゃんとしているのかもしれない。
「色んなスキルを持ってるんですね、さすがミクミさんだ」
「そうだね。色々試しちゃって、今は後悔してる」
「後悔? なんでですか? 何でもできるって素晴らしいことじゃないですか」
「それがさあ、そうでもないのよ。この世界だと、一度ポイントを振り分けちゃうと、なかなか取り返しがつかないの。レベルの上限まで到達すると、それ以後、もうポイントは得られなくてね。要は、受け取れるスキルポイントに上限があるってこと」
「ゲームとかによくある、スキルリセットみたいなのは?」
「あるにはあるけど、稀少すぎて手に入らない」
「じゃあ、僕も計画的にスキルを選択しなきゃですね」
「フシノは、普通に剣術特化の一択っしょ? 経験上、この世界だとバランス型より、尖ったスキル構成のほうが絶対にいいって」
「ミクミさんがそう言うんでしたら」
スキル話が一段落したところで、ミクミさんは、緑色の液体が入ったグラスをどこからともなく取り出し、僕の前に置いた。
「これは?」
「薬草ドリンク」
「青汁みたいなものですか。あの、罰ゲームみたいな苦いやつ」
「は? 青汁ってか美味しいスムージーいっぱいあるし。最近のは、フルーティで全然飲みやすいし」
「スムージー。健康的で陽の者っぽいイメージな気がする」
「は? なんて?」
「いえ、ひとりごとです。要するに、大丈夫な味なんですね」
「普通に飲みやすいよ。飲んでみ?」
「え、はい……」
僕は少し躊躇ったが、ミクミさんが口をつけて平然としていたので、信用して飲んでみることにする。
僕のだけマズくて指差して笑ってくるような負のイメージが浮かんだが、覚悟を決めてグラスを傾けた。
おっと、意外といける、というか、美味しい。すっきり爽やかな味わいで、しかもミクミさんにガッツリ減らされた僕の体力もみるみるうちに回復していくではないか。
ミクミさんはニヤニヤしながら、
「おいしいでしょ?」
「ええ」
僕が素直に頷くと、少し寂しそうに遠くを見て、言うのだ。
「ま、現実のほうが美味しい飲み物いっぱいあるけどね」
「ミクミさんは、どんな飲み物が好きなんですか?」
「んー、ミルクティかな」
「僕の幼馴染と同じですね。あいつは、ミルクをがっつり多めにした、ほぼミルクみたいなミルクティが好きでしたが、ミクミさんはどんなミルクティを?」
「あんたの幼馴染の話とか、まじどうでもいいんだけど」
「う、すみません」
そこで少し不機嫌になったミクミさんは、ティエラさんのラピッドラビットドッグにかぶりついた。
明らかに美味しく感じている顔だったわけだが、彼女は、
「うーわ、バランス悪いわね。肉ばっかで」
僕の手元にもあった半分を見てみると、たしかに、たっぷりのラピッドラビット肉が挟まれていた。これまでで最も肉が多く入ったラピッドラビットドッグだった。
僕が食べてみたところ、今までで一番、最高に美味しかった。量が多いだけではない。肉質も程よく引き締まっていて、うま味が凝縮されている感じがした。
もしかしたら、わざわざ僕のために、レベルの高い肉を使ってくれたのかもしれない。
そう思い至った時、ミクミさんの態度がひどく気に入らないものに思えてきた。
「文句ばかり言いますね。おいしいくせに」
「現実世界のバーガーとかのが美味しいし」
「それは……いや、わりといい勝負な気もしますね」
「ないって。エリザティエラが作ったものだからってんで、味も美化してんでしょ。フシノは優しくされるとすぐに好きになっちゃうからな」
ミクミさんに僕の何がわかるっていうんだ。いやまあ、優しくされたらすぐ惚れてしまうのは、過去を振り返ると思い当たるフシがありすぎて、まさにその通りだったりするのだが。
いやでも、大半の男子ってのは、そういうもんじゃないのか。偏見かもしれないけど。
僕が言葉を返せないでいると、ミクミさんは、残りのラピッドラビットドッグを一気に口へと放り込み、薬草ドリンクで流し込んだ。
「はー、せいせいした」
布で手を拭きながら、ミクミさんは本当にすっきりしたような笑顔を見せていた。
僕は、しみじみと感謝を抱きながら、ゆっくり食べることにしよう。
ミクミさんは、そんな僕の様子をみてとって、
「そんなに急いでるわけじゃないから、気にしないでゆっくり食べていいよ」
そう言って、微笑んだのだった。
あれ、やっぱり、思ったよりすごい優しいかもしれない。いや、でも、好きにはならないようにしよう。ミクミさんのような陽の者は、僕ごときには合わないだろうし。
★
草原に広げられたパラソルの下で、丸いテーブルごしに僕らは会話を続けていた。
「そういえば、僕が倒したモンスター。途中から『神速震雷斬』が効かなくなったんですけど、なんでだったんですかね」
「それは、フシノが愚かにも効かない属性で攻撃し続けてたからでしょ」
「でも、戦ってる途中、前触れもなく効かなくなるなんてこと、あるんですか? 見た目も全然変わらなかったですよね」
「まあ、そうだね。夜だったから、見えなかったのも仕方ないか」
「何かカラクリがあったんですね?」
「あの獣型モンスターの場合、色やニオイや感触や叫び声とかで、二種類の属性を持ってるってのがわかるようになってたのよ。もし昼に戦ってれば、その変化がフシノにも明らかに見えたんだろうけどさ」
「二種類の属性……。道理で、一つのワザだけでは厳しかったわけだ」
「まあね。要するにさ、あの獣型モンスターってのは、二種類のスライム状のいきものに寄生されていたんだよ。『神速震雷斬』は、雷属性でしょ。最初のやつには効いたけど、次のやつには回復されちゃってた」
「なるほどぉ」
「観察力が足りないなあ。そんなんじゃあ女の子にモテないよ」
「大きなお世話ですよ。でも、全然気付けずに、わけのわからないまま勝利してしまって、なんだか悔しいです」
「まあ、あの程度の相手だったら、回復されてもゴリ押しでイケたかもだけどね。相手に魔力を与えまくれば、パンクさせて倒すこともできる」
「無知ですみません」
「まあまあ、そうだね、慣れと知識が必要だからね。無理もないから、落ち込むことじゃないよ? 夜の戦いってのはさ、魔物が活性化するだけじゃなくって、そういうとこでも難しさがあるんだよね。――っていってもね、あたしはね、見抜いてたけどね。最初からね」
「うーん、それは嘘っぽい」
「はあ? 信用してよ。あたし、うそつかないし」
「へえ、そうなんですかぁ」
陰の者らしく、話が続かなさそうな返しをぶつけた後で、ふと出会った時のことを思い出す。
出会ってすぐに、ミクミさんが名乗る時、こう言っていたはずだ。「ミクミとかにしとこっか」と。それっていうのは、ミクミというのは偽名ってことだ。
偽名。それは嘘の名前ってことだ。じゃあ嘘つかないってのは嘘じゃん。
「ミクミさん」
「なに?」
「ミクミって名前、嘘ですよね?」
「えっ」
「ミクミさんの本当の名前をおしえてください」
「あっ、えっ……えっと、その、プライベートに踏み込んでくるとか、やめてほしいんだけど」
「でも、嘘つかないって言うなら、偽名もだめでは?」
「それはそれ、これはこれよ」
「なんですそれは。ていうか、まずは理由を教えて欲しいです。ミクミさんは何で偽名を使うんですか? ミクミって名前の由来は何ですか?」
そしたらミクミさんは、耳を塞いで。
「あーあー! 何も答えなーい!」
「何を子供みたいなことしてるんですか。答えてくれないと信用できません」
「そう言うフシノは、何て名前なのよ」
「僕は、松栄です」
「ふーん、じゃあ、ショウちゃんだね」
「ええ、はるか昔に、そう呼ばれていた時代はありましたね。あの頃の僕はブリリアントに輝く陽の者だった。でも今は御覧の通り、すっかり陰の者だ! だから、今の僕ごときに、その呼び方は相応しくないと思います」
「じゃあ何て呼べば?」
「これまで通り、フシノでお願いします」
「ええ、よろしくね、フシノ。さて、それじゃ、そろそろ……」
出発しましょうか、と言おうとして立ち上がったミクミさんだったが、僕は気付いていた。まだ質問に答えてもらっていない。誤魔化されるわけにはいかない。
「待ってくださいミクミさん。ちゃんとホントの名前おしえてください」
「……そうだなぁ、じゃあ、こうしよう」
「なんですか?」
「あたしに勝てたら、教えてあげる」
たかが名前を教えるくらいで、何をもったいぶっているのだろう。減るものでもあるまいに。
だけど、うん、少しだけ、やる気が出てきたぞ。
「約束ですよ? 僕が勝ったら、ミクミさんの本当の名前を教える。いいですね?」
「はっ。せいぜい頑張ることだね」
ミクミさんの名前を、いつか必ず暴いてやる。




