第17話 女剣士ミクミ4 再戦
「夜は魔物も活性化する。転生者になるか、転落者になるか、この一戦で別れるものと思いなさい」
金髪の女剣士はそう言って、強く、叩くように、僕の背中を押した。
高い壁に陽が沈んですぐの頃、まだまだ明るい世界で、僕は一人、この扉の前に戻ってきた。
僕が戻ってきたことで、やかましく鳴り響いていた鐘の音は消えた。壁の上や沿道などから、人々の罵声が耳に届く。
「引っ込め腰抜け」
「あんたには期待してないよ! もっと強いのをちょうだい!」
「女剣士さん、どっかで見てるんだろ? あんたがやっとくれよ!」
「負け犬の出る幕はねえぞ」
相変らず、このまちの人々は僕に対してとても厳しい。そう簡単には応援してくれない。
しかし、考えてみれば、敵前逃亡を果たした僕が悪かったのは明白だ。
人々からの暗い評価を覆すには、再び戦って、派手に勝つしかないのだ。
卵や石ころのせいで歩きにくくなった道を進み、巨大な扉を押し開けようとすると、僕が開けるまでもなく、ひとりでに開いた。
扉の向こうでは、昼間に出会ったヒョウ頭のモンスターがふらふらと歩き回っている。ずっとこの扉が開くのを待ってくれていたのだろうか。
僕が気に入られたってことなのだろうか。それとも、このまちとか、この門とかに、何か思い入れでもあるのだろうか。
まあ、どうでもいいか。モンスターの考えなんて、気にしたってしょうがない。
ヒョウ頭は、扉が開いた音に反応したようで、口から液体をばらまきながら咆哮した。
ミクミさんの話では、このモンスターは操作指南で出てくるレベルのものではないのだという。
獣人型の魔族は、魔物討伐に熟練していないと絶対に敵わないほどの強敵で、非常に高い火力と防御力をもっている。戦闘スキルの無い者が遭遇した場合は絶対に勝てないので、迷わず全力で逃げろと言われているほどらしい。
もっとも、今回の敵は、何らかの理由によって、すでに魔族としての自我をも失っているようだけども……。
「いずれにせよ、僕はもう逃げない」
宵闇の再戦が、いま始まろうとしている。
僕はこの世界の初心者ではあるけれど、スキルに恵まれたため、剣の力だけに限れば、すでに、底知れない実力をもつミクミさんにも匹敵するほどの力を持っている。
だから、自信を持っていいんだ。
僕はゆっくりと扉の外に出た、石畳は途切れ、足下には土と草が広がった。しっかりと大地を踏みしめて、目標に接近していく。
重たい音を立てて、壁の扉が閉じられた。
敵が接近に気付いて、さっそく引っかき攻撃を繰り出してきた。
冷静に横へステップして回避した。すかさず、スキル『獰猛な野犬の踏み込み』を発動する。
視界が猛烈な勢いで流れ、すぐ目の前には、モンスターの毛深い傷だらけの胸部があらわれた。
チャンスだ。
この一撃を、強く背中を押してくれたミクミさんに捧げる!
「神速震雷斬!」
稲妻の閃光が、薄暗い世界を斬り裂いた。
モンスターは大ダメージを受けて怯んだ。しかし、一撃で粉砕というわけにはいかない。
僕は再び剣を強く握り、もう一度、追撃をする。
再び稲妻のごとき斬撃が閃き、壁の上から歓声が響いた。
獣型モンスターは、仰向けに倒れた。
濁り切った獣の目には、何が見えているのだろうか。空に灯りはじめた控えめな星空だろうか。
いいや、何も映っていやしないだろう。
モンスターはふらつきながらも立ち上がる。また僕に倒されたいようだ。
僕は剣を構える。油断なく。完璧に勝つ。
盛り上がってる観衆の心を掴むのだ。
ところがどうだ。しばらくすると、雲行きが怪しくなってきた。
いや空は晴れているんだ。戦っているうちに、すっかり夜になり、満点の星空が頭上に広がっている。
問題は、モンスターがしぶといことだ。
獣型モンスターはひどく土に汚れていた。地面に転がした回数は、十回や二十回じゃきかない。
暗くて色がわからないが、体液らしきものを飛び散らした回数も、数えきれないほどだ。
さすがに、打たれ強すぎるんじゃないか。何か秘密があると見た方がいいんじゃないのか。
スキルを連発してきたためだろうか、目がかすんできた。眠気も襲ってきている。
観衆も、やっぱりダメかと失望したり、賭けに負けたと嘆いたり、期待して損したと呟いたり、負のベクトルのざわつきを発していた。
ミクミさんのアドバイスが欲しくて姿を探したが、どこにも見当たらない。
僕ひとりで解決しろということらしい。
とはいえ、僕に選択できることなんて、限られている。
このままの戦い方を続けるか、もう一度逃げるか、まだやっていないことを試すか。
三択を迫られた。
同じことを繰り返していたら、いつか体力とか精神力とかが尽きてしまうだろう。もう一度逃げたら、僕は本格的な転落者となり、二度とホクキオの人々から認められることはないだろう。
「だったらさ、これで最後になるかもしれないけども、やるだけやってみるしかないだろ」
僕は、これまでの斬撃の構えをやめた。突きを繰り出すことにした。
右手に持った剣を引くと、白かった剣が、熱と赤色を帯び始めた。
闇に包まれた世界が、輝きに照らされる。
残った力の全てを込めて、誰のためでもない、僕のために剣を突き出すのだ。
目指すは、獣型モンスターの胴体の中央。
斬ろうとして斬れないなら、突き溶かしてやる。
集中する。粗野な踏み込みを見せながら、力を溜めていく。
螺旋状の炎が刀身に巻き付いていき、すぐに爆発的に膨張して、数多の炎の帯に分かれた。
ゆらゆらと蛇行する炎の帯たちが、火の粉を撒き散らしながら夜闇を真紅に彩る。
足下の草や土が、赤く輝いている。観衆たちの唖然とした顔も、赤く照らされていく。
赤く赤く変色した剣先は、真紅の無数の帯たちを導いて一点に集め、加速してぐんぐん突き進む。
「灼熱離炎撃!」
夜闇に燃え盛る炎の突撃。
業火の貫きは、触れた部分を一瞬で蒸発させ、敵に大きな穴をあけた。
甲高い悲鳴のような咆哮の後、ガラスが砕けたみたいに獣型モンスターは散り散りに粉砕され、闇に融けるように消えていった。
僕はたくさんの経験値を手に入れたけれど、それより何より、人々の信頼を取り戻せたことが、本当に嬉しい。
僕は、拍手と大歓声と紙吹雪に包まれた。
「よくやったぜ、ニイちゃん!」
「ナイス根性!」
「見なおしたよ。諦めずによく頑張ったよ!」
手のひら返しに、複雑な笑いを返してやった。
そして、観客の一人が、壁の上から聞いてきた。
「すごかったぞ。君の名前は何ていうんだ?」
その時、僕は、ようやく胸を張って答えられる気がした。
「フシノ! 僕は、転生者のフシノです!」
巨大な壁の扉がゆっくりと開き、僕は皆から祝福され、もみくちゃにされながら、なんとか人混みを抜けたのだった。




