第15話 女剣士ミクミ2 神速震雷斬
ミクミさんが言うには、案内所に行くとスキルポイントがタダでもらえるらしいとのことだった。
小さな池で釣りをしていた貴族っぽい男は、面倒くさそうに背後から僕の肩に触れると、それでスキルポイントの譲渡が完了したらしい。ポイントを受け取るなり、僕は走り出した。
行きも帰りも全力疾走だ。
ミクミさんが走れと言ったのだ。師匠のお言葉には従わねばならない。
「遅かったわね。ほら、さっさと始めるよ」
「いやっ、ちょっと、まってください」
僕は息を切らしていた。
転生者は疲れにくいとはいっても、全力疾走をしたというその事実を意識するだけで、なんだかひどく疲労したような気分になる。
おそらくは、この異世界ってやつは、気持ち次第でどうとでもなる場所なのだと思うのだけれど、身体が強靭になっても、僕の心は、やはり脆弱なままのようだ。
息が整ってきて、周囲を見回したとき、僕は少し落胆した。
いつのまにか、広場にいたはずのティエラさんの姿が無かったからだ。おそらく仕事に戻ったのだろう。
ティエラさんは、僕に優しく、ここにいてもいいよと言ってくれた。ミクミさんは僕に厳しく、さっさと力をつけて旅に出ろと言ってくれた。
もしかしたら、僕のいないところで二人が話し合い、僕のこれからについて、何らかの話がついたのかもしれない。
「あの、ティエラさんは?」
「めっちゃ邪魔だから帰らした」
「僕に何か伝言とか?」
たとえば、家で待ってますとか、気を付けてくださいとか、がんばってくださいねとか、そういう優しい言葉を期待した。
「うーん、全然、何にもなかったね、うん、残念ながら。てか、勘違いしちゃだめだよ、フシノ。さっきの甘やかしたがりの女の子はさ、困ってる人を放っておけないだけで、別にあんたのことが好きってわけじゃないんだから」
「そういうミクミさんも、似たようなものでは?」
「ちげーし」
金髪をくるくると指先でいじくりながら言い放ち、すぐにミクミさんは剣を抜いた。
いよいよ稽古が始まる、かと思いきや、ミクミさんは僕に剣を向けずに、ベンチに置いてあったホットドッグ山に手を突っ込み、そのなかの一つを手に取った。
ただし、それを食べるわけでもなく、高く高く空中に放り投げた。
「まずは、あたしがお手本を見せてあげるから。指をくわえて見てなよ」
「はあ」
やる気のなさそうな声を返し、ミクミさんが持つ剣の先と落ちてくるホットドッグを注意深く見てみることにした。
「神速震雷斬!」
掛け声の後、鋭い風切り音がした。白い剣が輝きを増した。稲妻のようなジグザグとした軌道で剣先が動いた。目で追えたけれど、僕ごときの目では完全にはとらえられなかった可能性がある。実際はもっと複雑な動きをしていたかもしれない。
なぜなら、宙を舞った僕のラピッドラビットドッグが、剣が動いた回数よりも、ずっと多くの細かい輪切りにされて落ち、その後すぐに炎上して消滅したからだ。
いやでも、そんなことより僕は、「どう?」と言って誇らしげにするミクミさんに対して、言ってやらねばならぬことがある。
「食べ物を粗末にしたらだめでしょ!」
ティエラさんが僕のために心をこめて作ってくれた美味しいホットドッグなんだぞ!
「はっ、あの女が作った手料理なんて、大したことないでしょ、どうせ」
ミクミさんはベンチ前まで高速で跳躍し、崩れたホットドッグの山の端から一つ取り上げ、包み紙を破いて頬張ると、一瞬だけ目を見開き、すぐに眉間にしわを寄せた。
美味しいのを認めたくないらしい。
僕に背をむけてラピッドラビットドッグを飲み干したミクミさんは、赤いソースを口元につけながら、真剣な顔をキメて言うのだ、
「とにかく、フシノ。今の技を習得して、あの敵を倒すべし」
もしも陽の者だったら、お嬢ちゃんケチャップついてるぜ、などと指摘したりするのだろうが、あいにく僕はまだ陰の者を抜け出し切れていない状態だ。ただ静かに首を縦に振るだけだった。
「でも、技の習得っていいますけどミクミさん。僕は何をすればいいんですか?」
「まずはスキルの取得からかな。虚窓を開いてみて」
「この半透明の画面ですね。スキルは……ここかな」
僕が画面を操作すると、すぐにスキルの項目が目についた。
「次は、取得できるスキル一覧から、スキルポイント10を消費して、『神速震雷斬』を選択して決定する」
「なるほど」
僕は言われるがまま操作したのだが、途中でどうにもならなくなった。
「ミクミさん」
「なにさ」
「その神速なんとかっていう技がありません。リストのどこにも」
「はぁ? そんなわけないし。どれ、見してみ」
ミクミさんは僕の真横に来ると、リストを上にやれだの下にやれだの、右だ左だ、レベルもポイントも足りてるのにいったい何でよ、などと呟いた後、続けて、
「他にも、リストにあるはずの剣技が無い。少なすぎる。こんなの見たこと無い」
「なるほど」
僕が言った時、彼女は勢いよく僕を見た。金色の前髪が僕の目の前で揺れて、甘い匂いがした。
「なるほどって何よ」
「いや、才能が無いんだなって」
「はぁ?」
今までで最も怒っているようだ。顔面を崩している。実に表情豊かだ。
「あの、ミクミさん、何ですか、今にも殴りかかってきそうな声出して」
「フシノ」
「はい」
「才能なんて言葉に甘えるもんじゃない」
「どういうことです?」
「スキルポイントで習得する以外にも方法はある。身体でおぼえればいい」
「さっきの素早い稲妻みたいなやつをですか? 無理でしょう」
「見えたんならイケる。無理だと思ったら何も始まらない。さ、構えて。あたしと同じように」
「こう、ですか?」
「不安そうだね」
「そりゃそうです」
「手、ふるえてるよ?」
「すみません」
僕がすっかり縮こまっていると、ミクミさんは優しく語り掛けてきた。
「まあ、わからないでもないかな。あたしもさ、最初は何もかもわからなくて不安だった。さすがに卵とかは投げられたことないけども、最初から何でもできたわけじゃないし、強かったわけじゃない。地道に敵を倒して、レベルを上げて、スキルを身に着けて、やっと自信を持てたんだよ」
ギャルは陰の者に優しいというのは本当なのかもしれない。見た目が鎧を纏った金髪ギャルで表面上キツい態度をとることもあるけれど、ミクミさんはティエラさんと同じく優しい人なのだと思う。
しかし、ソフトに語り掛けられたからといって、急に僕が技を覚えるわけではないのだ。問題は何も解決していない。強くならなければ、人々から石や卵を投げつけられてしまう状況から抜け出せないのだ。
どう考えたって、こんなの絶望的な状況じゃないか。
「でも、僕には本来スキルで取れるはずのものが無いんですよね。だったら……」
僕が放つ予定だった言葉の続きは、ミクミさんの声で断ち切られた。
「神速震雷斬!」
空中でホットドッグが包み紙ごとズタズタにされて、石畳に落ちて燃え尽きた。
「ミクミさん? 何を……」
「ほら、あたしの真似してやってみな。技の名前を唱えて、剣をシュババババってやんのよ」
「えっと、感覚的すぎてどうにも。どういう動きなのか、もっと詳しく教えて欲しい……。っていうか、その前に、手作りラピッドラビットドッグを切り刻むのはダメですよ!」
「しょうがないでしょ。近くにあったんだから。それに、切り刻まれるのが嫌なら、さっさとスキルを身に着けてみなさいよ。そしたら、やめたげるし、フシノの力を認めてあげられる。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと剣を振れ」
「わかりましたよ、やってやりますよ。やればいいんでしょう? そのかわり、食べ物でやるのは無しです。なんか、試し切り用の巻藁とか畳とか無いんですか?」
「ちょうどよさげな木材とかなら、腐るほどあるけど」
「ちょっと、最初からそれを出してくださいよ。柔らかい食べ物でやる意味なかったでしょう?」
「うるさいなあフシノは」
ミクミさんは面倒くさそうに虚窓を操作し、僕の目の前に丸太のようなものを出現させた。
僕は剣を抜いた。
「じゃあ、いきますよ」
ミクミさんは頷いた。
いずれにせよ、もう僕に選択肢は無いのだろう。
極めて陰の者らしからぬ行為だが、技の名前を叫んで、剣を振り回すのだ。
敵に打ち勝つとか、そんなことは、とりあえず置いとこう。ただ、ティエラさんのホットドッグを守るために、僕は構える。深く息を吸い込んで、
「神速震雷斬!」
するとどうだ。僕の腕は自然に動きだした。足の裏から力が湧いてくるのを感じた。さらには、剣がひとりでに輝き出し、まさに常人の目にも留まらぬような神速で動き出した。自分の腕がもげて飛んで行きやしないかと心配させられるような、すさまじいスピードだった。
剣先がジグザグの軌道を描くと、丸太は見るも無残に切り刻まれ、炎上した。
そして、『炭』というアイテムが手に入った。
どういうわけだろうか、僕は剣技スキルを取得しなくても、使えてしまったわけだ。
ミクミさんは、しばらく口をあけたまま固まっていたが、やがて、ほんの少しの悔しさを滲ませた、すこし複雑な笑顔を見せた。
「……フシノさ、これ、すさまじい才能じゃん。なんでよ。優しくしてやって損した」




