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第14話 女剣士ミクミ1 転落者人生でしょ

 鳴り響く鐘の音の中、僕と彼女は出会った。


 波打つ金髪が強く輝いている。騎士のように鎧に身を包み、背筋の伸びた堂々たる(たたず)まいだった。年齢は僕と同じくらいだろうか。美しい人だと思った。


「あの、あなたは?」


「あたし? あたしはねぇ……そうだなあ、うん、ミクミとかにしとこっか」


 とかにしておく、とはどういうことだろう。すごく引っかかる。


 いや、でも、今はそんなことよりも、


「ミクミさんは、なぜ僕の腕を掴んでるんですか?」


「こっち、来て」


 僕は腕を引っ張られ、まちのほうに連れていかれた。


 そもそも、もはや断わる気力など失われていたし、壁から離れられるのは嬉しくさえあった。美しい女性に引っ張られるというのも、悪い気はしない。


 僕の腕が解放されたのは、先ほどまでエリザティエラさんと語らっていた広場だった。


 そこにはティエラさんがいて、感情のない無言で僕らの様子を見ていた。


 女剣士は僕から手を離すと、僕に綺麗な背中を向けて、数歩歩いて向き直った。


 かと思ったら、すぐに剣を抜いた。太陽の光を受けて、白く輝く見事な直剣だ。


 彼女は伸ばした手に持った剣で、切っ先を僕に向けていた。


 でも何で?


 初対面だよ?


 ミクミさんを怒らせるようなことを、僕は何かやらかしただろうか。


「あの……」


 僕が声を発すると、


「あたしがあの重たい扉を開けてあげたんだけど、感謝も謝罪もいらないから」


「僕の命と心の恩人ですね。ありがとうございます」


「いらないって言ったよ? 人の話きいてる?」


「すみません……。でも、なんで助けてくれたんですか?」


「それはさ……えと、どうしよ……。あー、まあ、弱すぎるからだよね」


「申し訳ございません」


「許されざる弱さで敵前逃亡とか、転生者にあるまじき醜態でしょ」


「返す言葉もありません。でも、僕はわけもわからず召喚されて、わけもわからず魔王だの何だのとか説明されて、討伐しろとか言われたんですよ? しかも、最初に壁の外で出会ったのがあの強敵で、これはもう僕が悪いんじゃなくて、この世界が悪いんじゃないかと思うんですよ」


「は? めちゃくちゃ言い訳してくるじゃん。剣向けられてんのに勇気あんね」


 勇気があるわけではない。ミクミと名乗る彼女から全く殺意が感じられないからだ。


「いざティエラさんに背中を押されて頑張って戦おうとしてみたら通用しなくて、そんな僕の心の痛みがミクミさんに分かりますか?」


「はっきり言って、弱すぎるあんたの心なんて、わかるわけないからね」


「クッ」


「だからこそ、あたしが出てきてあげたんでしょ? いいから、ほら、剣を構えなよ」


「要するに、今、あなたは、弱すぎる僕に、親切に稽古をつけてくれようとしているってことですか?」


「稽古というかさ、あんた、ちゃんと案内所に通ってる? レベルとかスキルとかの説明受けた?」


「案内所は行きましたけど、戦闘とかは全く。辞書のある場所を教えてもらったくらいです」


「はい? この世界の言葉に関するイベントなんて、戦闘とかレベルとかスキルとかの解説の後のはずなんだけど」


「じゃあ、案内所の人がミスったんですかね」


「本当に? よく思い出してみ? スキルとか戦闘についての解説を拒否ったりしなかった?」


「記憶にございません」


 僕が返すと、彼女は苛立ちを抑えきれずに、厳しい口調で責めてくる。


「あんたさあ、真面目に生きようと思ってる? さっきのだって、知らなかったとはいえ、あんな、あたしでさえ、ちょこっとだけ手こずるような強い化け物に準備なしで挑むとか、命を捨てたいやつの行動だよ?」


 命を捨てたい、か。いっそのこと、この異世界からいなくなることも、一瞬だけ脳裏をよぎったから、すばらしい洞察眼だと思う。


 さっき、魔物に背をむけて逃げている途中、僕の脳裏にはいくつかの選択肢が次々に浮かんできていた。


 ひとつは、石や生卵を投げられたり、蔑まれたり責任を果たせと罵られ続けたとしても、無理矢理にでも辺境まちホクキオに居座って、平和に暮らす選択。


 もうひとつは、明らかに勝てないヒョウ頭のモンスターに突っ込んでいって、そのまま命を落とす選択。


 他にもいくつか浮かび上がった選択肢の中で、最後に思いついたのが、何が何でも勝つまで戦って、やがて正々堂々と魔王を倒す選択。


 あえて二種類に分けるなら、上の二つは陰の道で、最後に挙げたのが陽の道だ。


 あのとき、僕が選ぼうとしたのは、一つ目の、後ろ指さされながら平和に暮らす陰の道だった。


 一方、ミクミさんが選び突き進んでいるのは積極的に魔王を倒す道だと思われるので、陽の道のはずだ。


 やはりミクミさんは陽の者なのだ。僕とは芯から違うのだ。


 戦いは虚しい、などといった思考を展開したりしないのだ。


「僕のような陰の者は、平和な辺境でゆるりと暮らすくらいが相応(ふさわ)しいんだと思います」


「あのさあ、この世界に来てすぐに、ウィネ様から聞かなかった? ここは境目の世界。半分生きてるし、半分死んでる。完全に生き返るには、運命の魔王を倒すしかないんだよ?」


「それは聞いてますけど」


「じゃあ魔王を倒すためには何が必要なんだろうね?」


「仲間とか?」


「甘えてんね。必要なのは戦う個の力。己の武力のみでしょ」


 まるで脳みそが筋肉でできているかのような発言である。常識的な僕は反論せざるをえない。


「でも、仲間がいれば、助け合うことで強力な魔王に対抗できます」


「はっ、何それ。仲間? 一人で魔王と戦って勝つのが、転生者の責任でしょ」


「なんでですか」


「そうしないと、転生者と魔王の数がバランスとれなくなって、魔王ばかりが増え続けることになるでしょ。そしたら世界が乱れやすくなるからよ。気付かないふりとか、本当、(あま)あまの(あま)ね」


 ぐうの音も出ないくらいの正論のような気がした。あまりに堂々とした話しぶりだから、そう思うのかもしれないとも思ったが、少し深く考えてみれば、ミクミさんの言うほうが、この世界での常識であろう。もう本当に僕から返す言葉はないように思えた。


 僕は俯いたのだが、不意に、横から声がきこえてきた。


 僕らのやり取りを聞いていたエリザティエラさんが、横やりを入れてくれたのだ。


「ミクミさんという剣士の方! さっきから聞いていれば、すこしフシノを誤解してると思います。フシノは、甘いんじゃなくて優しいんです」


 金髪の女性は、ティエラさんの方を一度みて威圧してから、僕の方に向き直ると、眉間にガッとしわをよせた。


 それでもひるまずに、ティエラさんは僕をかばってくれる。


「傷ついた人には、休む時間も必要なんです。フシノが敵前逃亡したというなら、このまちの人たちから石とか卵とか投げられたと思います。そんなことをされて傷つかない人がいると思いますか?」


「やるべきことがあるのに、こなすだけの実力を秘めているのに、そこから逃げてたら、色々投げられたりもするでしょう。それに、後ろめたいことをしたのに全く責められないのも、もやもやしたものが残るでしょ? ホクキオの民は一見野蛮だけど、逆に優しくさえあると思う。ねえ、フシノ。どう思う?」


 この問いに、僕が答えるまえに、ティエラさんが僕に歩み寄って肩に手をかけてくれた。


 そして耳元で囁いてくれる。


「大丈夫ですよ、フシノ。あなたさえよければ、いつまでもこのまちにいてもいいんです。うちに泊まり続けてもらってもいいです。無理に外に出て行くことなんて無いんです。このまちで慎重に力をつけていけばいいじゃないですか」


 ミクミさんは彼女と僕を何回か交互に見て、


「誰なの、この、男をダメにするのが得意そうな女」


 などと問いかけてきた。


「露店でホットドッグみたいのを売ってるティエラさんです」


「恋人?」


「ちがいますけど、優しくしてくれます」


「でも妙に仲良しな感じでマジで頭にくるんだけど」


「なんでですか。僕が誰と仲良くしようと、ミクミさんには関係ないはずです。ていうか、僕は、ミクミさんが何者かまだ教えてもらってませんけど、何なんですか?」


「はぁっ? た、ただの通りがかりだし?」


 彼女は慌てた様子で目を逸らした。あやしい。


「それにしては馴れ馴れし過ぎますよね。いくら陽の属性をもったギャルだからって、僕の転生者人生を縛る権利なんか無いはずだ!」


 堂々と言い放ったら、ミクミさんはジトっと目を細めて、


「転生者人生? 推しの女の店に通いつめて癒されて、ホットドッグをパクパク食い散らかして、膝枕してもらって、やるべきことを諦めて。それ、転生者人生じゃなくて、転落者人生でしょ」


「うっ……」


 僕はまた言い返すことができなかった。


 ティエラさんは、「ひざまくら、見られてたの? どこから……」などと呟いて赤面していた。


 僕の眉間には、いまなお切っ先が向けられ続けている。


 ミクミさんは、剣を突き出してきて、


「とにかく! あんたの粗末な剣を抜きなよ。あたしが鍛えてあげるんだから」


 すると、すかさずティエラさんが、


「だめです。フシノは、しばらく戦わなくていいんです!」


 そして、僕に向けられていた鋭い剣先が、優しい彼女に向けられた。


「この女が痛めつけられれば、フシノも少しはやる気が出るのかな」


「え」


 僕の肩に触れていたティエラさんの手が、緊張でこわばったのが伝わってきた。


 僕は、この一連のやり取りを、いかにも陰の者らしい冷静さで眺めていた。


 何となく、ミクミさんの怒りは本物のような気がする。どういう理由で初対面の僕にここまで執着するのか謎なのだが、このままにしていけば、本当にティエラさんに害が及んでしまう恐れがある。


 決断の時だ。


 脅しに屈するようで、全く良い気分ではないけれど、でも、僕が弱いのだから仕方ない。


 僕に優しくしてくれた、この世界の優しい女性を傷つけるわけにはいかない!


「わかりました。ティエラさん、少し離れててください。ミクミさんは、たしかに転生者の先輩ですので、ちょっと教えてもらってきます」


 まだ鐘の音は小さく鳴り響いている。鐘を打つ人も、転生者が一向にあらわれないので、半ばヤケクソ気味に叩いているようだ。だんだん雑なリズムになってきた。


「鐘が止まる前に、フシノにはさっきのとこに戻ってもらう。そんでもって、あの魔物に一人で勝てるようになってもらうから」


 えっ、無理なんじゃないかな。



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