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第10話 辺境のまちホクキオ5 エリザティエラ1

 頭の上から、鼻歌がきこえる。


 甘い匂いがした。何かの花の香りだろうか。横向きになっていた身体にかかる僕は柔らかいベッドの上に眠っているようだった。身体が沈み込み包み込まれるような。


 寝返りを打って仰向けになり目を開くと、ラピッドラビットドッグ露店の主、エリザティエラさんの胸のふくらみと首筋がみえた。


 これは……まさか膝まくら?


 実在したというのか。


「あ、起きました?」


 僕はエリザティエラさんに優しく頭を掴まれて起き上がらされた。


 ひざまくらタイムは楽しむ間もなく一瞬で終わってしまった。


 とはいえ、いきなりよく知りもしない女性に膝枕され続けるという状況も居心地が悪かっただろうし、これはこれで正解なのだと思う。


 僕はどうやらソファのようなものの上に寝かせられていたようだった。エリザティエラさんは立ち上がって僕から離れ、テーブルの向かい側にあったソファのようなものに座った。


 周囲を見回すと、真っ白な石の壁に囲まれた部屋だった。とはいえ圧迫感はなく、ガラス窓がはめ込まれていて、閉じられた窓の向こうから小鳥の声がきこえてくる。


「ここは……?」


「私の家です」


「どうして……」


「おぼえてないんですか? 昨日、いきなり外で眠ってしまったんです。びっくりしましたよ。あんなのはじめてです。眠る必要のない転生者さんが、急に目の前で糸を失った操り人形みたいにカクンって倒れて、『あれあれ』って、ちょっとパニックになりかけました」


「あっ、すみません。エリザティエラさんが運んでくれたんですか? 重たくありませんでした?」


「私、これでも転生者の血を引いているので、けっこう力持ちなんですよ」


 そう言いながら、エリザティエラさんは力こぶをつくるような動きをしてみせた。


「そうなんですか。ていうか、転生者って、この世界で子供残せるんですね」


「ええ。子供をつくる儀式があるんですよ。それも『虚窓(うつろまど)』などを使ってやります。いろいろ条件を整えてから呪文唱えたりするんですが……。あっ、昨日みたいに、いきなり試そうとしないでくださいよ? お互いの合意がないと赤ちゃんは出来ないとはいえ、さすがにそんなこと、いきなりされたら怒りますので」


「わかってます。本当に昨日は、先が読めずにご迷惑をお掛けしました」


「そんな何度も謝らなくてもいいですけど……。でもほんとう、気を付けてくださいよ。あんなとこで寝てたら、金貨とか盗まれたかもしれなかったんですよ。転生者さんからアイテムを奪うスキルみたいなものだってあるんですから」


「はい、肝に銘じます」


 僕の褒められない行いを叱ってくれるなんて、本当に優しい人だと思った。


「それで、えっと、まだお名前をきいてませんでしたね」


「あっ、僕は、フシノといいます」


「いいお名前です。ところで、先ほどは、良い夢を見られましたか?」


 夢というと、さっきの膝枕のこと……ではないよな。寝て起きる前にみるような夢。現実世界でクラスメイトとゲラゲラ笑い合っていたという夢のほうだろう。


「ええと……いえ、ある意味、悪夢みたいなものだったと思います」


「うそぉ。スキルで幸せな理想の光景を見せたつもりだったんですけど」


「間違ってはいないですね。理想ではあります。でも、それが絶対に、百パーセント、何があっても実現しない景色だと知っているので、間違いなく悪夢でもありますね」


「どんな夢を?」


「言いたくありません」


「好きな人と仲良くしてる夢とか?」


「いませんよ。そんなの。全員きらいです」


「えー、そうなんだ。私はいますよ。好きな人」


「きいてないですけど」


「その人との間に生まれる娘の名前も、もう決まってるんです。私の名前をだいたい引き継いで、エリザベスっていうんです」


「はあ、そのエリザベスさんはどちらに?」


「まだいません」


「はい?」


「これから生まれるんです。好きな人との間に」


「旦那さんがいらっしゃるんですね」


「まだいません」


 すこし複雑な事情でもあるのだろうか。現実世界でもシングルマザーは珍しくないが、この世界でもそうなのだろうか。


「お腹のなかに、いらっしゃるんですか?」


「いません。まだ」


「んん?」


 いよいよわからなくなってきた。どういうことなんだ。


「まだ顔も見たことのない好きな人とこれから結ばれて、これからエリザベスが生まれるんです」


「それを夢見てる、みたいな話ですか?」


「いいえ、予言がそうなっているので、そうなるんだって信じてるってとこです。ま、娘の名前は予言になくて、決めたのは私です。すべてが予言通りなんて、つまらないですから」


 エリザティエラさんは、そう言って立ち上がり、窓際に置いてあった写真――いやよくみるとそれは写真ではなく精巧な絵画――を手に取って、見つめた。


 誰かの遺影かと思ったのだが、僕はその紅い服を着た女性に見覚えがあった。


「それ、エリザマリーさんですか?」


「母を御存じで?」


「えっ」




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