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2日目 その7

数日前にコミカライズかスタートしましたので是非そちらもご覧ください。

また、最近新作をアップしたのでそちらもよろしくお願いいたします。

 駅前にいるという浅川からのメッセージを見て辺りをうろついていると、街頭の光に照らされた美しい黒髪が目に入った。

 いつのまにか服装は着物ではなくなっていて、上下共に黒で目立たないような格好。

 細いパンツと夜の静けさが噛み合って、洗練された雰囲気を纏っている。


「お待たせ。悪いな遅れちゃって」


 声をかけると、たちまちその顔に命が吹き込まれる。


「ううん。むしろ急いできてくれてありがとう。まだ1時間くらいは猶予あるよね?」


 バックポケットからスマホを取り出し、電源を入れて時間を確認する浅川。

 白い光は、彼女の肌のきめ細やかさを強調する。


「そうだな。8時とは言ってたけど、ちょっとくらい過ぎても平気だと思う」

「最悪、私の打ち合わせが遅れちゃったって言って誤魔化そ」

「なぁなぁで俺も許されるって作戦……いけるか?」


 事前に報告してあるであろう浅川は許されるが、果たして俺はどうだろう?

 片山たちがどのタイミングで帰るかにもよるが、怪しい気がする。


「ふふっ……多分無理だね。それじゃあ、遅れないように早く行こ?」


 真剣に考えている俺の姿が滑稽だったのか、彼女は楽しげに笑っていた。



 電車を使って数駅ほど移動し、俺たちは京都駅に到着した。

 なんでも京都駅には、京都タワーや京都市内を一望することができる空中径路というのがあるらしい。

 ネットの情報では、アクセス方法が難しいと書かれていたが、100m以上もあるガラス張りの通路から見える景色は思い出に残るものになるだろう。


「えっと、まずはエレベーターで上がればいい……のかな?」

「そうだな。このサイトによると……」


 二人してスマホを食い入るように見ながら目的地を目指す。

 アクセスが難しいと言われているだけあって、ノーヒントならまず見つけられない場所だろう。

 ゲームで言うところの、行き方が謎すぎるけど一番奥に強いアイテムがあるところだ。

 こういうのは、友達がいないソロプレイヤーにはまず見つけられないところだと、タケシくんだかユウジくんだかの力がなければあの武器は手に入れられなかったと、昔父親が言っていた覚えがある。

 だが、現代人にはネットがある。

 隠し通路だろうが裏ボスだろうが、むしろ嫌でもネタバレが目に入ってきてしまう。

 そんなことはさておき、俺たちは無事に空中径路に辿り着くことができた。


「わぁ……なんだかすごいね」


 やや騒がしかった駅とは一転して、ここはかなり静かだった。

 存在自体をあまり知られていないのか幸運なのか、俺たち二人以外には誰もいない。


「誰もいないね。穴場ってやつかな?」

「あぁ……いいところを見つけたかもな」

「そうだね」


 浮世離れした、少し近未来感のある通路を二人で歩く。

 先ほどの会話の後には何もなく、無言の時間が続いていた。


「なんで急に黙るんだよ」

「宮本くん、こういう静かな場所とか綺麗な場所で話しかけられるのあんまり好きじゃないでしょ? …………あくまで予想だけど」


 幼い時から、美しい景色を見ているときは、一人の世界に入りこみたくなる。

 その傾向は両親が亡くなってからさらに増したようで、もしかしたら目の前に集中することで、何も考えずに済むからかもしれない。

 だが、俺だって常識のある人間だ。

 わざわざ人と来ているのに、話しかけるななんて言わない。


「……当たってるけど、今はいいよ。何か話したい気分なんだ」


 ふうん、と軽い返事をするばかりで、変わらず会話はないまま。

 通路から見える景色は間違いなく美しいが、時折鉄骨がそれを阻む。

 仕方ないことだが、思ったより不親切だなと考えていたそのとき、視界から鉄骨が消えた。

 ちょうど京都タワーの前。この場所だけは、なにものにも阻まれずに景色を見ることができる。


「ここが1番のおすすめスポットかな。綺麗だね」

「昼間だったら遠くまで見渡せそうだな。夜はタワーが主役みたいだ」


 白くライトアップされている京都タワー。

 淡い光が、俺たちを歓迎してくれているようだった。


「…………ねぇ」


 しばらくの間、二人は黙ってタワーを眺めていたが、その静寂を邪魔しないような小さい声で、浅川が声をかける。


「私さ、頑張ろうと思うんだ」

「頑張る?」

「うん。前までは、どんな自分になりたいとか、これから目指したい自分の姿が薄かった。仕事もうまくいってるし、心配事もあんまりなかったから」


 風もなく、二人だけの空間。

 以前にも同じような状況はあったが、今の二人にわだかまりはない。

 俺は返事をしなかったが、浅川はそれを気にせずに話を続ける。


「でも、今はなりたい自分がある。叶えたい目標が、それを見せたい人がいるの。これって、成長だと思うんだ」


 何かを得ることが成長だが、同時に、何かを得たいと思うことも成長だ。

 はるかに遠い道のりでも、一歩がどんなに小さくても。

 それを望み、自分の足で歩き出した瞬間、それはもう成長の一歩だと言える。

 彼女が何を目指していて、どんな行動をしたかはわからない。

 だが、その口ぶりからして、既に道を進んでいることは明白だった。


「それでね、今日は伝えたかったんだ」

「何を?」

「感謝を」


 短い言葉の後、冷たくて細い手が自分のそれと絡みつく。

 しかし、決してやましさや下心のある感触ではなく、手には力が込められていた。

 驚いて浅川の方へ顔を向けると、彼女は満足げな、晴れ晴れとした笑顔で俺を見つめていた。


「あの時、私に気付かせてくれてありがとう。頑張ってくれてありがとう。……ユウが頑張ってくれたから、私は成長できるんだよ」

「………………あぁ」


 彼女が何を目指しているのかは分からない。

 しかし、「あの時」というのがいつなのか、俺たちが今いるのは正しい場所なんだと言うことは、この手にかかる力強い決意から伝わってくる。


「まぁ、そのためには倒さないといけない子が二人もいるんだけどね」

「……格闘技でも習うつもりか?」


 繋いでいた手が離れ、屈託のない笑みを浮かべている。


「違うけど、もし私が強くなったら、宮本くんのこと守ってあげるね」

「今の時点で俺より強そうだもんな」

「……一発喰らってみる?」


 身の危険を感じた俺は、両手で謝罪の意を示す。

 先程までの真剣な空気は解け、なんでもない話をしているうちに、通路はゴールを迎えた。


「楽しかったね。ただの通路だけど、心がすごく落ち着いた」

「秘密基地にしたいくらいよかったな」

「ね。時間はまだちょっとあるけど、宮本くんが怒られたら可哀想だしそろそろ帰ろっか」


 ありがたい気遣いを受け、俺たちはエレベーターに乗り込む。

 そして降下している途中、パンツの右ポケットに入れていたスマホが振動したのを感じた。

 浅川に一言断って確認すると、それは片山からのメッセージだった。


「片山だ。何かあったのかな」

「二人ともいい雰囲気だったし、もしかしたら付き合ったっていう報告かもね」

「確かにな。それで、内容は…………えっ?」


 届いたメッセージは極めて簡潔で『すまん。ダメだった』というものだった。

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