車内
「いやー、京都まで三時間もかからないのな。現代のテクノロジーってすごいわ」
「確かにもっとかかると思ってたな」
こういう時には思わぬアクシデントが起こるのが定番だと思うのだが、無事に全生徒が時間内に到着した。
そこから俺たちは新幹線に乗り込み、京都に着くまでの時間を雑談で消費しようとしているところだ。
だが、何も普段のように服の話やゲームの話をするわけではなく、もちろん片山の恋愛についての綿密な打ち合わせである。
不幸なことに前の席には浅川&岩城さんペアが座っているので、俺たちは声を潜めて相談を開始することにした。
「……それで、岩城さんとの会話案はどれくらい用意してきたんだ?」
「服についての話題が五個、最近のドラマとか映画の話題が八個、漫画とアニメの話題が四個、流行りのスイーツの話題が六個だ」
「すごいな。それだけの会話を頭にインプットしたのか?」
「もちろんだ。これでもまだ足りないんじゃないかと思ってるくらいだ」
現時点でも二十三個のさまざまな話題を脳内に確保している片山の本気度が窺える。
それだけの話題があれば、そこから派生するものも含めて二日間とは言わず、一週間くらい会話が持ってもおかしくはない。
だが、ここには一つ問題点がある。
「だけど、服以外に岩城さんが好きなものが分かってないんだよな」
「流石相棒だ、そこなんだよ。もう一つくらい確実に盛り上がれるぞって感じの話題が欲しいんだが……」
「それか、片山を異性だと認識するような内容の会話がいいな」
「……確かにそうだな」
盛り上がるのも重要だが、相手からいかに異性として認識されているかを知ることができるかどうかで、今後のアプローチの仕方が変わってくるだろう。
異性として見られていないのに手を握れば気持ち悪いと思われるし、最悪通報ものだ。
しかし、気になる男子として捉えられているのであれば、手を握ることは関係を縮める切り札になりうる。
つまり、自分がどう思われているか不明な状況で無謀なアプローチを仕掛けるということは、暗闇の中で抜き身の剣を掴もうとしているようなものなのだ。
一歩間違えば、自らの手を切り刻んでしまう。
そのため何としても彼女の思考を知っておきたいのだが……一応方法はあるな。
「じゃあ、浅川にさりげなく聞いてもらうか」
「できるのか?」
「とりあえずメッセージを送ってみる」
俺はスマホをつけると浅川に、岩城さんの好みの異性について聞いてもらうことにした。
流石に俺たちが後ろにいる以上、片山の事を直接どう思っているか聞くのは無理だと判断したからだ。
俺がメッセージを送るや否や、前の席から小さくスマホの通知音が聞こえた。
基本公共施設内で通知の音を入れるのは、マナー的によろしくないだろうが、浅川は常にマネージャー等と仕事のやりとりをしている。
そのためなるべく人の迷惑にならないよう、最小限の音量で通知を入れていた。
そして10秒ほどの空白の時間があり、俺が手には振動が伝わる。
『わかった。少しだけ大きめに喋るから、なるべく静かに聞いてて』
その返信を片山に見せ、二人で不自然にならない程度に中身のない会話をしながら耳を澄ませる。
「そういえば、旅行中に宮本君ともっと仲良くなりたいんだけど、岩城さんにも手伝ってもらっていい?」
「いいですよ、約束ですし。それで、どんなことをすればいいですか?」
「特に何っていうわけでもないんだけど、それとなく私たちを隣にさせてくれたりしてくれると嬉しいかな」
「わかりました。頑張りますね」
岩城さんが述べた約束というのが何か気になるが、今はそんなことに思考を割いている暇はない。
続けて浅川の言葉を待つ。
「ありがとう。今疑問に思ったんだけど、岩城さんは好きな男子とかいないの? いるなら手伝うよ」
「わ、私ですか? ……いないです、そんな人」
「ふーん、そうなんだ。でも、気になる人とかタイプとかはどうなの?」
「それは……」
いいぞ浅川、その調子だ!
ふと隣を見ると、片山は鼻息を荒くして、岩城さんの好みのタイプを知ろうとしている。
これでもまだハンサムに見えるが、後一歩で気持ち悪いへ足を踏み入れそうだ。
意識を前方に戻すと、岩城さんはおずおずと言葉を紡ぐ。
「わ、私はお洒落な人が好き……です」
「そうなんだ。あ、片山君とかお洒落だよね。岩城さんはそう思わない?」
「き、聞こえちゃいますよ!」
「大丈夫だよ、後ろの二人は会話してて聞こえてないって」
策士こと浅川の素晴らしい会話回しとフォローが決まり、予想以上に深い情報が引き出せそうだ。
浅川の言葉を聞いた岩城さんが、後方の様子を確認すると踏んだので、俺たちは少し大きめにゲームの話をする。
そして岩城さんの座席が僅かに揺れる音を聞くと、再び集中する対象を変えた。
「か、片山君はお洒落だと思います」
「そうだよね。気になってたりしないの?」
「そ、そんな……私に好かれても、迷惑でしょうし」
「……そっか、私は良いと思うけどね、二人」
そこで会話は途切れてしまったようで、前の座席には静寂が戻ってきていた。
それよりも……。
「なぁ、脈……あるんじゃないか?」
「相棒もそう思うか? やばいどうしよう、走り出しそうだ」
「怖いからやめてくれ。でも、岩城さんは遠慮してるっていうか、自己肯定感が低い感じだな」
彼女は私なんかと言っていた。
確かに俺が女子だったとしても、星のようにキラキラと輝いて見える片山と釣り合うとは思わないだろう。
しかし、それでも自分を卑下するような言葉は使わない気がする。
そこから察するに、おそらく彼女には俗に言う陽キャに対して苦手意識があって、同時に何かを恐れているんじゃないだろうか。
「うーん、俺が彼女をもっと信用させられればいいんだけど」
「そうだな。それを主軸にして、旅行中の会話を組み立てていこう」
「わかった。ありがとな、相棒」
スマホで時間を確認すると、京都に着くまでには後一時間もある。
ここから作戦を練り直して、来るべき戦いに備えるとしよう。




