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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~クズと植物と私



 凡庸な男だけれど、使いようによっては役に立つ。

 思考は簡単、誘導も簡単。


「おっかしいなぁ。当たったと思ったのに。如月も探してよ。俺の鳥」


 けれども、相変わらず。変なものに執着を抱くわね。

 当たったことが確認できたのだから、死んだ鳥など持ち帰る必要はないと思うのだけど。


 それとも、軽く傷つけて落として、飼うつもりだったのかしら。

 …それにしてはド真ん中を射抜いたわ。


「如月ィ。キぃサってば。あんたの力で、鳥の声とか聞こえないの?」


 私は如月ではない。

 本当の名前は、彼には聞き取れないし、発音もできないだろう。名乗る気もない。


 好きに呼べと言ったところ、彼がそのように名付けただけのこと。

 人の容姿をじろじろと、存分に眺め回したあとにね。


「無理よ。そもそも動植物の声は聞こえない。貴方の矢こそ、放った後は呼び戻せるはずだって言っていなかった?」


「来ないんだ。不良品だった。狙ったものを射抜くとこまでは言うことを聞いたのに。全然駄目だよ、どこに訴えりゃいいんだコレ」


 不良品って。

 作ったの、貴方よね。


 彼特製の植物で作ったはずの矢。

 それ以上は追求せず、私は「そう」と返すに留めた。


 どうせこの子の考えなんて筒抜けなのに、声に出してやり取りをするなんて、本当、おままごとの延長だわ。

 どちらで聞こうが、彼の考えなんて、理解はできないもの。


『おかしいなぁ。おかしいなぁ。完璧だったはずなのに。あれだけ木を揺らしても落ちてこないなんて、やっぱり飛んでっちゃったのか。ああ、綺麗な緑色の鳥だったのにな。作った矢もなくなったし、やっぱり植物なんて何の役にも立たない』


 舌打ちの音が数度、続けて聞こえた。

 乱暴に地面を蹴る彼を宥めようとした途端、バキバキと木が倒れるような音がした。


「魔獣? でかい? 近い?」


 怯えたように彼はこちらを見た。

 魔獣だとしても、大した問題ではないけど…特にこちらに向かってくる気配はない。


「平気よ、こちらには来ないわ。それにテヴェルには麻酔樹と寄生樹があるじゃない」


 それらは、彼がようやく上手に魔物化させることに成功した植物だ。


 失敗作達といったら、本当に可笑しくって。

 ちぎってもなかなか死なないミミズみたいな蔦に始まり、奇声を上げてトコトコ歩くだけの二股ニンジン。

 毒性が無闇に強いだけのコンニャク芋。人の顔くらい大きな花を咲かせるポピー。

 鉄を貫くほど威力は強いけれど、射出する芽キャベツはすぐに弾切れ。

 一体何がしたいの?っていうものばかり。


 目の下に隈まで作って悩む彼の姿は、それはそれは滑稽だった。

 植物を作るといっても食べ物以外はどうも上手く想像できないようで、彼はずっと自分の力を扱いかねていたのだ。


 何を作りたいのか、結果を見てもよくわからないということは、そもそもやりたいこと自体のイメージが足りていない。

 ならばと、一から作るのではなく、元々ある植物の特性を変異させる方向を勧めたのは、正しかった。


「麻酔はそう効かない奴だっているし。寄生したって、動くまで育つには、そこそこ魔力が溜まらないと。発芽は早められるけど、即戦力にならないんだよな。矢がうまくいけば良かったのに、失敗みたいだし」


 目下、彼の悩みは自分に戦う力がないことだ。


 本来ならチートで無双できたんだ、と憎々しげな声が小さく響く。

 そんな彼にも、希望という夢を見させ続けてやれば、それなりに長く楽しめるだろう。


 自分が特別であると思い込むのは、転生者共通の癖だ。

 『前の』も結局は自分の望みが叶わないのだと知ると、簡単に壊れてしまった。

 望みが叶わないなんて、よくある話だというのにね。


 とはいえ元より傲慢で自分勝手でなのが転生者というもの。

 なぜって、現れるのは、いつも負の数値が高かったものたちなのだから。

 いつからか、どこからともなく現れ始めた迷惑なそれらを、流れ作業で他所に放る仕組みができたのも仕方のないこと。


 ウェルカーが幾ら『万が一のため』の選別をしたって無駄よ。

 最終感情値があんなマイナスなものばかり。

 マシな人間などそうそう混ざってくるものじゃない。


 それに、混ざっていたところで、結局他所に放ることに違いはない。

 こちら側への受け入れは、もうずうっと前に廃止されたのだから。


「やっぱりこの辺の植物が扱いやすそう? 改良するにしても扱いやすい素材がなくちゃ、大変だものね?」


 彼の機嫌とやる気を持ち上げるためにと、私は猫撫で声を出す。


「んー。谷向こうとで何が違うんだろうな? ゼランディの植物のほうが素直だよ」


 それぞれがどのような特性の異能を持って生まれたのか。

 こればかりはコツコツと調べなければわからない。


 植物の扱いやすさねぇ。

 クープレトにはダンジョンもないし…魔力濃度の差かしら。


 植物を操るこの力は、唯一の彼の強みであり、…期待を外れたコンプレックスでもある。


 これを何とか納得のいく形で使えるようにしてやるのが一番の急務だ。

 でないと彼の自信の裏打ちにはならない。


 …なのだが、どうにも彼は気まぐれで、力を使いこなせるまで頑張ろうとはしない。

 モチベーションの維持が、一番大変だ。

 手のかかる男ではあるが、どうせ時間だけは余りある身だ。たまにはいい。


『あーあ。無双して、ハーレムしてぇなぁ。如月、そろそろ落ちないのかなぁ』


 唐突に呟かれる願望に苦笑した。


 無双というのも、実際どうなのかしら。

 彼は剣も使いこなせないし、訓練なんて喜ばないでしょう。

 そもそも、魔獣が目の前に来ただけでも気絶してしまいそう。


 安全に戦うのなら、やはり力を使いこなすしかない。

 あの力は、望んだ何かを叶えるために与えられたものなのだろうから。


「何か心の声が聞こえたわよ、テヴェル」


「またぁ? じょ、冗談だよ、冗談。全く、如月のそれはどうでもいいときばっかり聞こえちゃうんだからな」


 バツが悪そうに、彼は誤魔化した。

 心の声が、聞こえるときがある。それが、彼にした、私の能力の説明だ。

 実際には少し違うが、正確に知らせる必要なんてない。


 しかし、彼が完全に植物魔物化の訓練に飽きてしまっているのかわかった。

 不満やストレスが溜まるのもうまくないわね。

 何か捌け口が必要だわ。


 テヴェルは私に恋愛感情など持っていない。

 多くの男性が好む形を取ったこの身体にだけ、例に漏れず興味があるだけだ。

 けれども、安々と下げ渡すご褒美としては最悪ね。


 だとしたら、ハーレムを叶える?

 奴隷でも与えておこうか。


 いや、私以外に懐くと扱いが面倒になる。

 次の仕事が上手くいったら、後腐れのない娼婦でも買ってあげるのがいいかもしれない。

 それと…。


「早く、自分の国を建てて、同郷の女の子を探しに行かなくっちゃねぇ?」


 なぜか、彼が執着しているもの。

 トリティニア王都にいると思われる、名も顔も知らない、貴族の少女。


「そうなんだよ。俺を待っているはずなんだよなぁ」


『このクッソみたいな世界に生まれた、たった2人の日本人だぜ。どう考えたって俺のためのヒロインだもんな!』


 顔もわからぬ女の子にそこまで夢を抱くなんて、いっそ無邪気で微笑ましい。


 でも確かに、一つの世界に、複数の転生者が生まれ落ちることは珍しいわね。

 ロマンチックかどうかは知らないけど。


 私としても、その転生者が何か能力を持っているならば、是非一緒に遊んでみたい。

 どうせテヴェルが欲しがるのだから、いつかは与えることになるわ。

 例え異能がなかったとしても、面白い子ならばいいのだけれど。

 退屈だけは、もうごめんなのよね。


「会えるのが、楽しみねぇ…?」


「おう!」


『はじめは硬貨3枚寄越すなんて舐めてんのかと思ったけどな。親が慌てて取り上げようとしたから、この世界の貨幣価値を知ることができたし、うまく不便な環境からも脱出できた。さすがは俺のヒロイン』


 嬉しそうに、テヴェルが過去を振り返っている。

 忌むべき惨劇を、さも誇らしげに。


『きっと貯めてたお年玉を俺のために差し出したんだろうな。料理もできるっぽいし、「可愛い子か?」って聞いたら、アン何とか君も顔を真っ赤にして頷いてたから、だいぶ期待できるだろ』


 うん、彼を見ているとよくわかる。

 思い込みの激しい転生者のほうが、楽しめるわ。


 私はもう、ここから出る力を持たない。

 だから、せいぜい楽しませてもらおう。


『一国一城の主になって、ハーレム作って、美味いもん食ってダラダラ暮らすんだ。でもイチから国建てるのは面倒だから、どっかの国が欲しいんだよなぁ』


 あらあら…全く…小さな夢ねぇ。

 世界征服くらいは狙いなさいな。


 けれどまだ、テヴェルの能力は安定して使えない。

 努力不足のせいね。

 煽てて、転がして、時には甘えて見せて。

 まぁ、地道にやりましょう。


 あまりおおっぴらに動くと、ウェルカーに追い立てられる。

 一度は撃退したのだから、奴らもテヴェルの存在には過敏になっているはずだ。




 育ちきっていない作物が収穫されてしまうのは、つまらないものね?




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